一度でいいから椀子そばをやってみたい
「おーい……なんで十月なのにクソ暑いんだこの国はよォ……政策が悪いんじゃねーのか?」
椅子の背もたれに情けなくもたれ掛かる萩村が、今にも溶け出しそうな顔で言った。
「もう暑くなるわけ無いって思ってよ、この前首冷やすやつ、窓からブーメランみたいに飛ばしちまったんだぜ? 流石だろ」
「知るか。拾ってこい」
「そうめん食いてぇ……」
「それは同意」
萩村は初めて起動したロボットみたいに、ゆっくりと起き上がり、ペペンと机を叩いた。
「なあ、椀子そばやらね?」
「そうめんはどこいったんだよ」
「椀子そばって一度やってみたかったんだよ。お前はあるか?」
「……ない」
「なら決まりだ」
萩村はそのまま帰ってしまった。
「え? なにこれ……」
週末に萩村の家に呼び出され行ってみると、クラスメイトの岩瀬さんがリビングに座っていた。
「あ、ど……どうも……」
「こんにちは福見君。今日は宜しくね」
「?」
エプロンに三角巾を装備した岩瀬さんと、テーブルの上には大量のそうめん。そしてお椀。
「よーし、やるぞ〜」
「萩村なんだこれは。まさか……」
「そ、椀子そばだ」
「そうめんなんだが?」
「大量に貰ったからコイツに変更だ」
通常ならありえない量のそうめんを、お椀に一口分ずつ入れていく岩瀬さん。まさかこの量を三人で食い切るつもりなのだろうか……?
バケツ一杯分くらいはあるぞ!?
「で、岩瀬さんはどういった理由で居るんだ?」
萩村にこっそり小声で問いかける。
「岩瀬さんの母親の実家が岩手県なのを前に聞いたことがあったから、椀子そば出来ないか聞いたらドンピシャだった」
「……お前、大阪県民がみんなたこ焼き器持っていると思っているタイプだろ」
「違うのか? 因みに北海道県民は全員が牛を飼っていると思ってるぞ」
「失礼だろ、それに北海道は県じゃない」
「それを言うなら大阪も県じゃない」
「あ……確かに」
そうこう言っている間に岩瀬さんの準備が整った。
「どうぞ」
「え、俺から!?」
「俺はさっきロールケーキ二本食べたから任せたぞ」
「何故食った!?」
て事はこの大量のそうめんをほぼ俺一人で食うのか!?
「勿論腹は空かせて来たんだろうな?」
「何も知らされずに来たからなぁ。とりあえずいただきます」
お椀の中に居るそうめんを口に入れる。一口分だから無くなるのは一瞬だった。
「はいどんどん」
岩瀬さんがサッとお椀にそうめんを足した。
「…………」
「アホな顔をするな。口からそうめんが出るぞ」
いや、なんと言うか……そうめんを入れてもらっただけなのに、ありがたい気持ちがブワーッてなって……ヤバい。
「さっさと食え。伸びる」
「お、おう」
入れてもらったばかりのそうめんを口に入れる。味は同じなんだが、なんと言うか……ありがたい味がする気がした。
「はいどんどん」
リズム良くそうめんが足され、自然と食が進む。
気が付けばあれだけ有った大量のそうめんの殆どを一人で食べてしまった。
「う、流石に食べ過ぎたかも……くるじぃ」
「引くほど食ったな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
岩瀬さんが背中を擦ってくれた。
今まで岩瀬さんとは接点が無かったが、なんと言うか……一発で持っていかれた様な気がする。
「椀子そばスタイルにするとメッチャ食える説」
「既に証明済み……」
「次はチャーハンな」
「……うっぷ」
翌週、萩村はマジで椀子そばならぬ椀子チャーハンをやりやがった。
「なんで開始が夜なんだよ」
「俺んちからよく見えるからだよ」
萩村が窓の外を指さすと、花火が打ち上がるのが見えた。
──ドンッ!
