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補習

 ガーヘンディッシャン魔法学校。

 およそ千年程昔にいた、最高の腕を持つ魔法使いガーヘンディッシャン。歴史上類を見ない、強い魔力を操ることができたと言われる人物。

 ガーヘンディッシャンの右に出る者は千年経っても現われるかどうか、とまでささやかれる程に、彼は素晴らしい魔法使いだった。

 その彼の子孫が創ったのが、ガーヘンディッシャン魔法学校だ。

 自然の力を利用して人々に貢献し、魔性と人間との橋渡しとなる。

 それが、ガーヘンディッシャンの意志であり、この学校の基本理念だ。

 ……まぁ、そんなかたいことはともかく。

 生徒達は生徒達なりに、立派な魔法使いになるべくして毎日がんばっている。

「減点。呪文が不正確だ」

 教師の低い声が、冷たく響く。それから一瞬後、その教師がにっと笑った。

「補習決定だな。ルルナ、約束だぜ」

「今のが不正確? あたしはちゃんと唱えたもんっ」

 教師……ハズィランの言葉に、生徒のルルナは断固として抗議した。自分は間違っていない、という自信がある。

「駄目だ。呪文は最後の一語までしっかり唱えないと、わずかな音の違いで別の魔法に変わる。腕があればすぐに取り戻せるが、お前らくらいのレベルだと自分の魔法に翻弄(ほんろう)されるだけだ。そうならないために、呪文は正確に唱える必要がある。今のルルナの唱え方は、端で聞いているとかなりあやふやだ」

「わざと厳しくしてるんじゃないの?」

 次の実技の課題で、満点を取れなければ補習。

 先日、ルルナは勢いでハズィランとそんな約束をしてしまっていた。だから、たとえそれが一点であれ、減点ということは補習につながる。

「そんなせこいまね、するか。……じゃ、エルーダ。お前はどう思う? 今のルルナの呪文は」

 クラスで常に上位をキープしている少年に、ハズィランとルルナ、そして教室にいる生徒達の視線が集まる。

 エルーダと呼ばれた薄い金色の髪をした少年は、十七歳という実際の年齢よりやや幼く見える顔を少し曇らせた。

「そんなに問題はないと思いますが……」

 ルルナが「そうよね」と言わんばかりの顔でうなずく。

「正確だったか、と言われれば、肯定しきれません」

 教師とクラスメイトの板挟みになり、エルーダは困ったように明言を避けた。

「遠回しに言うな」

 しかし、ハズィラン先生はそれを許してくれない。エルーダは仕方なく、はっきり言った。

「正確とは言えません」

「だそうだ」

 最後のハズィランの言葉は、もちろんルルナに向けられている。言われたルルナの方は、がっくりと肩を落とした。

「他の奴にも尋ねてみるか?」

「もういい……」

 そんなことをされたら、かえって(みじ)めになるだけだ。

「じゃ、今回補習する奴の名前、言ってくぞ」

 合格点に至らなかった生徒の名前を、ハズィランは順番に読み上げてゆく。そして、最後にしっかりとルルナの名前も呼ばれた。

 ルルナが再び肩を落としていると、授業終了のチャイムが響く。

「自分の技術のどこがまずかったか、俺が言ったことを思い出して復習してみろ。補習は今日の放課後だ。それまでに、今よりはできるようにしておけよ」

 言いながらハズィランは教室を出て行き、生徒達はそれぞれ安堵と落胆のため息をつくのだった。

☆☆☆

 がっくりとなって机に突っ伏しているルルナの所へ、ココナがやって来る。

「ルルナ、そう落ち込まないで」

「だぁってぇ~」

 そう言ってから、ルルナはようやく顔を上げた。

「ハズに負けたみたいで、悔しいんだもん」

 魔法を使っている年月は、当然ながらハズィランの方が長い。だから、レベルは彼の方が上だということもちゃんとわかっている。

 それでも、悔しいものは悔しい。

 学校では、ここまでできれば及第点、というラインがある。そこへ至るのはもちろんだが、余裕でそこを超えなければハズィランを見返せない。

 レベルが低くても、これくらいは簡単にできる、と見せ付けたかった。

 しかし、現実は補習決定。ルルナにとっては、負けに等しいのだ。

「負けたって……賭をした訳じゃないでしょ。まぁ、似たようなものかも知れないけど」

 ふたりが妙な約束をした場面を見ているココナは、その時のことを思い出して苦笑する。

 ルルナがランプを壊したことで、ランプの精と呼ばれていたハズィランは解放された。ハズィランにとってルルナは命の恩人にもなるのだろうが、現在は教師と生徒、という立場であるには違いない。

