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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 魔女の系譜6章
99/103

復讐するは我にあり6



「ねえ、あなた」

 向けられる笑顔は、深い信頼の伺えるもの。

 それだけでどうして、彼女を愛おしく思えるのか。自分自身でも不思議だった。

「私幸せよ。とっても……」

 傍らに立つ伴侶の言葉に、自身はどう答えたか。


 もう、名前も思い出せない女のことだった。



△▼△





 ベッドの上で眠りにつく主は、疲れているようだった。

 折れた骨と、ひどすぎる出血。左肩の筋は断ち切られ、もはや以前のように剣を振るうことは叶わないだろう、と下された宣告。

 主と剣を交えている時のみが彼にとっての至福の時間だった。

 最初は命の奪い合いだったはずが、それがいつしか確かな繋がりとなって主と従者を結ぶものとなっていた。

 もはや戻ってこないその時間に、ジンは彼女の傍らで俯く。

 彼女は、唯一自身の上に君臨するべき主は──越えるべき目標は──もう戦えない。

 ベイシュの口から聞いたその言葉は、ことのほかジンの心を打ちのめした。

 サギリの両の手で振るう短剣を越えるため、ジンは技量を磨き、敵を打ち倒し、命を懸けてきた。

 それなのに、それなのに……。

「あいつが、奪ったんだな」

 オウカ・ジェルノ。

 サギリが最後に狙っていた男。王都ロクサーヌに巣食う、魑魅魍魎の主。

 俯いていたジンが顔を上げる。

 赤く変色した瞳が、怒りと狂気に染め上げられていた。

「殺して、やる。俺が、殺してやる」

 かみ締めた奥歯は軋みをあげ、握ったこぶしは怒りで震える。

 眠ったままの彼女の横顔を、最後に一瞥してジンは部屋を出て行った。


「あの子のそばにあげなくていいの?」

 部屋を出たジンに話しかけたのはロメリア。

 心なしか怒ったようなその口調に、ジンは無言のまま背を向ける。

「あの子が起きた時貴方がいなかったらきっと悲しむわ」

 背中から聞こえた声に強く頭を振る。

「サギリはそんなやわじゃない」

 ぎり、と奥歯をかみ締める音が静寂の廊下に響く。

「そうやって……みんなであの子を追い詰めるっ! 自分の勝手な理想をあの子に押し付けるのはやめて!」

「違う!」

 その言葉はジンの心に抜けない楔を打ち込む。

 ジンにとってサギリは特別だった。

 超えられない壁として存在してくれていたサギリ

 そのサギリが負けた事実は、ジンの小さな世界の崩壊だった。

 この世界に恐れるものなどなく、どこまでもサギリの背中を追いかけて走っていける。

 博徒達の振るう刃の中も、戦塵舞い散る戦場も、人外の化け物どもが振るう凶器の間ですら、彼女と一緒ならば駆け抜けられると──サギリさえいれば何も恐れるものはなかった。彼女が命じれば、それこそ命すら厭わず戦い抜くだろう。

 死ぬまでサギリの背を追い続ける。

 深淵の闇の中、自身と世界の全てを憎悪していた少年に差し伸べられた最後の道標(すくい)

 それだけが、守るべき者を、自らの手で殺した少年の唯一の望み。

「違わない! あの子は本当は戦いなんてできるような子じゃない!」

 ロメリアの記憶の中の少女は、穢れを知らない優しげに微笑む王宮の中にいた。

 両親と姉に囲まれ、幸せな庭園の中にいた。

 怪我をしたロメリアを、心配だと泣いてくれた少女。

 焼け落ちる王城を瞬きすらせず呆然と見守るしかなかった少女。

 穢れを知らないあの小さな手で、人を殺すなんてことがあの子の望みであるはずがない。

「サギリは強い! 俺よりも、誰よりも……だから──」

「あの子は強くなんてない! 傷ついて、片腕しか使えないあの子をまた地獄の中のような争いの中に巻き込むの!? いい加減にして!」

 ロメリアの言葉に、崩れかけていたジンの心は悲鳴を上げて。

「違う……」

 ジンの弱弱しい否定の言葉は、自分自身に言い聞かせるためだった。

「もう、あの子を戦いに巻き込むのはやめて……あの子まで亡くしたらもう──」

 その言葉に振り返ることなく彼は彼女の前から逃げ出した。




 サギリの匿われている家から逃げ出したジンは、当てもなく街を彷徨う。

 ロメリアに打ちのめされた心が、足取りを重くし、目は意志の光を失う。

 それでもあてどなく街をさまよう。

 まるで幽鬼のように、ただ歩く屍のように。生気の感じられないジンの肩が誰かとぶつかり、ジンは体勢を崩してその場に崩れ落ちた。

 ──お前はアタシの為に生きてアタシの為に死ね!

