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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 魔女の系譜6章
95/103

復讐するは我にあり2



 シュセが王都に戻り、治安を預かる衛士の長の役目に復帰してからは、ロクサーヌの夜を騒がす騒動は極端に減っていた。オウカに組するものに対するサギリの襲撃も、その時期を狙って鳴りを潜めていた。

 “血塗れの”ターディは、サギリの配下にあって今まで襲撃で得た財貨の分配にあたっていた。気前の良いサギリの計らいで、得たもののほとんどは彼らロクサーヌの賊徒たちの手に渡っている。見たこともない量の金貨の詰まった袋を手渡され、ターディはサギリに思わず聞き返してしまった。

「いいんですかい? こんなにもらっちまって……」

「あン? ほしくないなら別のやつにやるよ」

 貨幣になど価値は大してないというようなサギリの視線に、ターディは納得しないまでも受け取る。

「いえ、決してそんなわけじゃないんですが」

 賊徒の間の親と子の取り分などというものは、親が半分、そのほかを子で分けるのがほとんど常識だった。だが、今回サギリはほとんど頭割りである。ターディをはじめとする他の者が訝しがっても不思議ではなかった。

 稼ぎの危機をほとんど、彼女の手腕で切り抜けたと考えているターディなどは、気まずさのようなものすら覚えていた。

「変にまじめな野郎だねェ」

 苦笑したサギリは、肩をすくめて頷いた。

「まぁ納得がいかないなら、その金でちぃと買い物をしてきてもらおうか」

「へい、なんなりと」

 素直なターディの様子に苦笑を深くする。

「ほんとに、アンタ賊徒かい? 商売人にでもなった方が向いてるかもね」

「とんでもねぇ……俺ァあんたについていきますぜ」

 その場に居合わせたロクサーヌの賊徒を代表してターディは口を開く。

 ふぅ、とため息ひとつ吐くとサギリは話題を変えた。

「買い物ってのは奴隷を一人1匹だ。腕の立ちそうな、将来有望そうなのを頼むよ」

「それだけでいいんで?」

 奴隷の値段などたかが知れている。あるいは知恵の働くものがいれば、浮浪児を一人奴隷にして掻っ攫えばいい。金は丸々懐の中、奴隷の出来上がりだ。

 それをわからないような愚鈍な主のはずはない。

 探るような視線を向けるターディに、サギリは人の心を震えあがらせる笑みを浮かべる。

「ま、精々いいのを見つけてきてほしいもンだ」

 ──試されている。

 直感したのはターディの気のせいではあるまい。

 従順に従うか、あるいはモノを見る目を、賊徒達の中──どぶ底で這い回るような彼らの中に、あるいは光る何かがないものかと、サギリは試しているのだ。

 その考えに至った時、ターディの背筋は感動で震えた。

 この主のためならば命をかけられる。瞬時にそう決意してしまうほど、彼の心は大きく波打つ。

 ゴミやクズとかしか呼ばれない賊徒(おれたち)をこの人は人間として見てくれている。

「へい、必ずご期待に背きやしやせん」

 自然と頭を垂れる。

 体の芯から力が湧き出てくるようだった。





 シュセがジンとの楽しいお茶会を終えて、執務室に戻ると、仕事を任せたはずの二人の姿はない。訝しげに使用人に問いかければ。

「先ほど帰られたお客様を追って行かれましたが」

 それもなにやら物々しい雰囲気で、と付け加えられれば、シュセもなんだかいやな予感がしてくる。

「まさか、とは思いますが」

 それほど短慮ではないだろうと、部下を思いやる気持ちと、でもやりかねないと言う不安が対立する。

「確かめるだけです」

 自分に言い訳すると、彼女は外行きの身軽な格好に着替えた。

 シュセと雑談を終えて、帰宅の途に着くジンは何者かの視線を感じて、ふと立ち止まる。

 殺気というほどではない、どちらかといえば敵意程度の気配に思わず首をかしげる。

 西域での戦いを通じて、ジンの気配を探る術は確実にあがっていた。相手の殺気の量から、どの程度まで悪意を持った敵なのかが、わかる。範囲は狭いが、感じられるそれは、ほとんどはずしたことがない。

「ふん」

 どうせ体が鈍っていたところだと思い返して、人気のない路地裏を進む。

「……出てきたらどうだ?」

 路地の突き当たりに行き着いたところで、ジンは振り返り背後からついてきたものに声をかける。

「……だから言ったろう? 尾行などやり付けぬものをするものではないと」

「う、うるさい」

 現れたのは、クラウゼとユイルイの二人。

 訝しげな視線を送るジンに向き直ると、傭兵時代の乱暴な口調でクラウゼがほえる。

「糞ガキ、てめえ気にいらねえんだよ」

 それでは我等が悪役ではないか、と嘆くユイルイを尻目に、クラウゼはジンに襲い掛かる。剣を使わないクラウゼに、わずかに安堵しつつユイルイもそれに続いた。

 クラウゼが正面から殴りかかると同時に、左に回ったユイルイが蹴りを繰り出す。妙に息のあった攻撃に、だがジンは難なく対処する。ジンが殴りかかるクラウゼにあわせて反撃しようとしたところに、絶妙のタイミングで繰り出されるユイルイの蹴り。

