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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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17/62

江戸は、針地獄のごとき有様です(四)

 江戸の魔窟とさえ言われる剣呑横町にも、平和な一角が存在する。

 ここ弥勒長屋(みろくながや)には、剣呑横町でも有名な者たちが住んでいた。島帰りの荒くれ者や武闘派やくざ、さらには侍くずれなどである。いずれも、腕の立つ猛者たちだ。しかし、不思議なことにここで争いが起きることはなかった。

 実のところ、彼らは皆、互いの腕前の方をおおよそ知っている。仮に争うことになった場合、それが命のやり取りにまで発展することになるのを理解しているのだ。したがって、町のごろつきのように、つまらないことで怒鳴り合ったりはしない。戦うことがあるとすれば、自身の命にかかわる時だけだろう。

 そんな弥勒長屋でも、ひときわ恐れられているのが……権太と名乗っている大柄な偉丈夫であった。


 昼過ぎ、権太は家の扉を開ける。ぼろぼろの障子戸であり、侵入者を防ぐ役には立たない。

 もっとも、ここには盗られる物など何もない。広々とした部屋には、家具らしき物は一切置かれていなかった。殺風景で、小伝馬町の牢屋のごとき有様である。生活感などは、微塵もない。事実、年に数回は事情を知らぬ不心得者が勝手に住み着いたりする。

 そんな者たちが、数刻後に権太の拳で叩き出される……これは、弥勒長屋の年中行事のようなものだ。

 ありがたいことに、今日は誰もいなかった。


 権太は、部屋の中を見回す。壁には釘が打ち付けられており、そこには長さ三寸(約九センチ)ほどの、長方形の札が掛けられている。中央には、「無」と黒字で書かれていた。

 権太は舌打ちし、すぐに出て行った。


 ・・・


 お禄は、小さな神社の前に立っている。人を待っているような風体だが、時おり目線をとある人物の方に向けていた。

 彼女の視線の先には、奇妙な男女がいた。女の方は、座り込んだ姿勢で月琴を鳴らしている。鳥追い傘を被ってはいるが、なかなかの器量であるのが見てとれた。年齢は二十歳前後、真剣な表情で、月琴を弾いている。

 その月琴の音色に合わせ、妙な動きで舞っているのは……顔を真っ白に塗った大柄な男である。竹光を振り回し、時おり奇妙な表情で周囲に見栄を切る。

 恐らくは大道芸人であろうが……そんなふたりの芸を見ている者は、三人しかいない。投げ銭を入れる(ざる)の中には、二枚の一文銭が入っているだけ。

 その時、女の方がお禄に気づいた。直後、いきなり演奏を止める。と同時に、白塗りの男も動きを止めた。無言のまま、ペこりと頭を下げる。


「なんだい、もう終わりかよ」


「つまんねえの。帰ろ帰ろ」


 見物客も、ぶつぶつ言いながら帰って行く。一方、女は男と何やら言葉を交わしている。

 そんな中、お禄は周囲を見回した。自分を見張っている者がいないことを確かめ、ゆっくりと歩き出す。

 大通りを歩きながら、さりげなく後ろを振り返る。先ほど月琴を弾いていた女が、数間ほどの距離を空けて付いて来ている。

 お禄は、人気(ひとけ)のない裏路地へと入った。一軒の物置小屋の中に、素早く入り込み息をひそめる。

 ややあって、扉を叩く音がした。


(あね)さん、お(うた)です。大変ですよ」


 壁越しに聞こえる声には、緊張感があった。


「どうしたんだい?」


「小平次さんが死にました」


「なんだって……本当かい?」


 思わず顔をしかめるお禄。


「ええ。小平次さん、林の中で倒れてる所を見つけられたって話です。酷かったらしいですね……野良犬だの鴉だのに、あちこち食われてたとか。背中の(ましら)と腕の彫り物が無かったら、無縁仏として処理されてたんじゃないですか」


