第5話 ワーウルフの村と、神の存在証明
「蜘蛛のモンスターなんか食べて、美味しいんですか?」
「うまくはないが、他に食えるものもないしな」
虫を食うことにも慣れてしまったけれど、だからといって美味い飯を食いたくなくなったわけではない。
やっぱり、元々は人間なわけだし。ラーメンとか、ハンバーガーとか、パフェとか、そういう美味いモンの味は覚えている。この世界にそういう料理やスイーツがあるのかどうかはわからないが。
「ところで、さ。君の――あ、名前何だっけ?」
「シエルです」
シエル。いい名だ。
「シエルくんの村はこの近くにあるんだっけ?」
「ええ、ありますけど」
「よかったら、案内してくれないかな。ほら、私、産まれたばかりで家もないしさ。こう見えてもちょっとは強いみたいだし、モンスターを倒したりとか、結構役に立つかもしれないぞ?」
シエルがじっと私を見る。
やっぱりダメかな。命の恩人でも、蛇だし。モンスターだし。しかも喋るし。不気味だよなぁ。
「もちろんです! 蛇神様は命の恩人ですから、お礼したいです!」
ほらな。
――って、いいのかよ。
「ありがとう。けど、本当にいいのか? 私、モンスターだぞ?」
「モンスターではなく神です」
なにその、どこぞのカードゲーム漫画に出てくる社長みたいなセリフ。
「はじめはみんなも驚くかもしれませんが、説明すればわかってもらえるはずです。住む場所がないのなら、おじいちゃんに相談してみますよ」
その”はじめ”のタイミングでいきなり攻撃してくるとか、やめてくれよ?
「ちなみにおじいちゃんって、どういう人?」
「村長です。誰にでも優しくて、僕の一番尊敬している人です。あっ、蛇神様のことも尊敬していますよ。ど、同列1位ですっ」
気を使わなくていいのに。本当に優しい子だなぁ。
しかし、村長か。これはラッキーだな。村長に認められれば、村を拠点にすることは叶いそうだ。
「じゃあ、案内よろしく頼む」
「はいっ!」
★☆
洞窟を出て、舗装された山道をまっすぐ下る。道中、私はシエルからこの世界に関する情報を集めた。
この世界には獣人のほかに、人間やエルフ、竜人、ドワーフなど、ファンタジーらしい種族がたくさん存在しているようだ。そういった二足歩行で文明を持った知的生命体のことを総じて「人」と呼んでいるらしい。
対して、魔物とかモンスターとか呼ばれるような存在は、魔力を持ち獰猛で人を襲う獣のことを指すらしい。野生の猛獣みたいな感じか。普通に猫とか犬とか、ペット系の動物もいるとのこと。
案外、私の暮らしていた世界と違いはないのだろうか。魔法とかモンスターとか、そういう要素は除いて。
ちなみに、今私たちがいる国は『アインアクア』といって、5大大国の一角なのだとか。
「シエルの村にはワーウルフしかいないんだよな? どこに行けば他の種族に会えるんだ?」
「王都に行けば、たくさんの種族に会えますよ。僕の村から山を下っていけば、半日ほどでたどり着けます」
わりと近いな。
大国の王都をみれば、この世界の文明がどれほどのものなのかがわかるだろう。この世界を満喫するために、一度調べに行きたい。
問題は、蛇の姿で行っても大丈夫なのかということだが。普通の動物も存在しているのなら、喋らなきゃ魔物だとバレないか?
いやでも、全長2メートルほどで、ピンクだしなあ。
魔物じゃなくても、目立ちすぎる。
「王都にはよく行くのか?」
「いえ、僕は村から出たことがないんです。興味はあるのですが、おじいちゃんやお姉ちゃんが許可してくれなくて」
「そっか」
まだ子供みたいだしな。1人で都会遊びをするのはまだ早い、的なやつだろうか。
「けど、いつか世界中を自分の足で旅して、いろいろな国をみたり、たくさんの人と友達になったり、してみたいんです」
「いい夢だな」
「だから、僕は普段から本を読んで世界のことを勉強したり、学んだことをノートにメモしたりしているんですよ」
「じゃあ、大きくなったら冒険に出るのか?」
「いえ……無理なんです。僕は一生、村から出ることはないんです」
無理?
それはどういう意味だろうか。
「そのおじいちゃんやお姉ちゃんが許してくれないってことか?」
「……」
黙って俯くシエルくん。
うーん、なにか事情がありそうだな。山の中を1人で出歩けている以上、監禁されているとか毒親に束縛されているとか、そういうわけではなさそうだが。
ファンタジーらしく、なにか重大な使命を背負った巫女的な存在だったり?
男の子だけども。まあそこは問題ではない。
「あっ、見えました。あれです。あれが僕の村です」
「ん?」
シエルの指さす方向には、山を切り開いてつくられたような、小さな集落があった。家はレンガ造りだろうか。数は――1、2、3……40軒? となると、人口は100~300人くらいだろうか。
「僕が先に行って、おじいちゃんたちに事情を説明してきます」
シエルが坂道を駆けだして、村へと入っていく。
そうだな。いきなりピンクの大蛇が村に侵入したら、みんなを驚かせちゃうもんな。
私は木々の裏に身を潜め、そーっと村の様子をうかがう。
お、シエルが大人数人を連れて、村の入り口に立ったぞ。本当にみんな狼みたいな顔をした獣人だ。
シエルは私を指さして、何かを言っている。
実は私をだまして、大人たちに討伐させるつもりだったり……はないよな?
