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ランプの精、その後

「ええっ。そんなことしても」

 ココナがハズィランの顔を見る。ランプの精はぐったりとなって、すでに目も閉じてしまっていた。

「どうなるかわかんないけど、このままだと間違いなくハズは死んじゃう。あの魔女みたいに、砂人形が崩れるような消え方、してほしくないっ。他に方法を探してる時間はないでしょ。魔女が言ってたじゃない。ランプの中にハズの魔力があるって。魔法でそれを取り出せないなら、このランプそのものがなくなればいいのよ。そうしたら、出入口なんて関係なくなるもん」


 お願い、ガーヘンディッシャン。彼を自由にしてあげて!


「だけど……あ、ルルナ!」

「待ちなさい、ルルナ」

 ココナやギルデント校長が止めるのも聞かず、ルルナはランプを地面に叩き付けた。

 小気味いい音が夜の中に響き、ランプはあっけない程簡単に壊れて粉々になる。中から小さなつむじ風が現われ、魔法使い達の髪や服を揺らして消えた。

 しばらく誰も動かない。だが、ランプが壊れても消えてしまわないハズィランを見て、ルルナがそばにひざまづき、その頬に触れた。

「ハズ……ねぇ、ハズ。目を開けてよ。ねぇってば……」

 消えてしまいそうな声で、ルルナは横たわるハズィランに呼び掛ける。

「さっきの風は、彼の力が具現化したものかも知れない」

「あれがハズィランの力? じゃ、彼はランプにあった残りの魔力も、失ったってことですか」

「うそよっ。だって、ハズはまだここにいるもん。魔女とは違うもん。身体はここにあるんだからっ。ハズ、早く起きなさいよっ」

 ルルナが泣きながら、ハズィランの胸ぐらを掴んで揺する。

「ルルナ、やめて。無茶しないで」

 見かねたココナが、ルルナの手を掴んだ。

「だって、こんな……こんな終わり方ないよ。もうすぐ解放されるはずだったのに、何もしないで時をすごすだけで一生が終わるなんて、ひどすぎるっ」

 あんまりな結末に、ルルナは泣き叫んだ。

「……ひどいのはお前だろ、ルルナ」

 その声に、ルルナとココナの動きが止まる。

「首、絞めるなよ。俺も呼吸してるんだぜ」

 ルルナ達が見ている前で、ゆっくりとその目が開く。

「え……?」

 誰もが驚いて動けずにいる前で、ハズィランがゆっくりと身体を起こした。

「お前、チビのくせに馬鹿力だな。俺を窒息させるつもりか?」

「ハズ! あなた……生きてるの?」

「言っとくけど、俺は自縛霊なんかじゃないからな」

 そんな冗談を言うハズィランに、ルルナは抱き付いた。

☆☆☆

「あの時、ルルナの判断がいい方へ働いたようだね」

 後になって、ギルデント校長はそう言った。

 ハズィランがガーヘンディッシャンによって封じられていたランプ。

 キッカがかけたのは、ハズィランをそのランプから締め出す魔法だった。

 ランプがなければ、締め出しようがなくなる。だから、ランプが壊れたことで魔法は解けてしまった。

 同時に、封じるための器が失われたために、ハズィランは解放されたのだ。

 まさかこんな単純な方法で魔法を破られるとは、キッカも思っていなかっただろう。

 ハズィランだって、完全に自由の身になっても半信半疑だ。ガーヘンディッシャンが用意していた解放の仕方は、本当にこんな方法だったのか、と。

 かの魔法使いは、どんな顔でランプを壊すつもりだったのか。

 かなわないとわかっていながら、見てみたいとも思う。

 ランプに残っていた魔力は、ギルデント校長が言ったように風となって消えたが、わずかながら彼の中へと戻った。そのためにハズィランは息を吹き返したのだが、本来持っていた力の九割近くを失い、彼の魔力は人間並みになってしまった。

 これだと、少し腕のいい魔法使いレベル。ギルデント校長の魔力の方がずっと強い程に、レベルダウンしたのだ。

 だが、ハズィランは惜しいとは思わない。力があっても使えないこれまでの状態より、自由に動き回れる方がはるかに楽しいからだ。

「ハズって、あたしにバカって言うけど、自分だってそんなに変わらないじゃない」

「は?」

 ランプから解放されて数日後。

 ルルナにそんなことを言われ、ハズィランはむっとして聞き返す。

「どうして俺が、お前と同じだってことになるんだ」

「ランプの中に、お前をさらに強くする宝玉がある。取れるものなら取ってみるがいい。そんなことを言われてランプに入ったら、封じられたんでしょ」

「なっ……お前、どこでそれを」

 焦るハズィランを見て、ルルナは勝ち誇ったように笑う。

「ふふん。校長先生にガーヘンディッシャンの日記を少し読ませてもらったのよ」

 ガーヘンディッシャンは自分が使った魔法について、日記に細かく書いていた。

 その話はココナやギルデント校長から聞いていたが、傷まないように保管されているはずだ。簡単には見られないはずなのに。

「あたし、ハズをランプから解放した功労者よ。その魔法について、ガーヘンディッシャンがどんな風に書いていたか知りたいですって言ったら、特別にって読ませてもらえたの」

