私のしんどい一日
めっちゃ空いてすいませんでしたー!!
「えー、なにあの人。喧嘩でもしたのかな?」
「彼氏からのDVとかじゃないの?」
「痛そうだな……あれで出勤するのか」
「あの見た目でよく出歩けるな、アタシなら無理」
(私だって休めたら休みたいってば)
電車の中で薄ら笑うようにこそこそと聞こえてくる言葉に心の中で呆れながら彼女は窓の外を眺めた。ゆっくり流れていく街並みに変わることの無い空。彼女はその景色を片目で追っていた。
昨日の夜顔を殴られ、そのまま気絶して気付いたら病院だった。幸い顔は大きく腫れてはいなかったものの処置として頬と左目に眼帯を付けられ、医者からは安静にと言われたが繁忙期である今、会社を休む事も出来ずこうして電車に乗っている。
(名誉の負傷……なんて言っても信じてもらえないだろうしどう言い訳しよう)
階段で転けた、電柱にぶつかった、酔っ払いに殴られた……一番最後の言い訳が一番マシかもと思ったが示談になったのかと質問されるのも面倒くさいので階段で転けたが無難だろう。
(まぁ私に興味ある人なんていないし……やっぱり話題にはなってないか)
自暴自棄になりながら片目でスマホを覗き見る。そこには昨晩起きた殺人未遂事件の内容が載った記事だった。
ごく普通の男性が口論の末に恋人の女性をナイフで刺した、その後通行人の女性にも暴行を振るったと思われたが、女性が抵抗したのか警察が駆けつけた際には男は倒れていた。殴られた女性は軽傷、刺された女性は重症であり男性は殺人未遂として……
そこまで読んだ所で会社の最寄り駅に到着したアナウンスが響いた。無造作に携帯を鞄に詰めるとドアに寄り降車する。降りる際にもすれ違う人にギョっとされたがその反応は今日は既に慣れているので気にせず改札まで早歩きで向かう。
(まぁ本当は襲われそうになっていた女性を助けて怪我を負った、正に名誉の負傷である! なんてないか)
昨日の自分を憂うようにしながらごく一般的なOL――冬井 美姫は会社に向かって歩き出した。
※ ※ ※ ※ ※
(こんな打ち込みだけの作業ならリモートで良いじゃん! 出社しないと行けない意味無くない⁉)
怒り顔をすると痛みそうなので無表情を意識しながらも怒り任せにキーを叩いて行く。片目なので時々手元が狂ってしまい打ち込む数字が間違ってしまう事に苛つきながらもなんとか打ち込むことが出来た。
一息付いていると課長に呼ばれ先程の3倍はあろうかという資料を渡された。これを纏めて欲しいという要望だった。中には自分が担当していない案件も含まれている。その担当はというと……まさかの休暇中であった。
(ブラック企業め、怪我人に徹夜させる気か)
この資料を窓から放り投げてやろうかと思ったがそんな度胸はないので渋々受け入れ再び席に戻った。日に日にため息を付く量が増えていく事を感じながら彼女は再びパソコンに向き合う。
彼女は学生時代普通の大学に入り特に力を入れた事もなく就活に乗り遅れ、結果入社したのはこのブラック企業。そして覚えが悪く仕事ができないというレッテルを早々に貼り付けられ、今年で27になるがやることは未だに雑用ばかり。
特に仲の良い同僚などおらず、こんな会社でも出世した同期に白い目で見られる事にももう慣れた。会社以外でも電話するような友達も恋人もいない。実家に帰りづらい上、帰れば結婚は考えたことはないのかと尋ねられる。
そんな名前とは裏腹に限界社畜OLである美姫の唯一の楽しみが……
(あぁ~!! 今日も推しカッコイイー!! 推しを眺めてるだけで生き返るぅ〜!)
