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魔法使いの子孫

 やっぱり外はいい。ほこりが積もった場所にずっとこもっていると、気が滅入る。ほんの少しの時間閉じ込められていただけなのに、外へ出られたことがとても嬉しい。

 倉庫から出ると、ルルナは思いっ切り深呼吸した。それから、どうしてこうなったんだろう、と不思議そうな表情をしているランプの精を振り返る。

 自然の光の下で見るハズィランは、褐色の肌に深い青の瞳をしていた。最初に顔を合わせた時は突然だったこともあって怖かったが、こうして見ると整っていてなかなか美形だ。

「……」

「……な、何だよ?」

 ルルナにじっと見詰められ、ハズィランは戸惑ったように尋ねた。

「実際のところ、ハズの歳っていくつなの?」

「さぁな。千年越えりゃ、もう数える気にもなれねぇよ」

「仮にランプに封じられた時が五百歳だとして、それから千年。ってことは、人生の半分以上を物置で過ごしたってことよね。もっと若い時に封じられたなら、人生のほとんどがガラクタ倉庫じゃない」

 魔性に「人生」という単語がふさわしいかは、横に置いておく。

「一応、その気になれば物置の外へ出ることはできた。ある程度の距離以上は動けなかったってだけで」

 完全な牢獄ではなかったらしい。それを聞いて、少しだけルルナはほっとした。

「それで、ルルナ。これからどうするつもりなの?」

「んー、そうねぇ。まずは……校長先生に話を聞いてみる」

「校長先生って、つまりじじぃの子孫ってことか?」

「そうなるわよね」

 この学校はガーヘンディッシャンの子孫が建てたもの。代々受け継がれて今があり、現校長のギルデントもガーヘンディッシャンの子孫だ。

「馬鹿か、お前」

「どうしてよっ」

 このランプの精は、どうしてこうも口が悪いのか。物語のランプの精は、こんなイメージではなかったはずなのに。

「俺の……ランプの存在はじじぃが死んだ時、魔女の力で人間の意識から消されたんだ。じじぃの子孫が、ランプのことを知ってるはずないだろ」

 魔法使いを襲った弟子達の中に、彼の子孫はいなかった。たまたまよそへ出掛けていたのだろう。だが、そんな彼らからも、ハズィランを封じたランプの記憶は消されていた。

 長い年月が経ち、何代も先の子孫が先祖の作ったランプの存在を知るはずがない。

「じゃあ、どうしてあたし達は、ハズのことを意識できてるのよ。それに、誰かがランプを倉庫へ入れてるんでしょ。意識からは消されても、現物はちゃんとある訳じゃない」

「他の物を片付ける時、単にランプが紛れ込んだだけだ。それと、人間の意識から消される魔法はとっくに切れてる。けど、こんなへんぴな場所に放っておかれたから、これまで人間の目に触れなかっただけだ」

「ハズィランにとって、悪い偶然が重なっていたのね。でも、絶対に知らない、とは言い切れないと思うわ」

「どうしてだ?」

 やっぱりルルナの時とココナの時では、ハズィランの態度が違う。ルルナとしては、何か悔しい。

「ガーヘンディッシャンが書いたとされる、魔法書や日記が残ってるの。その頃の人達がランプのことを忘れさせられても、その日記にランプのことが書かれていたら、後世で誰かが読んでるはずよ。彼についての研究書もたくさん出てるし。魔女だって、まさかそこまで周到じゃないんじゃない?」

「そう……だな。キッカはじじぃの存在さえなければ、それでよかったみたいだし」

「ハズ、キッカって?」

「だから、名前を略すなって。キッカはじじぃを殺した魔女だ」

 弟子に魔法使いを殺させ、ハズィランをランプの外に封じた魔女。

 その名前がキッカだ。

「魔女の名前、覚えてたのね」

「当たり前だ」

「だって、話の間もずっと魔女としか言わなかったじゃない。ボケて忘れたかと思った」

「お前な……」

 馬鹿と言われた、ルルナのささやかな仕返しである。

「お前ら、学校の名前にまでなってる魔法使いが、晩年どうなったのかは知らないのか」

「授業で少し習ったけど、わざわざ魔女に殺された、なんて話までしないわよ。よっぽど興味がなきゃ、普通の生徒はそんなことまで知らないもん。昔の魔法使いのことより、あたしは自分の勉強だけで精一杯」

