第107話 噴煙。
[ユウト様大変です!]
ライゼルの屋敷を出てピルムと合流するなり、ピルムが慌てている。
「どうしたんだ?」
[あ、あれです!]
ピルムが俺の後方を指差すので、振り返って目をやると、黒い煙がもくもくと流れていた。
そばにはうっすら始原の樹が見える。
巨大な始原の樹がうっすらしか見えないような遠隔地でも、煙がはっきりと確認できるんだからピルムが慌てるのも頷ける。
メルティナをピルムに握らせるのも忘れて、煙の方向に急いで飛んで行く。
……やはり始原の樹の隣の独立峰だ。
そこの頂上から煙が高く上がり、始原の樹とリーファの大集落の方向にゆっくりと流れている。
「どう見ても噴煙だな。こりゃ」
それに、キースのところで聞いた通り、森の木々も始原の樹も確かに枝を南に向けている。
大集落に大粒の雪が降るように灰がボタボタと降っているが、エルフ達の風の結界で何とか集落への降灰は免れているようだ。
エルフ達には恐い思いをさせると思うが、ピルムも連れて結界内に転移する。
案の定エルフ達は大騒ぎになったが、キースの所から戻って来ていたリーファが俺を感じ取ってすぐに飛んできたので、割と早めに落ち着いた。
「ユウトちゃん! 来てくれたのね~? さすが愛の力!」
「いや、来るつもりなんか無かったけど、噴煙が見えたから仕方なく来たんだ」
「もう! 照れちゃって~。みんなの前では恥ずかしくて本音を言えないのね~? かわいい!」
いや、マジだから。
「で? あの山はよく噴火するのか? 異変か?」
「完全に異変ね。あの山にはね~、とっても強いんだけど悪さしないモンスターがいるのね? それが凶暴化しちゃったみたい」
あの山には『おなら』という、リーファのお婆さんが酔っ払って付けた名前がある。随分ファンキーなお婆さんだな。
おな――あの山には、ボルケーノコックと言うモンスターが棲みついている。
ボルケーノコックは火や熱を食べるモンスターで、人にはほとんど害が無く、噴火しそうになっても喜んでマグマや熱を食べるので、大規模噴火などここ数千年無かったらしい。
ボルケーノコックが食べきれなかった分のマグマや噴煙が、たまに排出される様が『おなら』のようだからと名付けられたそうだ。
また1つ賢くなってしまった。
「でね? そのおかげで山も長い間大人しかったんだけどね? さっきボルケーノコックが鳴いたの! コッケコッコーって! そしたらこれよ~、だ・い・ふ・ん・か」
ずいぶん楽天的な言い方をしているが、実は危機が差し迫っているそうだ。
この山の噴火の特徴として、大規模な噴煙が上がり、それが治まった頃に今度はマグマが噴き出すと言い伝えられているらしい。
「大変じゃないか!」
「そうなのよ~。どうしよっ?」
「そのボルケーノコックを倒せばいいのか?」
「ユウトちゃん、ダメよ~。どうにか正気に戻せないかしら? そしたらマグマを食べてくれるでしょ?」
「簡単に言うなよ。そう上手くいくか?」
そんなわけで、俺とピルムとメルティナで山頂の様子を見に来たが……
クワァッ! コケェッ! クルルルゥゥコケェー!
