晴らせぬ恨み、晴らします(四)
「おいおい、またかよ。いい加減にしてくれよな」
同心の渡辺正太郎は、苦り切った表情で呟く。
剣呑横町の近くにて、立て続けにふたりの死体が出た。片方は刃物で数か所を斬られており、もう片方は鉄砲で眉間をぶち抜かれている。
あの旗本の三男坊が殺された時と似た手口だ。確か大場新之助とかいう名で、人斬り狂という噂だった。
「旦那……やっぱりこいつは、仕分人の仕業じゃないですかねえ」
そう言いながら、岩蔵がぬっと顔を突き出す。
渡辺は、思わず顔を背けた。本当に、暑苦しい奴だ。
「仕分人? 何だよ、それは?」
「旦那、前にも言ったでしょうが。人の恨みを銭で晴らすとか、大それたことをほざいてる野郎たちでさあ。あっしは、おひろめの半太とかいう奴から聞いたんですがね」
訳知り顔で答える岩蔵に対し、渡辺はしかめ面をして見せる。
「そんなもん、でたらめだろう。あの半太は、てめえの瓦版を売るためなら、何でもする野郎さ」
「いや、そうとも言えませんぜ。この利吉と為三ですが、あちこちで評判の鼻つまみ者ですぜ。飲み代は踏み倒すは、女はかどわかすは、男を殴って銭とるは……弱い奴を相手にせこい真似ばかりしてる、どうしようもない半端者の屑でさぁ」
「そうかねえ」
生返事を返した。渡辺にとって、そんなことはどうでもいい。こんな仕事は、さっさと終わらせよう。
渡辺は、集まってきた野次馬の方に歩いていく。
「ほら、お前ら邪魔だよ。さっさと失せろ」
言いながら、野次馬を追い払う。その時、野次馬の中に見覚えのある顔を見つけた。
蕎麦屋の女主人、お禄だ。女主人とは言っても、さほど大きな店ではないし、繁盛している気配もない。渡辺も一応、顔だけ知っている程度だ。
「何だ、お禄じゃねえか。お前、店ほっぽらかして、こんな所で何してんだよ?」
渡辺が声をかけると、お禄はすました表情で応じる。
「いや、ここで人が殺されたと聞きまして、見に来たんですよ。なんとも物騒ですねえ」
言いながらも、その目は死体へと向けられている。渡辺はうっとおしそうな表情で、犬でも追っ払うように手を振った。
「馬鹿野郎、剣呑横町で商売してりゃ、死体くらい見慣れてんだろうが。用がねえなら、さっさと失せろ。真面目に働け」
「はい、失礼します」
お禄はぺこりと頭を下げ、去って行った。すると、岩蔵が横に来る。
「お禄の奴、何しに来たんですかね?」
「どうせ、野次馬根性で死体を見に来ただけだよ。全く、こんなもんわざわざ見に来るなんざ気がしれないな」
面識くさそうに言った渡辺を見て、岩蔵は呆れた表情でかぶりを振った。
「旦那、あんたは何もわかってないようですね。あっしはね、あいつが怪しいと睨んでるんですよ」
「お禄がか? 冗談だろ? あいつは、ただの年増の蕎麦屋じゃねえか」
「それ、本気で言ってるんですかい? お禄の面を見りゃ、何となくわかるでしょう。あいつはね、絶対に裏で何かやってますよ。いずれ、しょっ引いてやりますぜ」
言いながら、岩蔵はにやりと笑う。
渡辺は溜息を吐いた。この岩蔵、悪党を見分ける勘は鋭い。腕も立つ。実際、そこらの悪党が五人や六人たばになっても敵わないだろう。また、弱い者を思いやる優しさも持っている。事実、女子供や老人からは好かれている。
しかし悪党に対しては、手段を選ばぬ部分があるのも確かだ。口を割らせるための拷問は当たり前のように行なう。岩蔵の拷問で、不具者にされた悪党は少なくない。拷問の最中に死んでしまい、渡辺が上手く誤魔化したことも、一度や二度ではないのだ。
渡辺は、かつて岩蔵が死なせてしまった罪人たちの顔を思い浮かべた。嫌な気分が同時に蘇り、苦々しい表情で口を開く。
「岩蔵、ほどほどにしとけよ。あんまり無茶すると、いくら俺でも誤魔化しきれねえぞ」
