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魔法を解く方法

「つくづくあきれた魔性だねぇ」

「……何だと?」

 剣呑(けんのん)な目つきで、ハズィランは笑うキッカを睨んだ。

「小娘の魔力で自由を取り戻せるってのに、やめるのかい。あぁ、お前の場合は半分の自由だけどさ。ランプに封じる魔法は、私がかけたものじゃないからね」

「ランプから解放する方法は、後でゆっくり考えるもん」

 魔法をかけた相手が別々なのだから、全てを魔女に何とかしてもらおうなんて考えてない。

「お前もずいぶん変わったもんだ。以前なら、人間がどうなろうと歯牙(しが)にもかけなかったのに。ガーヘンディッシャンがお前を子どもだましのような罠にかけてランプに封じ……あれ以来かい、そんなかわいい性格になっちまったのは」

「お前にあれこれ言われたくねぇよっ。余計なこと、口にするな」

 そう言えば、どう封じられたのか、という話は聞いてなかったよね。罠って、どんな罠だったんだろう。

 そんな場合ではないのだが、ルルナはこそっと考えた。

「……教えてやるよ。その小娘の魔力をもらったところで、せいぜい寿命が一分延びるくらいだろうからね」

 魔女の言葉に対してルルナは、教えてもらえることに喜ぶべきなのか、馬鹿にされていると怒るべきなのか。

「こいつは延ばすより、縮める方が得意らしいぜ」

「魔法を解く鍵はどこなの?」

 今は魔法を解くことが先決。この際、ハズィランの口の悪さは無視しておく。

「ないよ、そんなものはね」

 キッカはにたりとしながら、そう言った。一瞬、ルルナは言われたことが理解できず、きょとんとなる。

「え……ど、どういうことよ。教えてくれるんじゃないの?」

「だから、教えてやっただろ。鍵なんてものはないのさ」

 やはり言われたことがわからず、ルルナは首をひねる。

「ないって……」

「昨日、わかりやすく言えばって言っただろ。例えで説明しただけだ」

 ランプに玄関の扉がある訳ではないし、扉を開けるための鍵がある訳でもない。

「それはそうだけど……」

 ルルナも一応、それはわかっていたつもりだ。今は便宜(べんぎ)上、鍵と言っているだけ。

 そこまではいいとして、ない、という意味がわかりかねた。

「じゃあ、今のは教えたことにならないじゃない」

「全く、馬鹿な娘だねぇ」

 魔女にまで馬鹿にされた。

「その魔法を解く方法はない。そう言ってるんだよ、私は」

 きっぱり言われ、ようやくルルナも理解が追い付いた。しかし、納得できない。

「な……どうしてよ」

「かけたなら、解く方法だってあるはずでしょ。私達みたいな見習い魔法使いならともかく、魔女が術者なら解けるはずだわ」

「普通はね」

 キッカはそう言って、ハズィランを見た。

「あの魔法は、ガーヘンディッシャンの弟子達が寿命で死ぬ頃には解けるはずだった。人間達がランプを無視する魔法と一緒にね。ランプを無視する魔法は解けたようだが、いまだにランプへ戻る魔法は解けない。それがなぜか、わかるかい?」

「……」

「まぁ、お前にはわからないね。ランプに対してだけは、手も足も出せないから調べようもないだろうし」

「ちょっと。思わせぶりな言い方しないで、ちゃんと説明してよっ」

 キッカがちゃんと答えようとしないので、ハズィランよりルルナの方がいらいらしてきた。

「私がランプにかけた魔法は、この魔性が出入りする口をふさいだだけのもの。鍵をかけたんじゃなく、壁で塗り固めたようなもんかね。その壁がいつまで経っても崩れないのは、ランプの中に残っているお前の魔力で維持されてるからさ」

 万が一にもハズィランが何かのきっかけで暴走しないよう、ガーヘンディッシャンはランプの中に彼の半分近い魔力を抜き取っていた。

 キッカの魔法の壁がランプからその魔力を吸い取り、その状態を維持し続けたせいで、解けるはずの時期が来ても変化を起こさなかったのだ。

 キッカの説明に、誰もが言葉を失った。

「皮肉なもんだねぇ。自分の強すぎる魔力、多すぎる魔力が、ずっと自分の首を絞めてたのさ。お前がもっと弱い魔性なら、とっくに自由になってたんだよ」

「俺の……魔力、だと」

 思いもしなかった理由を聞かされ、さすがのハズィランも声から力が抜けていた。

「もちろん、私にだってもう解くのは無理さ。その壁を壊せるのは、ガーヘンディッシャン程に強い魔力がなきゃ無理だからね。でも、あの魔法使いはもういない。私が殺させたからね。今の時代に、あの魔法使い並に強い魔力を持つ奴はそうそういないだろ」

