表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/62

仕留めて仕上げて、日が暮れます(一)

「何だって? それは本当かい?」


 驚愕の表情を浮かべるお禄に、頷いて見せたのは壱助だ。


「ええ。どうやら、あの栗栖って奴を殺したがっていたのは、あっしらだけじゃなかったみたいですぜ。片目の殺し屋とその子分たちは、間違いなく栗栖の命を狙っていました。しかも、居合わせたあっしらのことまで殺そうとしやがったんですよ。まあ、返り討ちにしてやりましたがね……って、蘭二さんから何も聞いてないんですかい?」


「う、うん。なんか、話しかけづらい感じでさ。こっちも、あえて聞かないようにしてたんだよ」


「やっぱりね。そんなことじゃないかと思ってたんですよ。だから、こうして来てもらったんでさあ」


 お禄と壱助は、権太が借りている長屋に来ている。

 今日は、珍しく店にいたお禄だった。ところが、裏口で掃除をしていた時のことだ。何者かが近づく気配を感じ、ぱっと振り向く。

 そこにいたのは権太だった。大きな体を縮ませ、周囲を気にしながら囁く。


「悪いけどな、剣呑横町の長屋まで来てくれないか? 大事な話がある」


 しばらくして現れたお禄に、権太と壱助は当日あったことを話したのだ。

 ふたりから話を聞き終えたお禄は、眉間に皺を寄せつつ語り出した。


「そいつは、たぶん片目の鴈治郎だね。巳の会の殺し屋だよ。子分を連れて肩で風切って歩いている、ちょっとした顔役だったと聞いてるよ」


「ああ。確かに数人の子分を引き連れてたよ。全員、殺したけどな」


 言ったのは権太だ。


「それはすまなかったね。けど、妙な話だよ。わざわざ奴らを差し向けるなんて、蛇次にしちゃあ大袈裟だね」


 そう、妙な話なのだ。

 巳の会の元締である蛇次が、阿片の密売人である栗栖を狙った……これは、不自然な話ではない。密売人に限らず、自分にとっての商売敵を潰すために裏の人間を使うのは、よくある話だ。

 しかし、片目の鴈治郎を使ったというのが引っかかる。あの男は、裏の仕事師の中でもきわめて凶暴との噂だ。居合わせた無関係の者もろとも標的を消してしまうような、荒い仕事ぶりで有名である。

 それに、自分たちより先に鴈治郎が栗栖を始末していたら、仕上屋にとって大きな痛手となっていたであろう。この仕事を依頼したのは、江戸の裏社会の大物である弁天の小五郎だ。その小五郎の面子を潰し、仕上屋の信用を失いかねない事態になっていたであろう。


「ひょっとしたら……誰かが、あたしたちを潰すために仕組んだ罠かもしれないねえ。まあ、その誰かってのは、考えるまでも無くわかるだろうけどさ」


 お禄の言葉に、壱助は溜息をつく。巳の会の殺し屋が動いた……となると、もっとも疑わしいのは元締の蛇次であろう。


「そいつは厄介ですな。あっしも、しばらくは大人しくしていましょうかね。このままじゃあ、とんでもないことに巻き込まれそうだし」


 頭を掻きながら、そんな言葉を吐いた。


「注意するに越したことはないね。あたしも、蛇次に探りを入れてみるよ。このままじゃ、釈然としないから」


 そう言って、お禄は立ち上がった。


「ところで、蘭二の奴は大丈夫なのか? あいつ、かなり落ち込んでたみたいだが」


 心配そうな顔で聞いたのは権太だ。


「大丈夫だよ。あいつは面だけ見るとひ弱そうだけど、意外と根性あるから」


「それはよかった。いずれ権太さんと一緒に、蘭二さんの面を見るついでに蕎麦でも食いに行きますから……おっと、あっしの場合は声を聞くだけですがね」


 言いながら、壱助も立ち上がった。


 ・・・


 夜の江戸は、昼間の喧騒が幻であったかのように静まりかえっている。

 普通の市民なら、今は眠っている時間帯である。こんな時間に活動しているのは、大抵の場合まともな人間ではない。

 今、提灯を片手に歩いている男もまた、まともな人間ではなかった。



「ねえ、ちょっといいかな?」


 ふらふら歩いていた町人風の男に、不意に声をかけてきた女がいた。見れば、まだ若い上に可愛らしい顔だ。しかも、妙な色気を漂わせている。やや短い丈の着物を身にまとい、上目使いでこちらを見ている。

