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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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21/62

仕事に生きるは、くたびれます(三)

 翌日、人気(ひとけ)の無い林の中に、三人の男女が居た。

 片側に居るのは、左馬之介とあぎりだ。ふたりは、荷物を背負った行商人風の男と向き合っていた。


「栗栖さん、とかいったね。これからは、あんたが阿片を売ってくれるんだよね?」


 あぎりの言葉に、栗栖は頷いた。


「ああ、そうだ」


「こないだ、あんたがくれた阿片は、なかなかの味だよ。あれなら、高く売れるだろうね」


 そう言って、あぎりは笑みを浮かべる。すると、栗栖は背中の荷物を降ろした。

 中から、小さな紙包みを取り出す。


「今回は、これだけだ。いずれは、もっと大量に捌けるようになりたいものだがな……」


 言いながら、栗栖は包みを差し出した。すると、あぎりは包みを受けとる。


「任せておきな。こっちには、先生がついているんだ。ねえ、先生」


「ああ。俺の出来ることなら、力を貸そう」




 左馬之介とあぎりは、栗栖と別れた後、別の場所に向かった。

 そこは、森の中に立てられた一軒家である。入り口の前には、怪しげな若い男がふたり立っていた。

 左馬之介とあぎりが近づくと、鋭い目でじろりと睨みつける。


「何だ、お前ら! ここに何の用だ!?」


 凄む若者。だが次の瞬間、あぎりの手が動いた。目にも止まらぬ速さで投げつけられた手裏剣が、若者の足元に突き刺さる。


「調子に乗るんじゃないよ、三下が。あたしのことを知らないのかい?」


 あぎりの凄みを利かせた声に、さすがのふたりも怯んでいる。すると中から、声を聞きつけた者が出て来た。三十代半ばから四十代前半の、岩のような風貌のいかつい男だ。見張りのごろつきとは、別格の貫禄を感じさせる。

 だが、男はあぎりに頭を下げた。


「あぎりさん、若い者が失礼しました。どうぞこちらに」


 そう言いながら、男は見張りの若者をいきなり殴りつける。殴られた若者たちは、顔をさすりながら頭を下げた。

 だが、あぎりはふたりのことを見ようともしない。周囲を見回すと、家の中に入って行く。左馬之介も後から続いた。

 家の中はかなり広いのだが、家具らしき物はほとんど置かれていない。しかも床は埃だらけだ。食べる物もない。部屋の隅に、杓ひしゃくと水の入った大きな瓶かめが置かれているくらいである。生活の匂いが、まるで感じられない。

 部屋の中には、数人の女たちがいた。年齢はまちまちだが、全員がざんばら髪であり、みすぼらしい着物をまとっている。

 そんな彼女たちは、思い思いの位置で床に寝そべり、煙管をくわえていた。室内には、奇妙な煙がたちこめている。


「あぎりさん、あんたの考えは大したもんだ。うちの女たちにも、息抜きは必要だね。それにゃ、阿片はもってこいだ」


 そう言って、男は楽しそうに笑った。あぎりも、笑みを浮かべる。


「赤造さん、あんたも一度くらい吸ってみるかい?」


「いや、遠慮しとくよ。商売物に手を付けちゃいけねえからな」


 ・・・


 蘭二は、店の外を妙な女がうろうろしているのに気づく。

 いったい何者だろうか。そっと、お禄のそばに近づき囁く。


「あの女、いったい何してるんだろうね」


 その言葉に、お禄は顔を上げた。見ると、若い女が店の前をうろうろしている。まだ二十歳になるかならないか。愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。にこりと微笑めば、たいていの男は鼻の下を伸ばすことだろう。

 だが、お禄は彼女が何者であるか知っている。


「何なのかねえ、ちょいと聞いてみようか」


 そう言うと、お禄は表に出た。鋭い目つきで睨みつける。


「あんた、うちの店に何か用かい? 客引きだったら、よそに行きな」


「はあ!? あたしが立ちんぼだってのかい! ざけんじゃないよ!」


 怒鳴りながら、女は顔を近づけてくる。襟首を掴んで来たかと思うと、小声で囁いた。


「仕事ですよ。詳しい話は後で。(とり)の刻に、満貫神社で待ってますから」


 頷いた直後、お禄は女を突き飛ばした。


「ふざけてんのは、どっちだい。このお禄さんを、なめんじゃないよ」


「ちくしょう! 覚えてな!」


 捨て台詞を吐き、女は逃げていく……傍目には、そう見えた。




 やがて、酉の刻(十七時から十九時の間)になった。

 お禄は蘭二に店を任せ、満願神社へと向かう。この小さな神社は古くからあるらしいが、いったい何を祀っているのか彼女は知らない。知っているのは、ここには滅多に人が寄って来ないことだけだ。


