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外出許可

 次の日、学校の授業はない。つまりお休みだ。

 部屋の扉がノックされ、ココナが開けるとハズィランが立っていた。

「おはよう、ハズィラン」

「おう」

 例のランプは、ルルナが寮の部屋まで持って帰っている。ココナと二人部屋だが、そこへハズィランを入れるのは何かと問題があるだろう。

 一応、ハズィランの見た目は若い男性なのだし、その彼が複数ではあっても女性の部屋へ行くと、そこを見た誰かに色々言われかねない。

 なので、ランプから多少の距離なら移動できるハズィランは、二人の部屋の上……つまり屋根で一晩をすごしたのだ。人間のようにちゃんとした眠りを必要としないから、と言って。

 で、朝になると、こうして部屋の外へ戻って来た。

「眠らないと言っても、屋根で一晩すごしていたら疲れたんじゃない?」

「別に。疲れるようなこともしてないぜ。夜空を眺めるのは、嫌いじゃないからな。木々に邪魔されないで見る星空は、本当に久々だ」

「そう? 何だか元気がないみたいに見えたから」

 特に顔色が悪い訳ではない。ただ、何となくハズィランの生気がないように、ココナは感じた。

「……見えるだけだ。で、本当に行くつもりなのか?」

 一晩経って、彼女達の気持ちが変わっていないかと尋ねてみたが、ココナは軽く肩をすくめた。

「ルルナって、あれでわりとガンコよ。一度決めると、そう簡単に変わることはないわ。今から校長先生の所へ行って、外出許可をもらうんですって」

「外出許可?」

「それがないと、寮生は学校の敷地から出られないもの」

 ココナが言ってるそばから、ルルナが部屋の奥から現われた。

「あ、ハズ、おはよう。校長先生に外出許可をもらうから、一緒に来て」

「……どうして俺が同行しなきゃならないんだよ」

 たった今、外出許可の話はココナから聞いたが、ギルデント校長の所へハズィランまで行く理由がわからない。

「だって、もらったらすぐに出掛けるつもりだもん。だから、荷物にランプが入ってるし、あたしが動いたらハズも動かなきゃいけないでしょ」

「そういう許可って、校長じゃなくて事務局が出すものだろ」

「あー、本当はね。でも、今日言ってすぐ出るかわかんないから。校長先生に直接頼んだ方が早いと思うし」

 行くと決めた時点で外出許可の申請をしておけばよかったのだが、魔女の所へ行く準備に気を取られてしまって忘れていたのだ。

「お前、外出許可なんか出ると、本気で思ってるのか?」

「どうして?」

 本気で許可が出る、と思っているルルナは、ハズィランの言いたいことがわからない。

「校長にすれば、お前みたいなのでもかわいい生徒だろ。そいつが魔女の所へ行きますって言って、笑って見送ってくれるのか」

「お前みたいなの……って、失礼ねっ」

 朝からずいぶんな言われ様だ。

「でも、ルルナ。私もそう思う」

「ココナまでぇ?」

 味方だと思っていたのに。

「あ、私が言いたいのは、許可が出るかしらって方よ」

「んー、本当ならこっそり抜け出したいんだけど、校長先生には手掛かりがないか探してもらってるもんね。だから、ちゃんと話して、それでも外出がダメなら先生にどうすればいいか決めてもらえばいいじゃない。とりあえず、行ってみようよ」

 やはり前向きと言うか、楽観的と言うか。誰が止めても無駄なようだ。

 結局、五分後には全員が校長室へ入っていた。ハズィランは、連れて行かれた、が正しいか。

 生徒は休みだが、ギルデント校長は今日も仕事をしている。それを知っているからルルナ達はここへ来たのだが、お休みがないなら校長先生にはなりたくないな、などとルルナはこっそり思う。

「まだ手掛かりになりそうな物は見付かってないが……」

 多忙な中、校長もあれこれ探してくれてはいるらしい。

「それなんですけど、有力な物を見付けたんです。なので、外出許可をください」

 ルルナは中身を見事にすっ飛ばしている。ココナもハズィランも、口添えする気にもなれない。

 ちゃんと話して……って言ってたくせに。

「……外へ出て、どこへ行くのかね」

「魔女キッカの所です」

 ルルナの辞書に「駆け引き」だの「ごまかす」だのといった(たぐい)の言葉はないらしい。

 行き先を聞いたギルデント校長が「いかん!」と言うのも当然だし、後ろでハズィランが「ほーら、みろ」という顔をしたのも当然だった。

 ココナは口を出すつもりはないらしく、黙ったまま。

「大丈夫ですよ、先生。妖精の話だと、魔女はもうヘロヘロみたいだし、いざとなればハズが何とかしてくれますから」

「はぁ?」

 いきなり自分の名前を出され、ハズィランは目を丸くする。

「お前、何を勝手に決めてるんだよ」

「だって、ある程度は自分の意志で動けるって、昨日言ってたじゃない。魔力も使えるんでしょ。魔女がもし攻撃したって、防げるわよね。なら、ついでにあたし達に向けられた攻撃を防いでくれたっていいじゃない。命令じゃなく、ハズの意志で」

