やさしさだけでは、生きていけません(三)
その日の夜、店の地下室に仕上屋の面々が集結していた。
「今回の標的は、阿片の売人である栗栖だよ。こいつはまだ若いけど、かなりの大物らしいね。江戸でも、一番の売人かもしれないよ。ただ、腕の方は大したことないみたいだけどね、けど油断は出来ないよ。ひょっとしたら、凄腕の用心棒でも連れてるかもしれない」
喋りながら、お禄は机の上に小判を置いていった。直後、静かな口調で尋ねる。
「さて、どうするんだい?」
その言葉に、真っ先に反応したのが壱助だった。
「あっしは殺りますぜ。阿片の売人なんざ、外道の中の外道でさあ。さっさとあの世に送ってやりましょうや」
そう言って、右手を突き出した壱助。お禄はその手のひらに、小判を十枚乗せた。
「おや、前金で五両ずつたぁ景気のいい話ですね。こりゃあ、お美代も喜びますよ」
嬉しそうに言いながら、小判の感触を楽しむ。次いで、権太が机の上の小判に手を伸ばした。
「銭が稼げるってのは、ありがたい話だ。そうと決まれば、さっさと終わらせよう」
権太は小判を懐に入れると、代わりに胡桃を取り出した。殻を握り潰し、実を口の中に放り込む。
その時、お禄が口を開く。
「ふたりとも、引き受けてくれるんだね。まあ、今回の仕事は楽なもんだよ。あと、もうひとつ知っておいてもらいたいことがあるんだ。昼間、仕分人のお琴とかいう小娘と会ったんだよ」
「仕分人? 何です、そりゃあ?」
怪訝な表情を浮かべる壱助に、お禄は顔をしかめた。
「あんた知らないのかい……まあ、仕方ないか。近頃、仕分人と名乗る阿呆が出て来たらしいんだよ。弱い者の代わりに、悪党を殺してくれる連中だ……てな具合に、瓦版で派手に書き立てられててね。うちには関係ないからほっといたんだけど、あたしを元締だと知ってるとなると、あまり気分は良くないね。どうしたもんかと思ってさ」
「なら、その女の居場所を教えてくれ。俺が殺す」
即答した権太に、壱助が笑いながら首を振った。
「それはまずいですよ。相手が何を考えているかもわからないのに、いきなり殺しちまったら、後でどうなるかわかりませんぜ」
「なるほど、それもそうだな。じゃあ、どうするんだ? ほっとくのか?」
尋ねる権太に、お禄は口の端を歪めて見せた。
「いや、さすがにほっとけないね。とりあえずは、連中のことを探っているところさ。ただ、あんたらも気をつけな。あんたらのことも、知っているかもしれないからね」
「そいつぁ面倒ですね。ま、あっしもそれとなく調べておきますよ」
皆がそんな会話をしている横で、蘭二は浮かない表情を浮かべて座っていた。
そんな彼に、お禄は声をかける。
「蘭二、あんたはどうするんだい? 今回の仕事は降りるの?」
お禄の言葉に、蘭二は首を振った。
「いいや、殺るよ。むしろ、この栗栖は私に殺らせて欲しいんだ。あの男は、私の知り合いなのさ。かつて、一緒に蘭学を学んでいた」
感情を抑え、淡々とした口調で語る。すると、場の空気が一変した。
「蘭二、無理しなくていい。栗栖は、俺が殺ってやるから──」
「いや、栗栖は私が殺る。私でなければ、いけないのさ」
心配そうな権太の言葉を遮り、虚ろな表情で言葉を返す。すると、今度はお禄が口を開いた。
「本当に大丈夫なんだろうね? あんたに任せていいのかい?」
「だから、今回は壱助さんや権太さんに見届人になって欲しいんだ。もし、私が仕損じたり躊躇ったりするようなら、その場で私も始末してくれ」
冷静な表情で、言葉を返した。すると、権太が血相を変えて立ち上がる。
「お前、何を馬鹿なことを──」
「わかりました。あっしとお美代、権太さんも一緒に行きます。もし、蘭二さんが妙な真似をしたら、その時はまとめて死んでもらいますよ。それで構いませんね、お禄さん?」