「なんたら会の秋祭りイベントの花火。忘れてたろ」
「会の名前忘れてるお前に言われてもなぁ」
岩瀬さんがせっせとお椀にチャーハンを一口分だけよそい始めた。なんだか申し訳なくて俺も手伝う事にした。
「これって、チラシ寿司とか作るときの容れ物じゃあ……」
目一杯に広がるチャーハンの海。
「俺はさっきバームクーヘン二本食べたから俺の分まで頑張ってくれ」
「はあ!?」
ちょっと何言ってるのか分からないが、とりあえず一杯目を口に入れた。
「今回のチャーハンは全て岩瀬さんの手作りだ」
「すっげぇ申し訳ねぇ」
「はいどんどん」
──ドンッ! ドンッ!
チャーハンを食べながら花火を見る。
「うーん、なんだか分からないけど美味しいのは確かです。花火も綺麗ですし」
「はい、ドンドン」
三角巾から生えたポニーテールが揺れる度に、なんと言うか、魂が根本から持っていかれる様な衝撃を受ける。
「……どんだけ食うんだよ」
気が付けば、チャーハンは無くなっていた。
「うぅ……もう無理……」
「人間頑張ればいけるもんだな」
感心したかの様な面持ちで、俺の膨れたお腹を見て笑う萩村。
更に翌週。また俺は萩村家に呼び出された。
リビングにはまたしても岩瀬さんがスタンバっていた。
「とりあえずお椀に入れれば何でも食える説〜!」
「変な説を持ってくんなし!」
サッと岩瀬さんが卵焼きが入ったお椀を差し出した。
「……普通に美味しいです」
「はい丼丼」
ゴロン、とお椀に牛丼が投入された。
「何でも有りですな」
味は最高だった。
「はいどんどん」
デン、とハンバーガーがお椀に投入された。
「デカッ!」
特大の三段バーガーがお椀に入っている……と言うよりはふちに乗っかっている状態だった。
「パンはキツいッス……って既に次のやつ見えてます見えてます」
岩瀬さんが嬉しそうに恵方巻きみたいな海苔巻きを取り出していた。
「はいどんどん、はいどんどん♪」
急かすように歌う岩瀬さん。俺は気合でハンバーガーをお茶で流し込んだ。
「海苔巻きがとぐろ巻いちゃってるし」
お椀に入り切らない海苔巻きがデロン、とふちから垂れ下がっている。
「ちな今回も全て岩瀬さんの手作りだ」
「マジで!? 岩瀬さん料理上手過ぎっしょ!!」
「はいどんどん♪」
食いちぎる様に海苔巻きを胃に収めてゆく。
「それだけ食えば好きになっただろ」
「──ふぇばぁっ!?」
突然放たれた萩村の言葉に、海苔巻きが気管に入りかける。
「ならなかったのか?」
「…………」
「なったんだな?」
「……ひゃい」
クラスメイトがエプロンして三角巾からポニーテールが飛び出していて、料理が上手ではいどんどん。もう好きになるよ絶対これは。
「好きだって。良かったね岩瀬さん」
「うれしい……!」
両手で口元を隠し顔を振る岩瀬さん。俺は『どういうこと?』と、疑問の顔を萩村にぶつけた。
「ね、言ったでしょ? コイツは鈍感野郎だから困るって」
「ずっと……好きだったから」
「──へ!?」
「知らぬは本人ばかりなりってな。業を煮やした俺様がお膳立てすりゃあイチコロのコロよ」
「マジで!?」
「岩瀬さんも控えめだからアピール出来ずに今に至るだし、これはもう仲介手数料を貰わないと駄目だな」
「マ、マジか……」
岩瀬さんの見ると、すっかり赤くなり、嬉しい様な恥ずかしい様な顔で俺の隣へとやって来て、特大の唐揚げをお椀にぶち込んだ。
「はい、どんどんっ♪」
「俺は二階でバームクーヘン食べてるからな」
階段を登り消えた萩村。
いきなり二人きりにされ、どうして良いのか分からなくなったが、一口かじった唐揚げがめちゃくちゃ美味かった。
「……そんなに鈍いかな?」
岩瀬さんに問いかけると、肩のあたりを人差し指でつつかれた。
「はい鈍鈍♡」
両手で俺の左手を包み込む彼女の温かさが、とても心地よく全てを持っていかれた。