表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/62

許せぬ奴に、とどめ刺します(二)

 その夜、元吉は九寸(約二十七センチ)の短刀を懐に入れ、江戸の街を歩いていた。

 目指すは、山木屋という商店である。主人の山木幸兵衛(やまき こうべえ)は還暦を過ぎた老人とのことだ。殺すのは、そう難しいことではない。

 足音を潜めながら、元吉は山木屋に侵入した。裏口の戸を開け、店の中に入って行く。

 店の中を音も立てずに歩き、標的を探す。だが、山木幸兵衛はすぐに見つかった。店の奥の座敷で、金勘定をしている。侵入者には、全く気づいていないようだ。

 元吉は、短刀を抜いた。山木の背後から、静かに近づいて行く。


「山木、死んでもらうぜ!」


 吠えた直後、元吉は突進しようした。が、山木は振り向く。

 

「殺し屋さん、死ぬのはあんただよ」


 声を上げた。その顔に恐怖はなく、余裕の笑みすら浮かんでいる。

 元吉は、驚愕し立ち止まる。そこに現れたのは、刀を構えた男だ。身なりからして、浪人のようである。浪人は、刀を振り上げ襲いかかった。

 元吉は、とっさに身を躱そうと動いた。しかし避けきれず、背中に一太刀を受ける。激痛のあまり、うめき声を洩らした。

 さらに襲いかかる浪人だったが、元吉は短刀を投げつけた。浪人は、刀で弾き飛ばす。そのため、一瞬ではあるが動きが止まった。

 その隙に、元吉は死に物狂いで逃げだした──


 痛みをこらえ、必死で走る元吉だったが……突然、目の前に目明かしが姿を現す。大柄でいかつい体つき、凶悪な風貌の持ち主だ。

 目明しの岩蔵である──


「おめえ、元吉だな。神妙にしろい!」


 言うと同時に、岩蔵は十手を構えた。じりじりと近づいて来る。

 元吉は、横道に逃げようと走った。だが、片足に何かが絡みつく。足を取られ転倒した。

 次の瞬間、凄まじい力で引っ張られる。元吉は抵抗すら出来ず、あっという間に引きずられていた。


「逃げられると思ってるのか!」


 怒鳴ったのは岩蔵だ。その手には、鎖が握られている。彼の持つ十手は特殊なもので、分銅の付いた鎖と一体になっている。これは鎖十手という武器であり、岩蔵はこの鎖十手を自在に使いこなし数々の悪党を仕留めてきた。剣術を収めた侍だろうが、数々の修羅場を潜ってきたやくざ者だろうが、全て倒して来たのだ。

 それでも、元吉は立ち上がった。彼とて、ここで捕まるわけにはいかないのだ。必死の形相で、岩蔵に殴りかかる。

 しかし、それは無駄な抵抗であった。岩蔵は、簡単に拳を躱す。直後、側頭部に十手を食らわした。

 元吉は崩れ落ちた。その拍子に、地面に頭を強打する。

 彼の意識は、闇に沈んでいった──




「この野郎、くたばりやがったか。手間かけさせやがって」


 元吉の死体を調べながら、吐き捨てるような口調で言う岩蔵。彼にとって、悪党の死など日常茶飯事である。今までに殺した悪党の数は、両手の指より多い。果たして何人なのか、正確なところほ自分でも覚えていないくらいだ。

