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ランプの精

「言っとくけどね、あたしだってこれでも修行はちゃんと積んでるんだから。ココナと同じ年数、勉強してるの。そりゃ、才能の違いってものはあるでしょうけど、あたしなりにがんばってるのよ。こう見えても、あたしは落ちこぼれとかじゃないんだから」

 ルルナの言葉を聞いて、魔性の顔にあきれた表情が浮かぶ。

「……自分で言ってて情けなくないか? 胸張って言えるのが、落ちこぼれじゃないって程度で」

「うるさいわね。クラスでビリじゃないってだけ、あたしにすれば上出来なのよっ」

「やめなさい、ルルナ。聞いていて、私の方が恥ずかしい」

 危険性がわからない魔性から引き離したい。と言うより、ルルナの自虐を自虐と思っていないセリフを止めたくて、ココナは友人の腕をつかんだ。

「だいたい、あんたは誰なのよっ。そんな偉そうに言える立場なのっ。こんなガラクタ倉庫から出られもしない奴がさ」

 ココナに引き戻されながらも、ルルナは怒鳴る。たとえ中身が真実だとしても、初対面の相手から成績のことをあれこれ言われたくない。

「……ランプの精」

「は?」

 相手の言葉に、二人の少女がしばしかたまる。

「と呼ぶ奴もいた」

「……なーにがランプの精よ。あたし達を子どもだと思って、バカにしてるでしょ」

 ルルナがココナの腕の中で暴れる。ココナが手を離したら、きっとルルナは相手の胸ぐらを掴みに走っているはず。

 十七歳が子どもと言えるかはともかく、ルルナには魔性がふざけているとしか思えなかった。

「物語に出て来るみたいなランプの精なら、もっと大きかったり魔人らしかったりするわよ。こんなに目つきが悪くて、ついでに口も悪くて、ガラクタ倉庫から自力で出られもしないような力のないランプの精なんて、冗談じゃないわ」

「あいにく、この時代に見合った冗談を知らなくてな。俺も嘘ならいいと思うけど」

 少しふてくされた表情で、自称ランプの精は二人から視線を外す。ルルナから「力のない」ときっぱり言われ、彼にとって一番痛いところを突かれて気まずいらしい。

「ねぇ、あなたがランプの精って言うなら、ランプはどこにあるの?」

「……そこ」

 ココナが尋ねると、あごをしゃくるようにして自分の後ろを示す。

 二人が見ると、昔話に出て来るような古いタイプのランプが本当にあった。水差しのような形をしたランプだ。

 他の物はほこりが積もっているのに、そのランプだけはきれいだった。まぁ、きれいと言っても古い物だし、それなりに汚れているが、かろうじて金色だというのはわかる。

「本当にランプの精なら、持ち主の言うことを何でも聞くの?」

 実際にランプを見た途端、自分の物でもないのに、ルルナが急に目を輝かせた。

 ランプの精の性格がどんなに悪かったとしても、仕事をしてくれるなら多少のことは目をつぶれる。

「そういう設定にされてはいるが……今、仮にお前があれを持っても、俺はお前の言うことは聞けないからな」

「どうしてよ。持ち主の命令に従うようになってるんでしょ」

「ああ。けど、今の俺は時間が止まっているから、お前が命令しても俺には届かない」

「……ココナァ、あいつの言ってること、意味不明~」

「私に泣きついても仕方ないでしょ」

 それでも、ココナは一応「よしよし」と慰める。

「ねぇ、どういうことか、もう少し話を聞かせてもらえない? あ、これは命令とかじゃなく、私の個人的なお願いだけど」

「……いいぜ。どうせ暇をもてあましてるからな」

☆☆☆

 ランプの精は、名前をハズィランという。今でこそ「ランプの精」をしているが、以前は人間に害をなす魔性だった。

 最初は、軽いいたずらをする程度。それが度を超して嵐などを起こし、人々の生活に支障が出るような「災い」をもたらすようになっていく。

 少し負傷させる程度だったのが、次第に命に関わるようなケガをさせるようになり……人死にが出なかったのは運がよかった、としか言い様がない。

 そんなハズィランを見かねた魔法使いが彼を罠にかけ、ランプに封じたのだ。さらには、ランプの持ち主の言うことをきくよう、魔法をかけられた。

 もちろん、ハズィランは抵抗したが、どんな魔法を駆使(くし)しようと一度封じられたランプから逃れることはできない。ランプの持ち主の命令からも。

 ランプに封じられてからは、ランプの持ち主であるその魔法使いにハズィランは助手のように使役(しえき)されることになった。

 ハズィランの知らないうちに(ランプの中にいる時)ランプが盗まれるなどして、持ち主が変わることが数回あったりしたが、最終的にはいつも魔法使いの元へと戻る。

 ランプに封じられた、と言っても、魔法使いが起きている間はずっと呼び出された状態。つまり、彼の睡眠中以外、ほぼ一日ランプの外だ。

 魔法使いと一緒にいる時、彼のそばにはいつも誰かがいた。それは魔法使いの弟子だったり、彼の知り合いや住んでいる街の人々だったり。

 魔法使いはハズィランが多くの人間と関わることで、人間のことをよく知るようにさせたかったらしい。お互いのことを知れば、ハズィランが人間を傷付けるようなことはしないのではないか、と。

