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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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人の一生は、旅に似ています(三)

「勇吉、お前は本当に演技が下手だな」


 長屋に戻った後、権太は頭を掻きながら言った。


「いや、そんなこと言われても……つうか、権太さんだって人のこと言えないだろ」


 部屋にいた若者が、むっとした表情で言い返す。先ほど、派手に転倒して壱助に按摩された男だ。

 横で聞いていた壱助は、思わず苦笑した。


「権太さん、仕方ないじゃないですか。勇吉さんは役者じゃないんですし。それに、あんただって人のことは言えないですよ」


「まあ、確かにな」




 この勇吉(ゆうきち)という若者は、つい最近、弥勒長屋に引っ越して来たばかりだ。悪人ばかり住んでいる長屋には珍しく、小柄な堅気の青年である。

 そんな勇吉であるが、大抵の人間を怯ませる人相の持ち主である権太のことを、なぜか気に入ってしまったらしい。親しげな態度で、押し掛け女房ならぬ押し掛け舎弟になってしまった変わり者である。もちろん、裏稼業については何も知らない。

 もっとも、権太にして見ればいい迷惑であった。こんな若造とは、本来なら関わりたくない。しかし、自分のいない時に部屋を見てくれる勇吉のことを、あまり邪険には出来なかった。

 それに、今回ばかりは勇吉を使わざるを得なかったのだ。




「誰も来やしないねえ。こりゃあ、失敗だな」


 勇吉の言葉に、壱助はため息を吐いた。ふたりが、もう少しまともな演技が出来ていれは、四人か五人くらいは客が付いていたかもしれない。

 だが、神社での勇吉の演技はあまりにも大げさなものだった。それに、権太の棒読みもまた酷いものである。あれでは、疑われるのも無理はない。そもそも、この二人にさくら役をやらせた自分が馬鹿だった。


「仕方ないですねえ。地道にあちこち廻って、客を探しますよ」


 そう言って、立ち上がる壱助。外に出ようとしたが、その動きが止まった。


「何か妙な音がしますぜ。誰か、こっちに近づいて来てるみたいですね」


「えっ? じゃあ、客が来たのかもしれないよ」


 勇吉が言うと、権太は素早く立ち上がった。勇吉の首根っこを掴み、布団へと無造作に放り投げる。


「お前、そこで布団被ってろ」


 直後、外から声が聞こえてきた。


「すみませんが、ここに権太さんと仰る方はいますかい?」


 低く、愛想の欠片もない声だ。権太は、首を傾げながら戸を開ける。

 そこに立っていたのは、股旅姿の男であった。廻し合羽の三度笠。しかも口には長い竹串をくわえ、腰には長脇差(ながどす)をぶら下げている。明らかに、堅気ではない雰囲気だ。