 実際、二人はガーヘンディッシャンが立派な魔法使いだった、という程度しか知らない。あとはせいぜい、いつ頃生きていたか、くらいだ。

「とにかく、ココナだってムダじゃないって言ってるんだし、校長先生の所へ行こうよ。何か手掛かりになりそうなこと、絶対に見付かるわ」

 そう言うと、ルルナはさっさと歩き出す。その後ろ姿を見ながら、ハズィランはまだ戸惑いを隠せない。

「何なんだよ、あいつは」

「あなたが私達に声をかけたからよ。あの調子だと、鍵が見付かるまでルルナは探すつもりね。こうなる運命って奴かしら」

「……あいつ、すぐに騙されちまうんじゃないか? カモになりやすそうだな」

「ええ」

 あっさり答えるココナに、ハズィランはあきれる。

「ええって、お前はあいつの友達だろ」

「幼なじみで友達よ。昔からすぐ何にでも首を突っ込むから、大変なの。ついでに私までよく巻き込まれるし。もうあきらめてるわ」

 先に行ったルルナが振り返り「何してるのー」と呼び掛ける。

「お前ら、本気で俺を……俺の話を信じてるのか?」

「ルルナは本気みたいよ。私は……半分かしら。魔法使いのことを話してた時、あなたの目が優しく見えたの。だけど、それを全部信用していいのかしらって気持ちも少しあるし。微妙なところね」

「だろうな。魔性の言うことなんか、疑うのが普通だろ」

 内容だって、突拍子もないもの。作り話だと思われかねない。

「でも……私達を閉じ込めたのは、話を聞いてほしかったからじゃないの? ずっとひとりで倉庫にいて、ようやく人間が来たから」

「別に……ちょっとびっくりさせただけだ」

 ハズィランは、少し不機嫌そうに横を向いた。

 自分でもよくわからない。

 ランプを無視する魔法が解けても、その頃にはもうハズィランと顔なじみの人間はいなかった。ハズィランのことを知らない彼らに「ランプにかけられた魔法を解いてくれ」と言ったところで、魔性の言うことなど聞いてくれるはずもない。

 ハズィランがその気になれば、人間を呼び寄せることもできた。それをしなかったのは、二重に封じられた状態を見れば、相当悪いことをしたのだろう、と疑われることは必至だからだ。自分が人間なら、きっと信じない。

 なのに、どうしてこの二人に声をかけてしまったのだろう。ココナが言うように、誰かに自分のことを知ってもらいたかったのだろうか。

「ちょっと、ハズ! 来ないならこのランプ、壊すわよっ」

「……え? うわっ、馬鹿。早まるなっ」

 ルルナが倉庫から持ち出したランプを頭上に掲げるのを見て、ハズィランは慌てて走る。

「あの様子だと、ランプが彼に関わっていることだけは間違いないみたいね」

 ココナはくすっと笑うと、また口ゲンカしているふたりの方へと走った。

 本来の目的だった薬を入れる瓶については、完全に忘却の彼方である。

☆☆☆

 校長室というのは、何となく苦手だ。別に悪いことをして呼び出された訳でもないのに、扉の前にいるだけで妙に緊張してしまう。

 でも、今は隣にココナもいる。それに、今は自分のことではなく、後ろにいるハズィランについての話だから、緊張する必要はないのだ。

 自分を落ち着かせ、ルルナは気合いを入れて校長室の扉をノックする。返事が聞こえ、ルルナは扉を開けた。

「失礼します。校長先生、お尋ねしたいことがあって来ました」

「ルルナにココナか。入りなさい」

 戸口に立っている生徒の顔を見て、間違うことなく名前を言うギルデント校長。決して少なくない生徒数にも関わらず、全員の名前を覚えているギルデント校長に、ルルナはひたすら尊敬の念を抱く。

 噂では、百二十歳を超えているとか。本当かは知らないが、顔や手に刻まれたしわや真っ白な髪やひげを見れば、真実かも知れない。だとしても、その年齢で頭の中身はどうなっているのか。