「姐さん、どうもです。わざわざ来てもらってすみません」


 神社に着くと、先ほどの若い女が物陰から現れる。ペこりと頭を下げると、すっと近づいて来た。その動きは滑らかで隙がなく、辺りを油断なく窺っている。

 この女、名をお(てい)という。可愛い顔をしているが、実は凄腕の女掏摸(おんなすり)だ。裏の世界の事情にも詳しい。お禄とは長い付き合いであり、仕上屋の情報収集の役割も努めている。


「どうもじゃないよ。それより、仕事かい?」


「ええ、そうなんですよ。ただ、今回は少々厄介でしてねえ……」


 言いながら、お丁はもう一度周りを見回した。

 誰にも聞かれていないのを確認し、改めて口を開く。


「今度の相手は、首斬り役人の池田左馬之介と、あぎりっていう南蛮人の血を引く女。その他に、おまけが少々です」


「何だと? 首切り役人だって?」


 お禄の表情が、一気に険しくなる。

 役人を殺す、というのは非常に面倒だ。そこらのごろつきを殺すのとは訳が違う。お上の威信にも関わるし、奉行所の捜査の仕方にも、おのずと違ってくる。

 まして、首斬り役人の池田左馬之介といえば、腕が立つことで有名だ。これまでに罪人の首を落とし損ねたことはなく、いつも一太刀で切り落としているらしい。また、奥山新影流免許皆伝の腕前でもあると聞いた。裏の世界でも、名の知れた男だ。

 はっきり言って、楽な相手ではない。


「で、仕事料は幾らだい?」


 お禄が尋ねると、お丁はすまなそうな顔で答える。


「はい、六両です」


「六両? それで、役人の池田左馬之介と、その他もろもろを殺せってのかい」


 思わず、頭を抱える。さすがに、これは厳しい。役人を殺るとなると、それなりの下準備も必要だ。そのための軍資金もいる。だが、さすがに六両では……。

 その時、お丁が案じるような表情で口を開く。


「あのう、断ってきますか?」


「いや、ちょっと待ってよ。一応、聞いてはみるから」




 その夜、仕上屋の面々が地下室に集合した。



「今回の標的は、首斬り役人の池田左馬之介と大道芸人のあぎり。左馬之介の方は言うまでもないが、あぎりの手裏剣の腕も相当なものらしいよ。そして仕事料は、たったの六両だってさ。あんたら、どうするんだい?」


 言った後、お禄は権太と壱助の顔を見る。

 壱助は、渋い表情で口を開いた。


「お禄さん、申し訳ないんですが……あっしらは受けられませんね。全部で六両となると、ひとりあたり一両ちょいじゃないですか。首斬り役人が相手じゃ安すぎる。そいつは、断った方がいいんじゃねえですか。とにかく、あっしとお美代は降ろさせてもらいますよ」


 冷めた口調で、壱助は言い放った。その言葉を聞き、権太は憮然とした表情になる。


「だったら、俺がやる。お前らと違って、俺には表の仕事がないんでな。俺ひとりで、全員殺してやる」


 そう言って、お禄に手のひらを差し出した。だが、彼女は首を振った。


「いや、壱助さんたちが降りるんなら、この話は無しだ。断ってくるよ」


「ちょっと待て。どういうことだ? 俺の腕が信用できないのか?」


 権太の目つきが、さらに険しくなった。その時、蘭二がさりげなく間に入る。


「まあまあ。権太さん、あんたが命を張るには、六両は安すぎる。しかも、相手はそのふたりだけじゃないらしいんだ」


「何だと?」


 訝しげな表情の権太に向かい、お禄は静かに語った。


「このあぎりって女の方は、とんでもねえ曲者さ。首斬り左馬之介をたらしこんで用心棒にし、赤造(あかぞう)って名のごろつきと組んで阿片窟を開いてやがる。その阿片窟も潰して欲しいってのが向こうさんの要望でね。まあ、全部で五人から六人てなところだ」


「阿片窟?」


「そう。依頼人はね、娘を阿片中毒にされたらしいんだけど、奉行所に訴えても音沙汰なし。で、調べてみたら……役人の左馬之介と、あぎりがいたって訳さ。左馬之介は、あぎりの阿片と南蛮仕込みの寝技ですっかり骨抜きにされちまったのさ──」


「ちょっと待て。その女、南蛮人なのか?」


 いきなり口を挟んできた権太に、お禄は戸惑いながら首を横に振った。


「さあ、よくは知らない。南蛮人との、あいのこだって話は聞いたけど」


「そうか……」


 言ったきり、権太は黙り込む。その表情も変化している。先ほどまでの勢いが完全に消えていた。何を考えているのかは不明だが、気が変わったらしい。

 それを見たお禄は、表情を和らげる。諭すような口調で、言葉を続けた。


「こんな安い金で、命を張ることはないよ。また、別の仕事もあるさ。近いうちに、あたしが必ず取って来るから」


 お禄の言葉に、権太は仕方なさそうな様子で頷く。

 その横では、蘭二が浮かない顔でじっと下を向いていた。阿片と聞いては、心穏やかではいられない。

 