「気をつけろ!」

 投げかけられる罵声に反応することもできない。

 ──気に入らないんならアタシより強くなってアタシを殺せ。

「サギリ……」

 ほしければ、奪ってみろとかつての彼女は言った。

 だが、もう戦えない。

「あ……ぁ」

 土に汚れた手でジンは顔を覆ってしまった。

 彼は他に、心の痛みに耐える術を知らなかった。

「俺は……」

 彼が求めれば求めるほど、彼女は傷つき、地獄に堕ちていく。

 




 ▲▽▲


 声が聞こえる。優しい姉さんの声。

「大丈夫、私がきっとあなたを守るから……」

 温もりが、安らぎが、胸を締め付ける。暗い暗い闇の中、そこだけが暖かく薪に燃える火のように闇を照らしていた。

 怒声、私を呼ぶ声。この声は誰だっただろう?

 冷たい水の中を漂うような浮遊感。次第に寒くなっていく、姉さんの暖かさが次第に遠のいていく。

「大丈夫、私がきっとあなたを守るから……」

 繰り返される姉さんの声。何十、何百、何千回、無数に延々と繰り返されるその声に私は吐き気を催した。

「大丈夫、私がきっとあなたを守るから……」

 まるで、呪文のように繰り返されるその声。温かみはすでになく、覚えているのは私に向けられた笑顔だけ。

 だが果たして、向けられた笑顔が憎しみでなかったと誰が言えようか?

 だって姉さんは、私のために死んだのだ。私が殺したに等しい。屑どもに良いように扱われたのも、私を守るため。最後は私を守るためにその命までを使い果たしてしまった。

 まるで、そう強大な呪詛の言葉のように、姉さんの声は繰り返す。

「大丈夫、私がきっとあなたを守るから……」

 私を見つめる笑顔の奥に、嫉妬や憎悪の炎が燃えていなかったと、誰が言えようか?

 私は最低だ。命を懸けて私を守ってくれた人ですら……その人の善意すら信じられない。

 なんでそこまで私を助けようとしたのか。わからない。

 そして私はどうしたらいいのか。

 なにもかもがわからない。

 本当は、傷つくのが嫌だった。人を傷つけるのも嫌だった。殺すのなんて以前は考えたこともなかった。

 でも、私を……私の姉さんは死んでしまったのだ。他ならぬ私のために。

 死んでしまった姉さんに、私は何をしてあげられる? 何もない。本当に何もないのだ。

「大丈夫、私がきっとあなたを──」

「黙れ、黙れ黙れ黙れっ、黙れっ!」

 聞きたくない、こんなものは聞きたくない。もう嫌だ。私にどうしろっていうんだ!? 普通の女の子みたいに、ドレスを着て恋の話をして、平穏に、生きて行くことが、なんで私にはこんなに遠いんだ! 私はもう戦いたくなんて、ないんだ。人を斬る感触を知っているか? 傷口から血が噴出して、私も真っ赤に染まってしまう。まるで自分が化け物になってしまったみたいに……。姉さんはそんなことしたことないだろ? 私はもう数え切れないほど、人を斬って殺して恨みを買って、また斬って殺しての繰り返しだ! 私は姉さんほど、強くないんだ!

「大丈夫、私がきっと──」

「やめろ、やめてくれ!」

 声にならない声で闇に向かって叫び返した。思い出させるたびに、責められてる気持ちになる。

 私が殺したんだと。お前のせいで私は死んだのだと。

 消えない罪悪感。死んでしまった姉さんにどうしたら許してもらえる?

