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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 魔女の系譜6章
96/103

復讐するは我にあり3


 暗闇の向こうで、色あせた記憶の断片が顔をのぞかせる。

 遠く、はるかに遠くなってしまった記憶。

 煌びやかな戦装束に身を包み、黒き近衛の軍を率いた男の背中は余りにも大きく遠かった。あまねく周囲の敵を平らげ、その業績は並びない。歴代の王の中でも、群を抜いた武の力。

「オレは王の中の王になるぞ」

 たった10しか変わらない男の大きさに、深い深い羨望と嫉妬を感じずにはいられなかった。

 幾千の鋼を叩いて鍛えたような、揺ぎ無き漆黒の瞳。

 荒地の台上、地平線すら睥睨して口元には自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。

 限りない憎悪と、それすら上回る魅力。自身の中の荒ぶる魂を揺さぶる何かを、確かに持ったその存在を、“王”と形容する以外言葉が見当たらない。

 理屈ではなく、心が認めていたのだ。

 この男こそ──ヴェル・シフォンと名乗る──この国を統べる者であると。

 自分の心が屈服している現実に、だがそれでも男は耐えられた。ほとんど唯一の肉親の父オウカから、惜しみない愛情を感じていたからだ。

 だから、王に対する嫉妬も羨望も蓋をしていられた。

 王には美しい妻と二人の娘がいた。周囲の反対を押し切って結ばれただけあって、非常に仲がいい。娘の方も長女は年頃を迎えて、何一つ不自由ないようにみえた。幸せな、家族の肖像。

 それを真似るように、自身の隣にも妻と呼べる存在がいた。




 ルカンドを殴りつけ、ほとんど身一つで見知らぬ街に投げ出されたエレガとカーナは、安宿に居を落ち着けると、今後のことについて話し合っていた。

 ガドリアには帰れない。ベルガディも無理だろう。だとすれば、南都ジェノヴァか王都ロクサーヌ。あるいは、ポーレを渡って自由都市群でもいいかもしれない。忌々しいことだが、ルカンドから渡された支度金はそれが可能な額だった。

「南都ジェノヴァは食べ物が美味しいって聞くし、ポーレはこの国よりよっぽど文化の進んだ国だってね!」

 いつも以上に明るく振る舞うエレガの態度に、カーナは段々と悲しくなってきてしまう。

「あの、エレガお姉さま……そんなに無理をなさらないでください」

「無理なんてしてないさ」

「でも……」

「やっと自由になれたんだ。好きなことして、今までの負債を返してもらったって構わないだろう?」

「はぃ」

 エレガの向ける笑顔が、商売の時の何の感情も乗らないものなのが、カーナには見抜けてしまっていた。

「あのぅ、ベルガディでお世話になった人にご挨拶してからでは、だめでしょうか?」

「ん、あぁ! 行ってきな!」

 今のカーナには、エレガを慰める言葉が見つからない。せめて、独りになることで思い切り泣く機会を提供するくらいしか、考えつかなかった。

「では、行ってきます」

 出て行くカーナを見送ると、エレガは被っていた仮面にひびが入り、それを認めたくないかのように机に突っ伏した。

「ちくしょう……」

 すすり泣く声は、次第に咽ぶ声へと変わっていった。

 扉の向こう側で聞こえる嘆きの声に、カーナはそっとため息をついた。

「しばらく、時間を潰すですぅ」

 とてとてと街の雑踏の中に踏み出すと、時刻は昼時を告げる鐘が鳴り響いていた。

 西都ベルガディにはなかった熱気。秋の晴れ晴れとした青空を渡る風が、心地よくその熱気に差し込む。屋台に並ぶのは今が旬の魚の焼き物や、栗菓子などの香ばしい匂いが通りを満たしている。

 人々の顔にはガドリアにはない明日へと向かう元気がある。明日は明るい日だと、希望を持って暮らしていけるような何かが、この街にはあるのだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、カーナは街を歩いていた。

「こんな街で暮らせば、カーナ達も辛いことは忘れられるのでしょうか……」

 小さい呟きは、雑踏の中に消える。

 クシュレアやナルニアのことを考えるだけで、心の奥がぽっかりと穴の開いたようになってしまう。隙間風の入り込むその隙間が、楽しいことや嬉しいことを全て吸い込んでしまっているようだ。

「あっ!?」

「気をつけろ!」

 普段なら気づくはずの油断。後ろからぶつかられた拍子に、懐の物を奪われてしまう。

 一瞬の空白の後。あまりにも遅すぎるその空白の間に、スリはどんどん人ごみをすり抜けていってしまう。

「泥棒!」

 あまりにも遅い反応に、絶望的な犯人との距離の差に、カーナは悔しさで涙が滲む。小さな身長を精一杯伸ばして、叫び続けるがびっくりしたような周囲の背の高い大人達は、咄嗟に判断することすらできないらしい。