「……ああ。じじぃの子孫にあたる魔法使いにも、じじぃ程の強さはなかった」

 ギルデントから感じられる魔力は、確かに強かった。だが、それは普通の魔法使いと比べたら、の話。

 ガーヘンディッシャンからは、もっと強い魔力を感じた。ハズィランが「本当にこいつは人間か?」と思うくらいに。

 あの魔法使いは、それだけ特別な存在だったのだ。

「残念だねぇ、お前なら簡単に壊せるのに。魔法をかけられた場所がランプだってだけで、お前にはどうすることもできない」

 魔女がひからびた声で嗤う。

「ガーヘンディッシャンはいない。今のお前を助けられたのはあいつだが、そもそもお前をランプに封じたのもあいつだ。あの魔法使いさえいなければ、お前はこんな目に遭うこともなかったんだ」

「……」

「憎むがいい。人間の分際で、魔性のお前を封じたあいつを。魔法使いをしている人間どもを。人間そのものを憎むがいいさ。憎んで憎んで、その憎しみで人間を傷付ければ、案外魔法が解けるかも知れないよ」

 かすれてはいるが、キッカは心底楽しそうに高笑いしている。

「ご足労だったねぇ、こんな所まで。だけど、無駄足さ。私と同じ……お前も……もう、おしまいさ……」

 まだ肩を小刻みに震えさせながら、キッカは次第にうつむいてゆく。

 やがて、その嗤い声も止まった。

「ちょ、ちょっと! 他に何か解く方法はないの? 本当は別のやり方とか、知ってるんじゃないの? ねぇっ」

 完全にうつむいてしまってこちらを見ようともしないキッカに、ルルナが怒りながら声をかける。

 またそちらへ歩き出そうとしたルルナを止めようとして、ふと何かの気配を感じたココナが後ろを振り返った。

「きゃあっ」

 その声に、ルルナも振り返る。

「え、な……何?」

 城の中で唯一美しかったこの広間が、端の方からどんどん崩れだしていたのだ。

 猛スピードで腐り出しているかのように、扉がなくなり、壁がなくなり、天井がなくなり。床もこちらへ向かって腐敗が進む。砂の城が崩れてゆくかのようだ。

「ど、どうしてぇ」

 もう一度ルルナが魔女の方を見ると、老婆の身体が城と同じように崩れ始めていた。

「うそぉ。何よ、それ」

「魔女の命が果てたんだよ。この城はばばぁの魔力で保ってたから、死んでその力が消えてるんだ」

「そ、そんな悠長な説明、いいわよ」

「お前がどうしてって言うからだろうが」

「理由が知りたかったんじゃないわよ。こういう場合には、つい口に出るもんなの」

「そんなこと、どうでもいいでしょ。それより、逃げなきゃ。床が完全に崩れたら、私達は真っ逆さまよ」

 ここは三階。当然、地面からはそれなりに離れている。だが、階段はすでにほぼ崩れているのが、消えてしまった壁の向こうに見えていた。

 ここから安全に飛び降りられる場所は……ない。空を飛ばなければとても助かりそうにない所にルルナ達はいるが、人間に翼はないので飛ぶことは不可能。高度な召喚術を使えば、空を飛べる魔獣を呼び出して脱出も可能だが、二人はまだそんなレベルではない。