 そこに書かれていたのは、ガーヘンディッシャンがハズィランをランプに封じた時のこと。

 ルルナが言ったように、魔力をさらに強くする宝玉があるとハズィランにランプを見せ、取れたらそれをやる、と挑発した魔法使い。ハズィランはまんまとその口車にのせられてしまい、封じられた。

 当時はかなり調子に乗っていたので、もっと強くなれるアイテムがあると言われれば手を出さずにいられない。

 取れるものなら? 取れないはずがないではないか。どんな仕掛けがあろうが、その宝玉は自分の物だ。

 どこにどんな危険が(ひそ)むか、ハズィランは考えもしない。そんなものは簡単に排除できる、という自信があった。窮地(きゅうち)(おちい)るなど、ありえない。

 で……ランプに入った途端、あっさりと封じられた。

「あたし、てっきりすっごい魔法バトルがあって、苦労の末にガーヘンディッシャンがハズをランプに封じたんだと思ってた。真実を知ったら、拍子抜け~」

「う、うるせぇっ」

「キッカが子どもだましのような罠にって言ってたけど、本当に子どもだましだったのねぇ」

「う……」

 ランプに封じられたのも汚点だが、そうなる過程はもっとひどい汚点だ。しかも、それをルルナに知られるとは、ハズィランにとって最悪の汚点。

「ルルナ、誰にも言うなよ」

「えー、どうしよっかなぁ」

 今までさんざん馬鹿と言われたルルナとしては、ハズィランの弱みの一つくらい握っておきたい。

「この……あ、そう言えば、何か探しにガラクタ倉庫へ来てたんだろ」

「え? あ、えっと……」

 ハズィランのことで、割ってしまった瓶の代用品を探すことを完全に、きれいさっぱり忘れていた。

「お前のことだ、何か壊したりしたんだろ? あんな所まで来るってことは私物じゃなく、学校の備品あたりをやっちまったってところだな」

 その通りなので、ルルナは何も言えない。

「それ、俺が直すか、似た物をみつくろってやる」

「え、ほんと?」

「その代わり、ランプの話は誰にも言うなよ」

「……ん、わかった」

 という訳で、二人の間に協定が結ばれた。

 ルルナ……本当にそれでいいの?

 隠れていた訳ではないが、その話を聞いてしまったココナは「安上がりな子ねぇ」と苦笑するしかなかった。ふたりの協定については、自分の胸におさめることにして。

 そんなハズィランはギルデント校長に頼まれ、あろうことか教師として学校に在籍することとなった。

 何と言っても、あのガーヘンディッシャンと共に生き、彼の様々なことを知る文字通りの生き証人だ。その時代がどんなだったかを、これ以上ないくらいリアルに話せる。魔性だから、魔性についての知識は言わずもがな、である。

 これ以上、魔法学校にふさわしい人材(魔材?)はそうそう見付からないだろう。

 ハズィラン自身も、こういう形で人間と関わるなど想像の範囲外で、結構面白がっているようだ。

 最初は自分の知識と経験を生かした講義だけをしていたのだが……。

 元は強い魔力を持つ魔性。魔力は衰えたが、魔法の使い方などは熟知している。

 と言うことで、さらには実技まで面倒をみるようになってきた。

「ハズー!」

 渡り廊下でハズィランの姿を見付けたルルナが、こちらへ走って来る。その後をココナが追って。おなじみの光景だ。

 ランプに封じられていた時のハズィランは長い黒髪だったが、ランプから解放され、この学校にいるようになってからはその髪を短く切っていた。ルルナもココナも、今ではそちらの姿の方が見慣れてしまっている。