 ハズィランも、元から性格が歪んでいた訳ではないし、人間に対して特に何かの恨みを持っていた訳でもない。面白半分で自分の力を使っていただけ。それがエスカレートしてしまったのだ。

 なので、人間達の中へ放り込まれてすごすうち、魔法使いの気持ちが通じたのか、こうやって人間と関わるのも悪くないな、などと思うようになってくる。

 口にしてそう言ってはいないが、彼の様子からハズィランが改心したと感じ取った魔法使いは、近いうちに解放してやる、と約束してくれた。

 最初からそのつもりだったのだ、と。

 性悪な魔性だと言われていたハズィランは、その頃には誰からともなく「ランプの精」と呼ばれるようになっていた。

 高度な魔法で何でもしてくれる存在、みたいに思われるようになっていたが、ハズィランとしてはそれが自分の本質ではない。そもそも精霊ではないので、その呼び名にはひどく違和感があった。

 しかし、人間にとっては、そんなのは知ったこっちゃないのだ。ハズィランとランプはセットで、ハズィランは人間ではないからランプの精、で落ち着いてしまった。

 妙な気分になりながらも、そのうちハズィランの中でもその呼び方がなじんでいく。

 魔法使いが「近いうちに解放する」と話していた次の日。

 魔法使いはハズィランを呼び出すと、山へ行って薬草を採って来るように言った。険しい崖など、人間の手の届かない場所によく生えている薬草なので、弟子に行かせるよりハズィランに頼んだ方が早いのだ。

 それがわかっているハズィランも、すぐに山へと向かう。

 そして……戻って来ると、魔法使いはいなかった。

 殺されていたのだ。彼の弟子達に。

 なぜそうなったのか、ハズィランにもすぐにはわからない。事情を尋ねようにも、誰も彼の方を見向きもしないのだ。肩を掴み、その身体を揺すっても、まるでハズィランはそこに存在しないかのように無視される。

 それでも時間が経つにつれ、周りにいた者達の話を横で聞いているうちに、だいたいのことが推察できた。

 以前から、魔法使いを勝手にライバル視する魔女がいた。力のある魔法使いの存在が、とにかく目障りだったらしい。

 その魔女が魔法使いの弟子達を操り、油断した魔法使いに攻撃させたのだ。

 正気に戻った弟子達は、自分達のしたことを知って(なげ)き、ある者は(みずか)ら命を絶ち、ある者は復讐を誓って魔女の元へと(おもむ)き……果てた。

 そして、ハズィランは一旦ランプへ戻ろうとして……戻れないことに気付く。

 最初は、ランプの持ち主である魔法使いが死んだからか、と思った。だが、違う。

 出入りするランプの口部分が、魔法の力でふさがれているのだ。明らかに別の力で。

 それは、弟子達に魔法使いを殺すように仕向けた魔女の力だった。

 まだ解放されていないハズィランは、中へ戻ることもランプから離れることもできない。

 しかも、周囲の人間は魔女の力でランプの存在を忘れ、意識しないでいる。誰かに助けを求めることすらできなかった。

 どうしようもないまま時は流れ、誰かの手でランプは他のガラクタと一緒にされて、物置の隅に放られた。ハズィランはどこへも行くことができず、魔法使いのランプと共に、ただ日々をすごす……。

☆☆☆

 ハズィランはあっけらかんと話したが、暗い場所でずいぶん暗い話を聞いてしまった。

「ハズって、まるで自縛霊みたいね」

 話を聞いた後の、ルルナが口にした第一声がこれ。

「自縛霊って、失礼な奴だな。それと、俺の名前を勝手に略すなっ」

「いいじゃない。ハズィランって名前、長いんだもん」

 ハズィランの抗議など、ルルナはまるで聞いてない。

「あなたをランプに封じた魔法使いって、誰なの?」

 ココナの質問に、ハズィランは少し視線をずらして答えた。

「ガーヘンディッシャンってじじぃだ」

 じじぃ、とは言っているが、その口調にはどこか親しみがこもっているように聞こえる。

「えー、それってうちの校長先生の先祖じゃない。その魔法使いがすごい人だったからって、うちの学校の名前になってるくらいなのよ。あれ……その人が生きてたのって、千年くらい前だって聞いたけど……えーっ、もしかしてハズって千歳を越えてるのっ」