昼休憩中のヲタク活動である。アニメを全般とし様々なジャンルに推しを作りその情報を得たり動画を見ることで癒やしを得ているのだ。ライブなどに行く時間はないがグッズだけならばネットで注文出来る。誰かを誘うこともない彼女のアパートの一室は様々なグッズで溢れかえったヲタク部屋になっていた。
(今日も顔がイイ、ってえ⁉ スキャンダル誰この女、ハァッ⁉)
だが今日は運が悪くアイドルグループの中で推していたメンバーの熱愛スキャンダルが目についてしまった。こういうのを見るとどれだけ上がっていたテンションも瞬く間に降下してしまい、そのまま携帯を閉じる。
(最悪、帰ったらグッズ捨てよ)
涙ぐみながらコンビニ弁当を書き込み憂鬱なパソコン作業に戻ろうかと席を立とうとすると丁度やって来た男性に声を掛けられた。
「うわ、痛そー。大丈夫美姫ちゃん」
「い、いえ。それほどでも」
声を掛けてきたのは別の部署の歳上の男性社員。ちょくちょく昼休憩中に話しかけられるが彼女は佐藤だったか加藤だったか名前を覚えていなかった。馴れ馴れしく下の名前を呼ばれるがそこまで親しい訳でもなく一方的に距離を詰められている感じで気味が悪い。
「仕事は順調そう? 辛かったら僕の部署に移れるよう口きいてあげようか?」
「い、いえ。結構です」
なるべく目を合わせないように自然な会話をしながら戻ろうとすると塞ぐように立たれた。もの凄く通りづらいと思いすみません、と小声で言いながら通ろうとするも頑なにどこうとしない。
「こっちの親切がわからないか、目を合わせようともしないしそんなんじゃ社会人失格でしょ、おじさんがその身体に教えてあげるよ」
背筋に悪寒が走り思わず後退りする。男性社員は先程までの作り笑いとは打って変わり本物の笑い顔、しかし醜い変態的な笑顔だった。
「前から気になってはいたんだけどね、こんな所で一人でご飯を食べているって聞くじゃないか。君みたいな子はね、何かあっても他人に言おうとしない、もの凄く都合がいいんだよ」
迫りくる貞操の危機を感じた彼女は声を上げようとするも恐怖と顔の痛みで声を出すことができない。その上この場所は会社内でも極端に人が通らない上監視カメラもない。後ろは行き止まりであり逃げ場がない彼女は後退りすることしか出来なかった。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ‼ 気持ち悪い! 最悪あれを……って鞄の中じゃん⁉)
こういう時の為の頼みの道具はロッカーに入れた鞄の中、最早打つ手がないと掌に汗が、目には涙が滲み出した。
(こんなんで純潔を奪われるとかこんな、こんな人生なんて…)
彼女が観念したように目を瞑ったのを見て男性は同意だと判断し震える胸元を掴もうとその手を伸ばした。
(絶対にイヤ!!!!)
拒否反応が湧き出した彼女がその手を払い除け後ろに走り出す。しかしヒールを履いていたため途中で転けてしまった。
「全く何をやってるんだがそっちは行き止まりで何もないよ?」
呆れた顔で彼女を愚かだと笑う男性はそのニヤついた顔で距離を詰め倒れた彼女の肩を掴んで仰向けにしようとした瞬間
「グッ⁉」
右側頭部に衝撃を感じ、唸りながら横に倒れた。頭に響くような痛みが襲う中何が当たったのかと右を見ると彼女が消化器を持っていた。
転んだ先にあった消化器をなんとか掴みそれを使って思いっきり殴ったのだ。皮膚が切れたのか抑えた箇所から血が出ているのに気づいた男性は自分よりも歳下の何も出来なさそうな女が自分を消化器で殴って反撃してきたという事実を実感して怒りが沸き立って来る。
「こっ、このアマッ‼ 黙ってれば!!」
ニヤケ顔から一変、憤怒の表情へと変わった男性は立ち上がろうとした彼女を殴る。殴られて再び地に伏した彼女が次に見たのは男性の口から触手のような物が溢れ出てくる瞬間だった。
