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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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仕留めて仕上げて、日が暮れます(四)

 異様な音が響き渡っていた。

 音の理由はというと、小次郎が木刀を振っているためである。恐ろしく太く長いものであり。木刀というより船の(かい)に近い。当然、真剣よりも重いものである。並の男では、振ることなど出来ないだろう。

 今は寅の刻(午前四時前後)である。辺りはまだ暗く、人の気配はない。もっとも、彼の住みかは町外れの林にあるあばら家だ。そんな場所を、わざわざ好き好んで訪れるような物好きはいない。

 仮にそんな物好きがいたとしても、そこにいる小次郎の鬼気迫る表情に圧倒され、無言のまま引き上げるのがおちだろう。

 事実、今の彼は鬼のごとき形相で木刀を振るっていた。




 小次郎には、痛いほどわかっていた。

 己が色欲の前に屈し、お八という女の完全なる手駒となってしまった事実。それからは彼女の命ずるまま、何人も殺してきた。あの女は、人が死ぬことなど何とも思っていない。小次郎が人を斬り殺すところを、笑みを浮かべ眺めていたこともある。

 本音を言えば、小次郎はお八が憎かった。出来ることなら、今すぐ斬り捨ててやりたいとさえ思っている。あの女とさえ出会わなければ、小次郎は人殺しに身を堕とすこともなかったのだ。

 だが、小次郎には出来ないことだった。お八を憎みながらも、彼女を斬ることは出来ない。

 もし、お八が死んでしまえば……その時は、小次郎も生きてはいられないであろう。これは、世間でいう恋だの愛だのといったものとは違うもののように思われる。

 では、いったい何なのだろうか。

 それとも、これもまた愛なのだろうか。


「暗いうちから、精が出るねえ」


 からかうような声が聞こえ、小次郎は振り返った。そこには、けだるそうな雰囲気のお八がいた。あばら家の戸口にて、一糸まとわぬ姿で壁に寄りかかり、小次郎をじっと見ている。

 彼女の目には、蔑みの色が浮んでいた。にもかかわらず、その瞳に異様なものを感じてしまう──


「何を考えている。さっさと着物を着ろ。誰かに見られたらどうする」


 ぶっきらぼうな口調で言うと、小次郎は目を逸らした。これまでに幾度となく味わっているはずの、お八の肉体。毎晩、彼女を抱いている。にもかかわらず、飽きるという感覚がないのだ。これが俗に言う「体の相性」というものなのであろうか?

 もっとも、小次郎はお八以外の女体を知らなかった。ひょっとしたら、ただ単純に、自分が異常な女好きであるだけなのかもしれないのだが。

 いずれにしても、今の小次郎には……お八のいない生活など考えられなかった。


「まあ、好きなだけ稽古しなよ。その腕で、手始めに壱助の奴を殺してもらうから」


 お八の言葉に、小次郎は木刀を振る手を止めた。


「その壱助だが、どうしても殺さなくてはならないのか? 鉄砲使いの情報を吐かせれば、充分ではないのか。奴はめくらだ。放っておいても、何も出来ないだろう。俺たちの人相を、他の連中に漏らす心配はない」


「はあ? 何を甘ったれたこと言ってんだよ。殺すに決まってるじゃないか。あたしの目的は、仕上屋を潰すことだよ。仕上屋は、皆殺しさ。壱助だけじゃない。蘭二にも権太にも死んでもらう。もちろん、元締のお禄にもね」


「お前、本物の外道だな」


 小次郎が吐き捨てるように言うと、お八の表情が堅くなった。


「はん、外道だって? 今さら何を言ってるんだい。人斬りのあんたにゃ、言われたくないんだよ。いい歳して、あたしに会うまで女も知らなかったくせにさ。あたしがいなかったら、一生女を抱くこともなかっただろうね。あたしが外道なら、あんたは女ひとりものに出来ない片輪(かたわ)じゃないか」