 眠りに落ちるたび、姉さんの笑顔が私を責めるんだ。

「優しい私はなぜ死んだの? 私は死んでしまったのに、なぜあなたは生きているの? 私はこんなに切り裂かれたのに、なぜあなたはそんな綺麗な肌で生きているの? 死んでしまった私のために、あなたはなにをしてくれるの? ねえ」

 私の口を借りて、姉さんが呪詛の言葉を紡ぐ。

 笑いかけながら、私を守るといいながら、姉さんはいつも私を責めるんだ。

 だから、“アタシ”は走るしかない。自分を傷つけ、他人を殺し、恨みと悪意を背負いながら復讐という名の螺旋状の階段を、いつか野垂れ死ぬまでずっと、ずっと。

 恐ろしかった。心の底から震えが止まらない。姉さんの前ではいつも勝ち目などない。

 だって姉さんは、死んでしまったのだから……。

「大丈夫、私がきっとあなたを守るから……」



「……っ!? はぁ、はっ、はぁ……」

 目覚めは、今日も最悪だ。

 全身に粘りつく汗が、不快感を誘う。左手を動かそうとして、固定されているのに気がついた。そういえば、この天井は見たことがない。ぼんやりとした意識の覚醒。

「気がついた?」

 気がつけば、ベットの横にはロメリアの姿。

「……ロメリア?」

「うん?」

「アタシは、生きてるの?」

「当たり前でしょうっ……!」

 握られた右手に力が篭められる。

「そっか。なら、まだ──」

 走らねばならない。螺旋状の修羅の道。自ら選んだ罪業の道を。

 眼球をぼんやりとロメリアから天井へ向け、再びロメリアへ向けた。

「ロメリアが、助けてくれたの?」

「大体はベイシュがやったけどね」

「そっか、ありがとう」

 ロメリアが目を伏せる。

「……調子、悪そうね」

「少し、だけね」

 そう言って、サギリは記憶を辿ってしまった。トウカに、何をされたのか。あの熱を、力を奪われる感覚はなんだったのか。

「ロメリア、ちょっと飲み物取ってきてくれない? のど、渇いちゃった」

 頷いて立ち去るロメリアを、見送りながらゆっくり慎重に右手に力を集めようとする。

「……そんな」

 ──ない、感じられない。身の内に蠢く力が微塵も感じられない。

 不安ばかりが心を重く塗りこめて行く。……いや、きっとまだ体が回復してないからだ。そうに、違いない。

 心に蓋をして、アタシは目を閉じる。

 ──でも、もし力が戻らないとしたらアタシは──。

 ざわつく不安の声から耳をふさぐように、再び眠りに落ちた。



▼△▼



「せっかくの休暇中申し訳ありません」

 頭を下げるシュセの部下。

「いえ、それで現状は?」

 由緒ある貴族の邸宅群(シューネルピア)西区にて、廃墟一帯を焼く火災が発生。周囲一帯を焼き尽くす大火事となったのは、オウカとサギリが争ったその夜のうちだった。

 あたりを嘗め尽くした猛火の火元と思われる場所は、さる貴族邸。今はすでに廃墟となっているその廃墟に、焼け爛れた屍があったとの報告があがっている。

 ぎり、とシュセは奥歯をかみ締める。

 この火事でいったい何人の命が失われたのか、そしてその何倍の人が住むべき家を失ってしまったのか。それに思いを至らせ彼女は歯噛みする。

「おそらく付け火と思われます。目下全力で捜査をしていますが……」

「ご苦労様です。衛士の方々と協力して捜査に当たってください。それと、陛下に明日の朝一番で被害を報告しなければなりません。被害にあった方々の一覧をまとめてください。そちらの方は、推官のベルモンドさんにお願いすればよろしいでしょう」

「はっ!」

 消火活動の後で疲れているだろうに、それを見せないきびきびとした動作で一礼してシュセの前から去っていく。

この街(ロクサーヌ)に平穏は、いつになったら訪れるの……?」

 遠い夜明けに、琥珀の瞳に戦意を宿しシュセは呟いた。

 時が経つにつれて、被害の全貌が明らかになってくる。

 シュセが消火の指揮と犯人の捜査とに全力を注ぐため、その指揮所としたのは現場に程近いミザーク家の別邸。

 不審者の捜索と、消火の指揮をまとめていたシュセの元には、明け方には消火完了を告げる伝令が訪れていた。消火に一定のめどを立てたシュセは、そちらを後任に引き継ぐと、不審者の捜索に本腰をいれる。時刻は既に夜半をはるかに過ぎ、朝陽が顔を覗かせていた。

