表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/62

仕事に生きるは、くたびれます(一)

「わざわざ、こんなものまで届けてくれるとはね。毎度のこととはいえ、あんた本当に律儀な男だよ。ご苦労さん。ほら、後金(あときん)だよ」


 言いながら、お禄は机に二分金を置く。言葉とは裏腹に、その表情は歪んでいた。

 それも当然だろう。彼女の目の前には、塩漬けになった人の首が置かれているのだ。本来なら、頼まれても受け取りたくはない。

 一方、その首を持って来た権太の態度は素っ気ないものだった。机の上にある金子を掴み取り、挨拶もせずに地下室を出て行く。

 残されたお禄は、ふうと溜息を吐いた。権太は、毎回こうなのだ。死体を必ず持ち帰る。そのため、本当に殺したかどうかはわからない。

 ほとんどの場合、蘭二が確認する。だが、時には蘭二が動けないこともある。そういった場合、権太はわざわざ塩漬けにした首を持って来るのだ。

 お禄とて、裏稼業で飯を食べている。死体など、何度も見ている。とはいえ、塩漬けの首を目の前に出されるのは気分のいいものではない。


「あいつにも、困ったもんだねえ。まあ、死体が見つからない方が、こっちとしてもありがたいんだけど」


 その言葉を聞き、横にいた蘭二は苦笑した。


「まあ、仕方ないよ。人それぞれ事情がある。あの人にも、何か事情があるんだろうよ」




 上手蕎麦を出た権太は、脇目も振らず歩いて行く。己の住みかであるはずの弥勒長屋を通り過ぎ、さらに進んで行った。

 歩くにつれ、どんどん民家が少なくなり、代わりに木や草の方が目立つようになってきた。そんな中、ずんずん進んで行った権太は、やがて奇妙な場所にたどり着く。

 そこには、古びた小屋が建っていた。一見すると、木製の物置のような造りである。ただし窓らしきものはなく、隙間が全て塞がれている。外からでは、中の様子が全く見えない。

 権太は、その奇妙な小屋の前で立ち止まった。


「俺だ。帰ったぞ」


 声をかけると、中から物音がした。ややあって、戸が開く。


「おかえり、なさい。ごはん、たけてる。さかな、やけてる。さんさい、とれてる」


 奇妙な片言の言葉で喋りながら姿を現したのは、不思議な女だった。高い鼻、彫りの深い顔立ち、白い肌、青い瞳、金色の髪……南蛮人に特有の容貌である。

 権太はにこりともせず、暗い小屋の中に入って行った。


 ・・・


 江戸の片隅に、数人の同心が立っていた。妙に殺風景な場所であり、同心たちの顔つきも神妙である。昼間であるにもかかわらず、どこか不気味な空気が漂っていた。

 それも仕方ないだろう。ここは、刑場なのである。しかも、今から斬首刑が執行されようとしているのだ。



 同心の中に、ひときわ異彩を放つ者がいた。青白く不健康そうな顔立ち。だが、それとは不釣り合いな逞しい体つき。死んだ魚のような虚ろな目で、じっと虚空を見つめている。

 彼こそは、首斬り役である池田左馬之介(いけだ さまのすけ)なのだ。抜き身の刀を持ち、身じろぎもせずに立っている。

 そこに、打ち首になる罪人が引っ立てられて来た。


「た、助けてくれえ! まだ死にたくない! おっかあ! 俺はまだ死にたくねえよ! おっかあに一目会わせてくれ!」


 涙と鼻水を垂れ流しながら、罪人は泣き叫ぶ。年齢はまだ若く、二十歳になるかならないか。その着物は、既に漏らした糞尿で汚れてしまっている。処刑に対する恐怖ゆえ、もはや恥の意識すらないのだろう。その匂いがあたりにたちこめ、押さえつけている者たちも嫌悪感を隠せないでいた。

 だが、左馬之介は平然としている。表情ひとつ変えない。冷たい目で、罪人を見下ろしていた。

 やがて左馬之介は、無言のまま刀を振り上げる。

 次の瞬間、罪人の首が転がった──


「いやあ池田殿、本日もご苦労様でした。いつもながら、見事な腕前ですな」


 処刑を終えた左馬之介に近づいて行ったのは、見回り同心の渡辺正太郎だ。

 すると、左馬之介の表情に変化が生じた。鋭い目で、渡辺を睨む。


「渡辺……貴様、恥ずかしくはないのか。道場の中でも、俺とまともに勝負できたのは、先生とお前だけだったのだぞ。そんなお前が、昼行灯などという二つ名に甘んじているとは──」


