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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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哀愁

 江戸の出会い茶屋・美寅屋(みとらや)

 ここは以前、辰巳屋という名前で営業していたが、持ち主が変わると同時に店の名前と女将も変わった。現在の店の女将は、お丁という名の若い女である。器量良しで気風(きっぷ)も良く、なかなかの人気である。

 そんな美寅屋に今、人相の悪い男たちが次々に入っていた。




「いったい、いつまで待たせるんだろうなあ……とらの会の元締さんはよお」


 ひとりの男が、聞こえよがしに厭味たらしい独り言をいう。白髪の目立つ中年ではあるが、無駄肉は付いていない。しかも、額には刀傷があった。いかにも喧嘩早そうな面構えである。

 この男は、美寅屋の一階にある大広間にいる。他にも、十人ほどの男がいる。全員、裏社会の大物だ。これだけの面子が、一箇所に集まるというのは非常に珍しいことなのである。


 先日、裏の世界に衝撃が走った。最大の勢力を誇る巳の会が、何の前触れもなく解散を通達してきたのだ。

 それだけでも、充分に驚くべきことだったが……さらなる事態が発生する。巳の会の後釜として、寅の会なる組織が名乗りを上げたのだ。

 裏の世界の住人たちは、この寅の会がどういった組織なのか様々な情報を用いて調べ上げた。結果、かつて女掏摸だったお丁と、大道芸人をしていたお歌と森乃助なる夫婦が所属していることを知る。

 だが元締についての情報は、何も掴めなかった。そして先日、裏の世界の大物たちに書状が届く。

 寅の会の元締が会いたがっているから来てくれ、という内容だった。



 

「もう少し、待ってくれませんかね。こちらにも、事情があるんですよ」


 低い声で言い返したのは、寅の会の幹部格である森乃助だ。大柄な体つきをしており、目つきも鋭く顔も無愛想である。かつては大道芸人をしていたが、顔の怖さゆえに白塗りで芸をしていた経歴の持ち主だ。大道芸人よりは、裏社会の方が向いているかもしれない。

 もっとも、言われた男もおとなしく引っ込んでいない。たちまち怒り出した。


「んだと……誰が誰にものを言ってんだ? 俺はな、山内一家(やまうちいっか)久造(ひさぞう)だ。俺が一声かけりゃ──」


「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよう。ね、ね?」


 同じく大道芸人をしていたお歌が、さっと割って入り、しなだれかかる。彼女は器量は良いし愛嬌もある。口も達者だ。大抵の男は、この時点で引いてくれるはずだった。

 ところが、この久造は引く気がないらしい。お歌を、乱暴に突き放す。


「ふざけるなよ。山内一家の久造といやあなあ、上野じゃちったあ知られた男だ。その俺をわざわざ呼び出しておいて、待たせるたぁいい度胸じゃねえか。寅の会が、いったいどんだけのもんだと──」


「久造さん、すまねえな。俺はよ、めくらで片足も利かねえんだよ。だから、いろいろ時間かかるんだ」


 言葉と同時に、奥から現れた男を見たとたん、一同は息を呑んだ。

 その男は、まぶたが火傷(やけど)で塞がれていた。耳たぶは削ぎ落とされており、腕や足にも大小さまざまな傷が付いている。頭は坊主で、杖をつきながらよろよろ歩いて来た。

 その傍らには、女が付き添っている。こちらもまた、顔に大きな傷痕があった。鋭いぎざぎざの長い傷が数本、顔面を走っている。男を支えつつ、共に歩いている。


「俺が、寅の会の元締・寅松(とらまつ)だ。今日は、皆さんに挨拶しておこうと思ってな」


 そう言うと、寅松は畳の上にあぐらをかいて座り込んだ。すると、久造が鋭い目で睨みつける。


「寅松さん、かい。あんた、俺たちをわざわざ呼び出したのは、挨拶のためか? だったら、てめえの足で出向いて来いよ。なんで俺たちが──」


「いいや、ただの挨拶だけじゃねえよ。お集まりの皆さんに、言っておくことがある」


 寅松は、そこで言葉を切った。皆、どんな言葉が出るのか真剣な面持ちで耳を傾けている。


「寅の会は、巳の会とは違う。俺は、外道は許さない。晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬひとでなしを消す。皆も、そのつもりでいてくれ」 