 お八の言葉は、針のように心を刺した。小次郎は表情を変え、お八を睨む。一瞬、本気の殺意が芽生えた。

 だが、お八に怯む気配はない。


「何よ? なんか文句でもあるのかい? だったら、はっきり言ってみなよ。それとも、その木刀であたしを殴り殺す気かい? やれるもんなら、やってみなよ」


 言いながら、挑発的な目を向ける。その美しい瞳は、こう語っていた。


 お前には、あたしを殺すことは出来ない──


 ぎりり、と奥歯を噛みしめる小次郎。木刀を握る手に力がこもる。

 だが次の瞬間、小次郎は木刀を投げ捨ていた。お八に突進し、力任せに押し倒す。

 荒々しく、お八の肉体をむさぼる小次郎。だが、お八の表情は冷めていた。冷酷な瞳で、天井を見つめる。


 ・・・


 それから、数時間が経過した。日は高く昇り、町には人があふれている。

 そんな中を、壱助と権太は並んで歩いてた。一見すると、のんびりとしたものだが……どちらも、内心は気楽ではなかった。


「権太さん、気づいていますかい」


 そっと囁く壱助に、権太は頷いた。


「ああ。さっきから、付けられているな」


 言いながら、鋭い表情で振り向こうとする。壱助は、慌てて制した。


「駄目ですぜ、振り向いたら気づかれます。顔は、こっちに向けといてください」


「す、すまない」


「あっしに考えがあります。今は、気づいていないふりをしてください。とりあえず、このまま後をつけさせましょう」


「どうするんだ?」


「まずは、上手蕎麦に行きましょう。話はそれからです」




 ふたりは上手蕎麦に入っていく。客は、彼らの他には建具屋の政がいるだけだ。相変わらず、へらへらした態度で店員のお春にちょっかいを出している。


「やあ、ふたり揃ってどうしたんだい?」


 にこやかな顔つきで近づいて来た蘭二に、壱助は声をひそめて話しかけた。


「ちょっと聞いてください。あっしらは、妙な奴に後をつけられているんですよ。恐らくは、例の件と関係ある男でしょうね」


「えっ、本当かい」


 蘭二の表情も変わる。政の方をちらりと見たが、彼はこちらの様子など気にも留めていない。お春にべらべら語りかけているが、彼女は露骨に嫌そうな顔をしている。


「そこで、あなたにお願いがあります。しばらくしたら、あっしらは店から出ます。そうしたら、あっしらをつけている男も動きだすでしょう。そしたら、蘭二さんにそいつを捕まえて欲しいんです」


「なるほど、考えたね」


「捕まえたら、俺が何もかも吐かせてやるよ」


 そういうと、権太は拳を握りしめた。


 ・・・


 しばらくして、壱助と権太は店を出た。大きな声で何やら話をしながら、町中を進んでいく。

 そんなふたりの後を、そっと付いていく者がいた。達吉である。彼の目当ては壱助であった。彼が権太と別れ、単独行動に移る瞬間をじっと待っているのである。

 朝から、ずっとふたりの後を付け回していた。しかし、壱助と権太に離れる気配はない。


「くそが……いつまでくっついてるんだよ」


 ひとり毒づきながら、なおも後をつけていく。今のところ、ふたりに気づかれてはいないようだ。




 ふたりは、人気(ひとけ)のない裏通りへと入っていく。

 達吉も、その後をついて行った。しばらく歩いていくが、ふと違和感を覚え立ち止まった。奴らは、こんな裏通りに何をしに来たのだろう。按摩の客を探すのならば、もっと人の多い場所に行くはずだ。

 これは、明らかにおかしい。達吉は、反射的に振り返った。すると、見覚えのある顔を見つける。

 仕上屋の蘭二だった。甘い顔立ちに鋭い表情を浮かべ、こちらに近づいて来ている。

 いつの間にか、自分の方が後をつけられていたのだ。


「くそ、蘭二てめえ……」


 低い声で、蘭二に向かい毒づく。蘭二は、冷たい表情のまま口を開いた。


「あんた誰だったかな。私は、あんたなんか知らないよ」


「んたと……」


 達吉は顔を歪める。

 かつて、達吉は蘭二に怪我を負わされた。その時のことは、今もはっきり覚えている。

 なのに、傷を負わせた蘭二は自分のことを覚えていないというのか。

 達吉は、怒りのあまり我を忘れていた。気づかれたら逃げる、という手筈になっていたことも、彼の頭から消え去っていた。


「この野郎!」


 喚きながら、懐に呑んでいた短刀を抜く。その時、彼の首に何かが巻き付いた。

 それは、権太の太い腕だった。逆に背後から近づき、首に腕を巻き付けたのだ。

 あっと言う間に、達吉の意識は闇に沈んだ──

 





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