 それをぎりぎりの所で避けながら、クラウゼの拳にあわせて、顔面へ一撃。

 それを意に介せず、突き進むクラウゼにジンは僅かに面食らう。襟元を捕まれてると、力任せに引っ張られる。が引っ張られる方向に合わせて跳んだジンは、空中で態勢を立て直して着地する。

 だが直後に襲い掛かるユイルイの右拳。

 ジンの頬を掠めたそれをかいくぐると、懐にはいって、自身の身長よりも高いユイルイを投げ飛ばそうと腕をつかむ。

 咄嗟に足を突っ張り踏みとどまろうとするユイルイ。

 固まった彼の体に、足払いを決めると、クラウゼの方を相手にしようと向き直る。

 予想よりはるかに近い距離でクラウゼが、思い切り殴りかかってきていた。

 繰り出される拳を額で受ける。

「くっ」

 怯んだ隙に、ジンの左が舌からクラウゼの顎を捉えた。

「まだ、まだぁ」

 足にきてふらふらになりながらも、半ば意地になって立つクラウゼ。

「やめなさいっ!」

 清涼なる一喝が、その場に響いたのはその後すぐだった。

 息を弾ませ走ってくるシュセに、ユイルイとクラウゼは顔を見合わせ。

「マズイ」

 と互いに頷いた。

 結局その日は、シュセに三人ともこっぴどくしかられ、ジンは憮然としたまま帰宅した。

 




 暗い室内に明かりはない。

 季節はずれの豪雨が、窓をたたく音。雷の光は部屋の主を一瞬映しては消える。

「生きていたのか……」

 手にした書簡は先ほど届けられたばかりのもの。

「魔女の血筋、まつろわぬ民の末裔」

 鳴り響く雷光が、呆然と嵐吹く窓の外を眺める老人の顔を照らす。

 次第に書簡を持った手は震え、口元には歓喜が弦月を形作る。

「クッハ……ハッハッハッハッハッハ!」

 気が違うほどに笑いが込みあがる。

 腹の底から、粟立つ肌から、老いさらばえて曲がるしかない骨髄から、歓喜の笑いが老人の全身を満たしていく。

「ヒャッハッハッハッハッハ!」

 こみ上げる笑いに呼吸すら苦しくなる。

 だがそれでもその老人は笑うのをやめられなかった。

「ようやっと、見つけたぞォ」

 皺だらけの顔に、爪を突き立てる。火傷を負った肌が引き吊れるのもかまわずに、深く突き立てた。

「魔女め、魔女め……くっはっはっは! 魔女めえェ!! あっはっはっはっはっは!」

 無くしてしまった希望のかけら。

 己が欲望を満たせる、最後の一欠片。

 老人の細胞ひとつひとつが歓喜に沸いていた。

「手に入れてやろうではないかァ! 必ず手に入れる! 何を差し出しても、二度と手放すものか!」 こらえ切れぬという風に、口元を押さえ、なお口走る言葉は狂気の色がある。