 不審者として捕らえられた者は、ミザーク家の屋敷の一室に監禁されていた。衛士が街から不審と思われる人物を連れて来て尋問するためだ。

 本来なら衛士の館を使用するところだが、その使用すべき館はこの火災で焼失してしまっている。

 緊急の措置として、シュセがミザークの当主であるテクニアに頼み込んだのだ。

 本来なら誰もが断りたがる牢屋代わりの部屋の使用を、だがテクニアは即座に快諾してみせた。

「本来なら、戦場に出ねばならぬわが身。ですが非才ゆえに貴女のような方を戦場に引き出しているわが罪を思えばそのくらい、どうということはありません」

 感謝を述べるシュセに、テクニアは貴族の責務ですと笑って答えた。

「ですが、もし感謝をしてくださるなら、一度鎧姿ではなくドレスを着てわが夜会に参加してください。もちろん陛下も一緒に。きっと栄えあるものになるでしょう」

 社交用の見本とも言うべき笑顔で提案するテクニアの言葉。その返答には戦場を駆ける戦乙女も若干顔を引きつらせつつ、考えておきますと逃げ腰だった。

 不審者として連れてこられた者たちの大半は、その日を生きるのもやっとの浮浪者。あるいは、火事に乗じて盗みを働こうとした火事場泥棒。さらには若干の賊徒や焼け出されただけの平民などが混じっていた。