「じっとしてろ」

 ハズィランはそう言うと、二人の少女の腰に後ろから手を回した。そのまま小脇に抱えてしまう。

「ハズ、何するのよっ」

「じっとしてろって言っただろうが。暴れたら落とすぞ」

 床の腐敗はすぐそこまで迫っている。この部屋の床が全て消えるのも、時間の問題。

「ハズ、どうするの」

「こんな所からおいとまするんだよ。用事は済んだからな」

 ハズィランの立っている場所が消えるより早く、彼らの姿は消えた。

☆☆☆

 ルルナとココナがそっと目を開けると、見慣れた景色が目の前にあった。それでも、ここはどこだろうと考えてしまう。

 だが、すぐにガーヘンディッシャン魔法学校の敷地内だ、と気付いた。正門から入って少し行った所だ。

「え、もしかして……あたし達、学校まで戻って来たの?」

 思い出すのに時間がかかったのは、周囲が暗かったからだ。魔女の城での滞在時間は、思っていた以上に長かったらしい。

 寮の方を見ると、夜にも関わらず明かりがほとんどない。夜なのに部屋に明かりがない、ということは、消灯時間を過ぎているのだろう。つまり、もう真夜中ということ。

 わずかな外灯で、かろうじてお互いの顔が見えている状態だ。

「何よ、やっぱりこんなすごいこと、できるんじゃない」

「無事に連れて帰るって、約束したからな」

 ハズィランが向いた方をルルナとココナが見ると、ギルデント校長が立っていた。

「判断を誤ってしまったかと、一日中後悔していたよ」

 ずっと待っていてくれたのだ。すぐにここへ現われたのは、ハズィランの魔力の気配を感じたからだろう。

「校長せんせぇ……」

「どうしたんだ? 魔女には会えなかったのか?」

 ルルナが急にグズグズと泣き出し、校長が彼女の肩に手をかけながら尋ねた。

「いえ、会うには会ったんですけど……魔法を解くのがほとんど不可能みたいで」

 代わりにココナが説明する。

 魔女は確かに教えてくれた。


 魔法は解けない、という絶望の形で。


「お前が泣くなよ。仕方ないだろ。これが運命って……奴だったんだ……」

 そう言いながら、ハズィランがひざをついた。

「ハズ? ……ハズ、どうしたの?」

 ルルナが慌てて駆け寄る。その顔を覗き込むと、ひどくつらそうだ。暗くてよく見えないが、きっと顔色も悪い。

「ばばぁが言ったろ……おしまいだって。悔しいけど、その通りだ……」

 短い言葉を話すだけでも、ひどく息が苦しそうに聞こえる。

「おしまいって、どうしてよ。どうしてハズがおしまいになるの」

「やはり限界がきていたのか」

「……じじぃ程じゃなくても、さすがは子孫ってところだな」

 ルルナとココナが、ギルデント校長を見る。

「校長先生、限界って……何?」

「彼の魔力が尽きようとしている」

「え……」

 ハズィランは、自分の時間は止まっている、と言った。だが、やはり彼の時間もちゃんと流れているのだ。

 今までの長い時間を、彼は魔力を使うことで生きてきた。人間で言うところの体力だ。しかし、それにも限りはある。

 ハズィランの中にある魔力が底を尽きかけようとしていた時、ルルナとココナが現われたのだ。

「じゃ、私が今朝見た時に疲れてるように思ったのは、体力……って言うか魔力を、倉庫から出て動くことでさらに消費してしまったから?」

 ココナと同じことを、ギルデント校長も感じていた。わずかな時間しか関わっていなかったので、断定しきれなかったのだ。

 ハズィランも、ギルデント校長に見抜かれているのがわかっていながら「気のせいだ」とごまかして。

「あのばばぁも、最後には気付いて『ざまーみろ』みたいな顔、してやがった。やっぱり食えねぇばばぁだったぜ……」

 言いながら、ハズィランは地面に倒れてしまう。

「ハズ! じゃ、残り少ない魔力を使って、あたし達をここまで運んだの?」

「……ついでに守れって、言ってただろ」

 違う。ついでなんかじゃない。絶対に守らなければいけなかった。

 結果として自分が命を失うとしても、疑うことを知らない馬鹿で……妙に愛しいと思える魔法使いを、あんな場所で死なせる訳にはいかない。自分の目の前で死なせられなかった。

 だから、そのまま行動に移しただけ。


 そう、それだけ。後悔はない。


 ハズィランが力のない笑みを向けた。今までずっと偉そうに見えていたランプの精が、急に生気を失っていく。

「あんたって、バカじゃないのっ。あたしにバカって何度も言ったけど、ハズの方がずっとバカじゃない。いくらあの場から逃げるためだからって、残り少ない魔力を使うなんて。学校まで戻らなくても、地面に下ろしてくれるだけでよかったんじゃない。こんな無茶するなんて、あんたって本当にバカよっ」

 最後はほとんど泣き叫んでいた。

 でも、ハズィランはわずかに微笑むだけだ。いつものように、腹の立つ言葉で言い返してはくれない。

 それがひどく淋しかった。

「先生、何とかならないの。このままじゃ、ハズが死んじゃう」

 そうは言われても、ギルデント校長にも手の(ほどこ)しようがない。

「人間で言えば、彼は重体。いや、危篤だ。私の力では何とも……」

「そんな……あ」

 ふいにルルナは、自分の荷物の中身をその場にぶちまけた。その中から、ハズィランのランプを取る。

「ルルナ? 何するつもりなの」

「このランプ、壊す」

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