ガラクタ倉庫にて
およそ千年くらい昔のこと。
ムーロルという国にあるロフィンという街に、ガーヘンディッシャンという魔法使いがいた。
五百年、いや、千年に一人、現れるかどうか、と言われる程の類い稀な実力。強い魔力を持ち、技術力も高く、人々に災いをなす超強力な魔物や魔性を倒すなど、様々な功績を残した。
また、人間に興味や好奇心を抱いた魔性と人間との間に、友好的な関係を築くことにも尽力している。
偉大な魔法使いだった彼の子孫達も、その魔力を受け継いでいたが、ある代の子孫が魔法使いを養成する学校を創った。
先祖の「人々に貢献し、魔性と人間の橋渡しとなる」という意志をもっと広めよう、と考えたためだ。
それが、ガーヘンディッシャン魔法学校である。
名前が長いので、世間ではガーヘン魔法校や単に魔法学校などと呼ばれることが多い。
ルルナは、このガーヘンディッシャン魔法学校の生徒だ。
少しくせのある明るいブロンドをツインテールにし、紫の丸く大きな瞳と小柄な体型のために年より下に見られることが多いが、先月十七歳になったばかり。
子どもの頃に住んでいたミニルーモスという小さな町に魔物が現れ、それを鮮やかに退治した魔法使いを目の前で見た。その時から「夢は魔法使いになること」に決まる。
立派な魔法使いになるぞ、という意欲は十分すぎる程にあるし、もちろん努力だってしているのだが……いかんせん、実力が気持ちと比例していない。
現在のレベルは、中の中がいいところ。細かく浮き沈みはしているが、悪すぎず、かろうじて落ちこぼれてない、というのがまだ救いだ。
「ねぇ、ルルナ。悪あがきせずに、ちゃんと正直に言えば? どうせ、すぐにばれるわ」
ルルナの後ろを歩いているのは、ルルナの幼なじみで同じく魔法学校生のココナだ。
真っ直ぐのプラチナブロンドをポニーテイルにし、切れ長の緑の瞳をしたココナはすらりと背が高い。ルルナと同じ十七歳だが、必ずと言っていい程年上に見られる。
ルルナとは家が隣同士。魔法使いを目指すことにしたのも、ルルナと同じ理由だ。
ルルナの隣でココナも同じ光景を見て、魔法という強い力に惹かれた。ルルナと一緒に入学し、同じように魔法を習い始めたはずだが、ココナのレベルは上の中。
見た目や力の差は多少出ているが、それでも二人はずっと仲がいい。と言うより、ココナがルルナの面倒を見ているようなもの。
率先して何かをやらかすのはルルナで、ココナは何だかんだといつも巻き込まれる。
そして、今もがっつり巻き込まれていた。
魔物を退治をする際に使うしびれ粉。ルルナ達は見習い魔法使いなので、魔物退治をするとしてもそれはずっと先の話だが、授業で使うサンプルとして置かれている。
その粉が入れられた瓶をルルナが掃除中に割ってしまい、それの代わりになるような物を一緒に探しているのだ。
割ったのはルルナで、ココナは関係ない。でも「代用品になる物、一緒に探して」と引っ張られ、仕方なくこうしてついて来ている。
ルルナが目を付けたのは、魔法学校の広大な敷地の隅っこにある古い倉庫。
別の場所に新しく造られた立派な倉庫がちゃんとあるが、その中の物は数が管理されているから黙って持ち出せない。
一方、立ち並ぶ木々に囲まれて小さくなっているように見えるこの古びた倉庫は、ガラクタばかりで関係者からほとんど忘れられている。昔は滅多に使うことのない物がしまわれていたが、何があったかしっかり管理されていなかったので放置状態になってしまったようだ。
はっきり言って外観はかなり汚いし、周囲が木々の陰になっているので不気味に見える。そのせいで鍵もかけられていないのに「開かずの倉庫」などと言われ、今では誰も近寄らない。
と言うより、そういう倉庫の存在を知らない者が増えつつあるのが現状だ。
「ガラクタ倉庫なら、代用品になる物が紛れてるかも知れないじゃない。誰も使わないなら、あたしが使ってもいいと思わない? それに、もしかしたら他にも面白い道具が埋もれてるってこともあるわよ」
前向きなのか、調子がいいのか。
とにかく、そんなルルナに引っ張られ、ココナは来る気もない倉庫へと足を運ばされた。
「この学校には五年近くいるけど、敷地を隅から隅まで歩いたことってなかったよね。知らなきゃ、どこかの森の中って思っちゃうわ」
周囲の木々を見回しながら、ルルナがつぶやく。
敷地内には、家が遠方で学校へ通えない生徒が入っている寮がある。その周辺はきちんと整備されているが、他の場所はあえて人の手が入れられていない。自然な状態の中で魔法を使うことが必要な時もあるからだ。
なので、現在二人が歩いている場所のように、普通の森と変わらないエリアも存在する。
