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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/62

どこかで、誰かが見ています(五)

 翌日の夜、壱助と権太は並んで夜道を歩いていた。

 ふたりの後ろからは、これまで見たこともないような大男が付いて来ている。背丈は七尺(約二百十センチ)近く、目方は三十貫(約百十二キロ)を超えていそうだ。一応、五間(約九メートル)ほどの距離を空けて付いて来てはいるが、丸わかりである。

 さすがの権太も、その大きさには圧倒された。自分よりも大きな男を見るのは、子供の時以来だ。

 と同時に、そんな大男に、自分たちの後を尾行させる勘兵衛の思考が理解できなかった。あの巨体では、いくらなんでも目立ちすぎる。


「勘兵衛ってのは、よっぽどの阿呆なのか。あんなのに後を付けさせるとは、正気とは思えない」


 権太は、誰にともなく呟いた。しかし、壱助が堅い表情で答える。


「そうとも言い切れないですぜ。あとふたり、付いて来てますよ」


「本当か?」


「はい、間違いないです。奴ら、そろそろ仕掛けてきそうですね」





「そこのふたり、止まれ」


 人気(ひとけ)の無い野原へと足を踏み入れた時、声が聞こえた。同時に、隠れていた男たちが姿を現す。片方は逞しい中年男、もうひとりはざんばら髪の小柄な男だ。中年男は長脇差しを構え、小男は長い錐を持っている。

 だが、壱助は平然としていた。


「ようやく来なさったかい、勘兵衛さんに伝七さん。そうそう、雲衛門さんとか言ったっけ、そこの大きな人は」


 壱助の言葉を聞き、伝七は血相を変えた。


「この野郎、何で俺たちのことを知ってやがるんだ?」


「そりゃあ、あんたら今や有名人ですからね。ただ、あんたらはやり過ぎた。関係ない奴らまで殺して、どうすんです? あっしは、この件にはかかわらねえつもりだった。言われなくても、口をつぐんでるはずだったんですよ」


 壱助は、不敵な表情で言葉を返す。一方、権太は顔をしかめていた。完全に挟み撃ちの態勢である。明らかに、こちらが不利だ。


「そうかい……だったら、なおさら生かして帰せねえなあ。雲衛門と伝七、お前らはふたりで用心棒を始末しろ。俺はめくらを殺る」


 勘兵衛の声が響く。

 と同時に、雲衛門が突進して来た──


 とっさに地面を転がり、雲衛門の突進を避ける権太。だが、そこに伝七が襲いかかる。長い錐が、顔めがけ振り下ろされた。

 権太は錐を避けると同時に、思い切り下から蹴り上げる。その蹴りが頭を掠め、伝七は後ろにのけぞる。権太はすかさず立ち上がり、追い打ちをかけようとした。

 しかし、またしても雲衛門のぶちかましが襲う。今度は避けきれず、まともに喰らってしまう──

 その瞬間、彼は軽々と吹っ飛ばされた。二十五貫(約九十四キロ)の体が、子供のように弾かれ、地面に叩きつけられる。痛みのあまり、思わず呻いた。

 雲衛門は、それで終わらせる気はない。さらなる攻撃を仕掛けてくる。倒れた権太めがけ、凄まじい勢いで突進してきた。


 ・・・


 勘兵衛は、抜き身の長脇差しを振りかざし、壱助に襲いかかる。

 だが、壱助の仕込み杖が一閃──

 勘兵衛は、その一撃をかろうじて避ける。同時に、表情が険しくなった。


「おめえ、ただのめくらじゃねえって訳か。上等だ。ぶっ殺してやるぜ」


 そう言うと、勘兵衞は長脇差しを構える。彼には剣術の経験は無い。実際の殺し合いの中から身に付けた、我流のやくざ剣術があるだけだ。ただし今まで、幾つもの血みどろの修羅場を潜り抜けて来た男である。それなりの腕は持っているのだ。

 勘兵衛は長脇差しを構え、ゆっくりと壱助の周囲を廻る。

 壱助はぴくりとも動かない。仕込み杖を構えたまま、じっとしている。だが勘兵衛が間合いを詰めようとすると、かすかな反応を見せる。目が見えない人間の反応とは思えない。

 だが、勘兵衛も伊達に修羅場を潜り抜けていない。すぐさま別の手を思いついた。自らの鞘を外し、左手に持つ。そのまま、じりじりと間合いを詰めて行った。

 その動きに反応し、壱助がそちらを向く。勘兵衛は内心、舌を巻いていた。自分の目の前にいる盲人の反応は凄い。先ほどの太刀筋といい、そこいらの木っ端同心などよりは腕は立つ。

 だが、勝つのは自分だ。

 勘兵衛は手にした鞘を、左に放り投げる。すると、鞘は派手な音を立てて転がった。

 びくりと反応する壱助。素早い動きで、音のした方に向き直る。

 その瞬間、勘兵衛は一気に間合いを詰める。背後から切りつけるべく、長脇差しを振り上げた──

 しかし、予想外の事態が起きる。壱助の仕込み杖が、目の前に突き出されたのだ。間合いを詰めた瞬間を、狙っていたかのように……背を向けていた壱助が、まるで切腹でもするかのような動きで刃を突き出した。その刃は彼の脇を通り、勘兵衞に突き刺さる──