火口の三分の一くらいはあろうかという巨体のボルケーノコックが、火口周りの狭い山肌を羽をバタつかせながら一心不乱に走っていた。
「俺達が降りられる場所なんて無いな」
メルティナをピルムに預けて、俺は噴煙を浴びないように風上側から攻める事にする。
どうやって正気に戻すか……。てか、戻せるのか? 本当に。
火口をグルグル周るボルケーノコックに並ぶように飛びつつ、メルガン達の鎖はどうしたっけ? と考える。
確か……、《エクソシスム》と《デリートマジック》、《ピュリフィケーション》だったな。
「でも、《エクソシスム》は光の〈10〉だから、俺は使えない――って! 痛たた!」
ボルケーノコックに近付きすぎて、羽のバタつきに巻き込まれてしまった。
だけど、ボルケーノコックは狂ったように走っているだけで、俺を攻撃する意図は無かったようだ。俺に気づいているかすら疑わしい。
俺はコイツの鶏冠の後ろに乗り移る。
「おお! 上下動のブレが無い!」
昔テレビで、人に持ち上げられてグルグル動かされても、頭を動かさないニワトリの映像を見た事があるが、本当だった! 視界がブレない!
俺の個人的な感動は置いてといて、《エクソシズム》の代わりに、同じ光魔法の《ディスペル》も試してみようとか、魔法を試そうとするが流石に後ろの俺に気づいたのか、急に暴れ出した。
「ちっ! 仕方ない」
ボルケーノコックの背から離れ、峰打ちで戦うことにする。
刀に《ピュリフィケーション》を付与し、胴体部分は羽根に守られているので、嘴の陰になる喉元を中心に打ちつける。
グヴェ! グェ! ゴッ! ゴゲッ! ゲヘェ!
多少弱って走りも遅くなってきたので、スマホも駆使して無属性の《デリートマジック》を交えつつ、ボルケーノコックの頭に魔法をぶっ放す。
ココッ! コクエェー! コココ……
あと一押しそうだな。よし! ここは物理で!
刀の腹でビンタのようにボルケーノコックの頬を思いっきり平打ちした。
[イター!]
「――ん!?」
[はっ! そ、それがしは……何をしておった?]
「――ん!?」
[なんじゃ? 貴殿は?]
……しゃべってる! コイツもしゃべってる!
「お、お前、俺の言ってる事が分かるか?」
[むっ? 分かるが……それがしは今まで何をしておったのだ?]
「記憶が無いのか」
お前は狂ったように火口を走り回っていたと教えてやる。
[なっ! なんたる不覚! それがしが自我を失うなど……]
このボルケーノコックは、山頂にいて『この山、もうすぐ噴火しそうだ!』とワクワクしながら待っていた時に、黒き大龍の叫びに襲われて自我を失いそうになった。
コイツは自我を失わないように抗って、上手く自分を制する事ができていたらしい。
だけど、そこにちょうど噴火の兆候があって、嬉しさのあまり「コケコッコー」と鳴いたら、自我を失ってしまったと言う。
「……なんで嬉しいんだ?」
[何ゆえ? って、ここのマグマは美味いのだ。長年ジッと待ち望んだマグマだ。それは嬉しいであろう?]
話を整理すると、コイツが鳴いたから噴火したんじゃなくて、噴火するからって嬉しくて鳴いたってことか。
それで自我を失っちゃ元も子もないだろ……
「あ! それより、マグマが来るんだろ? 食べきれるのか?」
[むっ! もちろんだ。 長年待ち望んだマグマだ、貴殿には一口もやらん。邪魔立て無用、では御免!]
俺にそう言い残して、ボルケーノコックはマグマを食べに火口へ飛び込んで行った。
いや、俺はマグマ要らないし!
とにかくアイツは、これからも悪さはしなさそうだな。
一部始終を見守っていたピルム達と合流し、リーファの元へ戻る。
リーファに事の次第を説明している内に、山がどんどん落ち着いてきた。
「あ~! ほんとだ~! ユウトちゃんありがと~♪」
「これでよかったな。ところで、あれくらいだったらリーファだけでも何とかできたんじゃないか?」
「そうかもしれないけど~。灰をかぶりたくないじゃな~い? それに疲れそうだしぃ……ね?」
リーファに『女王たる自覚を持て』と散々言っている側近の気持ちが、今なら良く理解できる。
「お礼にぃ、今日はアタシを好きにしていいわよ~?」
「――結構です」
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長編小説です。
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