「普段、校舎と寮の往復がほとんどだものね。こんな奥まで、来る必要なかったもの。特に意識しなかったけど、この学校って相当広いのね。……ルルナ、どこで倉庫の場所を聞いたのよ」
こういう倉庫がある、というのはココナも聞いたことがある。だが、自分には特に必要のない場所なので、どこにあるかまでは知らなかった。こうしてルルナに連れて来られるまで、倉庫の話なんて忘れていたくらいだ。
「ずーっと前に、先輩達が話してるのを聞いたの。だけど、横で聞いてるだけだったから、位置がよくわかんなかったのよね。で、この前ニーノ先生と世間話するフリして、聞いてみたの。そんな物があるんですかって。そうしたら、あるわよーって教えてくれたの。まさか、こーんなに離れてるとは思わなかったけどね」
ニーノ先生は実技担当の、この学校でも古株と呼ばれる先生だ。三十年いる、と聞いたことはあるが、それが正しいかはルルナもココナも知らない。もしかすると、それ以上かも。
「で、どうして私まで巻き込むのよ」
いつものことなので、今更なのだが。そもそも、ルルナに「ココナを巻き込んでいる」という自覚があるかも怪しい。
「だって、こんな所に一人で来るなんて怖いもん。それに、いくら鍵のない倉庫でも、もしガラクタが崩れて入口がふさがれたりしたら、出られなくなるじゃない」
「……そういう時は、魔法を使ってもいいと思うけど?」
「焦ったりしたら、効果が出ないかも知れないじゃない。そんなの、やだもん」
それくらいできなくてどうするの、と言いたいところだが、ココナは我慢する。
それに、物が頭に当たって気を失ったりすれば、魔法どころではない。こんな場所では、通りすがりの誰かに助けを求めることもできないだろう。
「一応、探してあげるけど……代用品になる物がなかったら、潔くあきらめて先生に報告するのよ。いいわね」
「うん、わかった」
本当にわかってくれたのかな、と疑いながらも、結局はこうして代用品を探す手伝いをしようとしている。自分も共犯かな、とココナはこっそりとあきらめのため息をついた。
やがて、二人は開かずの倉庫までやって来る。まだ日暮れには時間があるのに周囲が暗く、単なる古い倉庫なのに不気味だ。話に聞いていた通り。
二人が生活している寮の部屋より小さそうな倉庫で、木でできた扉は半分以上腐りかけている。壁部分も同じく。年季の入った倉庫だ。完全に腐って、穴があいている所もあちこちにある。
「この分だと、中にある物もかなり傷んでいそうね」
「でも、ガラクタって案外丈夫だったりするわよ。それに、瓶なら腐らないもん。割れてたら捨てられてるだろうし」
ルルナはとんでもなく楽観的。これをポジティブと呼んでいいものか。
ココナとしては、ルルナのこういう前向きな部分を見習うべきか、迷うところだ。
ルルナが扉の取っ手部分を掴んで引っ張ると、メキッと情けない音と共に取っ手がもげた。
「え~」
「ルルナ、やっぱり期待しない方がよさそうよ」
その手に残った木片を見て、ココナが友人の楽天的思考に釘を刺しておく。
「ま、まだわかんないわよ」
めげることなく、ルルナは扉にできた穴に指を突っ込み、手前に引く。噂通りで鍵はかかっておらず、今度は何とか扉を開くことができた。
「わぁ、暗いわね」
空気も湿っぽいし、カビ臭い。この倉庫の扉が開けられたのは、何年ぶりなのだろう。
壁などに穴があいているのに光は入ってないようで、ほとんど中の様子はわからない。
「こういう場所だって知ってるなら、明かりくらい持って来なさいよ」
「だってぇ、昼間だから平気かなって思ったんだもん」
この倉庫があるのは、昼間でも薄暗い森の中。そんな場所にある屋内が、明るいはずがない。
「だから、ルルナは計画性がないって注意されるのよ」
頬をぷぅっとふくらませるルルナの横で、ココナが太めのローソクを取り出す。そこに魔法で火を点けた。
「なぁんだ。ココナもやる気だったんじゃない」
「あのねぇ……」
笑うルルナの横で、ココナはがっくりと肩を落とす。
とにかく、二人は倉庫の中へ入った。
扉や壁と同じように、腐りかけた木でできた箱が積み上げられているのが見える。上に布がかぶせられた箱もあり、そこにはほこりと土がたまっていた。風に吹かれて入り込んだのか、木の葉も床のあちこちに落ちている。
「ルルナ、気を付けないと、この小屋自体が崩れるかもよ」
「うん。腐りかけてても、この箱や屋根の下敷きになったら重いだろうしね」
重いと感じるより前に、圧死する可能性もありえる。油断できない倉庫だ。