「昔の話は無しにしましょうよ。それじゃあ、私はこの辺で」


 そう言って、渡辺は軽く頭を下げ足早に去って行った。

 左馬之介は、その後ろ姿をじっと見つめる。


 殺せ


 耳元に聞こえてきた声。左馬之介は、眉をひそめてそれを無視した。いつものことだ。数年前から時おり、その場に居もしない者の声が聞こえてくる。誰の声かは知らないし、聞き覚えもない。さらに言うと、彼の耳にだけ聞こえるようなのだ。

 自分は、気が触れているのだろうか。

 あるいは、過去に首をはねた者が亡霊と化し、耳元で囁いているのか。

 まあ、どちらでも構わない。知ったことではないのだ。左馬之介は、声を無視して歩き出す。今日も、さっさと帰ろう。




 まだ日が照っている中、左馬之介はひとり奉行所を後にした。

 他の同心たちは、まだ仕事中である。しかし、左馬之介には関係なかった。何せ、誰もが嫌がる首斬り役を一手に引き受けている。しかも、この男は仕損じたことがない。一太刀で確実に首をはねる。

 それゆえに、筆頭与力ですら左馬之介には口を出しづらい状態であった。早退くらいのことなら、見てみぬふりだ。ましてや、他の同心たちに注意など出来るはずもない。


「旦那、ちょいと耳に入れたい話があるんですがね」


 道を歩いていた左馬之介に、いきなり話しかけてきた者がいる。誰かと思えば、目明かしの岩蔵だった。


「何だ岩蔵、俺に用か?」


「旦那、ちょいと面倒なことを耳にしましてね。こないだ、あっしが捕まえた奴が、気になることを言ってたんですよ」


 言いながら、岩蔵は顔を近づけて来た。一応、敬語を使ってはいる。だが、その態度はあまりにも無礼なものだった。

 左馬之介の目に、殺気が宿る。


「その汚い顔を、それ以上近づけるな」


「すいませんね。面が汚いのは生まれつきでさあ。それよりも……昨日、あなたに似た人が河原に居たそうなんですがね。河原者の住みかを、うろうろしていたとか」


「知らんな。見間違いだろう」


 左馬之介は言い放つ。その時、またしても声が聞こえてきた──


 奴を殺せ

 早く殺せ

 今すぐ殺せ


 苛ついた表情になる左馬之介。だが、岩蔵はお構い無しだ。一方的に喋り続ける。


「あっしの耳には、いろんな情報が入ってくるんでさあ。近頃じゃあ、旦那が妙な女と一緒に歩いているのを見たって奴も──」


 その瞬間、空気を切り裂く音。

 左馬之介の手には、刀が握られていた。抜く手も見せない抜刀術。常人なら、その一太刀で斬り殺されていたことだろう。

 だが、岩蔵は避けていた。いかつい体躯に似合わぬ素早い動きで、左馬之介の鋭い太刀を躱したのだ。

 左馬之介の表情が、またしても変化する。


「ほう、やるな。鬼の岩蔵の二つ名は、伊達ではないらしい」


「へっ、舐めてもらっちゃ困りますぜ。こちとら、刃向かって来る悪党どもと殺り合ってるんですよ。くぐった修羅場の数は、それなりにあるんでさあ。動かない罪人の首を落とせば終わり、のあんたとは違うんですよ」


 言いながら、岩蔵は十手を抜く。一方、左馬之介は不気味な笑みを浮かべながら刀を構える。

 両者の間の空気が、一瞬にして変化した。ふたりは、殺気に満ちた表情でじっと睨み合う。だが、その空気を読まない者が現れた。


「岩蔵、大変だよ。早く来て手伝ってくれ……おいおい、お前何やってんだよ」


 とぼけた声を発しながら現れ、両者の間に割って入ったのは渡辺だ。岩蔵の腕を掴み、半ば強引に引きずって行く。


「渡辺の旦那! こっちは今、それどころじゃねえんですよ!」


 岩蔵は、思わず怒鳴りつける。だが、渡辺は聞く耳を持たない。彼の腕を引っぱり、その場を離れて行った。

 去っていくふたりを、左馬之介は暗い目でじっと見つめていた。

 岩蔵という男、本当に強い。数々の修羅場をくぐってきた、という言葉に嘘偽りは感じられなかった。本気で殺り合えば、自分でも危ういかもしれない。


 あの岩蔵ならば、この地獄を終わらせてくれたのだろうか?


 ふと、そんな疑問が浮かぶ。だが、生きるも地獄、死ぬも地獄なのだ。死んだところで、本物の地獄が待ち受けているだけであろう。

 今の自分に出来ることは、この地獄を忘れさせてくれるような、束の間の快楽を追い求めることだけだ。


 お前が死んでも、誰も悲しまない

 お前が死んだら、笑う人間が大勢いる


 またしても、不気味な声が聞こえてきた。だが、左馬之介はそれを無視した。足早に、その場を離れる。

 今はただ、何もかも忘れたかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