 ちょっとした話の流れで……と言おうか、売り言葉に買い言葉の末、ルルナが実技で満点を取れなかったら補習、という約束が成り立ってしまった。

 ルルナは一応、合格点を取った。本来なら、そこの課題についてはクリアになる。

 だが、約束は「満点」だ。

 なので、合格点を取れなかった生徒と一緒に、ルルナも補習するしかないのである。

「妙な約束、するからだよ」

 そう言ってきたのは、エルーダだった。

「オレの一言で補習になった、というのは、ちょっと悪かったかなって思うけどさ」

「それはルルナとハズィランとの問題よ。エルーダが悪く思うことはないわ」

 悔しいがココナの言うとおりなので、ルルナは小さくうなずく。

「ハズに見事に転がされちゃったなぁ。満点取ってみやがれ、なんて言われたから、つい取ってやる、なんて言っちゃった。でも、おしかったなぁ」

 自分では完全にできた、と思っていただけに、至らなかった部分の指摘はなおさら厳しく感じてしまった。

「確かに、ほんの少しのことだからね。だけど、考えようによってはいいじゃないか。補習ってことは、ちゃんと補って指導してくれるってことだろ。しかも、本当は合格点に達してるのにさ。そんなこと、他の先生はあまりしてくれないと思うよ。それだけ時間をさかなきゃいけないんだから」

「指導……ねぇ。どっちかと言えば、しごきだけど」

 ハズィランに何か言われて黙っているようなルルナではないが、やはり授業中の「先生」の言葉となると、反論ばかりもできない。どうしたって、技術はあちらの方が上なのだ。

 魔法に関しては、エキスパート。そんなハズィランから見れば、ルルナ達見習い魔法使いのレベルは歯がゆいものだろう。口には出さないが、これくらいもできなくてどうする、という思いはあるに違いない。

 魔性についての知識や過去の魔法使いに関しての授業はそれほどでもないのに、実技の授業はかなりスパルタだ。生徒それぞれの至らない部分を、一切言葉を控えめにすることなく、厳しい指摘をしてくる。

 その指摘が腹が立つ程(ルルナ談)的確なので、誰も言い訳一つできないのだ。

 ルルナが言うように、しごきと思えなくもないので、授業を受けるのがちょっと怖い、と感じている生徒もいたりする。が、指摘された部分を直せば格段に魔法の発動がよくなるので、さぼる者はいない。

 そんなことをすれば後が怖い、という理由もあるのだが……。

 放課後まで時間があったのにまだできないのか、などと言われたりしたらシャクなので、ルルナは休み時間を削ってブツブツと呪文の練習を繰り返した。

 そして、放課後。

 ココナに「がんばってね」と激励され、ルルナは教室へと向かった。魔法の実技は普段の教室とは別の場所で行われる。

 ハズィランはすでに来ており、補習を受ける他のメンバーもほとんど来ていた。

 みんな、授業本番の時と同じように緊張した面持ちだ。また同じ失敗をしたらどうしよう、などと考えているのかも知れない。

「ルルナ。最近、成績が上がってきてるよね」

 先に来ていたパヌが言った。いつも元気なルルナと正反対の、いつも物静かなクラスメートだ。

「そう……かな」

 言われてみれば、ハズィランの授業を受けるようになってから、自分の平均点が上がってきている。ハズィランにバカにされたくない、というルルナの負けず嫌いな部分が、結果的に成績アップへと導いてくれているようだ。

「他のみんなも上がってきてるみたい。私、何だかついて行けなくなってきた気がするの。全体的なレベルが高くなってきたみたいで」

「パヌ……」

 以前から、パヌはそんなにいい成績ではなかった。他はそれなりだが、実技がどうもふるわない。

 それが自信のなさにつながっているのか、時々おどおどして見えることがある。

 ハズィランが実技の授業を受け持つようになってまだ間がないが、数回行われた補習全部にパヌは顔を出していた。そのことが、さらに彼女にプレッシャーをかけているらしい。

「魔法使いになる気がないなら、さっさとやめろ」

 窓の外を眺めながら、他の生徒が来るのを待っていたハズィランが淡々と言った。二人の話はちゃんと耳に入っていたらしい。

 パヌの肩がビクッと震える。

「ちょっと、ハズ。そんな言い方ないじゃない」

 パヌの代わりに、ルルナが言い返した。

「ハズは何でもできるから、すぐにできないあたし達の気持ちなんてわかんないでしょ」

 ルルナの反論に、ハズィランがこちらを向いた。

「お前は何でここにいるんだ」

 今更な質問をされ、ルルナは首をひねる。

「え? だって、補習があるから……」

「そういう意味じゃない。どうしてこの学校にいるのかって言ってるんだ」

 今更な質問、再び。

「魔法使いになるため、だけど」

「だったら、魔法が使えるように鍛錬するのが当たり前だろ。お前らはまだ、レベルがどうこう言えるような所にもいない。ついて行けない、なんて泣き言を口にする暇があるなら、呪文の一つも覚えろ」

