第4話 蘇生も余裕でした
「う、んん……」
これは驚いた。確かにケモショタは死んでいたはずだが、復活したぞ。傷口もみるみるうちにふさがっていく。
ほどなくして、白い閃光は消失し、ケモショタが上半身を起こした。
きょろきょろとあたりを見渡して、不思議そうに自分の横腹を見る。すでにそこに穴はなく、かわりに茶色くてふさふさしたモッフモフの毛が生えている。
なんか一部だけ、黒いけど。
「あ、あれ? なんで……? 僕、死んだんじゃ……」
「ああ、死んだぞ。だが、蘇生した」
「蘇生……?」
首をかしげるケモショタくん。
なるほど、なるほど。魔法が当たり前らしい異世界でも、蘇生は普通のことではないらしい。
それをあっさりやってのけた私。何者だよ。
「す、すごい……もしかして、あなたは神様なんですか?」
「いや……」
そんな大層なものではない。
元人間で、今は蛇。それだけの存在。
なのだが、キラキラした純粋無垢な目を向けられると、否定しにくいなあ。
なんというか、子供の夢を壊すみたいな? そういう罪悪感にかられそう。
ああ、そういえばスキル名は『アスクレピオスの蘇生術』とかいったっけ。
あれ?
もしかして、私って本当に神なのか?
いや、まさかな。
そもそも古代ギリシアの遺跡だかにあるアスクレピオスの像は(アスクレーピオスだったかな? まあどっちでもいいか)、半裸のおっさんだったはずだ。蛇は彼の持つ杖に巻き付いている方。つまり、蛇の方は神ではない。と思う。知らんけども。
「否定しないということは、やっぱり神なんですね」
あっ、否定するタイミング逃しちゃった。
「凄いな~。人を生き返らせるなんて」
すっごい目がキラキラしている。
もう、神でいっか。どうせ異世界の住人にはアスクレピオスなんてわかんだろうし。
スキル名がバレて、「アスクレピオスってなに?」とか聞かれたら、半裸のおっさんを使役している蛇の神の名とでも答えよう。
はい、決定。
「ギギギギギ……」
大蜘蛛のモンスターが、黒板を爪でひっかいたような声で鳴いた。
おっと、こいつの存在を忘れていたよ。
さっきはこいつに私の毒が通じなかったんだよな。けど、今は『ウロボロスの毒調合』とかいうスキルのおかげで、より強い毒が使えるらしい。
毒はもうすでに歯に仕込まれているのかな?
それとも、なにか他のスキルなり魔法なり、発動しないといけないんだろうか。
おーい、さっきの頭の中のお姉さん、新しい毒の使い方、教えてくれーーー。
シーン。
返事はない。ただの幻聴だったようだ。
幻聴ではないか。まあいいや。
使い方がわからないのなら、試してみればいい。
やってみなくちゃわからない。わからなかったら、やってみよう。なんかの女児アニメの主人公も言っていた。
私、人間の頃の記憶はないのに、どうしてこういう知識はあるのかな。いったい、生前はどういう人間だったんだ。
「ああっ、神様っ、攻撃が来ますっ!!」
「おっと」
ケモショタの言った通り、蜘蛛野郎は私に向かって糸を吐きつけていた。
私は素早く地面を右方向へ這って、攻撃をかわす。蛇には足がないから、いちいち全身運動で回避しないといけないのがきついな。もっと速い敵に襲われたら、不利だ。
ま、こいつはたいして速くないみたいだし、そのことはいずれ考えるとしようか。
「んじゃま、さっきのリベンジといきますか」
大蜘蛛野郎が蜘蛛を噛みきり、もう一度私の方を向く。だが、遅い。その間に私は肉薄し、腹に力を込めて勢いよく飛びあがった。
蛇ジャ~~~ンプ!!
か・ら・の。
ガブリ。
噛みつき攻撃だ。
蜘蛛の頭部に喰らいつき、鋭い蛇の牙を刺し込んだ。
どくっ、どくっ。牙から毒の液体が注ぎ込まれていく感覚。
おそらくはさっき習得した蜘蛛毒。でも多分、こいつの毒より強いやつ。
どうだ? 通常攻撃っぽいが、効いたかな?
「グギギギギギギギ!!」
先ほどよりも甲高く耳障りな声を上げて、蜘蛛野郎がぶんぶんと頭を左右に振るう。私は自らふるい落とされて、地面に戻った。
すると。
ドサリ。
蜘蛛のモンスターが横に倒れ、ぶくぶくと白い泡を吹いた。
「おおー。効いたみたいだ。こりゃ凄い」
スキル『ウロボロスの毒調合』は受けた毒を無効にし、より強い毒を作るものらしい。つまり、私はあらゆる毒攻撃を無効にし、さらに毒をくらえばくらうほど強くなる。そういうことか。
やっべー。なにそれ強くない?
っていうか、ウロボロスって。
たしか、自分の尾を噛んで円形をなす蛇または竜――のことだったはず。天地創成神話にも登場する名だ。
蛇だけど竜。もし私があらゆる蛇の力をスキルとして使えるのだとしたら、竜のスキルも――。
《レベルが2に上がりました》
うおっ、また頭の中に声がっ。
え? レベル? 上がった?
ああ、今モンスターを倒したからか。敵を倒すと強くなるなんて、さすがは異世界だ。
ということは、やはりレベルを上げることで、あらゆる蛇のスキルを会得するのかもしれない。もしかすると、竜のスキルも。
わっくわくするなあ。
《転生ポイントを獲得しました》
ん? 今なんて――。
「あ、あの……」
「んん?」
おおっと、今度はケモショタくんのことを忘れていた。
「ありがとうございます。助けていただいて」
「別にいいよ。私が助けたくて助けたことだし」
ぐぎゅるるるる~~~~~~。
あ、腹が鳴った。
そういえば私、産まれたてだった。まだ何も食していなかった。
このあたりに何か食料は――なさそうだ。洞窟の中だしな。
まて。あるぞ。それもとびっきりに大きな食料が。大蜘蛛の野郎の死体だ。何度も蛇に転生し、蛇としての生活が長い私は、たいていのものを食することが出来る体になってしまった。虫もイケる。だから、巨大な蜘蛛もオーケーだ。
「一番柔らかそうな、腹部の肉でもいただくか」
がぶっと噛んで、食いちぎる。すると、ワサワサワサワサ――腹の中から、30センチくらいの蜘蛛が大量に湧き出てきた。
「こいつはいい。いただきまーす」
逃げようとする子蜘蛛のモンスターたちは、次々に丸のみにしていく。
ぱくっ、ごくん。
ぱくっ、ごくん。
《レベルが3に上がりました》
ぱくっ、ごくん。
ぱくっ、ごくん。
ぱくっ、ごくん。
ぱくっ、ごくん。
《レベルが4に上がりました》
ぱくっ、ごくん。
ぱくっ、ごくん。
中略
《レベルが7に上がりました》
「げふぅ。食った食った」
味はともかく、腹は膨れた。満足したのでケモショタの方を振り返ると、
「うわぁ……」
めっちゃ引いていた。