表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/62

江戸は、針地獄のごとき有様です(五)

 宗太郎、健次、竹蔵の三人は、夜道を歩いていた。

 気心の知れた彼らではあるが、その顔は緊張感に満ちている。普段の軽薄そうな雰囲気は、微塵も感じられない。

 だが、それも当然だった。昨日、彼らの泊まる宿に、こんな内容の文が投げ込まれてきたのだ。


(お前ら三人が、過去に犯したことはわかっている。証拠もある。役人にばらされたくなければ、明日の丑の刻に、下の場所まで三人で来い。来なかったら、奉行所に訴えるぞ)


 文章の下には、地図と猿の絵が書かれていた。間違いなく、先ごろ殺した男のことを指しているのだろう。

 それだけではない。この文面から察するに、他にも知っていることがありそうだ。先だっての老いた殺し屋の件といい今回の脅迫状といい、何者かが自分たちを狙っているのは間違いない。

 相手の狙いが何にせよ、このままにはしておけなかった。放っておけば、お八にまで被害が及ぶかもしれないのだ。

 今は、会って出方を窺ってみるしかない。三人は、敢えて火中の栗を拾うことにしたのだ。





 やがて三人は、人気(ひとけ)の無い野原へとやって来た。右手の方には、荒れ果てたぼろぼろの家屋が建っており、周囲は草が生えている。どう見ても、まともな人間の暮らしているような場所ではない。


「なんだ、ここは? ここで間違いないのか?」


 首を傾げる健次。


「ああ、そのはずだぜ」


 答えたのは竹蔵だ。しかし、宗太郎の反応は違っていた。


「やっぱり、こいつぁ罠だな。お前ら、気を付けろ」


 その言葉の直後、草むらからひとりの男が姿を現した。背が高くがっちりしており、目つきは鋭い。狼を連想させる風貌である。

 さらに三人の後ろから、もうひとりが歩いて来る。坊主頭の中年男だ。杖を突きながら、ゆっくりと近づいて来た。


 ・・・


「お前ら、世直し三人小僧だな」


 低い声で言うと、権太はゆっくりと近づいて行く。


「俺たちを呼び出したのは、お前か? 俺たちに何の用だ?」


 身構えながら、宗太郎は尋ねた。もっとも、相手が何の用であるかは聞くまでもない。大柄な体躯、ぼさぼさの野武士のような髪型、野獣のごとき顔つき……この男、どう見ても堅気ではない。その上、体から放つ殺気は隠しようもない。


「わかってんだろうが。お前らを殺しに来たんだよ」


 淡々とした口調で、権太は言葉を返した。すると、宗太郎の顔が歪む。


「どうせ、どっかの悪徳商人に雇われた殺し屋なんだろう。この、腐れ外道どもが。金さえもらえば、誰でも殺すのか」


 その言葉に応えたのは、権太ではなく壱助であった。


「へっ、あなたたちは、何もわかってないみたいですね。正義の味方のつもりでやってたんでしょうがね、あなた方はしょせん盗人なんですよ。世直し小僧のやらかしたことは、全て弱い者にしわ寄せがいくんです。荒らされた金倉の番人や錠前師たちの中には、奉行所の役人に取り調べられた挙げ句、自害した奴だっているんですよ。あっしたちはね、そんな連中に雇われたんです」


 その言葉に、三人の顔色が変わった。


「な、何だと……」


「こいつはね、剣劇みたいな絵空事じゃないんですよ。ましてや、餓鬼のごっこ遊びでもありません。あのお八って娘には手を出さねえから、安心して地獄に逝ってください」


 壱助がそう言った直後、権太が猛然と襲いかかる。

 それが、戦いの合図となった──


 権太は、健次に向かい突進していく。一気に間合いを詰め、左の足刀横蹴りを叩き込む。

 だが、健次はその蹴りを躱した。同時に、得物を呑んでいる己の懐に手を入れる。

 それは、とても高価な過ちだった。腕の立つ者同士の闘いでは、一瞬の隙が命取りとなる。健次は、長いこと闘いから離れていた。甘くなっていたのである。

 僅かな隙を、権太は逃さない。続けて、正拳中段突きが放たれた。速い突きは健次の鳩尾(みぞおち)に炸裂し、うっと呻く。体内を突き抜けていくかのような痛みを感じ、彼は前屈みに倒れ込む。