「お前、誰だ? 何しに来た?」


 権太は、鋭い目付きで尋ねる。目の前にいるのは、間違いなく渡世人である。権太は、こんな男と知り合った覚えはない。そもそも、渡世人とは関わりたくもない。


「あっしは、銀次郎といいやす。先ほど、あなた方の神社での三文芝居を見させてもらいやした」


 銀次郎の口調は冷めきっている。すると、権太の眉間に皺が寄った。


「お前、何しに来たんだ? 喧嘩を売りにきたのか?」


 権太もまた、低い声で凄んだ。しかし、壱助が彼の腕を掴む。


「まあまあ。で、銀次郎さんとか仰る御仁は……その三文芝居を演じた役者に、一体どんな御用がおありなんです?」


 壱助の口調には、とぼけた雰囲気がある。それを聞き、銀次郎の表情が僅かに和らいだ。


「あなた確か、壱助さんと仰いましたね? 実は、あなたにお願いしたい事がありやす」


「お願いしたいこと、といいますと……やっぱり揉み療治でしょうかね?」


 壱助が尋ねると、銀次郎は頷いた。


「そうです。あっしにとって御恩のある、神谷右近さんの足を診ていただきたいんでさあ。奥方さまが、是非ともあなたに……ということです。どうなんでしょうかねえ?」


「ええ、構いませんよ。では、さっそく行きましょうかね」


 そう言うと、壱助は杖を手にする。だが、権太が口を開いた。


「壱助さん、俺も行くよ」


「ちょっと待ってくれませんかね。あんたは、いったい何なんですかね?」


 言いながら、権太を睨む銀次郎。すると、壱助が横から口を挟んだ。


「この人は、権太さんです。あっしの用心棒でさあ。あっしみたいなめくらは、不安で仕方ないんですよ……いざとなったら、何をされるか分かりませんからね。付いて来ても構わないですよね?」


 そう言って、にやりと笑った。


「そういう事情なら、仕方ないですね。いいでしょう」



 壱助と権太は、銀次郎の後を付いて行った。

 この銀次郎、旅に慣れているせいだろうか……歩くのが、やたらと早い。権太はともかくとして、壱助は付いていくのにも一苦労だ。


「銀次郎さん、もう少しゆっくり歩いてくれ。壱助さんは、あんたとは違うんだ」


 見かねた権太の言葉に、銀次郎は立ち止まった。冷たい表情で、後ろを振り返る。


「あっしには、関わりのねえことでござんす……と言いたいところですが、今回はそうもいかないですね」


 そう言うと、銀次郎は壱助の追い付くのを待った。速度を合わせ、ゆっくりと歩いて行く。

 権太も壱助も、何とも奇妙な思いを抱えていた。この他者を寄せつけない雰囲気の渡世人が、どんな患者を抱えているというのだろう。先ほど、この男は神谷右近と言っていた。名前から察するに、恐らくは侍であろう。しかし、銀次郎が侍と知り合いだとは考えにくい。




 しばらく歩いた後、三人が到着したのは町外れの古いあばら家であった。壁には穴が空き、障子はもはや原型をとどめていない。 

 銀次郎は、そのあばら家の前で立ち止まり声を出した。


「神谷さん、銀次郎です。按摩の先生をお連れしやした。ただ、用心棒みてえな柄の悪いのも付いて来てますが──」


「構わない。一緒に通してくれ」


 あばら家の奥から聞こえてきたのは、中年男の声だ。銀次郎は振り返った。


「じゃあ、行きやしょう。ただ、足元には気を付けて……あっちこっち穴が空いてますから」


 そう言うと、中に入っていった。ふたりも、後に続く。

 神谷右近は黒い着物を身にまとった姿で、あばら家の奥に座っていた。その傍らには、妻の花が控えている。甲斐甲斐しく、夫の世話をしていた。

 入って来た壱助と権太に対し、右近は無愛想な表情で一瞥をくれただけだった。一方、花は笑顔で挨拶する。


「まあ、よくぞいらしてくださいました。どうぞこちらに──」


「花、こんな奴らに礼を尽くす必要などない。どうせ、いかさま師であろうが」


 いかにも軽蔑したような口調の右近に、権太が低く唸る。今にも飛びかかって行きそうな形相で、右近を睨んだ。

 しかし、壱助がさりげなく前に出る。


「まあ、いかさま師かどうかの判断はともかくとして……あっしは一体、どなたを治療すればいいんでしょうかね?」


 目を瞑り、杖を突きながら前に出ていく壱助。すると、花が彼の手を取って右近のそばに導く。


「主人の足を、診てもらえませんか?」


 壱助は頷き、右近の足に触れる。しばらく揉んだりさすったりしたが、その顔が歪んだ。


「神谷さま、はっきり言わせてもらいますが……この足は治りません。もし治せる奴がいたら、あっしは按摩を廃業しますよ」


 そう、右近の両足は手が付けられない状態だった。足の骨が粉々に砕け、変形した状態でくっついてしまっている。しかも、足の感覚が完全に麻痺しているのだ。これは、二度と動かないだろう。