シエルが両手をあげた。
バンザイ? 違う、丸だ。オーケーという意味のポーズだ。
「蛇神様~~! おじいちゃんがぜひあなたに会いたいと言っています! こっちに来て下さーーい!」
おそるおそる、全身をさらしてみる。
シエルは笑顔だ。けど、両サイドの大人たちが顔をこわばらせて、鉄の槍を握りしめているんだが。
本当にオーケーなのか?
ずるり、ずるり。
人の歩行速度で村に接近していく。
白い毛並みとサンタクロースのような口ひげを生やした獣人が、一歩前に出た。
「もしかして、あんたが村長か?」
「そうじゃ。ワシはこの村の村長にして、シエルの祖父。シロウと申す」
口調は穏やかだ。目元も、シエルに似て優しそう。
「えっと……シエル……君から、どこまで聞いてます?」
「お主がモンスターに襲われたシエルを、身を挺して助けてくれた、と伺っておる」
「じゃあ、その……」
「住処が欲しいとも聞いておるよ。お主の体に合う住居となると、今すぐ用意できるのは馬用の木小屋しかないのじゃが、それでもよければ貸すことはできる」
十分だ。
今までの転生ではずっと野宿だったからな。そりゃもう、野生の蛇でしたもの。
「しかし、その前に1つ確認をさせてほしい」
「確認?」
「お主がシエルの言う通り神だというのなら、なにか特別な力を持っておるはずじゃ。それを披露して、村のみんなを納得させてほしいのじゃ」
ははぁ。そう来たか。
特別な力といっても、私にできるのは毒の無効化、毒の調合、毒で相手を殺すくらいだ。
蘇生もできるみたいだが、だからと言って、「今から蘇生スキルを披露するんで、1回毒で殺していい?」とは言えないよなあ。
さて、どうしたものか。
「おじいちゃん、この方はモンスターに襲われた僕のケガを治してくれて、モンスターを退治までしてくれたんです。本当なんです」
シエルのやつ、一生懸命に私の安全性を説明しようとしてくれて。すまない、さっきはちょっとだけ君を疑ってしまった。
君はやっぱり天使だったよ。
すると、村長がシエルの頭にぽん、と優しく片手を置いた。
「なにもワシはお主が嘘をついているとは思っとらんよ。シエルは聡明で、誰よりも優しい男の子じゃ。そのお主が言うのだから、このお方は本当に蛇神様なのじゃろう。しかし、ほとんどの者は、頭ではわかっていても、実際に目にしないことには納得できないのじゃよ」
ああ、そういうことか。
「つまり、私が危険なモンスターではなく、心優しき神なのだとみんなにわからせて、安心させろということか」
「すまんの。蛇神様に対して大変失礼な申し出だということは理解しておる。しかし、この世には人語を操るモンスターもいるというからのう」
人語を操るモンスターもいる、か。
言い方からして、大半のモンスターは喋らないようだ。
「最も、お主が本当に危険で邪悪なモンスターだとしたら、この時点でワシは既に食われておるじゃろうがのう。ほっほ」
ほっほ、じゃねえよ。年寄り特有の自死ネタは反応に困るからやめてくれ。
「まあ、そういうことなら力を見せるけど。実はこの世界に生まれたてで、まだ自分のスキルのこと、ちゃんとはわかってないんだよな。しかも、どうやら私に使えるスキルは蛇系のもので、毒に関するものが大半っぽい」
「ふむ。毒、か。なかなか披露させづらい力じゃな」
そうなんだよね。
へたに毒を吐いて木々を溶かしてみろ。やっぱり危険なモンスターじゃないか~~~、と怖がらせてしまうに決まっている。
「でも蛇神様、僕を蘇生させてくれたじゃないですか」
「蘇生? シエルや。お主、ケガを負ったという話じゃったが、一度死んだのか?」
「ええ。でも、今はピンピンしています」
「なんと。蘇生術ときたか……これはもしや……このお方なら……」
もしやこのお方なら、なに?
なんかのイベントフラグたてちゃった?
「では、こういうのはどうじゃろう。ワシがみなの前で、家畜の首を切り落とす。そのあと、蛇神様がその家畜を蘇生する」
首を切り落とすって。
家畜相手なら、私のいた世界でもおかしくはない行為だけれど。
「ちなみにその家畜って?」
「ニワトリじゃよ」
おお、ニワトリがいるのか。
じゃあ卵料理もあるのかな。オムライスとか、食べたいなあ。
「オーケー。どこでやればいい?」
「村の中央にある広場でどうじゃろう。そこなら、村人全員が集まれる」
「じゃあ、それで」
こちらとしても、村人全員の姿をおがめるのはちょうどいい。この村で生活する以上は、ちゃんとみんなに自分の存在を知っておいてもらいたいからな。
「シエルよ。村のみんなに広場へ集まるよう声をかけていっておくれ。それから、お主たちはニワトリ小屋からイキのいいヤツを一羽、連れてきておくれ」
村長に言われて、シエルと、槍を手にしていた大人たちが駆けていく。
「ではワシは、蛇神様を広場に案内しようかのう」