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魔物の出現

 大音量の咆吼(ほうこう)

 突然のことに、ココナはびくっと方をすくめた。

「何だ、今のは」

 トイフェールが慌てたように周囲を見回し、声の出所を探す。あの声はただ事ではない。

「せ、先生! あれっ」

 ココナが叫ぶように言いながら指差す方を見て、トイフェールもしばしかたまる。

 そこには、ミノタウロスのような牛に似た頭を持つ魔物がいた。

 二本足で立つ魔物は、身体がかなり大きい。身長は人間の三倍は軽くありそうだし、それに見合って横幅もある。

 身体は人間の男性に近く、胸板が厚い。肌は褐色だがあちこちに黒いしみがあり、全体的にまだら模様みたいになっている。

 がっしりした身体から伸びる、太い丸太のような両手。四本ある指には、頭は牛っぽいくせに肉食獣のような鋭い爪が付いていた。

「どうしてあんな奴が……誰か召喚魔法を失敗したな」

 魔法学校の敷地内を、あんな魔物が簡単にうろうろできるはずがない。魔法で召喚しない限り、魔物の(たぐい)は入って来られないよう、結界が張られているのだ。

 魔物によっては、魔の気配に引き寄せられることがある。生徒の安全のため、そんな魔物が入れないようにしてあるのだ。

 だから、ここにミノタウロスもどきの魔物がいるということは、召喚魔法で呼び出された以外に考えられない。

 術者はきっと、この魔法にあまり慣れていないのだろう。練習のつもりか、いたずらする気だったのか。魔物を呼び出そうとして呪文を唱えたものの、どこかで間違えて自分よりレベルの高い魔物が出て来てしまった。

 そんなところだ。初心者がよくやる失敗である。

 慣れた魔法使いなら、召喚した魔物が歓迎できそうにないタイプと判断したら、すぐに元の場所へ送り返す。

 だが、初心者はその判断も対処もすぐにはできない。現われた魔物を見て混乱し、焦りまくり、あたふたしている間に魔物は好き勝手に動き出すのだ。自分より低いレベルの人間に対し、従順になる魔物などいない。

 このミノタウロスもどきも、術者がどうすることもできないでいるうちに動き出したのだろう。きっと術者はどこかで「どうしよう」と繰り返しているはず。

 校舎の外に現れたのは、よかったのか悪かったのか。

「……マリョク……」

 魔物が低い言葉でつぶやく。あちこち見回し、歩き出した。多少は人間の言葉を知っているようだが、今の様子では会話できる程の知能はない。

 魔物が自分の方へ来るのを見ると、生徒達は悲鳴を上げて逃げ出す。レベルの低い者が立ち向かうより、そうするのがずっと安全な対処法だ。

 魔物は逃げ回る人間には目もくれず、何かを探している様子だ。それを見付けたのか、ある方向へとゆっくりと歩き出した。

「どこへ行く気かしら……大変! 図書室へ向かってるっ」

 魔物が歩く方向を見て、ココナは青ざめた。

 あそこには倒れたハズィランと、彼のそばについているルルナがいる。さっきココナが図書室へ入った時にざっと見た限り、他にも二十人くらいはいただろう。

 図書室は敷地面積だけを見れば広いが、そこにはずらりと本棚が並んでいる。つまり、生徒達の逃げるスペースはかなり限られてくる、ということだ。

 それに、あの魔物が本棚を倒したりしたら、本や棚の下敷きになることだってありえる。棚は簡単に倒れないようしっかり固定されているが、それはあくまでも地震対策としてであり、魔物の力にどこまで耐えられるかはわからない。

 とにかく、魔物が図書室へ侵入することは、かなりの危険を意味する。

「ルルナ達が危ないわっ」

 ハズィランは、あの状態では絶対に自力で逃げられない。かと言って、ルルナだけではハズィランを連れて逃げるのは難しい。彼の身体をまともに支えることもできていなかったのだから。