「わかってますって」
上司である渡辺の言葉に、生返事をする岩蔵。馬耳東風、を絵に描いたような表情だ。ほどほどにする気など、欠片もないだろう。
渡辺は仕方なく、視線をふたりの死体に向ける。奴がどうなろうが、自分の知ったことではない。
・・・
お禄は、さっさと歩いていく。
いつもながら、壱助とお美代は見事な手際だ。利吉はともかく、為三の死体は一発で仕留められていた。
ただ、死体を調べていたのが鬼の岩蔵だったことは気になる。あの男は、非常に厄介な目明かしだ。鋭い勘で下手人を見抜き、そして手荒い拷問にかけて吐かせる。その遣り口は、裏の世界では知れ渡っていた。
もっとも、一緒にいる同心が無能な昼行灯の渡辺正太郎なのが救いである。
「お禄さん、ちょっと待ってくれねえか」
通りで、不意に呼び止める声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。お禄は、愛想笑いを浮かべて振り返る。
「誰かと思えば、蛇次さんじゃござんせんか。あたしに何か用ですか?」
そう、お禄を呼び止めた男は……江戸の裏稼業でも指折りの組織『巳の会』の元締・蛇次であった。中肉中背でくすんだ色の作業着を着た、白髪の目立つ男である。その目には、どこか狂気じみた光が宿っていた。
噂では、蛇次は実の父親を自らの手で殺し、今の地位を手に入れたと言われている。ただし、その真偽を本人に問うた者はいない。
「実は、困ったことが起きてね。うちに新しく入った人間が三人いたんだが、ふたりが相次いで殺された。さらに、もうひとりは行方知れずときてやがる」
「おやおや それは困りましたねえ」
お禄は驚いたような表情で答える。だが、内心では舌打ちしていた。まさか、あの三人が巳の会の者だったとは……。
「ああ。三日前に、うちに入ったらしいんだよ。それがいきなり殺されちまうとは、何とも運のねえ奴らだよな」
蛇次は、そう言って笑った。もっとも、目は笑っていない。じっとお禄を見据えている。
「そうでしたか。しかし、どこの馬鹿なんでしょうねえ。巳の会に手を出すなんざ、気違いの仕業としか思えませんよ。今ごろ、家で震えてるんじゃねえですか」
表情ひとつ変えず、お禄は言葉を返した。彼女には、蛇次の狙いは既にわかっている。
この男は、何があったかを把握しているのだ。仕上屋の者が、巳の会の人間を殺したこともわかっている。本来なら、知らなかったでは済まされない。両組織の全面戦争にもなりかねない事態だ。
もっとも、蛇次は商売人である。そんな一文にもならないようなことはしない。代わりに、お禄に貸しを作るつもりなのである。
そう、これは蛇次からの警告だ。
「まあな、俺もあんな雑魚のために、いちいち動くつもりはねえ。だがな、こんなことが続くようだと……いずれ血を見なきゃ、収まらなくなる。あんたなら、わかるよな?」
「わかっています。蛇次さんに逆らおうなんて馬鹿は、この江戸には居やしませんよ」
口ではそう言っているが、お禄に怯む様子はない。すると、蛇次の手が伸びてくる。お禄の肩を、軽く叩いた。
「話は変わるが、近頃は仕分人とかいう馬鹿が出てきたらしいんだよ。知ってるかい?」
「仕分人? 瓦版屋が、適当にでっち上げた与太話じゃないんですか」
「俺もそう思うんだが、ちょっと気になるんだよ。何かわかったら、知らせてくれよ。じゃあな」
蛇次はにやりと笑い、向きを変えて去って行った。お禄は、その後ろ姿をじっと睨みつける。
巳の会……もちろん、敵に廻したくはない。しかし、外道どもの手先に成り下がるつもりもない。
「あたしらは、あんたに飼われる気はない。尻尾も振らないからね」
お禄は、そっと呟いた。