「学校の敷地内では、先生と呼べ。あと、廊下は走るな」

「何よ、偉そうに。渡り廊下なんて屋根があるだけで、ほとんど外じゃない」

 ルルナがハズィランと初めて会った時、先生でもないのに指図するな、と怒った。まさか「ランプの精」が本当に自分達の先生になってしまうとは……想像できなかった。

 世の中、何が起こるかわからない。

「先生なんだから、先生と呼べと言って何が悪い。点数、やらねぇぞ」

「ひっどぉい。冷酷非道! 横暴教師! 職権乱用!」

 ルルナがわめいても、ハズィランはどこ吹く風。怒るどころか、挑発してくる。

「がなれ、がなれ。悔しかったら、次の実技の時間にやる課題、満点取ってみやがれ」

 ルルナとハズィランの会話は、教師と生徒の立場になっても変わることなく、いつもこんな調子だ。

 ココナだけでなく、今では他の生徒達も彼らのやりとりを面白がって聞いていた。

「やってやるわよ。絶対に鼻を明かしてやるからねっ」

「お、言ったな。楽しみにしてるぜ。取れなかったら、たっぷり補習してやる。特別に他の奴の二倍、時間を取ってやるから」

「ふんだっ。ハズの補習なんか、絶対に受けないもん。満点取ってやるから」

 本当は自信もないくせに断言してしまうと、ルルナは回れ右をして行ってしまう。

「あまりあおらないでね、先生。あの子、すぐに無理して無茶するんだから」

 どうせ言ったところで、どちらも変わらないだろうな……とは思いながら、一応頼んでおくココナ。ルルナと違い、ちゃんとハズィランを「先生」と呼ぶ。

「ハッパかけてやってるだけだぜ」

 ハズィランに馬鹿にされないようにか、ルルナの成績はここのところ上がってきている。

「確かに刺激にはなってるようだけど」

 ルルナがあんなに負けず嫌いだったとは、ココナも知らなかった。それとも、相手によって燃え上がり方が違うのだろうか。

 何にしても、腕が上がるのはいいことだ。

「ルルナの奴、俺に何か用があったんじゃないのか?」

「ああ、ないと思うわ。きっと見かけたから呼んだだけよ」

「それ、街中で知り合いを見かけて、声をかけるようなものじゃないのか」

「たぶん、そうね。ルルナにとっては、友達感覚よ」

「友達って……今の俺は教師だぞ」

 ハズィランがこの学校の教師になって、もう一ヶ月以上経っているのに。

「ルルナには関係ないのよ、良くも悪くも」

 確かに、あいつならそうなんだろうな、とハズィランはココナの言葉に納得する。

「……ねぇ、前から聞いてみたかったんだけど、いいかしら」

「何だ?」

「どうして魔性のハズィランは、この学校に残ったの? ようやくガーヘンディッシャンの魔法から解放されて、自由の身になれたのに。彼と関わるような場所に、こうして残るなんて」

 死に際に、魔女キッカが言った。

 こんなことになったのも、全てはガーヘンディッシャンのせいだ。あの魔法使いを憎め、と。

 魔女はハズィランをそうあおることで、彼が感情のまま人間や魔法使いを傷付ければいい、と思ったのだろう。

 あるいは、ハズィランを利用し、自分を動けなくした魔法使い達に対する復讐をしよう、と考えたのかも知れない。

 だが、ハズィランにそんな感情は全く生まれなかった。魔女の悪意を読んだから、というのではなく、もう彼にとって人間は傷付ける対象ではないからだ。

 それどころか……。

「別に。急いで行かなきゃならない所もなかったからな」

 ハズィランがここに残ったのは、単純な理由からだ。


 ここにいたいから。


 それだけ。理由の詳細は、誰にも言う気はない。

「ふぅん」

「な、何だよ、その返事は……と言うか、あいづちは」

「いえ、何年生きても、やっぱり苦手なことはあるんだなぁって思っただけ」

「苦手なこと?」

 ハズィラン自身は、苦手なことがあるとは思っていない。

「素直になるって、美徳なのよ」

 ココナはにっこり笑う。

「ど、どういう意味だよ」

「失礼しまーす」

「おい、ココナ!」

 ハズィランの呼び止める声をあえて無視し、ココナは行ってしまう。

 ハズィランって素直じゃないけど、見てると案外わかりやすいタイプね。ガーヘンディッシャンでなくても、彼が何を考えてるか、だいたい見当がつくし。そんな気はなかったけど、ちょっと意地悪な質問しちゃったかしら。

 ココナは小さく舌を出す。

 千年以上生きてるって言っても、半分以上は孤独に過ごしてるんだものね。中身は経験不足で不器用な思春期の少年みたいなもの、かしら。思春期まっただ中の私が言うのも何だけど。

 そんなことを考え、ココナは一人でくすくす笑う。

 最初は相性が悪いのかしらって思ったけど、どうやら逆のようだし。これから先が楽しみかもね。

 あちらで待っているルルナに気付き、ココナは笑みを浮かべたまま、そちらへと走り出した。

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