 その時、声をかけてきた者がいる。


「これはこれは、岩蔵の親分さんじゃありませんか。今回もお手柄ですね」


 用心棒の浪人と共に現れたのは山木だった。岩蔵にぺこぺこ頭を下げる。


「いや、大したことはねえよ。それより山木屋さん、確認しときてえんだが……こいつの刀傷は、そこのお侍さんがやったんだな?」


 岩蔵が鋭い目つきで尋ねると、山木は頷いた。


「へ、へい、その通りでさぁ。こいつがいきなり入って来まして、うちの用心棒の村井先生に斬られたんですよ」


「そうかい。なあ村井先生、こんな奴を一発で仕留められねえようじゃ、商売替えを考えた方がいいかもしれねえぜ」


 岩蔵の言葉に、村井はむっとした表情になる。だが、山木が口を挟んだ。


「いやいや、逃げ足だけは早い男でしたから……村井先生がいなければ、私は殺されてましたよ。ところで、私らはもう帰ってもようござんすね?」


「ああ、いいよ。どの道、あとは昼行灯を呼んで終わりだ」


 そう言って、岩蔵は笑って見せた。




 しばらくして、その場に現れた者がいた。同心の渡辺正太郎である。


「こいつは、どうも解せねえなあ」


 元吉の死体を検分しながら、渡辺は首を捻りつつ呟いた。と、岩蔵が反応する。


「何がです?」


「山木屋の主人の家に、こいつは短刀を持って押し入った。ところが、用心棒に斬られて逃げたって話だったよなあ。だったら、何で背中に刀傷が付いてるんだ? どう見たって、背後から斬りつけたとしか思えねえだろうが」


 渡辺の目は、じっと傷口を見つめる。背中を一太刀だ。傷の具合を見る限り、用心棒の腕は悪くない。むしろ、逃げようとしたところを斬られた……そうとしか思えないのだ。

 しかし、わざわざ逃げようとしている者を斬るというのは、どういう事情なのだろう。用心棒はあくまでも、主人を守るのが務めのはずだ。

 いや、それはまだいい。もっと理解できないことがある。


「岩蔵……おめえ、ここで何してたんだ?」


 顔を上げ尋ねた。そう、一連の流れがあまりにも不自然なのだ。元吉が用心棒の村井に背中を斬られながらも、どうにか逃げ出した。ところが、丁度そこに岩蔵が現れた。十手で一撃され、元吉は死亡した。

 あまりにも都合が良すぎる。元吉の死は偶然だろうが、他はあまりにも出来すぎている。

 まるで、初めから元吉の襲撃を知っていたかのように。


「あっしですか? 偶然、この辺を歩いていたら、いきなりこいつが飛び出して来たんですよ。あっしが何してたかなんて、どうでもいいじゃございませんか。この元吉の野郎は、山木屋の主人を殺しに来たとんでもねえ悪党ですぜ。そいつが返り討ちにあい、逃げる途中で死んだ……よくある話じゃないですか」


「ああ、確かにな」


「旦那、らしくもないですぜ……いつものように、さっさと片付けちまいましょうや」


 そう言うと、岩蔵はにやりと笑う。明らかに、何かを知っている顔つきだ。しかし、それを自分に喋る気はないらしい。

 渡辺はもう一度、元吉の死体に視線を移した。この男の事情は知らないが、少なくとも殺しをやるようには見えない。なのに、短刀を片手に店に押し入り、主人に襲いかかった。ところが、返り討ちに遭い逃走。挙げ句、岩蔵に殺された。

 はっきり言って、何もかもがおかしい。だが、今の自分に出来ることはないのだ。これ以上、調べようがない。人を殺そうとした下手人は死に、狙われた山木は助かった。この件は、もう終わりだ。


「岩蔵、お前の言う通りだ……ということにしておこう。しかしな、ほどほどにしておけよ。でないと、いつか殺られるぞ」


 渡辺の言葉に対し、岩蔵は愉快そうに笑った。


「殺られる? 上等じゃないですか。とち狂った真似してくる奴がいたなら、何時だって返り討ちにしてやりますよ。俺は今までだって、そうしてきましたから」


 そう言う岩蔵の顔は、残忍そのものだった。この男は、悪党と判断した者に対しては容赦しないのだ。これと目をつけた相手は、適当な理由をつけて捕らえる。その後、待っているのは暴力の嵐である。

 結果、何人の人間の命を奪ったかわからない。その中には、実は下手人ではなかった者が大勢いたことも渡辺は知っている。

 もっとも、岩蔵は気にも留めていなかった。疑われるような生き方をしている方が悪い、これが岩蔵の言い分なのである。

 渡辺は、岩蔵から目を逸らした。もう一度、元吉の死体を見つめる。


「おめえもどうやら、とち狂っちまったらしいな。何があったかは知らねえが、馬鹿な真似をしたもんだ。生きてりゃ、いいこともあったかもしれねえのによ。短気は損気だぜ。まあ、今さら遅いけどな」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