「う……」

 ど正論なので、ルルナもすぐには反論できない。

「こんなところでつまづいてたら、無詠唱なんて遙か彼方だぞ」

「で、でも……壁に当たって落ち込むことだってあるわよ。努力したって、なかなかうまくいかない時だってあるんだから」

「そのために、補習してやってるだろ」

 ルルナの反論も、ハズィランはあっさり返す。

「今、お前らがやってるのは、基礎中の基礎だ。それもできないような奴が、この先の応用なんかできるかよ」

 いちいちもっともだ。わかっているが、事実を言われるとやっぱり悔しい。

「お前ら、俺が意地悪で補習してると思ってるのか?」

「違うの?」

「……やっぱりそう思ってたのかよ」

 ルルナが悪気もなく聞き返し、ハズィランは渋い顔をする。そんなことはない、という答えが返ることをほんのわずか期待したが、予想通りだった。

「補習に来いって言われる奴らは、コツが掴めてないだけだ。授業時間中に細かく指導できないから、別の時間を使って補う。それだけだ。俺が担当するって引き受けたからには、落伍者を出すつもりはないからな」

「思ってたより、単純な理由なのね」

 単純、という表現は失礼なのでは? と話を聞いていたクラスメイト達は思ったが、ルルナは気にしていない。ハズィランもあえてスルーした。

「だいたい、補習ってのはそういうもんだろうが。それぞれのペースってものもある。俺は焦らせるつもりはないが、今を飛ばして次へ行ってもうまくいかないのは目に見えてる。さっきも言ったが、詠唱もできてないのに無詠唱なんてまず不可能だからな。そうならないよう、最低ラインを決めて、そこまで行けなかった奴もちゃんとたどり着いてから次へ行けるようにしてるんだ。わかったか」

 ルルナ以外の生徒達の方が、すごく納得したような表情をしている。

 落伍者扱いされてしまう、と思っていたのだが、むしろそうならないようにしてもらっているのだと知った。

「パヌ」

「は、はい」

 呼ばれたパヌは、身体を硬くする。

「お前、緊張しすぎだ。もう少し力を抜け」

「はい……」

 これまでにも、パヌは何度もそう注意されている。ハズィランだけでなく、他の教師からもだ。しかし、力を抜くとますますうまくいかないのでは、という不安があって、やっぱりうまくできない。

「俺に見られてるってんで緊張するんだろうが、お前が正式な魔法使いになった時、状況によっては不特定多数の人間がお前の魔法に注目するんだぞ」

「……」

「プレッシャーかけてどうするのよ」

 ますます萎縮するではないか。緊張するな、と言っているくせに。

「事実だろ。これはパヌに限ったことじゃない。他の人間からすれば、魔法使いってのは特殊な存在だからな。どうしたって、人目にさらされる状況は出てくる。……パヌに必要なのは、技術より度胸だな」

「え? 技術、より……?」

 きょとんとした顔で、パヌはハズィランを見る。

「お前、自分で気付いてないのか? 一人で練習してる時は、うまくできてるだろ」

 パヌは戸惑ったようにうなずく。どうしてわかるのだろう、という表情で。

「普通にやっていれば簡単にできるのに、力みすぎて別方向へ走ってるんだ。俺の言い方が悪かったか。力を抜けって意味がわかってなかったんだな、その顔を見る限り」

 そうかも知れない。抜くのは魔法を使うための力ではなく、肩の力だ。緊張しすぎだ、ということは何度も言われていたはずなのに。緊張しているために、意味を取り違えていた。

 そう言われると、今まで何をやっていたんだろう、という気になってくる。技術はある、と言ってもらえたのだ。つまり、自分にもできるということ。

 急に目の前が明るくなってきたような気がする。

「ハズがすごく先生らしく見える」

 パヌがハズィランの言葉で得心したような表情をしているのを見て、ルルナがそんなことを言う。

「らしくって何だ。先生だろうが」

 ムッとしたように、ハズィランが言い返す。

「だいたい、お前だけだぞ。俺のことをいまだに名前で……しかも省略した名前で呼ぶ奴は。先生って呼べって、何度言えばわかるんだ」

「だって、もうあたしの中で定着しちゃったもん」

「定着させるなっ。最初の時も、省略するなって言っただろうが」

 そんなことを言われた……ような気もする。

「あの時から先生だったら、ちゃんと呼んでたかもね」

「お前なぁ……」

 真面目な話をしていたかと思うと、急に話が妙な方向へとそれてゆく。

 いつものことだが、やはり他の生徒達は笑わずにはいられないのだった。

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