 この男、先ほどまで酒場で飲んでいた。したたかに酔っており、店を閉めるからと言われて追い出されたものの、まだ酔いは醒めていない。今夜は博打で大勝ちし、いつになく機嫌も良い。

 そんな時だけに、警戒心が緩んでいた。しかも、見れば可愛らしい娘である。


「おう、俺は構わねえぞ」


 男は、陽気に答える。すると、女が近づいて来た。


「あんた、鋳掛け屋の太助(たすけ)さんだろ?」


「えっ? 俺を知ってるのか?」


「ああ、知ってるよ。あんたに、是非とも聞きたいことがあるんだ。ちょっと付き合ってくれないかな? 教えてくれたら、いいことしてあげるからさ」


 言いながら、女は妖艶な笑みを浮かべる。太助は、鼻の下を伸ばしながら頷いた。今日は、本当についている……などと思いながら。


「おう、構わねえぜ。何だって教えてやるよ。何が聞きたい?」


「あんたさ、有名な仕上屋と仲がいいって聞いたんだけとさ、本当なのかい?」


「仕上屋? ああ、よく知ってるよ。何たって、この俺さまは仕上屋の一員だからよ。まあ、あんまり大きな声じゃ言えないけどな」


 そう言うと、得意そうに胸を張る。すると、女は彼にしなだれかかって来た。


「だったらさ、是非とも聞かせとくれよ。誰も聞いてない場所で、ふたりっきりでさ」


 女は、太助の手を引いていく。もちろん、太助が断るはずがない。鼻の下を伸ばし、誘われるがまま付いていく。

 やがてふたりは、夜の闇に消えた。


 ・・・


 その翌日、お禄はいつものごとく町中を歩いていた。

 店にいる蘭二とは二言三言、言葉を交わしただけだが……今のところ、何事もなかったかのように蕎麦屋の仕事をしている。

 蘭二に対する不安はあるが、それよりも、今は優先すべき問題がある。お禄は、足早に道を進んで行った。




 あちこち歩き、ようやく目当てのものを見つけた。


「お久しぶりですねえ、蛇次さん」


 道端で捨三と立ち話をしていた蛇次に、近づいて行き声をかける。

 すると、蛇次は向きを変えた。


「おお、お禄さんじゃないか。どうかしたのかい?」


「いや実はですね、うちの連中が先日、片目の鴈治郎とちょいと揉めたらしくて……鴈治郎とその子分を全員、殺っちまったらしいんですよ」


「ほう、そんなことがあったのかい」


 答える蛇次は、にこやかな表情を浮かべている。しかし、目は笑っていない。


「鴈治郎は、巳の会の殺し屋でしたよね。奴らは、栗栖って名の阿片の密売人を狙ってたそうです。ご存知でしたか?」


「ああ、知っていたよ。しかし、片目の鴈治郎を殺るとは大したもんだね。さすがは仕上屋さんだ」


 そう言うと、蛇次は笑い出した。なんとも不気味な笑い声である。お禄は思わず顔をしかめつつも、言葉を続けた。


「わかってると思いますが、うちも栗栖を仕留めるように依頼を受けてたんですよ。ところが、鴈治郎も栗栖を狙ってたようです。そこで運悪くかち合い、鴈治郎と子分たちが仕掛けてきたので、うちの連中が返り討ちにしたんですよ。好き好んで、鴈治郎を殺った訳じゃありません。そこのところ、誤解しないでください」


「わかっているよ、そいつは仕方ない話さ。この稼業には、そういうこともある。俺は、あんたらを咎める気はない。だがねえ、こんなことが続くようだと、お互いのためにならないなあ。もっとも、仕上屋さんがうちに入ってくれれば、全ては丸く収まるんだがねえ」


