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手がかりを求めて

 話が決まり、ルルナ達は図書室へと向かった。

 当然、ハズィランも一緒に図書室へ入る。他の魔法使い達の中には妖精を連れている者も何人かいるので、人間ではない存在がそこにあっても気にされることはない。

 ただ、背が高いせいか存在感があり、ちらちらと見られることはあったが……。

 過去の有名な魔法使い、魔性や魔女の図鑑。魔法が関わる大きな事件が載っている歴史書。ガーヘンディッシャンについての研究書。

 果てには、学校が創立されるまでの状況を記した創立者の自伝まで、気が遠くなりそうな数の本の中から「もしかして」と思えるものを片っ端から引っ張り出した。

 どれを見てもガーヘンディッシャンについて書かれているし、そこから派生して魔女キッカのことが書かれているかも知れないからだ。

 それらの中で、キッカが起こした事件について解説された本を数冊見付けた。もちろん、ガーヘンディッシャンを襲った事件についても載せられている。

 それによると、キッカは魔法で寄生虫のような物を作り出し、それを弟子達に取り憑かせた。弟子達は自分の行動が操られているとも知らず、師匠に教えを請うふりをして一斉に攻撃をしかけたのだ。

 ガーヘンディッシャンは五百年に一人、千年に一人現われるかどうかと言われる程、優れた魔法使いだった。彼なら、たとえ十人を超える弟子から一斉に攻撃をされても、防御することは可能だったはず。

 それができなかったのは、弟子が攻撃してきた理由に気付き、魔女の放った寄生虫を取り除くための魔法に集中したからだ。

 そのため、自分の防御ができずに丸腰状態となり、命を落とした。

「……じじぃらしい」

 事件の解説を読んだハズィランが、苦笑を浮かべる。

「俺なら防げたのに」

 自分がその場にいたら。もっと早く戻って来たら。

 あそこにいた弟子達の攻撃くらい、問題なく防げた。実行することはできなくても、返り討ちにすることだって可能だ。

 ランプの持ち主の命令を聞くのが最優先だが、ハズィランにも意志があり、考えて動く多少の自由はある。持ち主の命を守る行動だって、できたのだ。

 本来なら、人間よりずっと強い魔力を持つ魔性。ガーヘンディッシャンのそばにいれば、絶対に犬死にのようなことはさせなかったのに。

 そうは思ったところで、全てはもう終わってしまったこと。時は流れたのだ。ハズィランにも、時間は戻せない。

「ね、ねぇ。キッカが起こした事件、二百年前を最後にして終わってるみたいね」

 場の空気を変えようと、ココナがつとめて明るい声を出す。

 ある国の王子をたぶらかし、国を乗っ取ろうとしたらしいが失敗に終わった。それが、二百年程前にキッカが起こした事件。

 それから現在まで、キッカについて触れられている本はない。

「その国にいた魔法使い達に撃退された、みたいなこと書いてるよ。もしかして、それが命取りになって死んじゃった、とか……」

「ありえるわね。ハズィランと同じ時代を生きてるんだから、単純に現在千歳だとして、その事件の時のキッカは八百歳以上。魔女がどれだけ長生きするのか知らないけど、さすがに最後の事件の時に全盛期でいるとは思えないわね。ハズィランはどう思う?」

「本当に死んだか、隠居したかだな」

「あら、魔女が隠居するの? 人間の年寄りみたいに?」

「お話に出てくるような、悪い魔法使いのおばあさんって感じになっちゃうとか」

「魔性だろうが魔女だろうが、年は取る。年を取れば、人間と同じで力も弱くなるからな。以前程には動けなくなって、おとなしくしてるってことはありえるぜ。見た目については、それぞれだ」

