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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やさしさだけでは、生きていけません(四)

 江戸の町から少し外れた林の中を、蘭二と権太のふたりが並んで歩いている。栗栖の潜む、町外れのあばら家へと向かっているのだ。


「栗栖は、もともと私と共に蘭学者を目指していた男だ。武術の心得はない。もっとも、用心棒を連れている可能性はある。気をつけるにこしたことはない」


 昨夜、仕掛屋の面々に蘭二が語った言葉である。 




 そして今日、蘭二と権太は一足先にあばら屋を見張ることにした。現地で壱助らと合流し、栗栖を仕留める予定だ。


「壱助の奴、遅いな」


 辺りを見回し、権太は呟いた。既に陽は沈み、暗くなりかけている。だが、蘭二はいたって冷静だ。


「壱助さんは、目が見えないんだ。仕方ないだろう」


 そこで、蘭二は足を止めた。

 あばら家の位置を、肉眼で確認できる場所まで来ている。しかし、何かがおかしい。


「どうしたんだ?」


 権太も立ち止まり、辺りを見回した。どうしたんだ、と尋ねてはいるが……権太もまた、この妙な雰囲気に気づいる。


「妙だと思わないかい」


 蘭二の言葉に、権太は頷いた。何者かが、木の陰に潜んでいる。それも、ひとりではない。


「ああ。そこに隠れている奴、出てこいよ」


 権太にしては珍しく、静かな口調で語りかけた。

 すると、木の陰からふたりの男が姿を現す。片方は二十代だろうか……いかにも血の気の多そうな顔つきだ。こちらを睨み、今にも襲いかかって来そうな雰囲気を醸し出している。

 もう片方の男は、三十代前後だろうか。片方の目に革の眼帯をしている。さらに黒い着物を着て、長脇差しを片手に持ち、鋭い表情を浮かべて権太と蘭二を見ている。明らかに堅気ではない雰囲気だ。


