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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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23/62

石が流れて、木の葉が沈みます(一)

 ある日、剣呑横町の一角にて、異様な声が響き渡っていた。


「ここですかい?」


「うっ、ああ、そこだ……」


「ここですね? ここがいいんですね?」


「おおお! そうだ!」


 聞こえてくるのは、渋い中年男の声と野獣のごとき若者のうめき声である。声だけ聞けば、昼間から男同士で良からぬことをしているのか? と誤解されてしまうかもしれない。

 もっとも、音の源にいるのは壱助と権太であった。


「権太さん、あんたみたいに弁慶なみの体したお人でも、人並みに肩が凝るんですなあ。あんたは肩凝りなんぞには、絶対ならないだろうと思ってたんですがねえ……」


 言いながら、壱助は権太の肩を揉みしだいていく。すると、権太はうめき声を上げつつ答えた。


「誰が弁慶だよ。そこまででかくないだろうが。それにな、これはただの肩凝りじゃないんだよ」


「ほう、ただの肩凝りじゃねえ、と。すると、いったい何ですかい?」


「こいつはな、今まで殺した連中の恨みだよ。今まで、大勢殺してきたからな。そいつらの恨みが、全部この両肩にのしかかっているんだよ」


 時折うめき声を混ぜながら、権太はそんな台詞を吐いた。




 この両者は今、弥勒長屋にいる。

 仕事以外では、ほとんど顔を合わせることのない壱助と権太。そんなふたりが、ここで何をしているのかといえば……昼間、町を歩いていた壱助に、いきなり権太が声をかけてきたのだ。


「壱助、暇か?」


「へっ? いや、まあ暇ですよ。客もいないですしね」


「暇だったら来てくれ。ちょっと体のあちこちを揉んでもらいたいんだ。最近、凝っちまってな。もちろん金は払う」


 そう言うと、権太ほ歩き出す。壱助は面食らいながらも、彼の後に付いて行った。




 そして今、壱助は揉み療治をしているのだ。もっとも内心では、目的が他にあるだろうと考えている。

 この権太という男、得体の知れない部分があるのだ。根っからの悪党というわけではなさそうだが、謎も多い。普段、何をしているのかが全く見えないのだ。


「ま、殺した方も殺された方も、いずれは地獄で面を付き合わせるんですぜ。そん時に頭下げて、すみませんでしたねえ……とか何とか言えば、済む話なんじゃないですかねえ」


 言いながら、壱助は権太の肩周りを揉んでいく。分厚い筋肉に覆われているため、壱助の額にも汗が滲む。

 そう、権太は身の丈六尺(約百八十センチ)、目方の方も二十五貫(約九十四キロ)を超える偉丈夫だ。こんな体が相手では、揉む方にとっても大仕事である。


「いやあ、大変だ。あんた、何食ったらこんな体になるんです?」


 思わず尋ねる壱助に、権太はしかめっ面をしながら答える。


「島にいた時は、兎や猪の肉を食ってた。奴らは、畑を荒らすからな。腹が減ったら獣を殺して、その肉を食ってたんだよ」


「えっ、あんた島帰りだったんですかい?」


 壱助は、怪訝な表情を浮かべ尋ねた。権太の腕には、島帰りの証である入れ墨がないのだ。

 すると、権太は顔を歪める。


「いや、島帰りじゃない。生まれが島だったというだけだ」


「そうでしたか。あなたも、大変だったんですねえ」


 言いながら、壱助はさらに揉んでいく。権太は恐ろしい形相で耐えながら、時おり声をあげていた。




 やがて、揉み療治が終了した。権太はあぐらをかいた体勢で座り、首を左右に動かしたり肩を回したりしている。


「かなり調子よくなったぜ。大した腕だな」


「いやいや、それほどのもんじゃありません」


「ところで、お前にわざわざ来てもらったのは……単に按摩の為だけじゃないんだよ」


「すると、何が目的で?」


 壱助の表情が険しくなる。やはり、本題は別にあったらしい。

 だが、直後に権太の口から出た言葉には、さすがの壱助もとっさに対応できなかった。


「お前、本当は目が見えているんだろう」


 一瞬、壱助は呆然となった。だが、うろたえながらも言葉を返す。


「は、はあ? 何を言い出すのかと思えば──」


「このことは、誰にも言っていないし言う気もない。言ったところで、俺には何の得もないからな。ただ、俺はお前の目が見えることを知っている。だから、俺の前ではめくらのふりをしなくていい。今日は、それを言いたかっただけだ」