「ふぅん。でも、ハズは千年経っても若いままなのね」

 少し尖った耳さえ隠せば、二十代半ばの人間の男性、と言っても通用する。

「俺の時間は、ランプから閉め出された時点で止まっているからな」

「それじゃ、ランプに戻った途端、おじいちゃんになるかも知れないってこと? だとしたら、戻らない方がいいんじゃないかしら」

「お前な……そういう憶測で物を言うな」

「だってぇ」

 拳を握りながら笑顔で言われると、やっぱり怖い。

「とにかく」

 ココナがわざとらしく、音をたてて本を閉じた。

「ここでこれ以上の情報収集は無理みたいね。次はどこに手を付けたらいいかしら」

 キッカについて研究している人は……探せばいるだろうが、少なくともルルナ達は聞いたことがない。そうなると、どこから手がかりを見付け出せばいいのか。

「知ってる奴に尋ねたらどうだ?」

「また校長先生の所へ行くの? キッカのこと、どこまでご存じかしら」

 知らなくはないだろうが、本の内容以上に情報が得られるだろうか。

「そうじゃない。あの魔女はディクの山に棲んでいた。今はどうか知らないが、その山にいる魔性なり妖精なりを呼び出して、尋ねてみれば何かわかるだろ」

 ハズィランの提案に、ルルナとココナは「おー」と声を上げた。

 情報を持っているのは、何も人間ばかりではない。人間よりずっと長生きな存在に尋ねればいいのだ。

「お前ら、召喚魔法はできるか?」

「あまり大きい個体は無理だけど、それなりにはできるわ」

「あたしも何とかね」

 授業で習い、何度かしたことがある。

「……ココナの方が確実そうだな」

「ハズ、それってどういう意味?」

 ハズィランの言葉に、ルルナが険しい表情を向ける。

「何だよ。自分でわかるだろ、出来の違いってやつが」

 ルルナが本を振り上げてハズィランを追い掛けようとし、ココナが慌てて制止した。

☆☆☆

 ルルナ達は図書室を出ると、召喚魔法をするために実習室へと向かう。

 外でやっていたら何かと人目につくし、自分達の寮の部屋は狭い。放課後だから教室に人が来ることはあまりないだろうし、魔法が使いやすい条件が整った実習室が妥当だ、というココナの意見で、実行場所が決まった。

「魔女がいるって山、どこだっけ」

「ディクの山だ」

 当時の魔女がどこにいたかを改めてハズィランから聞き、思っていた以上に近かったことを知ってルルナは驚いた。

「ディクの山って、ここからそんなに遠くないわよね。魔女って結構近くにいたんだ」

 魔女がまだ動き回っていれば、ルルナ達もキッカの起こす事件に遭遇していたかも知れない。魔力の高いガーヘンディッシャンを(こころよ)く思っていなかったのなら、第二第三のガーヘンディッシャンが現れるかも知れない魔法学校を襲撃してくる、ということだってありえる。目障りな魔法使いが新たに現れないように。

「じじぃの動向が気になってたんだろ。遠見鏡でも使えばいくら距離があっても関係ないけど、隙があればすぐに飛んでって……なんてことを考えてたんだろうな」

 表情は変わらない。だが、魔女のことを話すハズィランの口調は、どこか冷たく聞こえた。

 自分をランプから閉め出した憎らしい相手、というのもあるだろうが、魔法使いを殺した、ということもあるせいか。

 どちらにしろ、魔女に対していい感情はないはず。

「ハズはガーヘンディッシャンのこと、好きだったのね」

「え?」

 ハズィランにとっては予想外の言葉だったらしく、驚いたその顔は完全に素に戻っていた。

「ランプに封じた魔法使いだけど、人間のことを教えてくれたのもその魔法使いなんでしょ。だから、人間といるのも悪くないって思うようになったんでしょ? それって、人間を好きになったってことじゃない。そんなふうに思わせてくれた魔法使いも、好きだったんでしょ」

「……はっ、馬鹿馬鹿しい」

 ハズィランはルルナから視線を外した。

「魔性が人間を好きとかなんて、あるかよ。人間ってのはあまりに弱すぎて、俺が力を見せ付けても空しくなるだけだってのがわかったんだ」

「えー、さっき倉庫で話してたことと違うじゃない。関わるのも悪くないって思ったんでしょ?」

「初対面の奴が言うことを全部信用する、お前が馬鹿なんだよ」

「ひっどぉい。そんな言い方、ないでしょ」

「うるさい。この話は終わりだ。おい、ココナ。さっさと始めろ」

 口を尖らせたルルナを無視し、ハズィランはココナに術を始めるよう(うなが)した。

「ランプの精って、案外不器用なのね」

 ココナがぼそりとつぶやく。

「何か言ったか?」

「いいえ。それで、誰を呼び出せばいいのかしら」

「山の精霊なら確実に知ってるだろうが、お前のレベルじゃ無理だろな。あいつら、結構頑固者だし。緑の妖精あたりなら、性質も穏やかだから呼べるだろう」

「了解。じゃ、ディクの山に棲む、緑に属する妖精ね」

 ココナが呪文を唱え始める。

 しばらくして、魔法使いの呼び掛けに小さな返事があった。描いておいた魔法陣の中に、影が見え始める。

 やがて、羽虫のような、手のひらに乗せられる程に小さくてかわいらしい妖精が、ふわりと魔法陣に現われた。その羽や身に付けている服が緑だから緑の、つまり木や草に属する妖精だ。