壱助の言葉に、お禄は冷酷な表情で頷く。
「ああ、それでいいよ。ま、あたしは蘭二がやってくれると信じてるけどね」
そんな皆の会話を無視し、蘭二はじっと机を上にあるものを見つめている。
重ねられた小判の束を──
彼の胸の内では、複雑な気持ちが渦巻いていた。佐島に続き、栗栖まで自らの手で殺さねばならぬとは。
確かに、阿片を製造して売るのは罪であろう。阿片がもたらすもの、それは無間地獄である。かつて、阿片に狂ってしまった人間を何人も見てきた。また、先だっては阿片中毒者と化した大勢の女郎たちを始末している。
しかし、個人の意趣返しに利用されている自分たちは何なのだろうか。
この金額から察するに、今回の依頼人も弁天の小五郎であろう。あの男が、阿片を嫌っていることは知っている。その考え自体は、糾弾されるべきものではない。
しかし、小五郎もまた裏の世界の人間だ。裏で悪事を働いていることは間違いない。実際、あの男に逆らって消された者は数知れない……と、お禄は言っていた。
小五郎は、言ってみれば悪党の親玉だ。そんな人間に、阿片を製造している者を裁く資格はあるのだろうか。
そんな悪党に、いいように使われている自分たちは何なのだろう。
私は、何をやっているのだろうか。
この先も、不毛なことを続けなくてはならないのだろうか。
・・・
その頃、別の場所でも物騒な相談が行われていた。
「鴈治郎、引き受けてくれるんだな?」
蛇次の言葉に、片目の男が大きく頷いた。
「もちろんでさぁ。元締の命令とあれば、殺らねえわけにはいきませんや」
答える鴈治郎の前に、蛇次は小判の束を置く。
「くれぐれも頼んだぜ」
ここは、蛇次の屋敷である。
蛇次の前にかしこまっている鴈治郎は、巳の会の一員だ。今夜、急に蛇次から呼び出され、取るものもとりあえず、おっとり刀で現れたのだ。そこで仕事を依頼され、一も二もなく引き受けたのである。
「ところで、ひとつ聞きたい。お前は、この仕事を何人でやるつもりだ?」
蛇次の問いに、鴈治郎は余裕の表情で答える。
「何人って、たかが野郎ひとり殺るだけですよね。あっしがひとりで行って終わらせますよ」
「すまねえがな、ひとりじゃあ駄目なんだ。手下を総動員させろ」
「ちょっと待ってくだせえ。たかが男ひとり殺すだけですよね? 手下を総動員てのは、いくら何でも──」
「ほう、俺の言うことが聞けねえってのか。鴈治郎、お前も偉くなったもんだなあ」
鴈治郎の言葉を遮り、蛇次は低い声で言った。いや、凄んでいるといった方が正確だろう。目つきにも、殺気が浮かんでいる。
途端に、鴈治郎の表情が青くなった。
「すいません」
「お前を信用してないわけじゃない。ただ、念には念を……って奴だよ。首尾よくやってくれたら、後金はこの三倍払う。それに、お前を巳の会の幹部に取り立ててやるぜ」
先ほどとは一転し、蛇次は優しい声を出していた。
「ほ、本当ですか?」
「ああ、本当だよ。だから、こいつを殺る時は手下を全員連れて行くんだ。いいな?」
「へい、わかりやした」
「もうひとつ言っておく。お前らが仕事をする時、邪魔が入るかもしれねえ。そん時は、邪魔してきた奴も全員殺せ」
「そらまた、どういう……」
聞きかけた鴈治郎だったが、すぐに口を閉じる。先ほどと同じ展開になってはたまらない。
「こいつはな、いろんな奴に恨まれてる。殺したがっている奴も、大勢いる」
静かに語っていた蛇次だったが、次の瞬間に表情が一変する。
「しかしな、こいつを殺すのは巳の会でなきゃならねえんだ。でなきゃ、うちを選んでくれた頼み人に申し訳ねえだろ。だから、もし他の連中が来てたら、構わねえから殺せ。あとの厄介事は、全部俺が引き受ける」
「わかりやした」




