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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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人の一生は、旅に似ています(五)

 その二日後、蕎麦屋の地下室に仕掛屋の面々が集合した。蘭二、壱助、権太といった面々だ。

 彼らに向かい、お禄が口を開く。


「今回、的になるのは神谷右近と神谷花、それに渡世人の銀次郎だ。神谷右近は動けない体らしいが、腕は立つって話だよ」


 そう言うと、お禄は机の上に小判を積んでいく。やがて五つの束が置かれた。


「神谷は腕が立ちますぜ。なるべくなら、殺り合いたくはねえですが……これも仕事だ。仕方ないですな。あっしとお美代はやりますよ」


 言いながら、壱助は手のひらを突き出した。


「ん? 壱助さん、あんたは神谷右近を知っているのかい?」


 お禄は、小判を壱助の手に握らせながら尋ねた。すると、壱助は顔をしかめながら頷いた。


「ええ。先日、権太さんと一緒に奴の住みかまで行きましたよ。足は動きませんが、鞭を振り回す危険な野郎でさあ。しかも、あの銀次郎ってのも只者じゃねえですよ」


 そう、あの日……壱助は銀次郎の全身に揉み療治を施した。その時に、手のひらを通じて伝わってきた情報から、大体のことはわかる。銀次郎もまた、数々の修羅場を潜って来た男だ。道場での、竹刀による剣術しか知らないような侍などとは比べ物にならないだろう。


「何でもいいよ。十両もらえるなら、旗本が相手でも殺ってやる」


 そう言いながら、机の上の五両を掴み取ったのは権太だ。蘭二も、金を手にする。


「今回の仕事は……金額から察するに蛇次か、はたまた小五郎か。いずれにしても裏社会の大物だ。弱者のために許せぬ人でなしを消す、って仕事じゃなさそうだねえ」


 どこか皮肉のこもった蘭二の言葉に、お禄は眉をひそめた。


「何よ、不満だってえのかい?」


「いいや、これも仕事だ。誰が相手だろうと引き受けるさ」


 口元を歪めながら、蘭二は答えた。


 ・・・


 翌日の夜。

 神谷右近は、花の押す手押し車に乗ってあばら家を出た。傍らには、渡世人の銀次郎がいる。


「神谷さん、あの同心が言っていた仕上屋ですが……表向きは、ただの蕎麦屋だって話です。しかし、裏の顔は腕利きの殺し屋だそうです」


 銀次郎の言葉を、右近は鼻で笑った。


「構わん。どうせ、やくざに毛の生えたような連中だろう。もし来たら、仕留めてやるだけだ」


 そう言った後、右近は花に視線を移す。


「花、お前には苦労をかけたな。今回の仕事で、まとまった金が入る。そうしたら、のんびりと温泉にでも──」


 右近の言葉が止まった。彼の磨き抜かれた勘は、異変を感じ取ったのだ。


「花、止まれ。誰か来るぞ」


 鋭い声を発する右近。と同時に、手押し車が止まった。


「もし、あの渡辺とかいう同心が来たら……どうしなさるんで?」


 銀次郎の問いに、右近は口元を歪めた。


「その時は、俺が殺す」




 やがて、彼らの前に現れた者は壱助であった。杖を突きながら、神妙な顔つきで歩いて来る。隣には権太もいた。


「あの時の……ひょっとして、お前らが仕上屋なのか?」


 鋭い声を発した右近に、壱助は足を止め口を開いた。


「神谷さん、申し訳ないですが死んでください。奥方さま、それに銀次郎さん、あんたらもだ」


 冷たい口調で言い放つ。その瞬間、右近らの表情が変わった。


「まさか、貴様のようなめくらが俺を殺しに来るとはな。まあ、貴様らが人殺しであることはわかっていたがな」


「そうですか。だったら、あの時にあっしらを殺しとくんでしたね」


 答えた壱助。すると、右近は鼻で笑った。


「お前らごときが、俺に勝てるつもりでいるのか? ずいぶん舐められたものだな」


 その言葉に怯みもせず、壱助は仕込み杖を抜く。


「聞きましたよ。昔は、凄腕の同心だったそうですね。南町の虎、なんて呼ばれてたそうで。それが今じゃあ、殺し屋稼業ですかい。さしずめ、虎の威を借る狐といったところですな」


 その言葉に、右近の表情が一変する。


「何だと……貴様、俺を侮辱するのか!」 


「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと始めようぜ。それとも、俺たちが怖いのか?」


 面倒くさそうに口を挟んだのは権太だ。その態度が、右近の怒りに油を注いだ。


「うるさい! 黙れ!」


 声の直後、右近の腕が動いた。鋭い鞭の一撃が飛んでくる。

 だが、権太は素早く飛び退き鞭を躱した。その一撃が合図だったかのように、蘭二も姿を現す。

 次の瞬間、権太は凄まじい勢いで銀次郎に突進していった──




 権太は突進し、銀次郎の顔面めがけて廻し蹴りを食らわす。木刀でもへし折る権太の蹴りだ。まともに食らえば、銀次郎でもひとたまりもない。

 だが銀次郎は、とっさに地面に転がる。権太の蹴りを躱しつつ、編み笠を投げつける──

 権太は廻し受けで、投げられた編み笠を払いのけた。さらに追い討ちをかけるべく走る。

 しかし、銀次郎は既に長脇差(ながどす)を抜いていた。同時に、権太に切りつける。切るというより、棒でしばくような一撃だ。権太は飛び退き、その一撃を躱す。

 睨み合う両者。先に動いたのは銀次郎だった。長脇差を小刻みに振りながら、間合いを詰めていく。

 銀次郎の戦い方は、完全なやくざ剣法である。侍の剣術のような、一撃で斬り捨てる戦法ではない。腕でも足でもいい、とにかく手傷を負わせて流血させるのが目的だ。血を流せば、相手は確実に弱っていく。手近な部分を切り流血させ、弱らせてからとどめを刺す……それこそが、銀次郎の戦い方であった。