 図書室にいる何人が、ルルナに協力してくれるだろう。あんなのが来たとわかれば、みんなは我先に逃げようとするだろうし、そうなればルルナが取り残されてしまう。

 ルルナが一人で逃げるとは思えないから、ハズィランも一緒に。

 あれこれ考えている時間はない。

 ココナは図書室へ向かって走り出した。

「あ、待つんだ、ココナ」

 走り出したココナを、トイフェールが一拍遅れて追い掛けた。

☆☆☆

 ハズィランが薄目を開けた。

 しかし、その目は焦点が合っていない。どこか(うつ)ろに見えた。

 それでも、目を開けられるまでに回復したのかと期待したルルナは、ハズィランの顔を覗き込む。

「ハズ、気持ち悪くない?」

 気持ち悪いと言われてもどうしようもないのだが、何か聞かずにはいられない。自分がやってハズィランが少しでも楽になるなら、できる限りのことをしてあげたかった。

「……何か……近付いて来る……。逃げろ……」

 返って来た言葉に、ルルナは首をひねる。

「逃げろって……」

 ハズィランの言葉に戸惑って、ルルナはメイムを見た。メイムもよくわからないようで、困った顔をしている。

 ハズィランがつぶやくようにそう警告したのは、ココナ達が魔物の姿を認識するほんの少し前だった。魔力を吸い取られても、気配を感じ取る力は残っているのだ。

「逃げろって言われても、どこへ逃げればいいのよ。それに、何が来るの」

 ルルナには、それにメイムにもこの時点では危険を感じ取れない。まだ魔物が図書室から離れた場所にいるからだ。

 どこか遠くの方で何か妙な声が聞こえた気もしたが、目の前で苦しんでいるハズィランの方が心配で、それどころではない。

 しかし、それから間をおかず、近くで生徒が悲鳴を上げた。

「何よ、あれっ」

 窓の外に、あの魔物の姿を見付けたのだ。しかも、こちらへ向かって来ている。

 それに気付いた他の生徒達も、次々に声を上げた。

「え、何って……何?」

 悲鳴を聞いてルルナとメイムも立ち上がって窓の外を確認し、悲鳴の理由を知った。

「な、何なの、あの牛」

「どうしてあんな魔物が学校に……」

 魔物の姿を見たメイムが青ざめ、息を飲む。

「早く……外へ出ろ……」

 ハズィランの言葉に、メイムがはっと我に返る。

 ここの責任者として、現在図書室にいる生徒全員を早く外へ誘導しなければ。周りの悲鳴を聞いても、何を騒いでるんだ、とばかりに気にしていない生徒もいる。そんな生徒も含め、急いでこの場から離れさせなければならない。

「みなさん、魔物がこちらへ近付いています。すぐに図書室から出なさい」

 魔物の姿を見た生徒は、すでに出口へと走っている。遅れて危険を知った生徒達は慌てて立ち上がり、イスが倒れる音がひどく大きく響いた。

「何やってんだ……早く行け……」

 ルルナが逃げずに自分のそばで座っていると気付き、ハズィランが(うなが)す。だが、ルルナはそんなハズィランの言葉に、首を横に振った。

「だって、ハズを置いて行けないでしょ」

「俺は、いいから……」

「よくないよ。あの魔物が本当にここまで入って来たら、ハズが何されるかわかんないじゃない」

 では、何かあった時に自分で対処するつもりなのか、と聞きたい。まだ基本しかできない見習い魔法使いなのに。

 できるはずがない。目の前にいなくても、ハズィランには魔物のレベルがルルナより上なのは感じ取れるのだ。ルルナの相手ではない。

「巻き込まれるぞ……」

 いつもであれば「さっさと行けっ」くらいは怒鳴るところだ。

 しかし、今はそうして話している時でさえ、意識が途切れそうになる。途切れそう、ではなく、本当に途切れているかも知れない。何とか目を開けていても、視界が暗くなることもあるから。

「そうなったら、そうなったで仕方ないわよ。知らなかったとは言え、ハズをこんなふうにしたのはあたしだし。なのに、ハズだけ放って一人で行けないでしょ」

 口が動くなら、ハズィランは「こんな時に、妙な義理立てするなっ」と怒鳴りたいところだ。

 しかし、今はそんな長い言葉を口にするのも苦しい。

「いいから、逃げろ……」

 それだけ言うのが精一杯だ。

「だから、逃げられないってば。それに、あんなのが出て来てこの辺りを歩き回ってたら、他の先生達が気付かないはずがないと思うのよね。ここへ来るまでか、ここへ来てもすぐに捕まっちゃうわ。だから、動けないのに無理して逃げるより、ここでおとなしくした方がいいわよ」