 一人一人を調べていく作業はそれこそ何日もかかる。

 火事の現場近くから、ほとんど怪しい者は片っ端から引き連れてきている状態なのだ。

 作業が二日目を迎えたとき、その中の一人の人物にシュセは目を留めて驚きに見開く。

「ジンさんっ!?」

 浮浪者に混じった見知った者の姿に、シュセは思わず声を上げた。

「お知り合いでしたか……?」

 衛士の付き添いが、眉をひそめて聞き返す。

「友人ですが、どうして彼が?」

「失礼しました。現場付近をうろついていた為尋問したのですが、言動が怪しく……シュセ様のご友人ということならば、今すぐに釈放しましょう」

 遠めに見てまさかとおもい、近くで確かめてシュセは目を再び疑った。

「ジンさん……?」

 瞳はうつろに、生気というものが感じられない。まるで抜け殻のようなジンの姿に、シュセは思わず絶句する。

「シュセ様、失礼ながら少し休憩なされてはいかがでしょう?」

 気を利かせてくれた部下の言葉に、少しだけ考えて彼女はうなずく。

「申し訳ありませんが、お願いします」

 ジンを伴って部屋を出ると、ミザークの屋敷の中でシュセの私室として使ってほしいと提供されている部屋に向かう。

 いくら呼びかけても反応のない彼に、いぶかしがりながら、シュセは意を決して彼の頬を張る。

 小気味良い音を部屋に響かせて、ジンの頬を打つ。

「ジンさん!」

 肩を揺さぶり……そうしている内に彼の目の焦点が次第にシュセを捉え始める。

「ジンさん? わたくしがわかりますか?」

「あ、あぁ」

 まだ虚ろにゆれるジンの瞳。だが焦点は確かにシュセを捉えていた。

「なにが、あったのです? 貴方がそんな姿になるなんて……もしかして火事に?」

 だがジンが住んでいたのは平民区の方のはずだ。

 そう思い直してジンの反応をうかがう。

「……サギリが」

 ぼそりと、蚊の鳴くような声で告げられた言葉は、シュセにとって要領を得ないものだった。

「サギリが、もう戦えない……」

 俯くジンの肩が震える。

「俺と、いるとあいつが不幸になるって……俺はどうしたらっ!」

 今まで見ていた戦士としての彼を知るシュセにとって、それはまりにも意外なジンの一面だった。

「ジンさん……」

 知らない街で迷子になった幼子のような不安に揺れる瞳。絶望を目の前にしているかのような、圧倒的な恐怖に濡れた顔。

 ジンの言葉は要領を得なかったが、それでも彼女はジンの背中を抱きしめていた。

「大丈夫。大丈夫」

 怯えるジンの様子をやさしくたたく。

 泣いた子をあやす母親のような優しい調子。

 孤児院の子供たちが悪夢に泣いたときなど、シュセがよくこうして宥めたものだった。

 胸を穿たれた傷の痛みは、体以上に彼を追い詰めていたのだろう。

 彼女の唱える、言葉に抱擁に安心したのか、ジンは寝息を立て始めた。

「サギリさんが……」

 ジンの様子を確かめると、シュセは彼の体をそっと横たえる。

 ジンの言葉で唯一わかったこと。

 あの黒髪のサギリという自称商人の身に何かが起こったのだろう。できれば、そちらを確かめるために人手を裂きたい。だが、彼女自身にも彼女の周りにも、そのような余裕はない。

 眠りつくジンを見下ろしながら、彼女は小さく謝った。




▼△▼


「サギリさんとジンさんの行方はまだわかりませんか?」

 クルドバーツの店のひとつでルカンドは眉をひそめた。

 オウカを狙った後のサギリの失踪。そしてジンの行方がわからない。

「だめです。支店の方にもお二方とも戻っていません」

 首を振るクルドーバーツに、ルカンドはため息をつく。

 ここ数日、双頭の蛇を狙った襲撃が頻発しているのだ。その対応の苦慮しているところに、サギリとジンの失踪だ。

 今はガドリア生え抜きの蛇たちを使って防いでいるが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

「たった二人。サギリさんとジンさんがいないだけで、こうも違うのか」

 改めてルカンドは二人の大きさを確認していた。

 そしてこのままで、いいのかとも。

 愚痴をこぼすルカンドに、クルドバーツはため息交じりに答える。

「仕方ありません。双頭の蛇はあの二人が率いてこそ真価を発揮するのでしょうし、頭が働かない冬の間は蛇だって冬眠するでしょう?」

「まぁ、そうですね」

 一番被害の大きなロクサーヌ出身の賊徒たち。

 彼らが集めた奴隷達をどうするか、ルカンドはそれを一任されているが、いまだ明確に答えを出せないでいた。

「サギリさんは、僕に何をさせたいのでしょうね」

「さぁて、私のような一介の商人には」

 言葉を濁すクルドバーツに、ルカンドは苦笑した。とても一介の商人ではないだろう、と視線で問いかけるがクルドバーツは商人の温和な顔を貼り付けたままだ。

「ですがこれ以上被害が膨れ上がる前に、手を打つ必要はあります。そろそろターディさん達も我慢の限界でしょう」

 気性の荒い賊徒達がルカンドのような“若造”に従っているのは、あくまでサギリの圧倒的な暴力があるからだ。

「……そうですね」

 ため息をつきつつ、ルカンドは次善の策を口にする。

「奴隷達はガドリアへ移します。輸送品の中に彼らを頼めますか?」

「ええ、もちろん」

 クルドバーツ商会が扱うのは、武器だけではない。食べ物、貴金属、鉄、武器防具そして人もその商品の中に入っている。

「護衛として、双頭の蛇の半数をつけます。彼らはそのまま、ガドリアに」

「では、残った10名弱の蛇とロクサーヌの賊徒だけで、サギリさんの代わりをすると?」

 しかもその蛇達はみな、若い。

 ルカンドやサイシャ、ケイフゥらと同世代の者達ばかりだ。

 東都ガドリアを震撼させた、恐怖の代名詞双頭の蛇。

 彼らはその次世代の戦力といっていい。

「あの人の代わりは誰にもできませんよ。ですが、時間を稼ぐことはできると思います」

 怜悧ともいえる表情で頷くルカンドに、クルドバーツは背に冷たいものが走る。サギリやジンとは種類を異にするが、彼もまた、立派に双頭の蛇を構成する一員なのだと。

 赤き道、雪華、城主、そしてシロキア達ストリア同盟の博徒達。彼らガドリアを仕切っていた者達をして震撼せしめた双頭の蛇の名前は、味方となった今でもクルドバーツの心の奥に恐怖とともに刻まれている。

「そこまで自信があるのなら」

「自信なんてないですよ。ただ、やらねばならない──そうでしょう?」

 故郷を守るため心を決めた少年の銀色の瞳は、闇に潜む敵を睨み付けていた。





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