「……千年以上生きてる魔性が、そんなに珍しいか」

 目を丸くして叫ぶルルナを、白けた目でハズィランが見る。

「ああ、本物の魔性を見たことがないんだったな。それじゃ、馬鹿みたいに驚くのも仕方ないか」

「バカって失礼ね。何よ、性悪な魔性なんて偉そうに言うくらいなら、持ち主のいなくなったランプから自力で逃げ出したらどうなの。それすらできないで、自縛霊みたいに倉庫に居着いちゃってさ」

「るせ。俺はランプにだけは手が出せないんだよっ。それと、性悪は余計だ!」

「さっき、自分で話してたじゃない」

「ルルナ、ランプの精を幽霊と一緒にするのもどうかと思うわよ。それに、自分を封印している物をどうこうするのって、かなり大変なんだから。封印のランプを作ったのが校長先生の先祖なら、そう簡単に破れないわよ」

「そういうことだ。お前もこいつを見習って、もう少し封印のことを勉強しやがれ」

「何よ。先生でもないのに、偉そうに指図しないでよねっ」

「……ルルナ、話が前に進まないから、少し黙ってて」

 ココナに静かな口調で言われ、ルルナは渋々口を閉じる。

「あなたがランプに手を出せないのは仕方ないとして、どうしてその魔女はランプを自分の物にしなかったの? 嵐を起こせるくらいなら、あなたの魔力も相当強いと思うけど。悪い言い方だけど、弟子よりあなたを使った方が、確実に魔法使いを殺せるんじゃないかしら。それとも、ガーヘンディッシャンに一度封じられてるから?」

「ランプの持ち主は何でも命令できるが、誰かを傷付けることだけは許されない。武器を出すとかならできるけどな。魔女は自分より力のある奴が存在することを嫌ってた。だから、じじぃの命を狙ってたんだけど。俺も解放されていれば、その魔女より強い。だから、まだ封じられていた状態の俺をさらに封じたんだ」

 ハズィランの魔力は強い。だが、その魔力はランプに対してだけは効力がないのだ。だから、ランプに何をされても手が出せない。

 さらに、ハズィランは一度ランプの中へ戻らなければ、次の命令をきくことができない。

 魔女はその特徴を利用し、ランプへの出入口を(ふさ)いだ。ランプの力を使って魔法使いの弟子達が復讐に来ないよう、ハズィランを「外の世界」に封じたのだ。

 傷付けられなくても、ハズィランの力なら魔女を「捕縛すること」はできる。それを阻止するためだ。

「ランプへ戻れなくて、やり直しができない。だから、時間が止まってる、という訳ね。ふさがれた出入口って、どんなふうなの?」

「わかりやすく言えば、玄関に鍵がかかった状態、かな。ランプにかけられた力だから、俺にも詳しくはわからない」

「その鍵になるものを探せば、ランプに戻れるんだ。鍵って、どこにあるの?」

「んなの、俺が知るかよ。魔女が持ってんじゃねーの」

「どうしてあたしが質問すると、そういう態度なのよ」

「お前がそういう態度になるような質問をするからだろっ」

 このふたり、相性が悪いのかしら。

 横で聞いているココナは、首を傾げたくなる。

「とにかく、その魔女を捜して、鍵をもらえばいいんでしょ」

「……は? お前、何言って……」

 ハズィランがきょとんとして、ルルナを見た。

「何って、何よ。ハズってば、一生こんな所でずっと自縛霊してるつもり? 自由になるためには、その鍵が必要なんでしょ」

「それはそうだけど。あ、お前が次の持ち主になろうってことか?」

「え? あ、そっか。そうすることもできるわね」

 言われて思い付いたように、ルルナはポンと手を打つ。

「できるわねって……。おいおい、そのつもりだったんじゃないのか」

「ハズが自由になればいいなって思っただけで……」

「……」

 困っている人を見ると、放っておけない。今回の場合、人ではないが、困っているには違いない。

 話を聞いて、ルルナは単純に「自縛霊状態から解放してあげたい」と思っただけだ。

「お前……俺が作り話をしてるとか、思わないのか?」

「ええっ、今のってウソの話だったの?」

「い、いや、そうじゃないけどっ」

 驚いて聞き返すルルナに、ハズィランは慌てて首を横に振る。

「ルルナってそういう子なのよ、ハズィラン。とりあえず、ここを出ましょうか。ランプから離れられなくても、私達が持ち運べばあなたも一緒に来られるでしょ? 誰かが倉庫へ放り込むことができたのなら、それくらいはできるはずよね」

 よくわからないうちに、急に話が動き出した。

「ほら、ハズ。この扉、開けてよね。あんたが動かなくしたんだから」

「あ、ああ……」

 何だよ、こいつら。

 半分あっけにとられながら、ハズィランは倉庫の扉にかけた魔力のかんぬきを外した。

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