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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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9/62

どこかで、誰かが見ています(一)

「おいおい、何だよこいつは……」


 同心の渡辺正太郎は、不思議そうに首を捻る。

 彼の目の前には、男の死体が転がっていた。それ自体は、特に珍しいことではない。同心である以上、死体の検分は避けて通れないからだ。

 しかし、その死体の状態は尋常なものではなかった。背骨がへし折られ、首は奇妙な方向に曲がっている。さらに、その顔は恐怖に歪んでいた。間違いなく他殺だろうが、やり方が普通ではない。まるで、怪談話に登場する妖怪にでも襲われたのようだ。


「凄い力だな。こいつは、物の怪にでも殺られたのか?」


 渡辺の何気なく洩らした一言を、岩蔵は鼻で笑ってのける。本来、目明かしが同心にこんな態度をとったら、ただではすまない。しかし、このふたりの場合は別だった。力関係は対等……いや、ある意味では岩蔵の方が上とも言える。


「旦那、なに馬鹿なこと言ってるんですか? こいつは紛れもなく、人の手による殺しですよ。物の怪が下手人だとしたら、完全にお手上げでさあ。あっしらに出番はないですから。そん時は、坊主でも呼んで来ますよ」


「まあ、そうだよな。しかし、こんなことを出来る奴がいるのかね?」


 渡辺の言葉に、岩蔵は難しい顔になる。 


「あっしには、心当たりは無いですよ。ただ、江戸は広いですからね。どんな奴が潜んでいるか分からねえですよ。旦那も、気を付けるんですね」




 その頃。

 町外れの材木置場に、三人の男たちが集まっていた。


伝七(でんしち)雲衛門(くもえもん)、よくやったな。ほら、仕事料だ」


 言いながら、数枚の小判を手渡す中年男。すると、小柄な男と雲を突くような大男のふたりが頭を下げ、小判を受け取る。


「ありがとうございやす。ところで勘兵衛さん、次の仕事はいつですか?」


 小柄な男が、下卑た笑みを浮かべながら尋ねた。ぼさぼさのざんばら髪と猿のように腕の長い体つきが、見る者に不気味な印象を与える男だ。


「明日、雲衛門がひとり殺ったら、当分は店じまいだ。今はまだ、ほどほどにしておかねえとな。これ以上、派手にやると、蛇次の奴に目を付けられるぞ」

 

 そう言った後、勘兵衛(かんべえ)は思案げな顔になった。


「いい加減、巳の会にでけえ面されんのも考えものだな。雲衛門、おめえはどう思う? 巳の会と殺り合う気はあるか?」


 勘兵衛のその言葉に、大男は頷いた。身長は、七尺(約二百十センチ)はあるだろうか。肩幅も広く、腕は丸太のように太い。まさに、子供向けの絵物語に登場する鬼のようである。


「いい。勘兵衛さんが殺れと言うなら、誰でも殺る」


 この勘兵衛は、江戸の片隅で大工を営む中年男である。と同時に、裏の世界では(いたち)の勘兵衛とも呼ばれている。その筋では、かなり知られた存在だ。

 そんな勘兵衛が得意とするのは、配下の人間を使った殺しだ。小柄な伝七は、素早い動きで相手の急所に(きり)を突き刺し、絶命させる。大男の雲衛門は怪力で捻り殺すか、棒で殴り殺すのだ。

 このふたりに加え、勘兵衛には他にも多くの手下がいる。そんな手下たちを使い、情報収集や、殺しのための下準備などをさせているのだ。

 そんな勘兵衛にとって、他の商売人たちの存在は邪魔であった。特に、上から物を言ってくる蛇次の存在はうっとおしくて仕方ない。いずれ、仕留めてやろうと爪を研いでいたのである。


 ・・・


 その日、壱助は揉み療治の仕事を終え家路についていた。辺りは、すっかり暗くなっている。もう、亥の刻(午後九時から十一時)を過ぎた頃だろう。

 歩きながら、最近の変化について考えていた。ここ数日、昼間に出歩いていても、子供たちに石を投げられることがなくなっている。

 ひょっとしたら、以前に権太が声をかけてくれたおかげかもしれない。単なる盲目の按摩かと思いきや、あんな怖い男と知り合い……となると、下手に手出しできないと判断したのではないか。

