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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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終わりは、殺陣で仕上げます(二)

 上手蕎麦には、朝から重苦しい空気が漂っていた。

 その空気は、昼になっても和らぐことがない。お禄も蘭二も、険しい表情を浮かべ黙りこくっている。

 店自体、今日は閉めていた。お春にも、しばらく休むように言ってある。このまま辞めてしまうかもしれないが、そんなことを言っている場合ではない。

 壱助が姿を消した直後、蛇次がわざわざ店までやって来た。しかも、警告のような言葉を残していったのだ。

 これは、仕上屋の最大の危機だ。まず間違いなく、蛇次も今回の件に絡んでいる。

 放っておけば、壱助は奉行所に引き渡されてしまう──




 どのくらいの時間が経ったろうか。

 店の戸を、どんどん叩く音がした。次いで、微かに声が聞こえてくる。


「姐さん、お丁です。情報を掴みました。開けてください」


 押し殺したような声だった。お禄は立ち上がり、戸を開ける。その途端、お丁が転がり込んで来た。


「姐さん、わけわからないことになってますよ。壱助さんは、乞食横町に捕われているようです」


「乞食横町!? どういうことだい?」


 お禄は、思わず大声を出していた。だが、それも無理からぬことだった。

 乞食横町とは、正確な名前ではない。あくまで俗称だ。素性の怪しい者が多く住んでいる江戸の裏通りである。江戸の表社会を、堂々と歩くことの出来ない人間が集まる吹きだまりの町だ。堅気の人間がうっかり足を踏み入れようものなら、身ぐるみ剥がれた挙げ句に叩き出されることもある。

 もっとも、お丁はその辺りの人間に顔が利く。日頃から足しげく通い、親しくなっているからだ。


「わかりません。ただ、壱助さんが乞食横町に入って行くのを見た者がいるんですが、出るところを見た者はいないんですよ」


「そうかい。で、誰と一緒にいた?」


「それが……あの渡辺正太郎だったんですよ」


「渡辺正太郎? あの昼行灯がかい?」


 確かに、お丁の言う通りだ。わけがわからない。あの渡辺正太郎が、壱助を連れて何をしていたのだろう。

 しかも、よりによって乞食横町である。渡辺は、沈香も焚かず屁もひらず……という同心だ。あんな場所に、足を踏み入れるようには思えないのだが。

 一体、何をしていた?


 その時、蘭二が立ち上がった。


「お禄さん、私も乞食横町に行くよ。お丁さんと一緒に、壱助さんを探す」


 しかし、お禄は彼を制する。


「待ちなよ。あんたには他にやってもらうことがある。お丁、あんたは乞食横町を調べな。ただし、無理はするんじゃないよ。危なかったら、すぐに逃げるんだ。いいね?」


「わかりました」


 お丁は頷き、すぐに出て行った。

 直後、お禄は蘭二の方を向く。


「あんたには、渡辺正太郎の方を当たってもらう。まずは、渡辺に壱助のことを聞くんだ」


 その言葉に、蘭二は険しい表情を向ける。


「それはどうかな。あの昼行灯が、正直に教えてくれるとは思えない。いっそ、捕まえて吐かせた方がいいんじゃないかな」


「やめときな。奴は、あれでも役人だ。それに、もしかしたら利用されただけなのかもしれない。ただ、一応は渡辺にも聞いてみるんだ。何かわかるかもしれないからね」


「わかった。まずは探してみる」


 そう言うと、蘭二は店を飛び出して行った。




 渡辺正太郎は、すぐに見つかった。例によって、やる気のなさそうな態度で通りをぶらついている。蘭二は、そっと近づき声をかけた。


「渡辺さん、ちょっといいですか? お聞きしたいことがあるんですがね」


 その言葉に、渡辺は面倒くさそうな表情で顔を向けた。


「うん? どうかしたのかい?」


「先日、按摩の壱助さんを連れて乞食横町を歩いていたそうですね。何をしていたんですか?」


 途端に、渡辺の顔つきが一変した。


「壱助? そういや、そんな奴もいたねえ。けど、あいつはもう長いことはない」


「それは、どういう意味です?」


 引き攣った顔で尋ねる。この同心は、頭がおかしくなったのだろうか?