 須貝、無茶はするな。


 蘭二は、心の中でそっと呟く。何はともあれ、仕上屋はこの仕事を断ることになる。その事実を、喜ぶべきか悲しむべきか、今の彼にはわからなかった。 




 ところが、翌日に状況は一変する──


「お禄さん、ちょいといいかな」


 店の奥にいたお禄に、蘭二が声をかけてきた。


「ん、どうしたんだ」 


 言いながら、顔を上げるお禄。しかし、蘭二の顔には緊張感がある。


「いや、あの人があんたを呼んで来てくれって言ってる」


「あの人? 誰だい?」


 お禄は、ちらりと覗いてみた。すると、店の中に恰幅のいい中年男がいる。黒い着流しを身にまとい、温厚そうな表情を浮かべて座っていた。

 その人物が何者であるか、お禄も蘭二も知っている。裏社会の大物、弁天の小五郎だ。


「おやおや、何しに来たんだろうね」


 お禄の表情が、僅かに曇った。あの男が自ら足を運ぶとは。出来るなら、知らん顔をしたいところだ。

 しかし、そうもいかない。


「まあ、小五郎さんじゃありませんか。まさか、こんな店におみえになるとは思いませんでしたよ。いったい、どうしなさったんでしょうか?」


 お禄は笑みを浮かべて、小五郎の前に出て来た。だが内心では、この男が何の用でここに姿を見せたのか……その理由について考えを巡らせていた。弁天の小五郎と言えば、裏の世界ではかなり名の知れた男である。蛇次ほどではないにしろ、この業界では影響力もある男なのだ。

 その小五郎が、わざわざ店にやって来た。どう考えても、ただごとではない。


「お禄さん、あんたに大事な話があるんだよ。ここじゃ何だから、ちょいと来てもらえると助かるんだがね」


 小五郎はそう言うと、お禄をじっと見つめる。口調も顔つきも穏やかなものではあるが……しかし、その言葉の奥には有無を言わさぬものがある。

 お禄は、蘭二の方を向いた。


「蘭二、ちょいと店を頼むよ」




 お禄と小五郎は、ふたり並んで歩いた。先ほどから双方ともに、ずっと無言のままである。この雰囲気から、お禄は話の内容が何であるのかは理解していた。間違いなく殺しの依頼だ。

 しかし、小五郎が直々に出てくるとは……よほどの大物が相手なのか、あるいは込み入った事情なのか。

 その時、小五郎が足を止めた。つられて、お禄も立ち止まる。


「お禄さん、俺はあんたを信用してる。だから、これはここだけの話にしてもらいたいんだ。いいね」


「ええ、もちろんです」


 小五郎の言葉に、頷くお禄。


「あんたにひとつ、仕事を頼みたい。赤造の仕切る阿片窟を潰してくれ」


「赤造、ですか?」


「ああ。俺の馴染みの女郎がな、奴らの阿片を吸いすぎた挙げ句に、心臓が止まって死んだんだ。いずれ、身請けしてやろうと思っていた矢先だよ」


 そう言うと、小五郎は懐から紙に包まれた小判を取り出し、お禄の手に握らせた。


「これはあくまでも、個人的な意趣返しだ。だから、子分たちに殺らせる訳にはいかねえ。そこのところ、くれぐれも頼んだよ」


「わかりました」




 翌日の夜、店の地下室に仕掛屋の面々が集結した。


「何の因果か知らないけどね、別口からまたしても、左馬之介とあぎりを殺ってくれって依頼がきたよ。それと、阿片窟を仕切る赤造もね。そっちは五十両だ。合わせて、ひとりあたり十と一両だけど、あんたらどうするんだい?」


 そう言うと、お禄は皆の顔を見回す。その時、壱助が口を開いた。


「もし、あっしが降りると言ったら、お禄さんはどうなさるんで?」


「関係ないよ。その場合、あたしと蘭二と権太の三人で殺るだけさ。降りたいなら、降りてもらっても構わないよ」


「そうですかい。ま、十両と一両もらえるなら降りませんよ。首斬り左馬之介だか何だか知りませんが、お美代の鉛玉なら一発ですね」


 言いながら、手のひらを突き出す壱助。すると、お禄はその手の上に小判を十枚を乗せた。


「壱助さん、頼んだよ。あの厄介なふたりを、きっちり仕留めてくれ」


 お禄の言葉に、壱助はにやりと笑う。


「任せてください」


「じゃあ、俺はその赤造とかいう奴を殺る」


 言いながら、権太は机の上の五両を手に取る。


「よし、決まりだね。みんな、頼んだよ」

 

 お禄の言葉に、皆が頷いた。 







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