 彼らの間を掻き分けて、犯人を追う。

「誰か捕まえて!」

 叫ぶ声は、呼子の声や物売りの声に掻き消されがち。だがカーナには叫ぶしかなかった。あまりにもあせったためか、普段なら絶対に転ぶはずのないような小さな段差に躓いてしまう。

 更に開く犯人との距離に、ほとんど犯人の背を見失ってしまっても、がむしゃらに人の森の中を駆けていった。顔にかかる泥を無理やりぬぐって、カーナは更に走る。

「おっと!」

 不意に、温かなものに抱きとめられて、涙と泥でぐしゃぐしゃになってしまっていた顔を上げる。

「やっぱりカーナのお嬢ちゃんじゃないか」

 熊のような大柄な体格に、いっそ山賊のカシラと言ったほうが通りのいいであろう顔。柔らかに微笑む男の顔に、カーナは目を見開いた。

「グリューエンさん」

「おうよ。どこかで聞き覚えのある声がしたと思って、追いかけたらコイツを見つけてなァ」

 にやりと笑って、顎で指す先には先ほどのスリがグリューエン班の若い班員に締め上げられていた。

「探し物はコイツかい? 小さなお姫さま」

 ひょいと差し出されるのは、先ほどカーナが盗まれた財布代わりの皮袋。

 コクリと頷くと、ぽんと手に乗せられる。

 先ほどと寸分たがわぬその重さに、思わずグリューエンを見上げる。

「気をつけなよ。ここいらは治安が良い方だが、全くないってわけじゃないからな」

 ガハハハと豪快に笑い飛ばすグリューエンのおおらかさに、カーナの瞳には涙がたまっていた。

「グリューエンさん……」

 優しい大男の胸に、頭を押し付けると、カーナは辺りをはばかる事もなく大声で泣き出した。

「お、おう!?」

「あ、班長女の子泣かしたー」

「やかましいわ!」

 熊がおろおろと立ち往生しているような、その珍しい光景に、班員だけでなく通り過ぎる通行人達も、温かい視線を向けていた。





 耳の奥底、頭の中で声がする。

 血のように赤黒く、呪いのように重いその声が、愛を囁く。

「ねえ、憎い?」

 くすくすと、幾万の呪詛をこめた笑い声が聞こえる。

「殺して、殺して、殺してね?」

 何人も許さない。この世の全てを地の底から睨み上げる憎悪の声がする。

 屍の上、折り重なった腐敗の上に十字架が掲げられる。

 手足に楔を打ち込まれ、流れ出る流血は屍から伸ばされた手に注がれ──。

 おぞましくも、自身がそれを啜るのだ。

 ──知っている。

 この光景を、知っている。

「っ──!」

 じっとりと汗ばむ肌に、朝の風が吹き込んで目が覚めた。

「くっ……」

 割れるように痛む頭を抱えて、体を起こす。

「わたくしは何を」

 思い出せない悪夢。ただその残滓だけが、噴出す汗となってその身にとどまっていた。

 熱を持った右腕に、呪われし盾の刻印が疼いていた。

 窓から吹き込む朝の涼風を浴びてシュセは、軽く頭を振って悪夢の残滓を振り払う。

 なぜか思い浮かんだのは、ジンの主であると語った黒髪の女だった。

 否応なく胸にしこりが残る。

 心臓に杭を打ち込まれたかのような、違和感。

 寝台から抜け出すと、不快な気分を振り払うように寝間着を脱ぎ捨てた。

 早々と近衛の執務室に出向いた彼女は、机の上に何もないことを確認して、屋敷の庭に向かった。根をつめて仕事をする前に、朝の清涼な空気を楽しもうと、進んでいく。

 スカルディアの屋敷の二階を登り、王の謁見の間を過ぎて、内庭へでる。上ったばかりの朝日にきらめく噴水の水しぶきが、七色に輝いていた。

 その噴水のヘリに腰を落ち着けようと二歩進んだところで、彼女はハッと息を呑む。

「──カル様?」

 噴水のヘリには既に先客の姿。朝の稽古の後だったのだろうか、裸の上半身には玉の汗が光っていた。

「シュセ? どうしたこんな朝に」

 シュセに気づいたカルも、閉じていた視線を彼女に向ける。美貌の顔に、わずかに驚きの色がある。王としての責務を離れれば、その表情は自然と柔らかい。

 カルの寛いだ様子をシュセは好ましいと感じながら、カルの側へ歩いていく。必要以上に近寄らず、何があっても対応できる距離に彼女は自身の身を置く。

「ええ、少し……散歩です」

 なんとなくあの夢のことを口に出すのは憚られて、彼女は曖昧に言葉を濁す。

「そうか」

 さして気にした様子もないカルに、今度は彼女が問いかける。

「カル様はいつも、朝に鍛錬を?」

 その問いにカルは苦笑した。その表情に王であるとき見せるような、冷たさはない。いっそ柔らかく若々しい若葉を思わせる。

「いや、夢見が悪くてな」

 情けないことだと、続けたカルに、だがシュセは微笑み返すことができなかった。