 混乱する蘭二の前で、渡辺はにいと笑った。これまで、見たこともない嫌な笑顔だった。


「どっちに転ぼうが、壱助には死んでもらうってことさ。でないと、他の連中へのしめしが付かないからね。裏の世界には、仕上屋に恨みを持つ連中も多い。壱助には、生け贄になってもらうよ」


「渡辺さん、あなた何を言ってるんです?」


 唖然となり、思わず後ずさる。すると、渡辺はゆっくり近づいて来た。

 顔を寄せ、耳元で囁く。。


「蘭二、俺は知ってるんだよ……お前が、仕上屋の一員だってことをな」


 その瞬間、蘭二は愕然となった。この男の口から、仕上屋という言葉が出ようとは。衝撃のあまり、顔面は蒼白になっていた。

 一方、渡辺は勝ち誇った表情で言葉を続ける。


「さっさと帰って、お禄さんに伝えるんだ。江戸は、蛇次さん率いる巳の会が仕切ることになる。素直に言うことを聞かないと、壱助は生きたまま奉行所行きだ」


「あんた、何なんだよ……」


 蘭二は、かろうじて言葉を絞り出した。だが、渡辺はその疑問には答えなかった。


「奉行所に送られたら、拷問されて何もかも吐いちまうだろうな。そしたら、お前も、お禄も、権太も終わりさ。なあ、よく考えてみろ。俺たちに逆らっても、誰も得しねえ」


 そう言うと、渡辺は悠然と去って行く。

 唖然となっていた蘭二だったが、すぐに我に返った。どうすべきか……このまま、渡辺の後をつけるか。

 いや、今は報告が先だ。彼は向きを変え、上手蕎麦へと急ぎ帰って行った。


 ・・・


 その数日後。

 夜になり、蕎麦屋の地下室には、お禄、権太、蘭二の三人が集まっていた。彼ら三人は、険しい表情で椅子に座っている。

 重苦しい空気の中、お禄が口を開く。


「やっと情報が入って来た。捕まった壱助は、乞食横町にあるでかい倉庫跡にいるらしいよ」


「だったら、今すぐ助けに行こうじゃねえか」


 権太がすかさず言ったが、蘭二がかぶりを振った。


「やめた方がいい。警戒は厳重だろうし、この状況で下手に動いたら、共倒れになりかねない。罠の可能性もある。今はまず、慎重にならなくちゃ──」


「慎重だあ? んなこと言ってて、壱助さんが殺られたらどうすんだよ!?」


 語気荒く蘭二に迫る権太だったが、お禄が一喝した。


「やめなよ! 仲間割れしてる場合じゃないだろ!」


「じゃあ、あんたはどうする気なんだよ!?」


 権太の怒りの矛先は、お禄へと向けられた。


「仕方ないね。こうなったら、まずは弁天の小五郎に泣きついてみるよ。あいつに間に入ってもらって、壱助を助けられないか試してみる。だから、あんたはおとなしくしてるんだよ」


