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非リア俺、クリスマスに街に出た結果



 12月25日。


 今日はクリスマス。

 子供はサンタクロースからプレゼントをもらい、リア充はラブラブして街を歩く日。


 そして、俺みたいな非リアの奴は、そいつらを尻目に見ながら虚しさをよりいっそう感じてしまう日。


 でも、俺もいつかまでは、クリスマスを楽しみにしていた。

 クリスマスプレゼントに、ずっとほしかったおもちゃを買ってもらって、幸せに浸っていた頃も、みんなと同じく自分にもあったはずだ。



――俺がクリスマスを嫌いになったのはいつからだろうか。



 中学に入って親からクリスマスプレゼントをもらえなくなったのが原因だろうか。

 小6の時に、自分にプレゼントをくれていたサンタクロースの正体を見てしまったからだろうか。

 自分の家でのクリスマスケーキがチョコケーキからショートケーキに変わったからだろうか。


 多分、どれも違う。

 おそらく、プレゼントをもらうかどうか以外はほとんど、俺の周りで起こることはほとんど変わっていない。

 クリスマスツリーを飾ることも、夕食のデザートにはケーキを食べることも、窓からうっすらと雪が見えることも、毎年何も変わっていないのだ。



 ということは、だ。

 変わったのは、自分自身なのではないか。

 起こることは何も変わっていないが、それの捉え方が変化してきているのではないか。


 年を重ねるとともに、クリスマスを楽しめないように心が変化するならば。

 自分の中で、クリスマスの捉え方がネガティブな方へと変わっていっているならば。


 それは、自分の中で”クリスマスの理想”とやらが自然と形成されているからなのではないか。

 その理想を追い求めて、自分の無力さに気づかされるからなのではないか。


 でも、毎年「クリスマスは楽しくない」と思うのは、そんな理想を諦めきれない自分がいるからなのではないか。

 クリスマスが嫌いなのは、そんな理想を切望する心の裏返しなのではないか。




 結局はこういうことだ。





――リア充になりたい。





 ふっと吐いた息が白く色づく。

 太陽の沈んだ暗い世界に、イルミネーションがきらびやかに光る街並み。

 緑と赤に装飾された軒を連ねる店たち。

 八方向に男と女で手をつないだいわゆるリア充が見える、そんな駅前の繁華街。


 俺はクリスマスソロプレイヤー。


 ソロプレイヤーがこんなマルチプレイヤーだらけのクリスマス仕様の駅前(リア充の巣窟)に来るなんて、特別な用事がない限りは起こらないだろう。

 でも、早足でここの場(リア充の巣窟)を歩き回る俺には、そんな特別な用事とやらは持ち合わせていない。

 俺が持っているのは“クリスマスの奇跡”とは何ら関係のない、ありきたりな理由だけだ。


 具体的には、リスキルされる――家に居て親に、俺が非リアだ、ということを散々に言われる――のが嫌だったために家を飛び出してきたのだ。

「友達と遊びに行く」という嘘で、親に向かって虚勢を張って。


「あんたは~~~だから女の子から嫌われるのよ」と、事あるごとに母親に言われるのにムキになって家を出てきた。

 それだけだ。


 だから、特に買いたいものや入りたい店はない。

 こうしてただ颯爽と人の間を縫って早足で歩いているのは、そういう理由だ。


 でも、クリスマスソロプレイヤーの俺にとって、外の空気は冷たくて。

 俺の歩くクリスマス仕様の装飾の街は、視覚だけでなく聴覚でもクリスマスを叫んでおり。

 リア充たちの楽しそうな声(ノイズ)がそこら中から聞こえてくる。



「マフラー温かそうだね」


「蓮太、寒そうだよ? 二人で巻こう?」


「やっぱり温かいな。ありがとう」




「イルミネーションきれいだねー。あ! あれ、君の好きなアニメのキャラじゃない? かわいいなー」


「あ、あれね。でも、明日香の方がかわいいよ」


「えへへ」



 本当に、何でこんな俺の周りでばっかりイチャイチャしだすかな。

 うらやましくなるからマジでやめてくれ。

 リア充爆散って念仏唱えそうになるからやめてくれ。

 いや、そしたらこんなところに来るなよって話なんだけど――。



「きゃっ!」



 うおっと、危ない。

 角から曲がってくる人――おそらく女子高生――とぶつかりそうになった。


 咄嗟に身をよじらせて、かろうじてよけられた。

 危ない。

 ホント、前見て歩けよな。

 こんな人ごみの中で歩きスマホなんてするなっての。