「はあ? 寅松さんよう、俺たちをなめてんのか。だいたい、その女は何なんだよ。化け物みてえな面してんじゃねえか」


 久造の言葉に、寅松の表情が僅かに歪んだ。


「こいつは、俺の女房のお美代だ。文句でもあるのか?」


「女房だあ? こりゃ笑える。夫婦そろって化け物みてえな面ってわけか」


 言いながら、久造は周りを見回した。お前らも、そう思うだろ……とでも言いたげな表情で。

 すると、お美代がじろりと睨む。


「あんた、あたしらに喧嘩売ってんのかい? あたしらに喧嘩売るってことは、寅の会を敵に回すってことなんだよ」


「だったら、どうした?」


 いいかえしたとたん、久造の体が宙に浮いた。次の瞬間、凄まじい勢いで畳に叩きつけられる──

 皆の表情が凍りついた。いつの間に現れたのか、白い着物姿の大柄な男が立っている。背は高く、顔は死人のように青白い。冷酷な表情で、倒れた久造を見下ろしている。


「こいつは、死神の権太……俺の用心棒だ。江戸で一番強い男さ。こいつに勝てたら、千両払ってもいいぜ。どうだい、あんたら。勝負する人はいるかい?」


 寅松が煽る。しかし、誰も動かない。皆、権太の不気味な迫力に呑まれている。

 だが、久造は起き上がった。同時に、懐の短刀(どす)を抜く。


「上等じゃねえか! ぶっ殺してやるぜ!」


 権太に向かい、獣のように吠えた。が、恐ろしいことが起きる。

 久造の罵声が響いた瞬間、権太の体がすっと動く。彼がどのように動いたのか、認識できた者はいなかった。

 皆にわかったのは、権太が久造の隣に立ち、短刀を取り上げていたことだ。

 それで終わりではなかった。権太は、その短刀の刃と柄を両手で掴む。

 次の瞬間、いとも簡単にへし折った──


「それで終わりかい、久造さん? 上野じゃ、ちっとは知られた顔なんだろ?」


 お美代が、低い声で尋ねる。だが、久造は震えながら後ずさるばかりだ。周囲の者たちも、権太の怪力と不気味な迫力に呑まれ、何も言えず目を逸らす。

 その時、寅松が立ち上がった。


「もう一度言うぜ。俺は、外道は許さねえ。文句がある奴は、この死神の権太が相手になる」




 皆が引き上げた後、寅松は愉快そうな表情で、権太のいかつい肩をぺちぺち叩いた。


「これで、寅の会に逆らおうなんて馬鹿はいなくなるはずです。これからも頼りにしてますよ、権太さん」


 言いながら、寅松は権太の手を握る。この男、かつては壱助と名乗る按摩であった。しかし、壱助は偽名である。人を殺して逃げていた時、死んだ友人の名を借りたのだ。

 本当の名が寅松であり、今は堂々と本名を名乗っている。


「こちらこそ、頼りにしているよ。俺とナナイは、あんたらがいなくちゃ生きていけない。あんたとお美代さんには、これからも世話になる」


 その言葉に、寅松は苦笑する。


「水臭いこと言わねえでください。しょせん、あっしらみんな地獄逝きでさあ。同じ場所に行く者同士、遠慮なんざしないでくだせえ。これからも、仲良くやっていきましょうや」


「ああ、そうだな」




 闇が空を覆う頃。

 権太は庭に出て、星を見上げていた。先ほどの、寅松の言葉を思い出す。


(しょせん、あっしらみんな地獄逝きでさあ)


 以前は、自分もそう思っていた。ところが、その時とは違う。

 自分は、人間ではない者になってしまった──


 ・・・


 渡辺正太郎に斬られ、川に落ちた。そこまでは、はっきりと覚えている。ほとんど痛みを感じず、川底に沈んでいったのも覚えている。

 しかし、そこから後の記憶は曖昧だった。気がつくと、自分は川岸にいた。目の前には、ナナイの顔。


「ごんた、いっしょ、なった」


 ナナイは、複雑な表情で微笑む。嬉しくもあり、悲しくもあり……そんな様子だった。

 最初は、言葉の意味がわからなかったが……やがて、己の肉体が変化したことを知る。異常な怪力、傷を負ってもたちどころに癒えてしまう回復力、人の血以外のものは受け付けない体。

 自身が人でないものに変貌してしまったことを知り、戸惑うばかりだった。しかし、権太はすぐに気持ちを切り替える。そんなことに悩んでいる場合ではない。今は、仕上屋の面々を守らなくてはならない。

 権太は、すぐさま壱助とお美代の住む廃寺へと向かう。だが、そこでお禄と蘭二の死を知らされた──


 ・・・


 今までは、復讐だけを考えていた。己の変化よりも、巳の会を潰すことだけに集中していた。

 しかし、復讐は終わってしまった──


 もちろん、この先やらねばならないことはある。寅松率いる寅の会には、権太の力が必要だ。寅松とお美代を守るという仕事もある。

 寅松とお美代の夫婦は、権太とナナイが人ではないという事実を知っている。知った上で、ふたりを仲間として受け入れてくれた。

 しかし、権太の中では……未だに、受け入れがたいものがある。

 かつて、蘭二はこう言っていた。


(伝説によれば……南蛮の鬼は、神に逆らいし一族が発端となっているそうだ。彼らは、恐ろしい力と不死身の肉体を持っている。だが、食を楽しむことも子を作ることも出来ない。あらゆる人々に忌み嫌われ、陽の光を浴びることも許されず、闇の中で永遠に生き続ける運命(さだめ)なのだ)


 確かに、今の自分は何を食べても砂を噛んでいる気分だ。食物を味わうことが出来ない。陽の光を浴びることも出来ない。

 伝説の通り、呪われし生を永遠に続けるしかないのか。


「寅松さん……俺は、地獄にも行けやしねえよ」


 呟いた時、戸が開いた。何者かが近づいて来る気配。誰であるかは、見なくてもわかっている。


「ごんた、げんき、ない」


 ナナイが、おずおずと近づいて来る。以前と違い、どこか不安そうな面持ちだ。


「そんなことはないよ」


「こうかい、してるか?」


 なおも聞いてくる。権太は、かぶりを振った。


「していない、と言えば嘘になる」


 言いながら、ナナイの手を掴み引き寄せた。彼女は、されるがままになっている。


「だがな、お前と出会う前に、俺は既に人間をやめていたんだよ。今さら、どうということはない」


 低い声で語る。ナナイに、というより自身に言い聞かせるように──


 自分は、人ではなくなった。

 だが、ひとりではない。横には、ナナイがいてくれる。彼女と一緒なら、化け物として生きるのも悪くない。

 そう、自分とナナイは……無様に生き続けるしかないのだ。

 いつか、誰かの手にかかり殺される日まで──



 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます。面白かった『闇の仕掛屋稼業』のリライトと言う事で連載を楽しみに読ませて頂きました。 「人物の名前と性別以外変わっていない……」序盤から「死体を持ち帰る仕上屋」を伏…
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