その職種は男性の身体を覆っていきその表面を醜く変えていく。服はボロボロになったビジネススーツのように、両手は手錠の輪っかのように変わり、顔には彫刻像のような仮面が被せられる。そして王冠を被るかのように頭に添えられた首輪とその鎖が後ろに垂れ下がった怪人――セカンドに変わった。
だが彼女もただ見ていたわけではない。男性がセカンドに変わる間に再び消化器を握るとその栓を抜いていた。そして変身を遂げたセカンドめがけ消化器のレバーを引くと消火剤を勢いよくセカンドへ浴びせた。
セカンドに対しダメージは無いもののその周りを回るようにして吹き付けられたため辺りを白煙が覆い尽くし彼女の姿を見失ってしまう。ならばと音を頼りに彼女の居場所を探そうとするとカチャリと鍵を開けるような音がした。
「そこかぁぁぁっ!!」
別の部屋に入って逃げようとしていると彼女が思い込み、そのドアごと突進で突き破ろうと考えたセカンドは音の方へ向かって走り出した。
「ヒィッ⁉」
途中彼女の小さい悲鳴が同じ方向から聞こえて来たため方向は合っていると思い込み速度を上げていく。そしてそのドアを突き破った……かに思われた。
「なにぃっ⁉」
しかし突き破ったのはドアでなく壁であり、外へと飛び出したセカンドは重力に逆らえず三階の高さから落下する。
彼女がセカンドを中心とし回りながら消化器を使ったため、方向感覚を失ったセカンドは彼女の窓の鍵を開ける音を勘違いし、窓向かってに走っていたのだった。当の彼女は端に避けていた為、落ちることは無かった。
セカンドが落下したのは人通りが多い大通りではなく隣の会社との間の人が一人しか通れないような抜け道のような隙間だった。しかも怪人化した影響で身体の表面積が増え、ハマっていて身動きが取れなくなっている。
(今の内に‼)
彼女がオフィスに走り戻って行ったのと同時、下に落ちたセカンドのいる抜け道に一人の人物が入ってくる。
「抜け道使おーっと、うぇッ⁉ コイツあーしが昨日倒した奴じゃん⁉」
※ ※ ※ ※ ※
「あ、違ぇわ。手似てるだけじゃん。まぁ関わらんとこ」
たまたま抜け道を利用しようとしていた春奈は頭上に昨晩倒した怪人と似ている怪人が挟まっているのに気付いた。面倒事には関わりたくないのでこのまま立ち去ろうとするがふと昨日のOLを思い出す。
もしあの時自分があのOLを助けていなければきっと今日の目覚めは悪かっただろう。今目の前の怪人を見ないふりすることは簡単だ。だがそれを見逃して後で誰かが襲われでもしたら明日の目覚めは良いのだろうか。
しかし今の自分には何もすることが出来ない。ならせめて少しでも自分が楽しく生きる事ができる方法は……
彼女が手にした携帯にはヲタクの文字が映っていた。昨日なんとなくの思いで交換した連絡先、正直使うことは無いだろうと思っていたがこういう事態に何か対処できるならこいつしかいないだろう。そう思った彼女は彼に電話を掛ける。
「も、もしもし? あーしさん?」
「ヲタクくん、今どこ?」
「ここです」
「うわっ⁉」
ワンコールで出たと思ったら背後から声を掛けられ彼女は驚愕する。ワープでもしてきたのかと思ったが赤のチェックにジーパン、黒いショルダーバッグであり、急いで家から出てきたかのように髪がボサボサだった。
(ダッサ……じゃなくて)
「何でここがわかったん?」
「せ、セカンドに変貌を遂げると……このセンサーがぁ、反応するんですよ……ハァッハァッ。だ、から」
息を切らしながらショルダーバッグから無線機のような物を取り出して彼は彼女に見せ付ける。そしてその無線機をしまうとバッグからS.O.B.ドライバーを取り出して彼女に差し出した。
「た、戦ってくれるん……ですか?だから電話してくれたんですよね」
別に自分が戦うから連絡したわけではなかったが差し出されたドライバーを引き寄せられたように彼女は触れた。この誘いに乗ってこのドライバーで変身すれば面倒事に首を突っ込む事になる。
「ワンナイトだったのに次の日の昼?」
「そ、そういうタイプの人じゃないん……ですか?」
「うっさ」
軽口を叩きながら彼女はドライバーを腰に当てる。ベルトが出現し彼女の腰に巻き付いた後、手渡されたカードをドライバーの右側の溝にスライドする。