「あのなぁ」

 ハズィランが話した中で、自分に都合のいい部分をルルナはしっかり抜き出している。

「何よ、それくらいもできないの? ランプの精でしょ。かよわい女の子二人すらも守れない訳? 守ってくれないの? 今までずっと、倉庫で寝てたんでしょ。少しは身体を動かさないと、なまるわよ」

「……お前は絶対、かよわくない」

 頭を抱えながら、ハズィランがつぶやく。ココナは慰めるように、ランプの精の肩を叩いた。

「先生、お願い。魔女が嫌いな銀細工や香草なんかも持ったし、危ないようならすぐに引き返すから。ランプにかけられた魔法について知ってるのは、その魔女だけなの」

 校長は苦い顔で黙っていたが、ちらりとハズィランを見る。

 こんな状況になり、引き止めるのが難しい、と話していたココナの気持ちが、ハズィランは嫌という程わかった。

「いざとなれば、魔女の前から安全な場所へ放り出すくらいはできる」

 どうして俺がこんなことを言ってるんだ、と思いながら、結局ルルナのペースに巻き込まれているハズィランがいた。

「本当に……危ないと思ったら、すぐに引き返すかね」

 校長の言葉に、ルルナは「約束します!」と元気に答え、ココナは「ちゃんと連れ戻しますから」と答えた。

 ハズィランとココナがまさかと思った外出許可が、こうして出てしまったのである。

 元気に「行って来ます!」とルルナが出て行き、その後をやれやれといった表情でココナが追う。

 続いてハズィランも部屋を出ようとして、ギルデント校長がじっと自分を見ていることに気付いて振り返った。

「気のせい、かね? 昨日より……」

「……気のせいだ」

 静かに言うとハズィランは校長室を出て、音をさせずに扉を閉めた。

☆☆☆

 ルルナ達の学校がある、ロフィンの街。その隣にある町メイシャン。

 ディクの山は、ちょうどその間に位置する。つまり、ルルナ達が住んでいる場所からそんなに離れていない場所に、(くだん)の魔女は棲んでいるのだ。

 二百年前の事件を最後に音沙汰がなかったので、ルルナ達は昨日まで魔女が近くにいることを知らなかった。ハズィランと会わなければ、ずっと知らないままだったろう。

 ロフィンは大きな街なので、外へ出るまでも時間がかかる。さらに山を登ろうというのだから、移動だけでも思っていたより大変だ。

「ねぇ、ハズは何か乗り物とか出せないの? 空飛ぶ馬とか、斜面を上がるそりとか」

「楽しようたって、そうはいくか」

「だって、少しでも早く着けた方がいいじゃない」

「魔力があると言っても、今はお前らより多少強いってだけだ。それに、魔女がどこでどんな罠を張ってるかわからないだろ。下手に魔力を使うと、それを利用されるぞ」

「ありえるわね。魔女の力が弱ってるって知った誰かが、しかも魔女に恨みを持ってたりしたら、復讐に来るかも知れないもの。相手の力を利用して、来られないようにするってことは十分に考えられるわ」

「んー、罠はいやだしなぁ」

 ココナにまでそう言われては、ルルナも地道に歩くしかなかった。とりあえず、山の近くまでは馬車を利用する。ディクの山に用事がある人はいないので、ルルナ達は途中下車だ。

「本で読んだことがあるんだけど……地域によっては、昔の人って青い目を邪眼とかって言ってたんでしょ? ハズはそんなこと、言われたりしてない?」

 今なら何でもないことを、昔はあれこれ言いがかりをつけて排除しようとする人間がいたようだ。

 たまたまそういう本を読んだルルナは、内容の理不尽さ(ゆえ)に記憶に残っていた。千年以上生きるハズィランなら、その時代の中にいたのではないか。

「俺を前にして言う奴はいなかったけど、思ってたんじゃないか? 目の色が黒だろうが緑だろうが、やらかす奴は何でもやるんだから、くだらない迷信だけどな」

「ふぅん。でも、ハズに関しては、その迷信って当たってると思うな。意地悪だし」

 意地悪と邪眼ってつながるのかしら、とココナは思ったが、口は出さないでおく。横で聞いている方が面白い、と思うようになってきたのだ。

「聞き捨てならないことを言う奴だな。俺がいつ、お前に意地悪したんだよ」

「だって、あたしに対しての時は口が悪いもん。バカってよく言うし。あ、これだと目の色が悪いんじゃなく、口が悪いから当てはまらないか。邪眼じゃなく、邪口(じゃぐち)?」