「そうか。お前は、思ったより正直な男だな」


 右近の口調は、いくぶん柔らかいものになっている。しかし、花の表情は暗く沈んだ。


「そうですか……」


 花が言った時、隅の方で物音がした。次いで、灰色の小さな何かが床の上を駆け抜ける。

 その瞬間、右近の手が動く。何かが破裂するような音が響いた。

 直後、一匹の鼠が死骸と化していた──


「鞭か。大した腕だな」


 権太が呟く。そう、右近の手には鞭が握られていたのだ。革で作られた、長い鞭……その鞭の一撃が、部屋を横切ろうとしていた鼠を仕留めたのである。

 だが、驚くのはまだ早かった。さらに、右近が右手を振った。すると、鞭が鋭い音を立てる──

 次の瞬間、鼠の死骸は弾かれた。右近の手元へ、弾き飛ばされて来たのだ。右近は何事もなかったかのように、鼠の死骸を拾い上げ庭に投げ捨てる。


「なんとまあ、器用な真似をなさる旦那だね」


 権太の言葉に、右近は冷たい視線を向ける。


「ああ、俺はこんな体なのでな。器用な真似が出来なければ、生きてはいけん。特に、お前らのような悪党を相手にする時にはな」

 

「何だと?」


 権太の目付きが、鋭さを増した。だが、右近には怯む気配がない。


「俺にはわかっている。お前から血の匂いがしているのが、な」


 淡々とした口調で語る。さすがの権太も、その静かな迫力には何も言えなかった。


「心配するな。お前らを今、どうこうしようとは思わん。ただ、ほどほどにしておくのだな。でないと、いつかは奉行所の役人に捕らえられ、獄門台に送られる羽目になるかもしれんぞ」


「獄門台、ですか……いや、あっしらはそんな大物じゃありませんよ。今の鼠みたいに、人の目を盗んで動いてるだけです。あっしらは、そんな大層なものにゃなりませんから」


 言ったのは壱助だった。彼は、杖を手に立ち上がる。


「神谷さん、あなたの足は治せません。あっしがいくら揉んでも、どうにもなりませんや。では、そろそろ失礼します」


「待て。わざわざ、ここまで来てもらったのだ。金はちゃんと払おう。幾らだ?」


 右近の言葉を聞き、花が財布を取り出す。しかし、壱助は首を横に振った。


「いいえ、あんたから銭は受け取れません。権太さん、行きましょうか」


 そう言うと、壱助は歩き出した。だが、その足元で破裂するような音が響く。

 右近が鞭を振るったのだ。


「貴様、俺を憐れんでいるのか? 俺のような者から金は受け取れん、と言いたいのか?」


 言いながら、壱助を睨みつける右近。だが、壱助も怯まなかった。


「そう言う訳ではありませんよ。ただ、あっしは何もしていませんからね。揉み療治を行ってない以上、銭を受け取る訳にはいきませんや。こんなの、当たり前のことです」


「何だと! 貴様、俺を侮辱するのか!? 俺の金が受け取れんと言うのか!?」


 右近の声には、殺気がこもっている。その言葉に、権太が素早く反応した。壱助の前に出て身構える。

 しかし、壱助の方も引く気配がない。


「わからねえ人だなあ。あっしは治療をしてねえから、銭は受け取れねえ。ただ、それだけのことです。そんな簡単な話もわからねえんですかい?」


 吐き捨てるような口調で、壱助は言い放つ。その言葉を聞き、右近の表情がさらに険しくなった。

 そこに、銀次郎が割って入った。


「だったら、こうしましょう。壱助さん、あっしの肩を揉んでください。あっしも長旅で疲れてますからね。あちこち、がたがきてるかもしれねえ」


 平静な声で言うと、銀次郎は壱助のそばに行く。背中を向けてしゃがみ込み、あぐらをかいた。


「ささ、やっておくんなせえ。それが終わったら、壱助さんは銭を受けとる。それなら、文句はねえでしょうが」











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