 そう言うと、蛇次はお禄をじっと見つめる。

 彼女は、ようやく事態を呑み込んだ。これは蛇次からの警告であり、同時に意思表示でもある。

 巳の会に入れ、でなければ今後もこのようなことがあるぞ……という脅しなのだ。


「お禄さん、あんたは頭のいい人だ。今すぐとは言わないが、考えておいてくれよ」


 蛇次の言葉に、お禄は下を向いた。この男は、何を考えているのだろうか。

 仕上屋と鴈治郎たちは、本気で殺し合った。生き延びたのは仕上屋だが、これが逆になっていたとしてもおかしくない。

 それを仕組んだのは、間違いなく蛇次だ。鴈治郎は、蛇次にとってかなり使える手駒だったはず。

 その手駒を失いながら、平気で自分たちを仲間に引き入れる……その神経がわからない。

 いや、そんなことよりも──


「ひとつ、聞いていいですか?」


「何だい?」


「今の江戸には、あなたに逆らおうなんて馬鹿はいやしません。なのに、あなたは巳の会をさらに大きくしようとしているように見えます。これ以上、何を望むんです?」


 堅い表情で尋ねた。すると、蛇次の目が光った。


「俺はね、見てみたくなったのさ」


「何を見たいんです?」


「この裏の世界の全てを、巳の会が仕切る。その時見える風景は、いったいどんなものだろうねえ」


 そう言うと、蛇次は笑い出した。くっくっく……という不気味な笑い声だ。

 お禄は眉をひそめた。この男、狂っているとしか思えない。だが、頭は切れる上に巳の会の長だ。

 もはや、誰にも手が付けられない。止められる者がいるとしたら、弁天の小五郎くらいか……。


 そんなことを思うお禄に、蛇次はなおも言葉を続ける。


「俺はね、十五の時に親父を殺した。その時、お袋に言われたんだよ。お前なんか産むんじゃなかった……ってね。だから、お袋も殺してやったよ。以来、俺はつまらないんだよ……なあお禄さん、俺はつまらなくて仕方ないんだ」


「あなたの人生がつまらないのは、誰のせいでもないです。あなた自身のせいですよ」


 お禄の発した言葉に、蛇次は目を細める。


「ほう、言ってくれるねえ」


「あなたが何を考え何をしようが、それはあなたの勝手です。ですが、仕上屋は……晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消します。そこだけは曲げられません。ですから、巳の会には入れないんです。今後も、うちはうちでやっていきますんで」


 そう言うと、お禄は軽く会釈した。

 向きを変え、去って行く。


「お前は、俺の怖さを分かってないらしいな。馬鹿な女だよ」


 残された蛇次は、誰にともなく呟いた。


 ・・・


「あんた、仕上屋と知り合いなんだって?」



 仕事の帰り、五助はひとり夜道を歩いていた。

 そんな彼に、こんな声をかけてきた者がいる。誰かと思い振り返ると、ひとりの女が立っていた。まだ若いが、綺麗な顔立ちだ。着物越しではあるが、体つきもなかなかのものに見える。 


「おう、そうだよ。俺はな、仕上屋の一員だよ。で、何か用かい?」


 にやにやしながら尋ねた。すると、女は近づいて来た。上目遣いで彼の裾を引っ張る。


「あんた、噂の仕上屋なんだあ……すごいね。あたし、いろいろと聞かせてもらいたいことがあるんだけど」


 言いながら、女は手招きする。五助は鼻の下を伸ばしながら、女の後を付いて行った。




「こいつも違うみたいだよ。ったく、男って奴は……何で、こんなつまらない嘘を吐くのかねえ」


 町外れのあばら家。

 その中では、先ほどの女がぶつぶつ言いながら、全裸の五助を蹴飛ばす。だが、五助は倒れたきり何の反応もしない。


「ったく、どいつもこいつも嘘つきばっかりだ。仕上屋ってのは、どこにいるんだよ」


 憎々しげな表情で言いながら、女はなおも五助を蹴飛ばす。しかし、五助は何の反応もしない。

 それも当然だろう。何せ、彼は既に死んでいるのだから。傍らには、五助の着ていた服や持ち物が置かれている。言うまでもなく、お八は全てをいただくつもりだ。


「おい、お八。こんなことを続けていたら、いずれ奉行所の役人に目を付けられるかもしれんぞ」


 そう言ったのは、険しい顔つきの男である。野武士のような荒々しい風貌であり、体つきも逞しい。大小二本の刀を腰に差しているところから見るに、侍のようだが……身にまとっている着物はぼろぼろだ。

 全体的にみすぼらしい雰囲気ではあるが、着物から覗く腕は太く逞しい。数々の修羅場を潜っていることは、鋭い面構えからも窺える。


「んなこと、言われなくても分かってるよ! あんたは黙って、あたしの指示に従ってりゃいいんだよ!」


 そう言った後、お八は虚空を睨む。そこに、憎い仇がいるかのように。


「仕上屋……絶対に潰してやるよ。お父ちゃんたちを殺した罪を、あたしが償わせてやる」










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