 ま、文句言っても変わらないんだろうし、何もなかったことにして通りすぎようか――。



「ごめんなさい! ――――って、あ!」



 いやちょっと待て。

 この声、どこかで聞いたことあるぞ。


 でも、まさか。


 おそるおそる振り向くと、目に映ったのは――。




 白原(しらはら)ひかり。


 俺の行っている学校で、学内アイドルみたいな立ち位置の美少女。

 モデルとしても活動していて、この前友人が「動画サイトにあいつが出てるローカル番組の動画あったぞ」とか言ってたっけ。

 学校内ではもちろん有名で、一日に10回以上告白をされているんだとか。


 念のため、目をこすってもう一度確認してみる。

 でもやっぱり、目の前の景色は変わらない。

 清楚系美少女の白原が、イルミネーションの明かりに照らされて、俺の前に立っている。


 嘘だろ?



針谷(はりや)君じゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね」



 俺からしたら奇遇なんてもんじゃない、奇跡だ。

 白原というのは雲の上の存在で、自分が関わることなんてできないと思っていたのに。

 好きだと思っても、ファンクラブの一員――遠くから眺めているくらいの立場が限界だと思っていたのに


 白原の近くにいるだけで、視界に入るだけでお腹いっぱいなのに、向こうから話しかけてくれるなんて、こんな「ザ・モブ」みたいな俺を相手にしてくれるなんて舞い上がりたいくらい嬉しい、ヤバい。


 ほんとクリスマスありがとう。

 クリスマス大好き。

 明日から毎日クリスマスがいい。



「あ……こんばんは。えっと……さっきまでスマホを食い入るように見てたけど……何を見ていたんですか……?」


「いや、敬語なんて……普通に話していいよ」



 そう言いながら手に持っていたスマホをスッと後ろに隠す仕草が見えた。

 そのことについてはあまり触れてほしくはなかったのかもしれない。

 反省。


 白原は敬語で話してほしくなかったのか。

 確かに同級生に敬語で話されたらどことなくむずがゆい感じになるよな。

 俺の方まで、同級生に敬語使うっていう違和感で口ごもっちゃったもんな。

 反省。



 ってかさ、ひとつ気になったことあるんだけど言っていい?

 あ、敬語にならないように気をつけないとね。



「そういえば、白原、彼氏とかいるんじゃなかったっけ? クリスマスなのにイチャラブしないの?」



 ○○が白原の彼氏だ、と直接聞いたわけではないが、割と確信を持っている。

 だって、あれだけいろいろな人から告白されるんだから。

 相当の人間不信でもない限り、あの環境で「誰とも付き合わない」を突き通す方がおかしいから。


 それを含め、「もしかして俺、白原に好かれてる?」みたいな心の隅のイキリの入った心を自戒しようと思った。



 そう思っていた。



 が。




「彼氏ね…………」



 浮かない顔で白原は俯いてしまった。

 また触れてはいけないことに触れてしまったみたいだ……。

 微妙な空気が流れてしまった……。

 反省、反省。


 でもさ、今のは俺悪くなくない?

 あれだけ告白されてるのに彼氏いないことに悩んでる――なんて分かったほうがすごいわ。


 でも、白原の醸し出す悲しげな雰囲気に圧され、謝らなきゃ、という念に駆られてきて。



「なんか、ごめん」


「いや、針谷君は謝ることないよ。全部私のせいだから……」


「なんか、深刻そうだな……。俺でよければ相談乗るけど……」


「ううん、こればっかりは針谷君だけには絶対に言えないの、ごめんね」



 なんか、世界で一番信用できないのはお前だ、みたいに言われている気がするけど。

 そもそもこんな俺みたいなモブキャラが美少女に「相談に乗るよ」なんて言うのは下心があったと捉えられてもおかしくないから仕方ないか。



「そっか……。ま、頑張れよ。それじゃ――」





「ちょっと待って!」



 俺の声を遮るように、俺が彼女に背を向けようとするのを差し止めるように。

 彼女の声は慌てたように冷たい空気を震わせる。



「えっと……何?」


「ひとつ、お願いしてもいいかな…………」



 普段の彼女の声色とは明らかに違い、この言葉には弱々しい響きがした。

 それに呼応するように、彼女は少し目線を下げる。


 俺は小さく頷き、先を促す。


 夜の闇の中、LED装飾のカラフルな光に照らされた彼女は、頬を少し上気させていて――。





「あの……今日だけでいいから…………私と………………一緒に歩いて下さい!」





 ……?