ざっと見ても、予想以上のほこり。あまり触りたくない。触れば空中に舞うだろうし、下敷きにならなくてもほこりでノドをやられてしまいそうだ。
「こんな所で物色するの、やだなぁ。風を起こしてこのほこりを吹き飛ばす……なんてしたら、倉庫そのものが壊れそうよね」
「それは絶対やめた方がいいと思うわよ、ルルナ」
ほこりをがまんして探すか、あきらめて帰るか。
中を見回し、ルルナがどちらにも決心がつかずに迷っていた時。
「お前ら、何しに来たんだ」
奥から突然、そんな声が聞こえた。
ルルナとココナは魔法使いになるため、修行中の身だ。しかし、それを除けば普通の女の子と変わらない。
なので、誰もいないと思っていた暗がりから、しかも男性の声がすれば驚くし、当然のように悲鳴も上げる。
「きゃーっ! ドロボー!」
自分達も似たようなことをしようとしていたことは棚に上げ、声をかけられただけでそう叫ぶのだから、相手が気を悪くしても仕方がない。
「誰が泥棒だよっ」
そんな抗議には耳もかさず、二人は出口へ向かって走り出した。
だが、目の前で腐りかけの扉は閉じてしまう。どんなに力を込めて叩いても、女の子の力でも叩き割れそうだったぼろぼろの扉がビクともしない。
「お前ら、こそこそ入って来たくせに、俺を泥棒呼ばわりとはいい度胸してるな」
「だ、だれっ」
ハモるようにして、二人は叫んだ。
「お前らこそ、誰だ。……ああ、ここの生徒か」
二人が着ていた学校の制服で判断したらしい。だが、こちらから相手の姿は見えない。声だけで判断するなら、若い男。
ココナが持っていたローソクを放し、呪文を唱える。ローソクは宙を浮いて移動し、声の主の方へと向かった。
光が届けば相手を確認できるし、もしもあちらが攻撃しようとすれば炎で反撃できる。
ただ、どこまで通用するかは予測できない。倉庫の扉が開かなくなったのは間違いなくこの不審者の仕業だろうし、つまりは魔法が使えるということ。そのレベルによっては、炎を逆に利用されかねない。
それを考えると怖いが、まずは相手を確認しなければ。
「ふぅん、物を動かすくらいはできるのか。まぁ、基本だよな」
ローソクが勝手に動くのを見ても、相手の声に驚きの感情はない。魔法学校の生徒だとわかったなら、予想できることではある。
ローソクの灯りが照らし出したのは、やはり声に見合った若い男だった。
見たところ、二十代半ばといったところか。胸辺りまである黒いストレートの髪に、鋭い目つき。背はかなり高く、細身だがしっかりした体格だ。
着ている服は、制服ではない。ラフな白いシャツに黒っぽいズボンという、シンプルないでたち。先生でもなさそうだし、誰であれ、学校内では見たことのない人物だ。
「こんな所へ何しに来たんだ? ここにある物を持ち出したところで、小銭なんて稼げないぜ。燃やしちまった方が早いような、ガラクタしかないからな」
「あなただって、そんなガラクタしかないような場所にいるじゃない。ここであなたは何をしているのよ」
ルルナが負けずに言い返す。
「俺? 俺は……いたくている訳じゃない」
妙な言い訳をする男。ルルナは首をひねる。
「それなら、出ればいいじゃないの」
「できるなら、とっくにしてる。俺は縛られてるんだ」
言葉は通じるが、内容は意味不明。
「あたしには思いっ切り自由に思えるけど。あなた、縛られているようには見えないわよ。縄もないし。それならさっさと出れば? 見たところ、学校関係者じゃなさそうだし……今なら黙っててあげるわよ」
先生に報告すれば、どうしてルルナ達がここにいたのか、ということまで尋ねられてしまう。
なので、彼に恩を着せるフリをして、ルルナは現在の状況をなかったものにしようとしていた。
「あなたは……何者?」
厳しい口調でココナが尋ねた。
「人間じゃないわよね」
「ええっ、人間じゃないの? だって、どう見ても」
言われた男より、ルルナの方がびっくりしている。ココナは軽く頭を抱えた。
「ルルナ、人間そっくりの魔性がいることくらい、習って知ってるでしょ。それに、ほら。耳だって」
黒髪でほぼ隠れているが、尖った耳の先がわずかに見えている。人間らしからぬ耳が。
「で、でも……実物を見るのは初めてなんだもん」
確かに授業で習ったが、魔性と呼ばれる存在を実際に目にしたことはない。
「ずいぶんレベルに差があるようだな」
その言葉に、ルルナがムッとなる。
男……ココナに言わせると魔性は、明らかにルルナを小馬鹿にしていた。口の端に浮かんだ笑みを見れば、ルルナにだってそれくらいわかる。
「ちょっと、あんた」
「あ、ルルナ……」
ココナが止めようとするのも聞かず、ルルナは魔性につかつかと歩み寄った。