〈Access〉
電子音がそう告げるとほぼ同時軽快な音楽が流れ始める。彼女は右手を腰に当てると、頭上で身動きが取れずにいるセカンドに対し、
「今動かねぇだろうけどあーしがこれから足腰全部動かなくしてやんし」
と啖呵を切ると左手でドライバー左にあるボタンを押した。彼女の目の前にプロジェクターに映し出されたようにドライバーのシャッター部分が具現化する。
そのシャッターが下から段階的に開いていくと開いた部分から見える彼女の身体が頑丈なロボットスーツで覆われていった。
〈Open the shutter!! Hit and Run and Lightning hero! Brilliant!!〉
電子音が告げる変身音が鳴り響くと同時、シャッターが全開になり彼女の姿は桃色のボディに赤い差し色が入ったスーツへと変貌を遂げる。
「おー、なんか英語言ってるし色が昨日みたいにダサくない!!」
感嘆の声をあげる彼女の反応に褒められたと感じたのか宅郎はふんぞり返るようにすると
「女性らしい色に調整しましたからね」
と発言する。それが気に入らなかったのか彼女は
「いやあーし普通に青とか黒の方が好きなんだけど……女らしい? 女を知らな過ぎでしょ、まぁいいや」
と苦言を呟きつつセカンドに向き直る。横幅が1.5m程しかなさそうな路地裏の隙間から見える空目掛け跳躍すると一瞬で頭上のセカンドよりも高い位置に移動できた。
そのまま踵落としの容量で右腕目掛け脚を振り降ろすと、昨日と同じ馬鹿力はセカンドの腕を簡単に断裂させる。彼女が地面に少しの窪みを作りながら着地するのと同時、右腕が外れたセカンドも地面に落ちてきた。
「こんなぁ若い女の子にまでナメられるなんてぇ!!」
イントネーションが少し狂いながらセカンドはそうセカンドはそう発言するとボロボロのスーツの胸元に付いていたネクタイを伸ばして来る。
直線上の攻撃で横には避けられないと思った彼女は受け止めようと右手を伸ばすも、ネクタイは巻き付くように彼女の腕にまとわりつく。両手で剥がそうとするもキツく結び付けられており中々外れない。
更にセカンドは頭を大きく縦に振るうと頭に乗せた首輪の後ろに付いた鎖までもが伸び、彼女の頭上から振り下ろされた。反応が遅れた彼女は攻撃をまともに受け装甲から火花が散るも内部にはそこまでダメージは行っていない様子だった。
「いっ痛ぅ‼」
咄嗟に振り下ろされた鎖を彼女は左手で掴み前に跳躍するとセカンドに対しドロップキックを見舞う。
キック後も鎖を握り引っ張り続ける事でセカンドの首を下げ、上を向かせないようにして自身の攻撃を目視させない立ち回り方をしている。やはり戦闘に全く縁が無いただのJDとは思えない戦闘センス。
(春奈さん……やっぱりあなたはヒーロー向きの才能を持ってますよ)
鎖から手を離した彼女は止めを刺そうと左手で右側部のスイッチを入れようとする。宅郎もこれで決まったと思った次の瞬間、セカンドの背後に何かが降ってきて地面に激突した。
驚いた全員が動きを止め地面に落ちてきた何かの方を見るとそれは灰色のロボットだった。
羽をもがれたかのような中途半端な突起物が肩甲骨部に一対存在し、身体のシルエットは男性版マネキンの様。こちらに向ける無機質な鉄仮面からはその表情を伺う事ができずただただ仮面の複眼が光っている。
さながら羽をもがれて堕落してきた天使、いや鎧を纏ったマネキンの天使ともいうべきだろうか。スタイリッシュにも見えるその佇まいをした新たなロボットスーツの人物の腰には銃が入ったホルスターが付いた春奈とはまた別のドライバーが巻かれていた。
「んー痛っ、これだと飛べないの忘れてた」
ボイスチェンジャーを通した機械声で呟くロボット天使を春奈が気味悪がる一方、そのドライバーを見た宅郎が驚愕しながら呟く。
「あれ……行方不明のドライバー……どうして、一体誰なんだ……」
また一週間ほど開くかもです。すみません。