 がら空きになった首筋めがけ、権太は肘を振り下ろす──

 その一撃で、健次の首はへし折られた。


「健次!」


 宗太郎は叫ぶと同時に、慌てて駆け寄ろうとする。だが、これまた間違いであった。彼の取るべき行動は死にもの狂いで反撃するか、あるいは逃げ出すべきであった。

 彼は、そのどちらも選らばなかった。竹蔵とともに、健次を助けようと動いてしまったのである。この男もまた、実戦から離れて久しい。

 そのため、宗太郎は壱助に背中を見せてしまったのだ。

 直後、宗太郎は背中が焼けるような感触を覚えた。はっとなり、慌てて振り返ろうとする。

 だが、時すでに遅し……壱助は、さらに切り付ける。宗太郎は、うつぶせに倒れた。

 倒れた宗太郎に向かい、壱助は刀を振り下ろす。その刃は、正確に急所を貫いた──

 その一部始終を、権太は鋭い目つきで見ていた。


「あいつ、やっぱり見えてやがるな」


 ぼそりと呟くと、権太は残る男に視線を移す。


「お、お前らあ!」


 最後のひとり、竹蔵は吠えた。が、彼の後ろにはお美代が立っている。

 彼女は、何のためらいもない。竹筒を構え、火縄で点火した。

 直後、銃声が轟く──

 ばたり、と倒れる竹蔵。お美代の撃った弾丸は、竹蔵の後頭部を正確にぶち抜いていた。


「地獄へ行っても、忘れちゃいけませんぜ。あんたら、しょせんは盗人なんですよ。あっしらと同類の、悪党でさあ」


 宗太郎たちの死体を見下ろしながら、壱助は吐き捨てるように言った。彼にしては珍しく、感情的になっている。

 その時、さらに珍しいことが起きる。いつもはむすっとしている権太が、おもむろに口を開いたのだ。


「俺たちは人殺しだ。行き先は、間違いなく地獄だろうな」


「まあ、そうでしょうな。いずれは、あっしらも地獄道でさぁ」


 冗談めいた口調で壱助が答えたが、権太はにこりともせず話し続ける。


「いつかは、地獄でこいつらと再会するかもしれないんだよな」


 彼らしからぬ感傷的な言葉に、お美代がふんと鼻を鳴らした。


「そん時は、そん時さ。地獄で会ったら、また殺してやんなよ。それより、さっさとずらかるよ」


 言うと同時に、お美代は壱助の腕を引く。権太は頷くと、健次の死体を担ぎ上げる。

 無言で、すたすたと歩いて行った。そんな権太の後ろ姿を、お美代は訝しげな表情で見送る。


「またかい。あいつ、死体なんか持って帰ってどうすんのかね」


 誰にともなく呟いた言葉に、壱助が答える。


「さあな。あの人には、あの人の事情があるんだろうよ。それより、俺たちも早くずらかろうぜ」


 ・・・


 その一月後。

 江戸の大衆食堂『喜多屋(きたや)』には、元気な声が響き渡っていた。


「いらっしゃい!」


 元気な声で、客を迎えるお八。先日、父親代わりの二人が亡くなり、ひとりが行方不明だというのに、そんな悲しみは露ほども見えない。

 顔も可愛らしく、愛想もいい。おまけに、よく働いてくれる。今では、店の看板娘となっていた。


「お八ちゃんは、健気な娘だねえ」


 たまたま店に来ていた大工の源太(げんた)が、定食屋の主人である猪之吉(いのきち)に言った。すると、猪之吉はうんうんと頷く。


「ああ。幼い頃に母親を亡くし、ついこないだは父親を亡くしたらしいんだよ。二親(ふたおや)を亡くしたってのに、笑顔で頑張って働いてるんだからな……泣けてくるぜ」


「本当かよ。泣ける話だな」





 だが猪之吉は、お八の内に秘めた思いを知らない。

 お八は、自身の父親たちを殺した者を探すため江戸に留まっているのだ。

 今のお八を動かしているもの、それは復讐の念であった。下手人を探しだし、必ず殺す……その思いだけが、今の彼女を突き動かしているのだ。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