 そこに危機が迫っているというのに、ルルナはかなり前向きに考えている。

 そう、魔女の所へ行こうという時も、こんなふうに楽観的に考えていたのだ、この少女は。

 しかし、ハズィランとしては、ルルナを一刻も早く図書室から出したい。ここから少しでも遠ざけたかった。

 外にいる魔物は、必ずここへ来る。魔性の勘が、そう告げているのだ。ルルナが言うように、他の魔法使いが何とかしてくれればいいが、それができなかった時はルルナが確実に巻き込まれてしまう。

 何を言えば、ルルナは逃げてくれるんだ……。

 考えたくても、今のハズィランには考えがまとめられない。

 やっぱり、こっちへ近付いていやがる。

 ハズィランがそう感じた途端、近くで大きな音が響いた。横でルルナが、小さく悲鳴を上げる。

 音は、魔物が図書室の壁を壊した音だった。かなり大きな穴があいている。ルルナ達がいるすぐ近くだ。入るはずのない所から光が差し込む。

 魔物には、入口なんてものは見えない。目の前に壁があり、その壁の向こうへ行きたいと思ったら邪魔な壁を壊す。それだけなのだ。

 やはり知能は低いが、それなりにガタイがあるので力はかなり強い。

「ルルナッ」

 他の生徒を外へ誘導し、メイムはまだ残っているルルナの所へ行こうとしていた。しかし、魔物によって勢いよく飛ばされた壁の破片が、メイムの動きを邪魔する。

 壁の穴は、身体の大きい魔物でも少し体勢を斜めにすれば中へ入れる程にあいているのだが、身体を(かたむ)けて入る、ということが頭に浮かばなかったらしい。

 魔物は自分が楽に入れるようになるまで、壁を壊し続ける。その度に、壁の破片があちこちに飛びまくった。

 外側から叩いているので、壊れた壁はほとんどが中へ入って来る。そのため、メイムはルルナ達の方へ近付くどころか、その場にいることすら危なくなってきた。

 破片が飛んで来れば危ないし、入って来ようとする魔物と目が合ったりしたら……。

 ルルナは壁の破片や魔物の目からかばうように、ハズィランの頭を抱きかかえた。

 だから、逃げろっつったのに……。

 そうは思っても、もう遅い。壁の破片はあちこちに飛んでくる。今は動く方が危険だ。

 ルルナとハズィランがいる場所は本棚の陰になっているので、直接的な被害はかろうじて免れていた。かぶるのは、せいぜいほこりくらい。

 それでも、魔物が中へ入って来たら、見付かるのは時間の問題。直線距離にすれば、ここから魔物とはそんなに離れていないのだ。

 あの魔物は何が目的なのか。人間を喰うのか、傷付ける気があるのか。

 魔物を見ている誰もが、そんなことを考える。どれにしろ、あの壁の壊し方を見ていれば、穏やかな性格とは言えなさそうだ。

 魔物は壁を壊すことが楽しくなってきたのか、自分が余裕で入れる程の穴ができても壁を壊すのをやめない。もしかすると、単に見えてないだけか。

 ……いや、一面の半分以上が壊された壁が見えないとは思えない。壁を壊すことで、中にいる「獲物」を出てくるように仕向けているのか。

 魔物の行動の理由が何であれ、事態はさらに深刻になってきた。壁の壊される範囲が広がり、亀裂が離れた所にまで入り出す。さらには天井まで。

 天井に入った亀裂が、ハズィランの目に入る。しかも、自分達の真上だ。

 まずい。あの天井、もう保たない。

 魔物が壁に振動を与える度に、亀裂は広がり、深くなってゆく。

 そして、魔物がひときわ大きく咆吼しながら壁を叩いた時、天井の一部が落ちて来るのが見えた。

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