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第5話 嵐も嵐、大嵐。


 今日は朝から冷たい雨が降り続いている。

 神社へは行かずに家でミケとだらだらしたり、ストレージの熟練度をあげるため、家じゅうの家具の出し入れを繰り返している。




 夕方になると、家の中ののんびりとした雰囲気とは反対に、テレビは緊急特番で騒がしくなった。


『ただいまエベレストのネパール側のベースキャンプ上空5,200mを飛んでおります』


『現地時間今日の正午過ぎに、突如として山頂に穴が開いた模様で、山頂に最も近いキャンプ4はパニックに陥った登山家達によって地獄の様相を呈しているそうです』


 テレビ中継では○HKも民放もこのニュースを報じ、海外の放送局――B○CやらCN○やら――がそれぞれの国で放送した現場の中継映像を通訳をつけて放送している。


「まあ、日本の放送局は日本人記者を危険な地域に派遣できないから、買うしかないよなぁ……映像」


 なぜかアナウンサーがヘルメットを被っている局もある。

 そして、スタジオではその映像を見ながら、アナウンサーが専門家に対して言葉を変えながら同じ質問をし、専門家は苛立ちを抑えながら同じ答えをくり返す。


 「あれはどういうことだ。何が起きている?」「わからん」と。



 ずっと同じような映像が繰り返し流されていることに辟易(へきえき)とする。

 たまに電話出演する有名登山家が言うには、「当時の時間帯の山頂は、登頂を目指す登山家とシェルパが列をなしており、すれ違うのにも苦労するほど混雑しているので彼らが心配だ」とのこと。



 ポーン、ポーン


『速報が入りました。えー、未確認ですが複数の登山家が頂上の穴に落ちたとの情報です』


『登頂を諦めた登山家がベースキャンプに送った無線によると、死者・行方不明者、多数とのことです』


『在ネパール日本国大使館によると、登山隊や死者・不明者に日本人がいるのかは分かっておりません』


「う~む……。このてれびじゃとハッキリせんが、なにやら禍々(まがまが)しいのう」


 じっとテレビを見つめていたミケが、何かを感じているのだろうか。


「で、相撲はいつ始まるのじゃ?」

「ふつうに開催してるだろうけど、この分だとテレビでは流れないだろうな」

「なにー!! なんでじゃー! こんなのよりも余程面白いじゃろうがぁ!」


 ……よっぽど見たかったんだな。


 

 ポーン、ポーンと再び速報の合図が流れた。


 アナウンサーが震える手で何度もニュース原稿に目をやり、ディレクターがいるであろう場所に

目で確認の合図を送り、意を決したようにしゃべりだす。


『お伝えします。現地メディアからの情報によりますと……逃げ延びたベテランシェルパが、穴から子供くらいの大きさのバケモノが何匹も這い出て、登山家を襲ったのを目撃したとのことです』


 スタジオもどよめいたし、俺の心もざわついた。


 その時――


 ブッブッ! ブッブッ! ブッブッ!


「――うわ! ビックリした~」


 テレビに気を取られ、テーブルに置いていたスマホが振動した音に不覚にも驚いた。


「お? このすまほも何やら怪しげな気を放っておるのぉ」


 ディスプレイが光り、某SF映画のヒロインみたいに美しい女性が、ホログラムのように浮き出てきた。

 その30cmほどの身体が浮遊している。半透明というか、後ろが透けて見える。

 誰かに似ている。……見た事ある様な無い様な。


「なんじゃ~! これは~」


 ミケが俺の腕にすがりつてきたので、俺もビックリしていたのだが、それでかえって冷静になれた。


「落ち着け、ミケ。俺もいるから大丈夫だ。……たぶん」



「馬場勇人様、ミケ様、はじめまして。驚かせてしまい申し訳ありません」

「「しゃべった!!」のじゃ!!」


 ミケと声が重なりまた驚く。


「我を知っておるのか?」

「はい。馬場様とミケ様が初めてお会いになったところから存じていますよ」


 その美しい女性が、ニコッとほほ笑みながら言った。


「もしかして『魔法大全』の中の人か?」

「はい。あっ、申し遅れました。わたくしディスティリーニアと申します。正確には分身体ですが……」


「「分身体!?」とな!?」


 またカブッた。


「このスマートフォンを媒体として、『魔法大全』に関する助言をさせて頂いております」

「へ~そうだったのか。たまにイレギュラーっぽい発言あったもんな、ディス……ティリーニア? さん」


「長いので、ディスティ―とでもリーニアとでもお好きにお呼びください。分身体ですので……」

「じ、じゃあニアさんで、俺たちのこともユウトとミケでいいですよ」

「はい。でもニアで結構ですよ。さん付けは不要です。分身体ですので……」


 分身体にコンプレックスでもあるんだろうか? 優しくしてあげようかな。



「わたくしはカストポルクスという星を見守る女神です」

「神!? ……負けたかもしれん」


 いや、勝負してないだろミケ。


「なかなか信じ難いでしょうが、ユウトさんは異なる世界で魔王と呼ばれる魔人と戦い、亡くなった英雄バハムートの魂をお持ちなのです」


 俺が生まれた時、親父が勝手に英雄ひでおと名づけようとしたので母と大喧嘩になった、という話をなぜか思い出した。

 何も関係ないと思うが……


「あ、もちろん、ユウトさんはユウトさんです。ユウトさんの魂とバハムートの魂が結合しているのです。完全に融合しているかまでは解りませんが」

「魔王とやらに殺された英雄の魂……」

「いいえ。亡くなりましたが、魔王と相討ちとなり、魔王の魂は消滅しております。本来であればカストポルクス内で輪廻するはずの魂が、この地球に来てしまったのです」



 さらにニアは、娘が新しい魔王となった事。

 俺がその覇道の障害になると考え先手を打って道を作り、攻め込んできた事。

 その道がエベレストに出来てダンジョン化している事。

 這い出てきたバケモノは、あくまでダンジョンの生み出したモンスターであり、ダンジョン下層からは魔王の軍団が進軍中だという事。


 このままでは、本格的に蹂躙されるかもしれないから、それを防ぐために、魔王が実行に移す前に『魔法大全』を俺によこしたのだと教えてくれた。



「ふ~。どうしたものか。……俺がここにいても、ここに来るまでの通り道が蹂躙(じゅうりん)され、中央アジアから東アジアが壊滅……」


「――俺を殺すことができても、そのまま帰るかはわからない……か」

「何を迷うておるユウト。答えは1つであろう! 攻め返すのじゃ! 殲滅(せんめつ)じゃ!!」

「物騒だな。……だが、それしかないか」



「――ってことはだ、色々と準備が必要だな。でも、エベレストだぞ? あっ、魔法があるか! ……でも武器も欲しいな」

「武器ならちょうどいいのがあるぞ! ある場所も知っておる」

「そうか、良かった。後で教えてくれな」


 話がまとまったところへ、ニアが心配そうに聞いてきた。


「それは良かったですが、一番大きな問題は……ユウトさん、あなた……人を殺せますか?」


 神妙な顔をして、こちらをうかがっている。

 だから俺もニアの目を見て答えよう。


「ああ、出来る」




 辺りはすっかり日も落ちて、強風にあおられた雨が窓に打ちつけていた。


お読み頂きありがとうございます。

長編小説です。

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