 唐突に、忘れていたはずの悪夢がよみがえる。

 血を啜る自身はどんな顔をしていたのか、震える歓喜に、口の端をゆがめ──。

「──、セ? シュセ?」

「っ、はい」

 問いかけられた言葉に、悪夢の残滓を振り払う。

「すみません。聞き逃してしまいました」

「珍しいな」

 そういって見上げるカルの瞳に、シュセは胸を騒がせる悪夢が静まるのを感じる。

「遠征の後休みもやれなかったからな……ふむ」

 考え込むカルが、答えを出すのにそう時間はかからなかった。

「シュセ。しばらく休暇を許す」

「カル様! わたくしは──」

 言いかけたシュセの言葉をカルは手で制する。

 クラウゼとユイルイに奮起してもらおうと休暇をとります、と言ったことはあるが、実際に取るつもりなどなかったシュセは、カルの言葉に大いにあわてた。

「お前にはずっと無理をさせてきたと思う。シュセ。おかげでロクサーヌの平穏はしばらく続きそうだ」

 だから、と続けるカルは真摯に彼女の瞳を見返す。

「お前に万が一のことがあれば、王都の治安は手に負えぬものになるだろう。体を労われ、シュセ」

 優しい視線に射抜かれて、シュセはわずかに赤面した。

「ですが」

「それにな。最近ロクサーヌの名声は戦乙女シュセ・ノイスターにとられっぱなしだ。私としては王が臣下に休暇を与える権利を利用して、失われた名声を取り戻そうと画策しているのだ」

 年相応の少年時じみた言い草に、シュセは最初呆気にとられ、ついで噴出した。

「だから、遠慮なく休め」

「はい。陛下……お気遣いありがたく」

 柔らかに微笑んで、王の騎士(シュセ)は主に頭を下げた。






「おじい様!」

 オウカの邸宅に響く幼い声。いまや8歳にして、ジェルノ家を継ぐべき者となった孫の声に、オウカは自然目じりを下げる。

「おお、トウカ。よくきた。よくきたなぁ」

 目に入れても痛くない孫の姿に、オウカの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 悪辣な政治家でもなく、魑魅魍魎の主でもない孫を愛する祖父の顔でトウカと呼ばれた孫に笑いかける。その慈愛に満ちた笑顔に、トウカは甘えるように祖父の胸元に飛び込んでいく。

「お坊ちゃま。少々はしたなく存じますが」

 家族水入らずの場から、適度に離れた場所で壮年の執事が少年の軽挙をたしなめる。

「えー!」

 頬を膨らます仕草さえも、愛らしく抗議をするトウカに、オウカは事のほか甘いようだった。

「よいよい、仕事ばかりでトウカにはとんとかまってやれなかった。このときぐらいはな」

 一片の乱れもない礼を返してから、無言で執事は頭を垂れる。

「今日はわしが料理を作ってやろう」

 やさしく微笑むオウカに、トウカが歓声をあげた。




 ◆




 扉の開かれる音で、エレガは浅い眠りから目が覚めた。

「ただいまです」

 窓から差し込む日差しは朱色に染まり、時刻は既に夕刻に迫っていることを告げていた。

「あ、ああ。おかえり」

 目じりに残った涙を拭いくと、エレガは空腹を覚えているのに気がついた。

「どんなになっても腹は減るもんだね」

 妙にそれがおしかく、苦笑しながらカーナを食事に誘う。

「はいです」

 その食事席で、カーナは以前世話になったグリューエンからロクサーヌにとどまらないのかとの誘いを受けたことを話す。

「お金はあるのですけど、それだけじゃだめだと思うのです。使えば使うだけ減っていくだけなので、働いてお金を稼がないと。あ、いや、もちろんエレガお姉さまが嫌だというなら、お断りするです」

 黙って話を聞いていたエレガは、その話に苦笑しながら頷いていた。時に赤くなり、照れながら話すカーナの様子に微苦笑を誘われずにはいられなかった。

「それで結局、お世話になりたいのかい?」

 こくん、と頬を染めて小さくうなずいたカーナ。

「そうか……」

 カーナは自分の居場所というものを見つけたのだろう。一抹の寂しさとともに、エレガは妹のようなカーナをうらやましく思った。

「あの、それでエレガお姉さまは?」

「そうだね。それじゃお邪魔かもしれないけど、お世話になろうか」

 ぱっとカーナの顔が輝く。

 その笑顔を見ながら、エレガは新しい明日へ踏み出そうとしていた。






 休暇をもらったシュセは、休みをもらったその足でジンを訪ねていた。

「確かここのはず」

 最近急速に成長をしているクルドバーツ商会。そこに出入りする“赤き道”の組合員の弟。そんな素性を本気で信じているわけではないが、シュセはジンのことをそれ以上追求しようとは思わなかった。