 …………!




 今自分の置かれている状況を理解するのに、数秒ほどタイムラグを生じた。

 そのくらい、俺にとっては良い意味で衝撃的だったから。


 目の前には、グレーのジャンパーに純白の耳当てをして――頬を赤く染めた白原が立っている。

 普段学校では、高嶺の花すぎて眺めることしかできなかった、拝むことしかできなかった、あの白原が。


 彼女の言葉だけをかいつまむと、パシリとして扱うのか――みたいに思ってしまうが、この雰囲気は絶対に違う。

 だって、自分には縁のないと思っていたクリスマスのロマンチックな空気が身を包んでいるから。


 これ、夢じゃないよね?



「え? それマジで言ってる?」


「うん…………だめ……かな…………?」


「いや、全然!」



 本当は「よっしゃあ!!!」と叫びたいくらいの内心なのだが、ここで舞い上がってしまうのはどうにもかっこ悪いような気がしたので、全力で感情を抑える。

 それでも頬の筋肉が痛いので、無意識ににやけてしまっているのだろうが。


 俺の耳には小さく「やった!」という白原の声が届いた気がするので、ウィンウィンの関係ということでいいだろう。

 にやけてても何も問題ない。だって、嬉しいのはお互い様なんだもん。

 だから、問題ない。


 そんなことを考えていると、ふと手に温かいものが触れた。

 それは、俺の手を温めるように優しく包み込む。

 それは、白原の柔らかい手で――



 ちょっと待って?

 これ、手つないでるよね?!


 一緒に歩くとは言っても手をつなぐとは言ってなくない?!



「あの、この手って……」


「バカ!」



 あ、手を離された。

 プイッ、って効果音がつきそうなくらいに大げさにそっぽを向かれてしまった。


 でも、横顔から見える頬の真っ赤なのは外が寒いのとは関係ないよね?

 だからと言ってそれを言葉に出せるような勇気はないんだけど。



 白原は歩を少し速めたので、俺は彼女の半歩後ろについて、人混みの中を歩くような格好になる。

 息を吐くと白く色づくような、冬の夜の道を。


 そうやってしばらく歩いたところで、俺はひとつの疑問とぶつかった。



「あのー、白原さん? これってどこに向かってるんでしょうかー」



「……映画館」



 白原は拗ねてしまったのか、そっぽを向いたままボソッと答える。

 でもやっぱり頬が赤いのは気のせいじゃないですよね。



「え、二人で映画見るの……?」


「そうだけど…………嫌、かな……?」



 そんな不安げな表情しながら振り向いてきたら「嫌だ」なんて、もし仮に思っていても言えないじゃんか。

 嫌じゃないからいいんだけどさ!



「ううん、むしろ嬉しいくらいだよ」



「よかったー」と小さい声で聞こえて、それがなぜか心地よい気がした。

 道端のイルミネーションの、さっきまでよりも明るく光ったのが見えた。




 ★ ☆ ★




 そんなこんなで映画館に着いたのだが。

 数時間前までは俺がクリスマスの映画館に来るなんて夢にも見ていなかっただろうが。


 やっぱり予想した通り映画館はリア充たちであふれかえっている。


 暗い照明はクリスマス仕様に緑と赤に変わっていて、壁際にはクリスマスツリーが飾ってある。

 売店で期間限定のストロベリー味の品々はサンタクロースの赤を意識しているのだろうか。


 まあ俺はそんなことよりも、よく席が空いていたなという気持ちの方が大きいのだが。

 気持ちの大きさだけで言えば、「俺、白原と映画見に行ってるよ! マジヤバいんだけど!!!」ってのが脳内の12割くらいを占めているけれど。



「針谷君って……映画ってよく行くの?」


「いや、たぶん映画は小学生以来だな。白原さんは最近何か見た?」


「ううん、私もあんまり映画には行かないから。映画館って、あんまり一人で行く勇気が出ないんだよね」


「そしたら俺は、白原が映画館に行くためにわざわざ連れてこられたってこと?」


「そうじゃなくて! 私は針谷君と一緒に――――あーっ! 今の無し今の無し!」



 顔を真っ赤にして大げさに首を横に振る。

 こんなに慌ててる白原、初めて見たな。

 いつも落ち着いた感じの白原だけど、こういう表情もするんだな。


 って、「針谷君と一緒に――」の続きって何だったんだろう。

 俺と一緒に“映画館に行くとペア割引だから!”とかか?