「……そういうことを言うから、馬鹿って言いたくなるんだ。つまんねぇこと言ってないで、さっさと歩け」

 緊張感のかけらもないわね……。

 どっちもどっちだと思いながら、ココナは笑いをこらえながらふたりの会話を聞いていた。

 ようやく、問題の山のふもとまで来る。

 ディクの山へ入ると、何か罠がないかとさすがにルルナも緊張していたが、特に何も起きない。そう高い山でもなく、困難な道もなく、頂上へ近付いて行く。

 ハズィランも魔女の城がある場所は知らなかったが、妖精が教えてくれた通り、適当に歩いていると見付かった。崖っぷちに建てられた「いかにも」な城が見えたのだ。

 注意しながら城へ近付いたが、やはり何も起きない。手を出さないことで、あえて城へと引き寄せているのだろうか。

 そうであったとしても、ここまで来たからには引き返せない。

「……あのガラクタ倉庫が、とてつもなく巨大化したみたいね」

 城の前に立ったルルナが、素直な感想を述べた。

 負傷したとは言え、強大な魔力を持つ、と言われた魔女の城だ。おどろおどろしくも立派なもの、と勝手に想像していた。

 しかし、実際に来てみると、ほとんど廃墟だ。形だけは城の様相を呈しているが、外壁などはぼろぼろ。さらに、大小の穴も散見された。

 陽が暮れれば、この見た目だと魔女の城でなくても不気味に思える。

「そう見せて、私達を油断させようとしてるのかもよ」

「……いや、この城はまやかしじゃないみたいだぜ。城を立派に保つだけの魔力、どうやら本当にないようだな」

 だが、油断しないに越したことはない。

 大きさだけは立派だが、鉄製っぽく見える門の扉は薄っぺらく、鍵もかんぬきもなかった。なので、簡単に開く。しかも、軽い。盗賊などが来たら、入り放題だ。

 そんな門から、ルルナとココナはハズィランを先頭にして城へと入った。

 中も古びている、と言えば多少聞こえはいいが、エントランスや奥へと伸びる廊下、階段などはほこりに沈みかけている。このままほこりの沼に消えてしまうんじゃないか、と思えた。

 外からの光はほとんど入らず、薄暗いのでほこりをかぶったそれが元は何だったのか、わからない物もある。

 雨が染み込んできたのか、壁にはあちこちに黒っぽい汚れが見えた。たぶん、カビ。

 実は魔物がほこりの下に隠れて……なんてことをルルナは考えたが、ハズィランにあっさり否定された。そんな隠れ方をする奴がいるか、と。馬鹿も付け加えられた。

「こんな所に魔女がいるの? あ、もしかして引っ越したんじゃない?」

 魔女がどんなライフスタイルを送っているにしろ、あまりに生活の気配がなさすぎる。住んでいるのに、ここまで住居が荒れるものだろうか。

「それなら、城を残しておく意味がないわ。この城は、魔女の力でできているんでしょ」

「……魔女はここにいるぜ。かすかに気配を感じる」

 ただ、その気配が薄いので、ハズィランもどこにいるかまでは断定できない。この薄い気配も、隠しているから薄いのか、本当に薄くなってしまっているのか。

「力がなくなってるなら、こんな城なんか出したままにしなきゃいいのに。もっとこじんまりした家なら、少ない魔力でもうちょっときれいな状態になるんじゃない?」

「魔女のプライドだろ。昔のこととは言え、世間を相当騒がせた奴だからな。そんな魔女がこじんまりした家にいる、なんて思われたくないんだ」

「見栄っ張りねぇ。大きな城でも、ぼろぼろだったら意味ないじゃない。どっちにしたって、力がなくなっていることには変わりないのに」

「ルルナ! 魔女に聞こえたらどうするの」

 余計な一言で魔女を怒らせ、攻撃されるかも知れない。

 ルルナはその辺りのことを考えずに発言し、ココナに叱られた。

 しかし、しばらく周囲を警戒しても、これという音もなく。何かが出てくるような気配もない。

「……あちらから出て来る気はないようだな。どうする?」

「いるなら行くわよ。ハズ、わかるなら案内して」

 ルルナは「ちゅうちょ」という言葉も知らないらしい。

 ハズィランは小さくため息をつき、気配が一番濃く感じられる方へと歩き出した。

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