 そう言うと、権太は壱助の方を向く。この大男、言葉や態度はぶっきらぼうだ。しかし、奥底には人間らしい感情がある。不器用な優しさが感じられた。

 この男、信用していいかもしれない──

 壱助は、ふっと黙り込む。しかし、それは僅かな間だった。少しの間を置き、権太の見ている前で、閉ざされているはずの瞳を開けた。

 直後、にやりと笑う。


「あんた、大したもんですね。いかにも、あっしの目は見えてます」


「やっぱり、そうだったか。しかし何だって、めくらのふりなんかしてんだ?」


 権太の問いに、壱助の手が止まった。渋い表情になる。

 その表情を見た権太は、すぐに言い添える。


「言いたくなけりゃあ、別に言わなくていい。俺には関係ない話だ」


「いえ、別に大した話じゃありません。あっしはね、人を殺して追われてる身なんですよ。壱助ってのも、あっしの本当の名じゃないんです。あっしの友だちだった座頭がいましてね。そいつの名が壱助でした。流行り病で、だいぶ前に死んじまいましたがね。あっしは、そいつに成り代わって生きてる訳でさぁ」


 そう言うと、壱助は頭を掻いた。


「そうかい。お美代さんも、そのことを知っているんだよな? お前の目が見えていることを知っているんだろ?」


「いいや、知らないですよ。まだ、言ってないんです」


「えっ? 一緒に暮らしてんのに、何で言わないんだよ?」


 権太の問いに、壱助の表情が曇る。

 ややあって、ためらいながら口を開いた。


「お美代が、顔に手拭い巻いてるのは知ってますよね?」


「ああ」


「何で、顔に手拭いを巻いてるかって言いますとね……あいつは子供の時に、月ノ輪熊に襲われて顔に怪我をさせられたんですよ。それ以来、人前で(つら)を晒せなくなっちまったんでさぁ。だからあいつは、顔に手拭いを巻いてるんです」


 今度は、権太が黙り込む番だった。お美代と顔を合わせたのは二度ほどしかないが、どちらの時も顔を隠していたのを覚えている。権太は漠然と、素顔を晒さないのは正体を知らせないため……と思っていたのだ。

 まさか、そんな理由があったとは──


「お美代はね、面の怪我のせいで、どこに行っても化け物呼ばわりされてきたんでさぁ。だから、あっしの目は見えちゃいけないんです。あいつは、自分の面を気にしてる。だけど、あっしはあいつの面が見えない。見えないから、お美代はあっしの女房でいられるんでさぁ」


 そう、壱助の知る限り、お美代が他人の前で素顔を見せたことはない。

 幼い頃から彼女の受けてきた仕打ちの数々は、聞くだけでも凄まじいものだった。冷静なはずの壱助ですら、話を聞かされた直後は、お美代をいたぶった連中の所に出向き、全員を叩き斬ってやりたい衝動に駆られたくらいだ。

 そんなお美代だからこそ、自分の目は見えてはいけなかった。見えていては、彼女に心無い仕打ちをした(くず)どもと同類になってしまう。


「あっしがめくらだから、お美代は面のことを気にせずにいられるんですよ。けど、あっしの目が見えると知ったら、今まで通りじゃいられなくなるかもしれないんです。だから、このことは内緒で頼みます」


 そう言うと、壱助は頭を下げる。だが権太は、面倒くさそうな表情でぷいっと横を向いた。


「喋る気はない。さっきも言っただろう。そんな話、ばらしたところで一文の得にもならないからな」


「ありがとうごぜえやす」


「で……お美代さんには、ずっと隠し通すつもりなのか?」


「いや、いくら何でもそいつぁ無理ですからね。いつか、自分の口から言いますよ」






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