 これは、権太に何かしら礼をしないといけないかもしれない……などと思いつつ、道に沿って歩いていた時だった。不意に妙な気配を感じ、足を止める。

 前方に誰かがいる。背が高く、ごつい男だ。確実に、権太よりも大きな体をしている。これまでに遭遇したことのないほど巨大な男が、すぐ近くにいるのだ。

 しかも、血の匂いをさせている──


「お前、めくらなのか?」


 突然、声が聞こえてきた。ぶっきらぼうで、知性は感じられない。むしろ、幼さすら感じさせる。

 だが壱助は、心臓が止まりそうな衝撃を感じていた。血の匂いが、これでもかとばかりに鼻を刺激してくる。間違いない。大男は、ついさっき人を殺したのだ。

 となると、この近くに死体が転がっているはずだ。対応を間違えば、さらに死体が増えることになる。大男か、あるいは自分か。

 だが、金にもならない殺しは、なるべくならしたくない。


「ええ。あっしはめくらですが、何か?」


 何事もなかったかのような口調で答える。だが、その手は仕込み杖の柄を握りしめていた。間合いはまだ遠い。向かってきたとしても、こっちの抜く方が早いだろう。

 問題は、相手の突進の勢いを一太刀で止められるかどうかだ。この男の目方は、三十貫(約百十二キロ)を軽く超えているだろう。熊並みの大きさだ。ぶちかましを喰らったら、ひとたまりもない。

 壱助の体は簡単に吹っ飛ばされ、直後に踏み殺されるだろう──


 そんなことを考えながら、壱助は少しずつ間合いを空けていく。大男は、武器は何も持っていない。しかし、体の大きさがこうまで違うと……素手で自分を捻り潰せるだろう。壱助の額から、一筋の汗が流れ落ちる。

 その時だった。


「そうか。めくらなら、いい。さっさと行け」


 間延びした口調で喋り、大男は去って行った。歩くだけで、地響きが起きているかのような錯覚に襲われる。

 大男が立ち去って行ったのを確認すると、壱助も杖を突き、足早に歩いて行った。背中には、びっしょりと汗をかいている。

 脇目も振らず歩き続け、どうにか己の住居である廃寺へと辿り着いた。




「どうしたんだよ、あんた。汗だくじゃないか」


 目を丸くするお美代は、急いで壱助の着物を脱がせた。手拭いで体の汗を拭く。


「ああ、すまねえな。あんなのと出くわすとは思わなかった。ったく、江戸のどこに隠れていやがったんだろうな。悪いが、水をくれないか」


「うん。ほら、飲みな」


 差し出された湯のみを、壱助は震える手で口に運ぶ。喉の渇きにすら、今まで気づいていなかったのだ。


「あんた、大丈夫かい? 化け物でも見たような面になってるよ」


 尋ねるお美代に、壱助は首を縦に振る。


「そうだよ、化け物に遭ったのさ」


「はあ? 何だいそりゃあ?」


 お美代のすっとんきょうな声に、壱助の表情が和んでいった。


「ああ、まいったよ。怖かったぜ、お美代」


 言いながら、壱助はお美代の体を抱き寄せる。途端に、彼女は顔をしかめた。


「ちょっと! こんな時に、なに考えてんだい馬鹿!」


「いいじゃねえか。俺は、怖い思いをしたんだぜ。ちょっとは優しくしてくれ」


 とぼけた口調で言いながら、壱助はお美代を抱きしめた。




 お美代はもともと、飛騨の山奥に暮らしていた。

 壱助が聞いた話によれば、彼女は幼い頃に行商人である両親と飛騨飲の山中を旅をしていた。だが、そこで手負いの月の輪熊に襲われたのだ。

 不意を突かれて両親は死亡、お美代も全身にひどい傷を負った。しかし、月の輪熊を追っていた猟師が熊を撃ち殺した。彼女は猟師に助けられ、以来ずっと彼に育てられてきたのだ。

 熊に襲われた傷は癒えたものの……それ以来、お美代の顔は醜く変形してしまっている。唇はおかしな形に歪んでおり、顔全体には太い線のようなぎざぎざの傷痕が、何本も張り付いていた。傷痕は、体にも残っている。

 その傷のせいで、お美代は差別されてきた。子供たちに石を投げられるのは、まだましな方なのである。男はもちろんのこと、女たちからも、妖怪だの化け物だの言われて嘲笑われた。殴られ蹴られるという扱いも珍しくない。味方など、どこにもいなかった。

 結局、彼女の居場所は表の世界には見つからなかったのだ──


 そんなお美代に、裏の仕事を紹介したのが壱助だった。親代わりの猟師に仕込まれた銃の腕は、一発必中だ。今では、名人の域に達している。しかも、銃の構造にも詳しい。事実、壱助の持ってきた竹の切れ端を細工して、有り合わせの短筒をこしらえてしまえるくらいなのだから。

 こうして、壱助とお美代は組むこととなり、お禄率いる仕上屋で働くようになった。

 そんなふたりは、いつしか恋仲になり、今では夫婦同然となっていた。お美代にとって、盲人である壱助は……自分の顔のことを気にすることなく付き合える、初めての男だったのだ。

 今では、お互いになくてはならない存在となっている。夫婦として、仕事の相棒として──





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― 新着の感想 ―
[良い点] 身体にも心にもお美代さんは癒えない傷を負っているんですね(´;ω;`)。 味方など、どこにもいなかった。結局、彼女の居場所は表の世界には見つからなかったのだ──→表の世界のほうが汚れてい…
2024/04/08 01:36 退会済み
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