 俺と一緒に“映画に行かないと、悪の組織に命を狙われちゃうから!”みたいな?

 俺と一緒に“映画に行って、良いシチュエーションで告白したいから”とか?


 まあ、それが分かったところで――っていう感じはするんだけど。


 俺はナンセンスな思考から帰還し、もう一度白原を見据えると、彼女は「あ、入場始まったみたいだよ! 行こう!」と話を逸らすように慌てて俺の手を引く。



 あのー。

 これって「手をつないでる」って言うんじゃないですか?




 ★ ☆ ★




 映画もエンドロールが流れ始め、物語は終幕を迎えた。

 ゆったりとした音楽が映画の余韻とマッチしていて、しんみりとした気持ちになる。

 そんな中、会場の明かりが少しずつ灯っていき、席を立つ人も見えるようになる。


 右隣を見ると、ちょうど白原と目が合った。

 彼女は席を立ったので俺もその後に続き、映画館を後にする。



「アヤちゃんがヒロ君と再会できてよかった……」



 歩きながら、白原はしみじみとした様子で言う。


 あんなにきれいな恋仲は、正直初めて見た。

「リア充爆発しろ」とはとても思えず、きれいな恋を眺めて心地よくなるような、そんな物語だった。

 そしてラストの、感動的な再会は本当に、心から「よかった」と思えた。



「なんか、きれいな話だったよな。非リアの俺にはちょっと縁遠い気がしたけど……」



 俺の言葉にびっくりしたように振り向いた白原。

 その顔は少し悲しそうなものに変わっていって――え、さっきの映画ってそんな悲しいエンドだったっけ?



「そんな悲しそうな顔して、どした?」


「あ、いや、なんでもないよ!」



 すぐに白原は悲しい表情を取り消して笑顔を取り繕う。

 なんでもないことは無さそうだけど……俺みたいなモブキャラがメインストーリーに首突っ込んでもろくなことにならないのが定石だしな……。

 いいえ、ただ単に白原が悲しんでいることを聞き出す勇気がないだけですごめんなさい。



 映画館から出て、急な外界の明るい光に目を細める。

 さっきまで暗いところにいたせいか、さっきまでよりも世界が明るく見える。



「針谷君、次、どこ行きたい?」



 え、俺の行きたいところ?


 白原が「連れ回す(一緒に歩いて下さい)」って言うから俺は連れ回される気満々でいたんだけど。

 そんなところ考えてないし、女子と一緒に行くべきところ――みたいな場所も知らないぞ俺。


 そう思ってあたりを見渡すと。

 遠くのほうの壁に貼り付いている時計が目に入った。

 そこには19時35分って書いてあって――って俺ん家の門限過ぎてんじゃん!



「ごめん、俺門限過ぎてたわ……。今日のところは解散で……」



 誠に申し訳ございませんが、わたくしには時間がないのです。

 これ以上遅くなると、家に入れてもらえないのです。

 今夜の夕食と明日の朝食が抜きになってしまうのです。

 親の怒りで雷が落ちて地球に大穴が空いてしまうのです。


 あ、ちょっと盛ったわ。





 でも、次に聞こえたのは――。



「え…………もっと……一緒にいたいよ…………」



 上目遣いで弱々しく紡がれた白原の言葉だった。



 でも俺は家に帰らないと……。

 この世界を救うために……。

 いいえ、無理ですね、はい。


 こんなふうにせがまれて断れるわけないじゃん。

 断れる奴がいたならそいつ人間じゃねえぞ。



「了解。じゃあとりあえず腹減ったからコンビニ寄ってもいい?」


「針谷のバカ」



 はい、バカですみませんでした。

 コンビニでおにぎり買って夕飯にしようとして悪うございました。

 もっとちゃんとしたところで飯食えってことですね、はい。


 そもそも非リアの俺がクリスマスに駅前(リア充の巣窟)を歩き回る地点でバカでしたね、はい。


「ホント俺がバカでごめん」



 しかし白原は首を振って。



「ああもう! そうじゃなくて! 一回しか言わないからちゃんと聞いてよ!」



 ちょうど外に出たところで白原は歩を止め、つられて俺も立ち止まる。


 外の冷たい空気が肌に当たったからか、少し澄んだ気分になる。

 それと対比するように、白原の頬はほんのりと赤く上気している。


 空では雲がよけて、月の光が夜の闇を照らした。

 それと同時に、消えていたイルミネーションの光が、白く光る。


 彼女は恥ずかしそうに下を向いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ――。









「……好きです」





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