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必殺・仕上屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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どこかで、誰かが見ています(二)

 翌日、壱助は上手蕎麦にて蕎麦をすすっていた。

 お禄に会いに来たのだが、あいにく今は留守のようだ。また昼日中だというのに、店をほっぽらかして外をうろうろしている……傍目からは、左うちわの結構な御身分に思えるだろう。

 だが、彼女がそんな気楽な身分でないことを壱助も知っている。


「すまないねえ、壱助さん。お禄さんは一度飛び出したら、なかなか帰って来ないから……」


 すまなそうに頭を下げる蘭二に、壱助は苦笑せざるを得なかった。

 これも、仕方ないことなのだ。なにせお禄は、小さいとはいえ裏の組織を束ねる身である。仕事の依頼などを取ってきているのも彼女だ。自分たちにはわからない苦労も、いろいろとあるのだろう。


「そうですかい。だったら、気長に待たせてもらうとしますか。構わないですかね?」


 尋ねる壱助に、蘭二は訝しげな表情を向ける。


「ああ、私は構わないが……ひょっとして、何かあったのかい?」


「いやあ、ちょいと困ったことになりましてね。昨日、化け物が出たんでさあ」


「化け物?」


 不思議そうな顔をする蘭二、壱助は頷いた。


「ええ、恐ろしい奴が出ましてね。ちょいと、元締の耳に入れておこうかと」


 言いながら、にやりと笑う。つるつるに剃りあげた頭、閉じられた眼、痩せてはいるが筋ばった体つき……彼もまた、見ようによっては妖怪である。

 だが、蘭二はにこりともしなかった。壱助は、つまらない馬鹿話をするため、わざわざここに来るような暇人ではないのだ。お禄の耳に入れなくてはならない話、これはよくよくのことだろう。




 しばらくして、戻って来たお禄と壱助は店の奥から地下室へと入って行った。

 そこで壱助は、夕べの出来事を話す。すると、彼女は目を丸くした。


「大男? なんだいそりゃあ?」


 聞き返すと、壱助は顔をしかめつつ答える。


「いやあ、あっしもよくはわからねえんですよ。ただ、歩くだけで地響きが起きそうな大きな男が、人を殺していた……ということしか、わからなかったんです。お禄さんは、そんな奴に心当たりはありますか?」


「ないこともないね。一応、確認しておきたいんだが、あんたはそいつに面を見られたのかい?」


 真剣な様子で尋ねるお禄に、壱助は頷いた。


「あっしに気づいていたのは間違いないです。めくらだから、見逃してくれたみたいですがね。ただ、あっしの勘だと……あいつは、ご同業じゃねえかって気がするんですよ。裏の世界の住人じゃないかとね。心当たりないですか?」


 その問いに、お禄は顔をしかめながら答える。


「ああ、そうさ。そいつは多分、鼬の勘兵衛の手下だよ。ご同業さ。ただ、そいつは普段、地下の座敷牢にいるらしいんだけどね」

 

「地下牢、ですか? 本当に、絵物語にでも出てきそうな奴ですね」


「そうなのさ。噂によると、そいつは図体はでかいし、力も熊なみに強いらしいよ。けど、頭は恐ろしく悪いって話だ。野放しにしとくと、何をしでかすか分からない……だから、勘兵衛は滅多に外に出さないらしいんだよ」


「参りましたね、そんな奴が江戸にいたんですかい。あっしは、ちっとも知りませんでしたよ」


「まあ、あたしも実物を見た訳じゃないからね。本当に、そんな奴がいるのかはわからない。でもね、勘兵衛だとしたら気をつけた方がいいよ。あの野郎は、かなりしつこいらしいから。あんたも、しばらくはおとなしくしてるんだね」