「私を呼び出したのは、あなた?」

 現れた妖精は、見た目がルルナやココナより少し年上に見える、優しそうな女性の姿をしていた。人間なら、二十歳くらいといったところ。

「そうです。私は魔法使いのココナ。あなたはディクの山に棲む妖精ですね?」

「ええ。私に何か御用かしら」

「ディクの山に棲んでいる魔女キッカについて、教えてもらいたいのです」

「魔女キッカですって?」

 ココナの言葉を聞いた途端、妖精は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。これだけでも、魔女に対する感情が想像できるというもの。

「以前は、私の大勢の仲間が魔女にこき使われました。あの魔女は人間も魔性も、そして妖精も、自分の駒とでも思っているのでしょう」

「で、気に入らなかったら殺すんだろ」

 横からハズィランが口を出す。

「……あなたも殺されかけたのですか?」

「いっそ殺された方が楽だったかもな」

 今のハズィランは、いわば蛇の生殺し状態だ。

 ルルナとココナも、彼がそう言いたくなるのはわかる気がした。

「そうですか。……魔法使いココナは、魔女キッカについて何を知りたいのです?」

 妖精はそれ以上ハズィランの現状には触れず、本題に入る。

「魔女の現在の状態です。私達が調べた限り、二百年前までのことはわかりました。その後、どこへ行ったのか。生きているのか、生きているならどこにいるのか。それを知りたいのです」

「魔女キッカは、今もディクの山にいます」

 妖精ははっきりと言い切った。

「あのばばぁ、やっぱり生きてやがったか。しぶといな」

 じじぃ、と呼ぶ時とは違い、ハズィランの口調には好意のかけらもない。

「山の……どの辺り?」

「山へ入ってそのまま頂上へ向かって進めば、自然に見付かるでしょう。魔女の城は大きいですから」

 ルルナ達が調べた最後の事件で、キッカはやはり深手を負ったらしい。その傷が元でこれまでのように動けなくなり、なりをひそめるようになったのだと言う。

 今では山に棲む魔性や妖精が呼び出されることはなくなったが、魔女の力でできた城があるので、まだキッカは生きているはず、という話だ。

「ありがとう。とても参考になりました」

 礼を言って、ココナは妖精を戻した。

「魔女がまだ生きてるなら、鍵について聞き出せる可能性はあるってことね」

「じゃ、その山へ行きましょ」

 ルルナの口調には、何のためらいもなかった。聞いたハズィランは唖然とする。

「お前、危険って言葉、知ってるか? 隠居状態とは言え、相手は魔女だぞ」

「それまで使役(しえき)していた魔性や妖精を使えなくなった魔女なんて、怖くないわよ。って言うより、怖がっていられないでしょ? その魔女に話を聞かなきゃならないんだから。それに、みんなで行けば何とかなるわ」

「……みんな?」

 誰のことを言っているのかわかった気はするが、ハズィランはつい聞き返す。

「ココナとあたしだけで行っても、仕方ないでしょ。当事者はハズなんだから、ハズも一緒に来てくれなきゃ。あたし達じゃわからないことを言われるかも知れないしね」

 あっけにとられた顔で、ハズィランがココナを見た。

 その目は「おい、こいつは何を言ってるんだ?」と言っている。ハズィランはともかく、本当にココナまで同行が決まっているらしい。問答無用ではないか。

「言ったでしょ。いつも巻き込まれるって」

 ココナがあきらめたような顔で、軽く肩をすくめる。

「でも、やっぱりそれなりの用意は必要よね。聖水とか、銀細工のアクセサリー類とか」

 ルルナは完全に一人で盛り上がっていた。あれはいるかしら、これはいらないわよね、などとぶつぶつ言っている。

「俺がランプから閉め出されてた時間より、ココナがこいつに付き合ってきた時間の方が大変だったんじゃないか?」

 幸い(?)ルルナに今の言葉は聞こえていなかったので「大変ってどういう意味よっ」と文句が出ることはなかった。

「でも、退屈はしなかったわよ」

 ルルナの相棒が発する言葉に、ハズィランは苦笑するしかなかった。

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