「……間違いなく子孫だな。生き写しだぜ」

 二人の後ろをついて部屋へ入ったハズィランは、小さくつぶやいた。

 そんなハズィランの姿を見たギルデント校長は、表情こそ変えなかったが、人間ではないことにすぐ気付いたらしい。

「彼を呼び出したのは、きみ達かね」

「えーと、呼び出したんじゃなくて……その……ナンパされました」

「は?」

 ルルナの答えにギルデント校長は目を丸くし、ココナはあきれたように横を向いてため息をつく。

 そして、ハズィランは……。

「お前、俺が言葉の意味を知らないと思ってるだろ」

 後ろから威圧してくる。ルルナより頭一つ分以上高いので、そういうことをされるとちょっと怖い。

「ご、ごめーん。ちょっとした冗談じゃないのよぉ」

 ルルナは笑いながら謝り、それからちゃんとギルデント校長にハズィランから聞いたことを話した。

「……という訳で、ランプについて校長先生が何かご存じのことがないかと思って来ました」

 校長室のソファってふかふかだなー、などと思いながら、ルルナはギルデント校長に答えを求める。

「なるほど。あの倉庫は近々処分するつもりでいたが、まさかそういう物が(まぎ)れていたとは。しかし、どうしてきみ達はあんな所へ行ったのかね?」

「え? えっと、今はそれよりランプの話を聞かせてください」

 ルルナは強引に話をランプへと向ける。ハズィランのことで、割った瓶の代用品を探すことをすっかり忘れていた。でも、それは後回しだ。

 事情を知らないギルデント校長も、ルルナに言われて話を戻した。

「確かに、祖父からそういったランプがあったらしい、ということは聞いたことがある」

「本当かっ?」

 ハズィランが驚きを隠さず、身を乗り出す。ガーヘンディッシャンの子孫でランプのことを知る者がいるとは、どうしても信じられなかったのだ。

「ガーヘンは自分が使った魔法について、細かく記している。その中に、魔性を何かに封じる術もあった。ガーヘンはランプを使用したとあったが、きみのことだったのか」

 ココナが言った通り、ガーヘンディッシャンは日記や魔法書など、細かく書いていたらしい。ギルデント校長もそれらの一部を見たことがある、と言う。

 現在、それらは傷まないよう、ていねいに保管されていて、滅多に人の目には触れないようにされている。彼が突然亡くなったことで周囲はひどく混乱したらしく、現存はしていても抜けているページがかなりあるためだ。

 ランプについても所々に記されていたのだが、最終的にランプがどうなったかについて、後生(こうせい)の人間は知ることができないでいる。封印の方法は残っていても、解放する方法を書いたページはないのだ。

「ったく……うまくできてやがるな」

 軽く頭を抱えながら、ハズィランはつぶやく。

「残念だがね。それに、日記が完全な状態で残っていたとしても、さすがに魔女の鍵のことまでは書かれていまい。ガーヘンもそこまで先読みはできなかっただろうから」

 ランプのことを知ってもらっていても、鍵が見付からないのでは意味がない。ここに手掛かりはなさそうだ。

「校長先生、何かいい手段はないですか。鍵がなくても、ランプの中へハズが戻れるようにする方法は」

「話を聞いたばかりでは、私もすぐには思い付かないよ。ガーヘンが残した文献の中に、何か有効なものがないかを調べてみよう。きみ達も、別の角度から手掛かりを探してみなさい」

 ギルデント校長から聞き出せるのは、どうやらここまでのようだ。

 ルルナ達は少なからず落胆しつつ、校長室を辞した。

「やっぱりそう簡単には見付からないわね。せっかく文献が残っていても、落丁じゃ肝心のところで役に立たないわ。私としては、もう少し何か掴めると思ったんだけど」

「ランプの存在が人間の記憶から完全に消えてなかったってだけで、俺は十分だ。じじぃ、マメなことしてたんだな」

「何を満足してるのよ、ハズ」

 記憶に残ろうが記録に残ろうが、ハズィランの立場は何も変わっていない。

「あたしはあきらめないからね。今度は魔女の方から攻めてみましょ。すごい魔法使いを殺したくらいだもん、何かの本に名前くらい載ってるわよ」

「そうね。キッカって名前で探せば、何か見付かるはずよ」

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