 そうは言ったものの、実のところ彼女自身がどうすべきか迷っていたのだ。

 小五郎に頼んだところで、動いてくれるかはわからない。かといって、壱助を力ずくで救出するとなると、確実に巳の会を敵に回すことになる。

 さらには……巳の会と繋がっているらしい、同心の渡辺正太郎も敵となる。そうなれば、仕上屋はおしまいだ。

 その時、上から音がした。何やら、乱暴に戸を叩くような音だ。次いで、声が聞こえてきた。


「お禄さん……お美代です。入れてもらえませんか」


 その声を聞いた瞬間、お禄の顔が歪んだ。


「お美代だと? どういうことだい?」


「俺が呼んだんだ。お美代さんも、話に入れてやろうぜ。俺が連れて来るから」


 言ったのは権太だった。彼はすっと立ち上がり、上がって行った。




 やがて、お美代が地下室に姿を現した。みすぼらしい着物を着て鳥追笠を被り、顔に布を巻いた姿だ。ただし、その手には猟銃を握りしめている。

 そして、お美代は口を開いた。


「お初にお目にかかります。お美代です。あなたが、元締のお禄さんですね?」


「ああ、そうだよ」


「単刀直入にお聞きします。壱助を、見殺しにする気ですか?」


 お禄を真っ直ぐ見つめ、殺気のこもった声で尋ねる。お禄は何も言えず、下を向いた。

 すると、お美代はなおも尋ねる。


「それとも、壱助の口を封じるつもりですか? 何とか言ってくださいよ」


 言った直後、猟銃を構える……その瞬間、蘭二がお禄の前に立った。なだめるように、両手を前に突き出す。


「待ってくれ。三日……いや、あと一日でいい。時間をくれ。お禄さんは、これから弁天の小五郎のところに話を持っていく。小五郎は、裏の世界の大物だ。あの男が動けば、どんな連中だろうが無視できない。とにかく一日だけ──」


「一日待てば、壱助は帰ってくるんですか?」


 お美代の問いに、蘭二は下を向いた。帰って来る可能性は低い。だが、今の彼女にそれは言えなかった。

 その時だった。お美代が、自らの顔を覆う布を剥ぎ取る。

 傷たらけの顔が、(あらわ)になった──


「壱助はね、あたしのこの(つら)をちゃんと見てくれたんですよ。見た上で、あたしを女房にしてくれたんです。さあ、はっきり答えてください……壱助をどうするのか、を」


 声を震えわせながら、お美代は訴える。すると、蘭二が顔を歪めながら口を開いた。


「何を言ってるんだ。壱助さんは、目が見えないはず──」


「見えてたんだよ。壱助さんはな、めくらのふりをしてただけなんだ」


 言ったのは、権太だった。彼は複雑な表情で、お美代の方を向く。


「あんた、知ってたのか」


「知ってたに決まってるじゃないか。あんな三文芝居、一緒に暮らしてりゃ分かるんだよ」


 悲しげな口調で答えた。蘭二は顔を歪めながらも、どうにか言葉を絞り出す。


「お、お美代さん……とにかくだ、今は落ちついてくれ。お禄さんも私たちも、まだ打つ手はある──」


「待ちなよ」


 蘭二の言葉を遮り、お禄は立ち上がった。お美代の前に立ち、口を開く。


「こうなったら、下手な慰めは言わないよ。壱助は今、裏の連中に捕われている。助かる見込みは、ほとんどない。けどね、これが裏稼業に足を突っ込んだ者の末路だよ。あたしらみんなの運命(さだめ)なのさ。ただ、早いか遅いかの違いでしかないんだよ」


 そこで言葉を止めた。お美代の猟銃……その銃口に自らの額を当てる。


「それが気に入らないなら、元締であるあたしの頭をぶち抜きなよ」


 その瞬間、蘭二が血相を変えて叫んだ。


「お録さん! 何を考えて──」


「あんたは引っ込んでな! これは、あたしとお美代さんの問題だよ!」


 一喝したお禄。その言葉を聞いた瞬間、お美代の顔が歪む。彼女は凄まじい形相で、お禄を睨み付ける──

 しかし、猟銃は降ろされた。お美代はがっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩き出す。そのまま、階段を昇って行った。

 すると、権太がその後を追って行く。


「待ちなよ、お美代さん。送って行くぜ」


 言いながら、階段を上がって行った。 




 地下室には、お禄と蘭二の二人だけが取り残されていた。


「お禄さん……私は明日、あの界隈に行ってみるよ。何とかして、壱助さんを助け出せないか探ってみる」


 そう言うと、蘭二も出て行く。

 お禄はひとり、ため息をついた。


 ・・・ 


 下を向き、肩を落としてとぼとぼと夜道を歩いて行くお美代。

 だが、権太が後ろから近づいて行く。耳元に顔を寄せた。


「お美代さん、あのふたりに任せてたんじゃ、(らち)があかねえ。壱助さんを逃がそうってんなら、俺も手伝うぜ」


「えっ……」


 顔を上げるお美代。すると、権太は頷いた。


「あんたらには、いろいろ借りがあるからな。今度は、俺が借りを返す番だ」







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