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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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29/62

許せぬ奴に、とどめ刺します(三)

 その日、お禄は通りを歩いていた。

 目的は、裏の情報を仕入れるためである。町にいる情報通たちを探していたのだ。店の方は、蘭二とお春に任せている。事情を知らないお春は、小声でぶつぶつと文句を言っていた。

 だが、そんなものにいちいち構ってはいられない。元吉が、無事に仕事を終えたのか……気になって仕方なかったのだ。

 その情報は、向こうから飛び込んで来た。


「お禄さん、申し訳ないんですが、ちょいと来てもらえませんか。実はですね、蛇次さんが会いたがってるんですよ」


 後ろからの声を聞き、お禄はさっと振り向く。すると、見覚えのある若造の姿がある。蛇次の子分・捨三(すてぞう)だ。使い走りの青年であるが、他の子分連中とは違って腰が低く、態度は柔らかい。しかし、今の彼は険しい表情を浮かべていた。


「えっ、誰かと思えば捨三さんじゃないか。えらい血相変えて、何かあったのかい?」


 お禄が尋ねると、捨三はさりげなく周りを見回し、顔を近づけて来る。


「ええ、ちょいと急用なんです。出来れば、今すぐあっしと一緒に来ていただきたいんですよ。無理でしょうかね?」


 その声は、かなり切羽詰まったものだ。どうやら、よくよくの事情であるらしい。お禄は訝しげな表情を浮かべながらも、捨三に言われるがまま蛇次の屋敷に向かった。




「お禄さん、急に呼び出して申し訳ねえなあ。実は、あんたに頼みたいことがあるんだよ。まあ、無理にとは言わねえが……」


 言いながら、蛇次は冷たい目でお禄を見つめる。その顔からは、表情が消え失せていた。


「いったい何でしょうか?」


 恐る恐る尋ねるお禄。だが、返って来た蛇次の言葉は驚くべきものだった。


「実はな、元吉の奴が仕事をしくじったんだよ。このままだと、俺の面子が立たない。そこで申し訳ないんだが、お禄さんたちに代わりにやってもらいてえんだ」


「えっ、元吉さんがしくじったんですか?」


 お禄は、思わず顔を歪める。

 もっとも、こうなるような気はしていたのだ。元吉は元来、大物の使い走りや情報の売り買いなどを生業にしていた男である。裏の世界にいたとはいえ、荒事はあまり得意ではないのだ。

 まして、殺しの経験などは……ほとんど無いはずである。少なくとも、切った張ったの武勇伝は聞いたことがない。

 ただ、蛇次もそのあたりの事情は充分に承知していたはず。なればこそ、元吉にも出来るような仕事を回すだろう……お禄は、そう考えていたのである。蛇次ともあろう者が、子分の腕や技量を見損なうはずがない、と。

 しかし、元吉は仕事をしくじってしまった。しくじった、ということは……九分九厘、その命はもうないのだろう。


「まあ、とにかくだ……お禄さん、すまねえが十両で引き受けてくれねえか。相手は、還暦を過ぎた爺さんだ。あんたらなら余裕だろう。安い仕事で申し訳ねえがな」


「ちょっと待ってください。元吉さんは、何故しくじったんです? そんな爺さんを、仕留め損ねたんですか?」


「ああ。俺もよくは知らねえんだが、たまたま店にいた用心棒と鉢合わせし、斬られたらしいんだよ。で、逃げる途中、たまたま通りかかった岩蔵の奴にとどめ刺されたらしいんだなあ」


「岩蔵、ですか……」


「そう、目明かしの岩蔵だよ。鬼の岩蔵なんで呼ばれて調子に乗ってる、奉行所の犬さ。あの野郎、こないだは俺のことまでしょっ引こうとしやがった。ふざけやがって……」


 蛇次は、吐き捨てるかのような口調で言った。よほど岩蔵のことが気に入らないらしい。

 だが、お禄にとっては、それどころではなかった。


「そうですか。岩蔵の奴が、元吉さんを殺ったんですか」


「ああ、岩蔵が殺ったんだよ。これは間違いない。そんなことより、あんた受けてくれるのかい? 本来、この仕事は二十両だった。丸腰の商人ひとりを仕留めるだけの、簡単な仕事だったんだよ。ところが、元吉は前金の十両を抱いたまま死んだ……そうなると、今さら取り下げる訳にもいかねえんだ。俺は、あんたを信頼してる。だから、仕上屋さんに頼みたいんだ」