「お前ら、俺たちに何か用か?」


 権太が尋ねると、片目の男が口を開いた。


「俺たちが用があるのは、向こうに住んでいる男だ」


 そう言って、あばら家の方を指差した。すると、蘭二の顔つきが険しくなる。


「それは、どういう意味だ?」


「お前らには関係ねえ。さっさと失せろ。でないと、面倒なことになるぞ」


 片目の男が、苛ついたような表情で言葉を返す。すると、若い男が口を開いた。


「なあ兄貴、面倒くせえからさ、こいつらも殺そうぜ」


「五郎、てめえは黙ってろ!」


 一喝する片目だったが、聞いた蘭二の目が細くなる。


「今、こいつらも……と言ったね。という事は、あんたらは栗栖を殺しに来たのかい?」


 蘭二は、鋭い口調で尋ねた。すると、五郎が懐から何かを取り出した。


「こいつら、栗栖の知り合いじゃねえか?」


 五郎の言葉に、片目が頷く。


「ああ、そうらしいな。ひょっとして、お前らは栗栖の客か? 阿片買いに来たのか?」


 聞いてきた片目に、蘭二は口元を歪めて答えた。


「さあね、ご想像にお任せするよ」


 その返事を聞くと、五郎は鎌のような物を構える。


「ふざけやがって……ぶっ殺してやる!」


 その声と同時に、片目が長脇差しの鞘を抜き叫んだ。


「仁吉、桃介、泰司、出てこい! こいつらを生かして帰すな! 参次、おめえは栗栖を見張ってろ!」


 直後、木の陰から姿を現した者たち……片目と五郎も含め、全部で五人だ。六尺棒や短刀といった得物を持ち、こちらをじっと睨んでいる。

 すると、権太が囁いた。


「俺がこいつらを引き付ける。お前は栗栖を殺れ」


「それは無茶だ。いくらあんたでも、五人が相手じゃあ──」


「馬鹿野郎、さっきから、火薬と火縄の匂いがしてるのが分からねえのか。壱助さんとお美代さんが来てる」


 そう言うと、権太は相手の顔をゆっくりと見回した。


「来いよ。相手になってやる」


 言い放ち、身構える権太。その時だった。


「やあ、楽しそうな声が聞こえますな。お祭りでしたら、あっしも混ぜてもらえませんかねえ」


 潜んでいた茂みの中から、姿を現した座頭……言うまでもなく壱助だ。杖を突きながら、権太たちのいる方へと歩いていく。仕込み杖を両手に持ち、権太の隣に付いた。

 すると、片目は笑った。


「めくらかよ。構うことはねえ! 一緒に始末しろ!」


 命令と同時に、五人が一斉に動く──

 その瞬間、壱助は仕込み杖を抜く。でたらめに振り回した。盲滅法という言葉を地でいくかのような太刀筋だ。五人の動きは止まり、遠巻きに囲むような形になった。

 その隙に、蘭二は茂みの中へと飛び込む。地面を這うような動きで、あばら家へと接近して行った──

 一方、権太は壱助と背中合わせのような体勢で、じっと相手を睨み付ける。五人の獲物は長脇差し、短刀、鎌、六尺棒だ。全員、それなりに修羅場を潜っていそうな面構えである。権太は身構えながら、相手の出方を窺った。

 片目たちは、じりじりと包囲を狭めていく。六尺棒を持った体の大きな男が、にやにや笑いながら口を開いた。


「おい、お仲間は逃げたみたいだぞ。たったふたりじゃ、俺たちには勝てないぜ」


 言いながら、六尺棒をぶんぶん振り回すのは大男だ。真っ先に襲いかかってくるのは、恐らくこの男だろう。権太は身構えながら、相手を見つめている。

 いずれ、痺れを切らして襲いかかってくるだろう。その時にこそ、隙が生まれる。

 あるいは、彼女が隙を作ってくれるか。


「お前ら何やってるんだ! 相手はふたりじゃねえか! さっさと殺せ!」


 片目の激が飛ぶ。だが、男たちも迂闊には近寄れないのだ。仕込み杖を振り回す壱助と、がっちりした体格で隙のない構えの権太。男たちも素人ではない。下手に仕掛けたら、自分たちもただでは済まない事を分かっているのだ。

 睨み合う両者。だが、その状況は一瞬にして変化した。

 茂みの中から、不意に飛び出して来たのはお美代だ。彼女は竹筒を構えた。

 直後、轟く銃声──

 一瞬遅れて、片目がばたりと倒れる。

 男たちの動きが止まった。彼らは一斉に、いきなり乱入して来た者の方を見る。

 その瞬間、権太と壱助は男たちに向かい襲いかかって行った──



 蘭二は、静かに進んで行く。茂みの中に潜み、栗栖のいるあばら家を目指していた。

 だが、強烈な違和感を覚えた。何かがおかしい。あまりにも静かすぎる。

 蘭二は、そっと顔を上げてあばら家の方を見る。明かりが点いているのは見えた。しかし、人の動いている気配はない。そもそも、栗栖がまだ家の中に居るかどうかも不明だ。

 息をひそめ、あばら家へと近づこうとする。その時、向こうの茂みから何者かが現れた。黒い着物姿で、分銅の付いた鎖を振り回している。栗栖の用心棒か……いや、片目の手下の可能性もある。

 煙管を取り出し、構える蘭二。


「お前は何者だ?」


 尋ねた蘭二だったが、答えはない。男は無言のまま鎖を振り回し、じっとこちらを睨み付けている。どうやら、戦いは避けられないようだ。

 ふたりは三間(約五メートル)ほどの距離を空け、対峙していた。




 その頃、権太と壱助は敵に襲いかかっていた。

 男たちは、いきなり飛び出して来たお美代と銃声とに圧倒され、完全に隙だらけであった。しかも、頭目の片目が倒れている。残っているのは烏合の衆であった。権太と壱助の攻撃に為す術もなく、次々と倒れていく。

