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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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終わりは、殺陣で仕上げます(三)

 乞食横町は、江戸の暗部を象徴しているような場所だった。塵や埃が風に吹かれて低い場所に溜まるように、江戸の中でも最悪の人種が集まり勝手に町らしきものを作ってしまった……そんな場所である。まともな人生を歩んでいる者ならば、まず近づこうとはしないだろう。

 そんな場所に、権太は足を踏み入れていく。

 今は酉の刻(午後五時から七時の間)であり、まだ人通りは少なくなかった。そんな中、頭からぼろきれを被った姿で、周囲に気を配りつつ歩く。既に、お美代も潜伏している。壱助の監禁されている場所も、調べはついていた。後は、助け出すだけだ。

 そのためには、かなり無茶をする必要があるが。




 突然、あちこちから煙が上がる。

 それを見て、住人たちは血相を変え逃げていった。火事と喧嘩は江戸の華という言葉があるが、現実の火事は恐ろしい災害である。わざわざ火事の中に進んで行くのは、火事場泥棒と呼ばれる人種だけだ。

 今日の権太は、その火事場泥棒をやるつもりである。盗み出すのは壱助だ。


 周囲を見回し、権太は目の前の建物へと入っていく。かなり前の時代に建てられたものらしく、あちこちがたが来ている。天井には蜘蛛の巣が張っており、壁板は腐りかけ、中からは嫌な匂いがしていた。見張りは、火事の様子を見に行ったのだろうか。姿が見えない。

 権太は違和感を覚えた。


 なんだ、こいつは?

 いくらなんでも簡単すぎる。


 この件には、巳の会が絡んでいると聞いている。裏の世界でも、有名な連中のはずだ。そんな奴らが人質を監禁しているというのに、ここまで警戒が手薄だとは。

 有り得ない話だ。これは、罠かもしれない。

 だが、今さら後戻りは出来ない。こうなった以上、罠だろうと強行突破するしかない。権太は、中へと入って行った。


 建物の中は広く、あちこちに木箱や荷車が置かれている。かつて倉庫だった痕跡が、今なお残っている。

 そして部屋の隅からは、人が倒れているのが見えた。しかし、見張りらしき者の姿はない。権太は眉間に皺を寄せる。どういうことだろうか。警戒が、あまりにも手薄なのだ。

 権太は、さらに近づいていく。


「もしかして、壱助さんかい、?」


 そっと声をかけてみた。すると奥から、くぐもった声が聞こえてきた。


「だ、誰だ?」


 かすれてはいるが、聞き覚えがある。壱助の声だ。


「俺だよ、権太だ。助けに来たぞ。早く逃げよう」


 言いながら、そっと奥へと進んでいく。罠を警戒しつつ進んで行ったが、それらしき物はない。これなら、簡単に開けられる。

 だが、この警戒の薄さは異様だ。権太は漠然とではあるが、不吉なものを感じていた。渡辺正太郎は間違いなく頭の切れる男だし、蛇次も裏の世界で恐れられていた男である。そんな奴らが、こんな状態で人質を放置しておくとは……。

 権太の疑問は、すぐに答えが出る。部屋の隅にあったぼろきれのような物が、微かに動いたのだ。中から、坊主頭の男が体を起こす。その両手首は、縄で縛られていた。

 その男こそ、壱助であった。下を向いたまま、声を発した。


「権太さん、せっかく来てもらって申し訳ないですが……あっしは、もう駄目です」


「冗談言ってる場合じゃねえぞ。あんたを助けると、お美代さんに約束したんだからな」


 言いながら、権太は近づいていった。だが、壱助の顔を見るなり、呆然となり立ち尽くす。

 壱助の両目は、無惨にも潰されていたのだ。まぶたの部分は、火傷の跡のような引き攣れた皮膚で覆われている。恐らく、火で焼かれたのだ……。


「ひでえことしやがる……」


 思わず声を上げた。その声に反応し、壱助がにじり寄る。


「これでわかったでしょう。あっしは、本当のめくらになっちまったんですよ。しかも、膝も砕かれちまいました。歩くことも出来ません」


 蚊の鳴くような声で、壱助は言った。その言葉で、権太はようやく平静さを取り戻す。


「くだらねえこと言うな。俺は、わざわざここまで来たんだ。どうしても死にたかったら、足代を払ってからにしてくれねえかな」


 冷たい口調で言うと、権太は壱助の手を掴み乱暴に引き上げる。だが、壱助は首を振った。


「やめてくだせえ。こんな体で帰ったら、お美代の負担になるだけです。このまま引き上げてください。お美代には、見つからなかったと伝えてくだせえ……」


 権太の手を握りしめ、壱助は懇願した。その姿はあまりにも痛々しく、権太は思わず目を逸らした。


 このまま、置いていくべきか?