 勘兵衛は、刃に腹を(えぐ)られ動きが止まる。激痛のあまり、動くことすら出来ない。

 ゆっくりと振り向き、さらに深く刺し貫く壱助。その顔を間近で見た時、勘兵衛は驚愕の表情を浮かべる。驚きのあまり、ほんの一瞬ではあるが痛みを忘れた。


「お、おめえは……目が……」


「ここだけの話だがな、見えてんだよ。他の奴らには、内緒だぜ」


 勘兵衛の耳元で囁きながら、壱助はさらに深く腹を抉る。

 すると、勘兵衛の口から呻き声が漏れる。次の瞬間、その体はがくりと崩れ落ちた。

 普段は閉ざされている壱助の瞳。だが、今は開かれていた。苦戦する権太の姿を、じっと見つめている。


 ・・・


 権太は雲衛門のぶちかましにより、地面に倒された。

 さらに、大男の巨体がのしかかってくる。だが権太は地面を転がり、かろうじて避ける。

 彼は素早く立ち上がり、身構えた。そこに、襲いかかって来たのは伝七だ。猿のような素早い動きで、権太の背後に廻る。急所の延髄めがけ、錐を振り上げた。

 しかし、権太は振り向くと同時の回し受けで、その攻撃を捌く。さらに、正拳を叩き込もうと拳を振り上げた。

 そこに、またしても雲衛門の乱入だ。馬鹿のひとつ覚えのように、巨大な体で突進する……権太はまたしても地面を転がり、間一髪のところで避けた。

 どうにか立ち上がると同時に、敵の位置を目で確認する。雲衛門は右、伝七は左だ。どちらも、二間ほど離れた位置にいる。勝利を確信しているかのような表情を浮かべ、こちらを見ていた。

 権太は、息を荒げながら身構えた。力の雲衞門、速さの伝七……この化け物ふたりを同時に相手にしていては、勝ち目が薄い。反撃の糸口が、全く掴めないのだ。

 その時だった。草むらから立ち上がった者がいる。見れば、編み笠を被った女だ。その手には、火縄の付いた竹筒を握りしめている。

 直後、落雷のような音が響く──

 煙、そして火薬の匂いが立ち込める中……雲衛門の巨体が、ぐらりと揺れる。

 次の瞬間、仰向けに倒れた。

 権太は状況を忘れ、思わず声を発した。


「お、お前は──」


「後にしな! そっちの猿は、あんたの獲物だ! あんたが片付けるんだよ!」


 女が怒鳴る。権太はその声にはっとなり、伝七に向かって行く。

 伝七は完全に意表を突かれ、反応が遅れた。その顔面に、強烈な上段回し蹴りが飛ぶ──

 権太の腰の回転を利かせた蹴りが、伝七の首に叩きつけられた。金棒で、ぶん殴られるかのような衝撃だ。伝七は意識を失い、横倒しになる。

 その首めがけ、権太は踵を落とした──


「あんたが、お美代さんか」


 伝七に止めを刺した後、権太はその場で片膝を着く。息を荒げながら、女に尋ねた。


「ああ、そうだよ」


 言いながら、お美代は顔を背ける。手拭いが巻かれているため、どのような表情をしているかは見えない。彼女は権太のことなど見向きもせずに、壱助の方に走って行った。

 甲斐甲斐しい態度で、彼のそばに寄り添う。壱助はその場に座り込み、仕込み杖の刃に付いた血を拭っていた。お美代は、その手伝いをしている。


「いい気なもんだぜ」


 吐き捨てるように言うと、権太は立ち上がった。体のあちこちが痛む。明日になったら、さらに痛みが増すことだろう。

 だが、そんなことは言っていられない。彼は、伝七の死体を担ぎ上げる。よろよろした足取りで去って行った。

 そんな権太の後ろ姿を、お美代は訝しげな様子で見た。


「あいつ、死体なんか持って帰ってどうすんのかね」





 その翌日、お禄は蛇次の屋敷にいた。神妙な顔つきで、頭を下げる。


「急に面を出して申し訳ありません。ただ、昨日のうちに仕留めたことだけは伝えておきたいと思いまして」


「ああ、聞いたよ。さすがは仕上屋さんだ」


 そう言うと、蛇次はいかにも嬉しそうに笑った。くっくっく……という音が響く。

 しかし、お禄はにこりともしていない。本音を言えば、蛇次を利するような真似はしたくなかったのだ。蛇次と勘兵衛が牽制し合っている状態こそ、お禄の理想とする状態だったのだ。

 だが、壱助が目を付けられてしまったとなると、放っておくわけにもいかない。


「お禄さん、これからもよろしく頼むよ。期待してるぜ」


 蛇次の愉快そうな声に対し、お禄も愛想笑いで応じる。


「はい。また何か御用の際は、何なりと」






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