 権太と壱助は、労せずに残りの四人を始末した。


「さて権太さん、残るは栗栖だけですね」


 荒い息を吐きながらの壱助の言葉に対し、権太は頷いてみせた。


「ああ。それにしても、こいつら何者だ? 俺たちと同じく、こいつらも栗栖を殺しに来たみたいだが」


「権太さん、こいつは妙ですぜ。あっしら、はめられたのかもしれませんよ」




 一方、蘭二は鎖を振り回す男と睨み合っていた。膠着した状態が続く。

 その状況に耐えられなくなったのか、男は鎖を投げつけた。鎖の先端に付いた分銅が、蘭二めがけ飛んでいく──

 だが、蘭二は地面に伏せて躱した。次の刹那、男に向かい突進する。男は、慌てて鎖を戻そうとする。だが、蘭二の踏み込みは早い。あっという間に接近し、煙管を首の頸動脈に突き刺す。

 直後、すぐに引き抜いた。同時に、大量の血が吹き出す──


 男を始末した後、蘭二はあばら家へと侵入する。

 だが、中には異様な光景が広がっていた。明かりの灯る室内は相変わらず殺風景だ。生活に必要な最低限の物が置いてあるだけ。

 奥の部屋には、栗栖らしき男が座っていた。外の騒ぎは聞こえているはずなのに、身じろぎもせず机に向かい正座しているのだ。


「栗栖、お前を殺しに来た。悪いが死んでもらう」


 こちらに背を向けている栗栖に、押し殺したような声で意思を伝えた。胸にこみ上げてくるものから意識を逸らし、煙管に仕込まれた針を抜く。

 だが、それでも男は動かない。蘭二は、悲痛な声で叫ぶ。


「栗栖……いや、須貝! 死んでくれ!」


 かつての友人の本名を叫ぶと同時に、一気に間合いを詰める。背後から口をふさぎ、針を振りかざす。

 だが、異変を感じて手を止めた。相手を、まじまじと見つめる。

 その時になって、ようやく気づいた。

 栗栖は、既に死んでいたのだ。


「蘭二、殺ったのか?」


 言いながら、中に入ってきたのは権太だ、しかし、呆然と立ち尽くしている蘭二を見て、訝しげな表情になる。


「おい、大丈夫か?」


「ああ。来てくれて、ありがとう」


 虚ろな表情で、言葉を返す。一応は礼を言っているが、その言葉には感情がこもっていない。

 権太は首を傾げながら、ずかずか近づいて行く。


「どうかしましたかい?」


 両者のただならぬ雰囲気に、不審に思った壱助も室内に入って来た。


 そして、彼ら三人は栗栖の死体を見下ろす。


「壱助さん、こいつ自害したみたいだ。遺書みたいなのが置かれてる」


 めくらのふりをしている壱助に向かい、権太は律儀に説明していく。栗栖の手首にはぱっくりと開いた傷があり、おびただしい量の血が流れていた。その血液は、机の下にくりぬかれた穴に溜まっている。

 机の上には、一枚の紙が置かれていた。栗栖のものらしい署名と、一行の文が書かれている。


「遺書には、何て書いてあるんです?」


 壱助が尋ねる。


「これには『何人(なんびと)も咎める事なかれ 我みずからなり』と書かれてる」


 権太が答えると、壱助は顔をしかめてみせた。


「何ですか、そりゃあ。意味がわからないですね」


「誰のせいでもない、俺が自分でやった……っていう意味さ。どうやら、自害に間違いないようだな」


「ほう。権太さん、あんた意外と学があるんですね」


「いや、島にいる時にいろいろ習ったからな。それに、蘭二に比べりゃ大したことない」


 そう言うと、権太は蘭二の方を向いた。


「こいつは、どうしちまったんだ?」


「生きることも無意味で、何の価値もない……最後に会った時、栗栖はそう言っていた」







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