「だろうね」


 そう答え、お禄は溜息を吐いた。確かに、珍しいことではない。この稼業に足を踏み入れた以上、野垂れ死にも覚悟していなくてはならないのだ。

 自分もいつかは、そんな死にざまを晒すことになるのかもしれない。


「河原者たちの中にも、小平次さんを知ってる人はいました。ちょっとした話題になってましたよ」


 お歌は、しみじみと語っている。だが、お禄は彼女の感傷に付き合うつもりは無かった。小平次が死んだとなると、やらなければやらないことがある。


「そうかい。だったら、線香の一本でも上げにいかないとね。金は、ここに置いとくよ」


 そう言うと、お禄は足早にその場を離れた。

 出来ることなら、やりたくはなかった。だからこそ、権太に小平次の用心棒を頼もうと思っていたのだが……こうなってしまった以上、引き受けなくてはならない。お禄は、すぐに店へと帰って行った。

 戻ると同時に、蘭二に声をかける。


「仕事だよ。みんなに連絡だ」




 その夜。

 集合した仕上屋の面々を前に、お禄は昔話を語り始めた。


 ・・・


 かつて、江戸を騒がせた三人の大盗賊がいた。

 世直し小僧と名乗っていたその盗賊は、金持ちの悪徳商人から金を盗み、貧しい人たちに分け与えていたのだ。あちこちの貧乏長屋に金子(きんす)をばら蒔き、時には小判を投げ入れたりもしていた。世直し小僧について書かれた瓦版は飛ぶように売れ、奉行所は躍起になって世直し小僧を捕らえようとした。

 役人たちは、血眼になって捜索したものの……世直し小僧を捕らえることは出来なかった。彼らは神出鬼没な上、腕もなかなかのものだった。そして数年前、世直し小僧は忽然と姿を消す。以来、世直し小僧の噂は聞かれなくなった。

 世直し小僧は決して殺生を行わず、また金持ちからしか盗まなかった。そのため、庶民からの人気は高かったが……彼らも、しょせんは盗賊である。金が盗まれたとなれば、必ず割りを食う者がいる。金倉を作った大工、見張り番、錠前師などなど。彼らは責任を取らされ、給金を減らされたり(くび)にされたりした。中には、世直し小僧の仲間であるとの疑いをかけられ、奉行所で拷問された者もいる。

 裏稼業の人間に世直し小僧の始末を依頼した者がいても、何ら不思議はなかった。


 ・・・


 語り終えたお禄は、いったん言葉を止めた。水を一口飲み、三人の顔を見回す。


「今回の相手はね……その世直し小僧の宗太郎、健次、竹蔵の三人だよ」


「世直し小僧、ですか。そういや、そんなのがいましたね。で、居場所はわかってるんですか?」


 壱助の問いに、お禄は頷いた。


「ああ、わかってるよ。こいつはね、あたしの師匠にあたる猿の小平次のとっつあんに頼まれた仕事だよ。とっつあんは、その三人の誰かに殺られたみたいだ。だから、こいつはとっつあんの仇討ちでもあるんだよ」


「小平次、ですかい?」


 お禄の言葉が終わらぬうちに、壱助が口を挟んだ。


「そう、猿の小平次だよ。あんた、とっつあんを知ってるのかい?」


 尋ねるお禄に、壱助は顔を歪めながら頷いた。


「まあ、名前だけですがね」


「そうかい。まあ、とっつあんはその筋じゃ有名だったからね。ちなみに、金はひとり一両だよ。みんな、どうするんだい?」


 言いながら、お禄は机の上に二分金(にぶきん)を一枚ずつ並べていく。


「俺は殺る。相手が誰だろうと関係ない」


 真っ先に立ち上がったのは権太だ。机の上の二分金を手に取り、懐に仕舞う。次いで、蘭二も立ち上がった。


「お禄さんの古いなじみが殺られたとあっちゃあ、動かないわけにいかないね」


 言いながら、金子を懐に入れる。お禄は頷くと、壱助に姿勢を移す。


「あんたは、いや、あんたらはどうするんだい?」


「もちろん、やらせてもらいます。あっしは小平次さんとは面識はありませんが、噂は聞いてましたしね」


 淡々とした口調で言うと、彼は手のひらを突き出した。お禄は、そこに二枚の金子を載せる。


「みんな、今回は急ぎの仕事だからね。うかうかしてると、奴らは島に帰っちまうんだよ。ここ二、三日が勝負だ。いいね?」


 お禄の発した言葉に、皆が頷いた。





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