 そんな考えが、頭を掠める。

 だが、それはほんの一瞬であった。憤怒の形相で、壱助の襟首を掴み引き起こした。彼を縛る縄を、短刀で切る。


「いい加減にしろ。俺はな、お美代さんに頼まれてあんたを助けに来たんだぞ。その分の代金は、まだ一文ももらってねえんだよ。俺は、絶対にあんたを死なせない。お美代さんに頼まれた仕事は、必ず果たす」 


 言うと同時に、壱助の手を乱暴に引いていく。辺りを見回し、誰も見ていないことを確かめると、彼の頭にぼろきれを被せる。

 さらに、壱助を担ぎ上げ大八車に載せた。その車を引き、慎重に進んで行く。


 権太は、何食わぬ顔で大八車を引いていった。幸いにも、周囲に人はいない。皆、ぼや騒ぎの見物に行っているようだ。

 やがて、お美代の潜む掘っ立て小屋に到着した。辺りを見回した後、車ごと入っていく。中で壱助を降ろし、小屋の中に寝かせる。その瞬間、お美代がそっと顔を出した。


「権太さん、壱助は?」


「ここにいる」


 出来るだけ冷静な声で答え、床を指し示す。

 改めて見ると、壱助は本当に酷い有り様であった。薄明かりの下とはいえ、凄惨な拷問を受け続けたことが一目で分かる。両目は完全に潰され、耳たぶは削ぎ落とされていた。前歯はへし折られ、鼻も折られている。

 さらに片膝も砕かれており、歩くことが出来ない──


「そ、そんな……」


 崩れ落ちるお美代。呆けたような表情で、じっと壱助を見つめた。

 一方、権太は外の様子を窺う。


「あちこちから、怪しげな連中が来てるぞ……もう、火は消えちまったらしい。さて、どう逃げるかな」


 顔を歪めながら、呟くように言う。その時、壱助が声を出した。


「お美代、そこにいるんだな」


「ああ、いるよ」

 

 お美代が答えると、壱助は右手を上げる。震える手を動かし、自身の首に人差し指を当てた。

 直後、掻き切るような仕草をする──

 その仕草が、何を意味するかはわかっていた。彼女は、そっと短刀を鞘から抜く。

 すると、壱助は頷いた。何をしたかは見えていないはずなのだが、気配で察したらしい。早く殺れ、とでも言わんばかりに、もう一度人差し指を首に当て動かす。

 お美代は顔を歪めながら、短刀を両手で振りかざした。今にも壱助に振り下ろそうとした瞬間──


「馬鹿野郎!」


 怒鳴ると同時に、権太の平手打ちが放たれた。お美代の顔を襲う。

 お美代は、軽々と吹っ飛ばされた。しかし、すぐに立ち上がり短刀を構える。


「何しやがるんだい!」


「あんた何を考えてんだ!」


 凄まじい形相で、権太は怒鳴りつける。だが、お美代は怯まない。


「この人とあたしは、前から約束してたんだよ! こんな体になっちまったら殺すってね! 壱助を殺して、あたしも死ぬ──」


「ざけんじゃねえ! 俺たちは人殺しなんだよ! 人殺しなら人殺しらしく、最後の最期まで足掻け! 生きるのが辛いからって、安易に死を選ぶんじゃねえ! お前らを殺したがってる奴はな、大勢いるんだよ! そいつらの手で殺されるまでは、地を這いずり回ってでも生き続けろ!」


 権太のその言葉を聞いたとたん、お美代の表情が変わった。

 彼女は、その場に崩れ落ちる。直後、啜り泣く声が聞こえてきた。

 そんなお美代に向かい、権太はそっと語り出した。


「お美代さんよう……俺には、蘭二ほどの学はない。でも、これだけはわかるよ。人間は、生きるため死ぬために大層な理由を欲しがる。でも、俺たちにはそんなもん必要ねえんだ。罪を背負った俺たちは、どんなに辛くても、無様な姿さらして生き続けなきゃならねえんだよ。罰を受けるまでは、な。それが、人の命を奪って生きてきた者の、最低限のけじめ……俺は、そう思うぜ」


 権太がそこまで言った時、外で叫ぶ声がした。


「壱助の奴が逃げたぞ!」


「あの足じゃあ、遠くまで行けないはずだ! 探せ!」


 次いで、数人の男たちが駆けて来る足音も──

 権太は顔をしかめた。このまま隠れていては、いずれ見つかる。


「もう来やがったか。仕方ねえ、俺が何とかするから、お前らは隙見て逃げるんだ。命あったら、また会おうぜ」


 そう言って、権太は出て行こうとした。すると、お美代が顔を上げる。


「ま、待っとくれよ権太さん──」


「お美代さん、壱助さん、無様に生き続けようや」


 そう言い残し、権太は外に出て行った。


「お前ら! 俺が仕上屋の権太だ! 壱助はいただいたぜ!」


 喚いた直後、大八車を引いて走り出す──




 大八車を引きながら、権太は走り続けた。追っ手の注意を引き付けるため、出来るだけ派手に動く。

 狙い通り、追っ手はみな権太の方に集中している。口々に喚きながら、権太を追って来た

 やがて、巨大な川が見えてきた。長い橋がかかっている。ここさえ渡れば、あとは町中に身を隠せばいい。

 そう思った時、向こう岸に人相の悪い男たちが来るのが見えた。どうやら、先回りされたらしい。


 ここまで、か。


 権太は舌打ちし、大八車を捨てる。完全に挟み撃ちの状態だ。こうなった以上、助かる可能性はない。

 ならば……これまで磨いてきた拳法の技で、ひとりでも多くの者を道連れにするだけだ。


 ナナイ、すまなかったな。

 もう、お前を守ってやれない。

 これからは、ひとりで生きてくれ。


 次の瞬間、獣のような咆哮と共に、権太は追っ手に襲いかかって行った──






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