 蛇次は、そこで言葉を止めた。そして懐から、紙に包まれた小判を取り出す。

 それを、お禄の前に置いた。


「十両だよ。ただし、あまりにも急な話だ。嫌なら断ってくれても構わない。本来なら二十両の仕事を、あんたに十両でやらせようってんだ。断られても、文句は言えねえよ。もっとも、その時は元吉の嫁ん所から、十両を取り返してこねえとならねえがな。捨三が若い者連れて行くことになるな。気は進まねえが、仕方ねえよ」


 お禄は黙ったまま、じっと小判を見つめていた。 ややあって、その小判を手に取る。


「わかりました。やりましょう。そいつは……いえ、そいつらには仕上屋がとどめ刺します」




 帰り道、お禄は口を真一文字に結び足早に歩く。彼女は、ある場所に向かっていた。

 古い記憶の片隅へと追いやった場所である。


「おみつさん、久しぶりだねえ」


 堅い表情で、頭を下げるお禄。だが、おみつの表情は暗い。

 おみつは、絶世の美女……というような美しい顔の持ち主ではない。だが愛嬌のある顔立ちだ。いつも元気で、歳上の元吉の尻を叩いて仕事に行かせるような気っぷのいい女だった。

 だが、今のおみつはあまりにも痛々しい。顔はやつれて白髪は増え、一気に十歳ほど老けてしまったような気さえする。


「お久しぶりです。うちの人は、あなたの事だけは信頼していました」


 そう言うと、おみつは頭を下げる。

 だが頭を上げた瞬間、その表情は一変していた。


「お禄さん、あんたにお願いがあります。あの人が残してくれたこの金で、恨みを晴らしてください。あの岩蔵を、殺してやりたいんです」


 そう言うと、十両の金を差し出した。お禄は唖然となりながらも、どうにか言葉を絞り出す。


「おみつさん、馬鹿なことを考えちゃ駄目だ。その金は、もっと大事に使いなよ。あんたの腹には今、赤子がいるんだろ?」


「流れました」


 淡々とした表情で答える。

 お禄は何も言えず、顔を歪めて下を向いた。かつて、自分も流産を経験している。その時の苦しみと悲しみは、筆舌で表現できるものではない──


「お禄さん、どうかお願いします。この江戸には、恨みを晴らしてくれる闇の仕事師がいる……あたしは、元吉からそう聞きました。お禄さんなら、その人たちに会えるんじゃありませんか?」


「い、いや……それは、その……会えない事もないけど」


 お禄は口ごもる。何と言えば良いのか分からなかった。復讐のために、十両という大金を費やす……おみつのような立場の人間の選択としては、果たして正しいのだろうか。


「あのさ、もう一度考え直してもらえないかな。その銭は、元吉さんが命を張って作ったんだ。もっと意味のあることに使った方がいいんじゃないかと思うよ」


「もし、誰も引き受けてくれないのなら……あたしが殺ります。あたしがこの手で、岩蔵を殺します──」


「それは駄目だ! 馬鹿なことを言うんじゃないよ!」


 お禄は思わず怒鳴りつけた。と同時に、金を手に取る。


「わかったよ。そこまで言うなら、恨みを晴らしてくれる奴を探してみる。岩蔵を殺してくれる奴を、ね。くれぐれも、馬鹿な真似をするんじゃないよ」




 おみつの住む長屋を出た後、お禄は立ち止まった。まさか、こんな話になろうとは……普段なら、こんな仕事は絶対に受けない。裏稼業には、間に入る人間が必要なのだ。

 だが、おみつを放っておくことは出来なかった。彼女の目は本気だ。放っておいたら、本当に岩蔵を殺しに行くだろう。

 その結果は、返り討ちに遭うだけだ──







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