 一方、権太はじりじりと下がって行く。銀次郎の太刀筋は非常に厄介だ。侍の道場剣術と違い、とても読みづらい。

 銀次郎が、長脇差を構えつつ徐々に間合いを詰めて来る。その時、権太は前転した。地面を転がると同時に、踵での蹴りを浴びせる。

 予想だにしなかった攻撃に、銀次郎は戸惑った。顔への打撃を防ごうと、反射的に腕で顔を覆う。

 だが、権太の狙いは他にあった。彼は接近すると同時に、銀次郎の右足を掴んだ。強靭な腕力で引き寄せ、右足首を小脇に抱える。さらに己の両足を銀次郎の左足に引っかけ、一瞬で引き倒した──

 見たこともない技、予想だにしなかった展開に、歴戦の強者である銀次郎もひとたまりも無かった。地面に倒され、呻き声を上げる。

 間髪入れず、権太は右足首を捻り上げ関節を極める。確かな手応えとともに、関節の砕ける音が響く──

 銀次郎は、思わず悲鳴を上げる。だが、権太の動きに迷いはない。素早く立ち上がると同時に、踵を落としていく。

 脊髄を踏み砕かれ、銀次郎は絶命した。



 壱助は得物を構え、右近と向き合う。右近の鞭は長く、したがって間合いは広い。うかつに近寄ろうものなら、肉をも削ぎ落とす鞭の一撃の餌食だ。

 間合いを保ちつつ、対峙する両者。先に動いたのは右近だった。


「花、左だ!」


 右近の鋭い声。と同時に、花が車を押した──

 車は、壱助のいる方に突っ込んで来た。直後、右近が鞭を振る。

 そのあまりの速さに、壱助の反応は間に合わなかった。彼の右腕に、右近の鞭が炸裂する。皮を削ぎ落とし、肉まで切り裂く鞭の一撃だ……壱助は思わず悲鳴を上げ、仕込み杖を落とした。


「壱助さん!」


 怒鳴ると同時に、蘭二が突進して行く。しかし、花の反応も素早かった。すぐに車を移動させる。と同時に、右近の鞭が飛ぶ。

 蘭二は、とっさに地面を転がり避けた。しかし、さらに強烈な連撃が飛んで来る。

 さすがの蘭二も避けきれず、鞭を食らう。だが、右近の攻撃は止まらない。瓦ですら叩き割る強烈な鞭が、彼の体を襲う──

 その時、右近の鼻は妙な匂いを嗅ぎ取った。


「花! 火薬の匂いがするぞ! 気をつけろ!」


 直後、顔に布を巻いたお美代が飛び出して来る。彼女は、竹筒を構えた。

 とっさに身を伏せる右近……次の瞬間、銃声が鳴り響く──

 倒れたのは、花であった。


「花!」


 悲痛な叫び声を上げる右近。だが、その背後には壱助が迫っていた。冷酷な表情で仕込み杖を振り上げ、右近めがけ斬りつける。花を失った今、右近は逃げることも避けることも出来ない──

 全身を切り刻まれ、右近は絶命した。


 お美代は、複雑な表情で花の死体を見つめる。

 花の髪には白いものが多く、顔の肉は削ぎ落ちていた。手足も細いが、妙に筋張っている。手のひらは分厚く、たこが出来ていた。

 体の動かぬ夫の世話を献身的にこなしてきたことが、ありありと見て取れた。  


「さんざん苦労をした挙げ句、こんな死に様を晒すとはね……哀れな話だよ」


 誰にともなく呟くと、お美代は顔を上げる。その場にへたり込んでいる壱助の傍に寄り添った。




 翌日の昼過ぎ、右近らの死体を検分しているのは渡辺正太郎であった。その横には、亀吉もいる。


「旦那……こいつらが死んでるって、誰から聞いたんですか?」


 怪訝な表情で尋ねる亀吉。だが、渡辺は何も答えず死体を調べている。

 ややあって、顔を上げた。


「奴ら、ついにやりやがったな。もう許せねえ」 


 ・・・


 その頃、蛇次の屋敷にひとりの男が訪れていた。いかにも温厚そうな、町人風の身なりの男である。




「蛇次さん、神谷右近は殺られましたよ。やはり、仕上屋は大したもんですなあ」


 男の言葉に、蛇次は笑みを浮かべる。その傍らには、捨三が控えていた。


「そうかい。やはり、仕上屋が仕留めたか。神谷の方が残ったのなら、うちで使ってやっても良かったんだがな」


 言いながら、紙に包まれた小判を差し出す。男は頭を下げながら、それを受け取った。


「へい、こりゃどうも」


 男は、小判を懐にしまう。その時、捨三が口を開いた。


「流れ者ってのは、こういう時に便利ですね。邪魔な熊次と寅三を消すには、持ってこいでしたよ」


「ふたりとも、覚えておくんだね。馬鹿と鋏は使いようさ」


 そう言うと、蛇次は不気味な笑みを浮かべた。







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