「いらっしゃいませ」

 営業用の笑顔とともに、寄って来た店員にサギリと言う商人は逗留しているかどうか聞く。

「ああ、あの方ならいらっしゃってます。お呼びしましょうか?」

 店員の勧めに従って、案内してもらうシュセ。

「入って構わないよ」

 ノックの音に、扉の中から聞こえた声は一商人というにはあまりにも、自信に満ちたものだ。

「お久しぶりです」

 にこりと微笑む彼女に、窓のガラスを開け放っていたサギリは視線を向けた。

「適当に掛けな」

 黒髪は風に緩やかになびき、威厳とも威圧とも言えそうな迫力がある。

「それで?」

 単刀直入に、用件を済ませろとせかす彼女に、シュセはわずかに違和感を感じる。

「サギリさんは、何かお困りのことでも?」

 その問いに、ほんの一瞬鋭い視線を向けたサギリは、口元に皮肉に満ちた笑みを浮かべる。

「助けがほしいのは、アンタだろう? シュセ・ノイスター殿。うちのジンは役に立ったようだね」

 サギリに言われてシュセはここに来た目的を思い出す。彼女の身辺を探るために、ここにいるのではないのだ。

「その節は、お世話になりました。わたくしでお力添えできることがあれば、なんなりと申し出てください」

「なんなりと、ね」

 ふふん、と楽しげに鼻を鳴らすサギリに、シュセは付け加える。

「あくまでも、わたくしのできる範囲で、ですよ」

「一介の商人風情の頼みさ。西方候主様のできないわけがないだろう?」

 愉しげに笑うサギリに、シュセはわずかに驚いた。

「情報が早いですね」

「こっちも商売柄ね」

 交差する漆黒と琥珀の瞳。

 先にきったのはシュセだった。

「それで、何を望まれます?」

「ん~それなんだがね、もうしばらく考えさせておくれ」

 法外な金額の謝礼を要求されるとばかり考えていたシュセは、その応えにいささか拍子抜けする。隙があればすぐにでも付け入ってきそうな、油断のならない抜き身の刃じみた気配を感じていた彼女から、逆に間を取られた。

「ま、望みが出来たらこちらから連絡するよ。それだけじゃないんだろう? またジンかい?」

「ええ……そうなのですが」

 微妙な表情のシュセは、サギリの大盤振る舞いともいえる余裕に釈然としない。

「なんだか、貴女からこれほど簡単にほしいものを頂くのは、非常に疑わしいですね」

「しっつれいな人だねぇ。それじゃまるでアタシが強欲みたいじゃないか」

 違うのですか? と視線で問いかけるシュセを、サギリは一笑に伏した。

「生憎と今アタシは忙しくてね。遊んであげる暇がないのさ。ジンなら、屋根の上にいるよ」

「屋根の上ですか」

 天井を見上げるシュセに、サギリは苦笑交じりに言った。

「どうも、街の暮らしに慣れなくってね。東都が恋しいンだろうよ」

 ソファーの背もたれにもたれかかり、天井を見上げるサギリ。

「失礼します」

 窓から上を見上げ、シュセは声を張り上げた。

「ジンさん! 遊びに行きましょう!」

 シュセの言い草にサギリは思い切り噴出した。

 ジンが思いっきり不機嫌に、だが可能な限り速く降りてきたのは言うまでもない。




 シュセがジンを連れ出して一人になったサギリは、昨日の情報を扱う店に向かう。

 ギィ、と立て付けの悪い扉をあければ昨日訪れた時と同じように老人が、青々として葉を丹念に手でもんでいるところだった。

「いらっしゃい」

 まるで何十年も前からそうしてあったかのような景色の一端となっている店の主人が口を開く。

「情報は?」

 冷め切った漆黒の瞳がその老人に注がれる。

 老人の懐から机の上に置かれる一片の紙切れ。

 慎重にそれを摘み上げると、一読してサギリは彼に背を向ける。

「邪魔した……」

 濃密な殺気を放つその背中に、老人の背に冷や汗が流れる。

 ──喋れば殺す。

 言葉よりも雄弁に彼女の背中は語っていた。

 店に背を向けたサギリの口元が、弦月に歪む。本人もそれと気づかぬままに、逆さの三日月に似た口元。

 闇の果ての深淵を覗く漆黒の瞳は、遠い過去からの鎖に縛られた亡霊そのものだった。




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