 お禄の言葉に、壱助は溜息を吐く。


「そうですかい。面倒な場面に出くわしたもんですなあ。あっしはめくらだから、下手人の面なんか見えやしねえのに」


「いや、勘兵衛はね……相手がめくらだろうと、何だろうとお構い無しだよ。殺る時は、きっちり殺る男さ。あんたも気をつけな」




 その翌日。

 お禄が店で、蘭二とともに蕎麦を打っていた時だった。


「お禄さん、いるかい」


 声と同時に、ひとりの男が店に入って来た。ざんぎり頭で小柄、人当たりのよさそうな顔立ちである。年齢は若く、蘭二と同じくらいだろう。

 お禄は思わず眉をひそめた。この男。知合いである。


「おや、捨三(すてぞう)さんじゃないか。まだ店は開けてないんだけどね」


「いや、こりゃすみませんでした。しかしね、こいつは急ぎの用なんです。うちの元締が、至急あんたに会いたいと言ってるんですよ」


 言いながら、捨三は面目なさそうに頭を下げる。

 この若者は巳の会の一員であり、蛇次の使い走りだ。見た目は軽薄そうであるが、巳の会の後ろ楯があるからといって、他の者たちに無闇やたらと横柄な態度を取らない賢さも持っている。


「蛇次さんが? どんな話だい?」


 お禄が尋ねると、捨三はちらりと蘭二を見た。こちらの人大丈夫なのか? とでも言いたげな表情だ。


「大丈夫だよ。蘭二も、あたしの部下さ」


 お禄が横から口を挟むと。捨三は頷く。

 

「そうですか、失礼しやした。明日なんですが、お禄さんに辰巳屋まで来てもらえないですかね」


「明日? 何の用だい?」


「それは、あっしの口からは言えねえんでさあ。とにかく、来てもらえると助かる、と元締は言ってます」


「そうかい」


 お禄は答えながら、頭の中で考えを巡らせていた。

 いったい何の用なのだろうか……まあ、おおよその見当はつく。あの蛇次が、単なる茶飲み話で自分を呼び出すはずがなかった。確実に仕事の話だ。それも、裏の仕事である。問題は、その内容だ。

 本音を言えば、行きたくはない。しかし、蛇次の申し出を断るというのも、良い選択とは思えない。


「わかったよ。明日だね」


「ええ。明日の戌の刻(午後七時から九時の間)に、辰巳屋で待っているそうです。よろしくお願いします」




 捨三が帰った後、お禄は眉間に皺を寄せ思案する。すると、蘭二が案じるような表情で覗きこんできた。


「お禄さん、適当な理由をつけて断れないのかい?」


「そりゃ無理だよ。蛇次は、面倒な男だからね。まだ、敵に回したくはない」


「だったら、明日は私も行くよ」


「いや、来なくていい。あんたがいなきゃ、店が成り立たないからねえ」


 そう言って笑ったが、蘭二はかぶりを振った。


「いや、駄目だよ。私も行く。こいつは、妙な話だと思わないかい? 急すぎるよ。考えすぎかもしれないが、ひとりでは行かせられないね。あなたに何かあったら、仕上屋はおしまいだ」


 真剣そのものの表情である。その勢いに押され、お禄は何も言えずにいた。


「私が駄目なら、権太さんを連れて行ってくれ。あの人なら、でかいし見た目も怖い。腕も立つ。その上に暇人だ。日当を払えば、来てくれるよ」


 なおも訴える蘭二。お禄は、権太のいかつい顔を思い浮かべる。確かに、迫力ある風貌なのは間違いない。

 だが、すぐにかぶりを振った。


「権太? そりゃ無理だよ。あいつは礼儀を知らない。他の親分さんたちと会ったら、一悶着おこすかもしれないだろ。あいつは連れてけないね」


「だったら私が同行する。店なんか、一日くらい休んでも構わないよ」


「大げさだねえ。大丈夫だって言ってるじゃないか」


 笑いながら答えたが、蘭二には引く気配がない。その端正な顔からは、不退転の決意を滲ませ彼女を見つめているのだ。さすがの彼女も、目を逸らし黙りこむ。

 蘭二の言う通り、確かに妙な話ではある。蛇次からの呼び出しなど、ここ数年なかった。

 仕上屋と巳の会……ふたつの組織は、お互いの存在を意識しつつも、これまで交わることなく活動していた。たまに蛇次が牽制してきたり、警告してきたりすることはあったが、基本的にはほとんど関わったことがない。接点も持たずにいた。

 それが、いきなりの呼び出しとは、どういう料簡なのだろうか。いずれにしろ、用心するに越したことはない。

 しかも、このままでは蘭二も引かないだろう。 


「わかったよ。明日は、あんたにも来てもらうとしようか。何かあった時は、頼りにしてるよ」


 冗談めいた口調で、肩を叩く。だが、蘭二はにこりともしなかった。


「ああ。私の命に替えても、あなたの身は守るよ」






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