「魔女めえええええええ!」

 オウカがカルに引退の旨をしたため、書簡を送ったのはその後すぐだった。





  ◆




 覚えているのは、全てを燃やし尽くされる家の姿だった。

 たくましい背に負われて、振り返ったときに見たものは、天まで届くのではないかと思わせるような劫火と、いくら伸ばしても届かない自分の小さな腕。

 暗い、暗い闇の中を、背負われて走る自分の無力さに、少女は復讐を決意した。

 ──奪ってやる。何もかも。

 自分から全てを奪った奴らを。

 恩義を忘れて、牙を剥いた裏切り者を。

 手のひらを返したように拒絶をする弱き者どもを。

 決して許しはしない。

 正義の無力さをかみ締めて、ならば悪と呼ばれようと力がほしいと願う。

 例え、復讐の後に茫漠とした荒野しか残らないのだとしても、幼き少女は望むままの邪悪を目指した。

「……ちっ」

 舌打ちの音は自分の口の中からもれたものだ。

 仕立ての良い寝台から上半身だけを起こして、サギリは未だ夜明けには時間があることを悟る。

 なぜあのような夢を見たのか。

 遥か昔に忘れてきたはずの、力のない少女の夢。

 サギリの起きる気配に、床で寝ていたジンが目を覚ます。

「なんだ、まだ朝まであるぞ」

「出てくる」

 外に出れば昨夜の雨はすっかり止んで、夜明け前のロクサーヌは朝もやと静寂の中にあった。

 石畳の敷き詰められた街道を、黒衣をまとった少女が歩く。

 捨ててきたはずの過去の亡霊が、昨日の雷雨でよみがえり、背中にへばりついたかのように足取りは重い。

 かつてあった王城の地、街の北部にあるお椀型の小高い丘の上へ向けて、足は勝手に歩を進める。

 緩やかな上り坂を上りきると、今は草も伸び放題となっている場所に出た。荒れるに任せたその場所は、かつて庭だった場所だ。

 今は面影をほとんど消されてしまったその場所に、一本の巨躯の老木だけが当時をしのばせる。

 そっとその老木に触れる女に、魔女と恐れられる面影はない。

 まるで傷口を触れられることを恐れる無垢な少女のような、悲しげな表情があるだけだった。

 やがて、陽の光が街を照らし出す。

 眼下に見下ろすのは、“宝玉”と称えられるロクサーヌの町並み。

 昨日吹いた嵐が嘘だったような、晴れた青空が顔を覗かせる。

 朝が来て、家々から炊事のための煙が立ち上る。目覚めた街をぼんやりと眺め、女は老木の根元に腰を下ろしていた。

 陽が上り、豆粒のような人々が街道を往来する。

 街を囲む巨大な白き城壁、それに着けられた城門が街の中に響く鐘の音ともに開く。一日の始まりが、街に訪れていた。

 虚ろだった。

 まるで身を焼く激情を置き忘れてきてしまったのか、彼女の瞳に生気すらない。

 夜に囚われた少女が、夜の明けた街に取り残されて独り佇む。

「姉さん……」

 呟いた言葉は、吹いた風に攫われる。

 やがて彼女が腰を上げたのは、陽が中天にさしかかろうとしているころだった。

 秋口とは言っても、今だに日差しはじりじりと首筋を焼く。

 街中に入ってしばらく歩けば、中央広場に差し掛かる。一枚の立て札とそれを取り巻く群衆に、気がついてサギリはそれ吸い寄せられる。

「オウカ。ジェルノ様が引退だってよ。なんでもお体が悪いのだそうな」

「へぇ〜……でもあそこの、御当主様は幼いお子様以外には親類の方もいらっしゃらないんじゃ?」

「十貴族様も大変だぁねぇ」

 罪のない雑談に混じって、サギリの耳に入ったのは、オウカという名前。

 間もなく死ぬという老人に、サギリは目の前が目がくらむほどの怒りを覚えた。

「死ぬだと」

 漏れた言葉に、自分で気づいてその場を離れる。

 だが湧き出した怒りは、容易に収まりそうもない。

 暗い裏路地に入ったところで、彼女と視線を合わせた浮浪者が言葉も忘れて腰を抜かす。

 安穏と、家族と召使達に囲まれて、死ぬ?

「オウカァ……」

 許せない。許せるものか。

 恐怖と絶望に打ちのめされ、泥濘の中を這いずりまわり、誰にも省みられることもなく無様に死んでいく。それこそが彼らに相応しい死に様のはずだ。

 そのために、奴らに絶望を味あわせてやるために、自身は茨の道を選んだのではなかったか。

 先ほどまでの虚ろが、怒りの激情に塗りつぶされていく。

 震えすら走る手を握り締めると、広場から立ち去るその足で、サギリは一軒の店に立ち寄る。暗い裏路地の先にひっそりとたたずむ薬屋。店の名前は寒風山という、店構えは薬草を扱う店ということになっているが、ここは情報を売り買いする場所だった。

 古びた扉を押し開けると、小柄だがやたらと目つきの鋭い老人が視線だけを彼女に向ける。狭い店内には干した草やら、蛇を瓶詰めにしたものやら、雑多なものが無造作においてある印象を受ける。

 老人は、揺り椅子に腰掛け木製の机の上で青々とした葉を丹念に揉んでいた。その机の上に、サギリは金貨を二枚叩き付けた。

「……いらっしゃい」

 老人の口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。いつも以上に苛立っているからだろう。そんな細々とした事が彼女の気に障る。

「オウカ・ジェルノの予定を一週間分知りたい」

「金貨、5枚ほどだ」

 ヒヒヒと、細い声で哂う老人を見下ろして、その机の上にもう五枚ばらばらと投げ捨てる。

「明日、もう一度同じ時刻に来な」

 返事をすれば怒声が漏れそうで、サギリはそのまま踵を返した。

 ねぐらに使っている宿に到着したのは、既に西日が差し込む時刻だった。

 そのまま寝台に倒れこみ、仰向けに手で瞼に差し込む夕日を遮った。

「クックック……はは、ハッハッハッハッハ!」

 咽喉の奥から高笑いが湧き出す。

「最後の、最後の一人だ……あっはっはっはははははははは!」

 ヘェルキオス・ヘルシオは自身の生み出した子供に殺され、アルトリウス・ツラドはこの手で地獄に叩き込んでやった。イシキア・ノイスターは病で死に、カンサスは荒地でジンの手で死んだ。

 そしてオウカ・ジェルノ。

 家族を死へと追いやった彼らに、牙を突き立てるこの時を、どれほど待ち望んだことか。

 血に塗れたように真っ赤な西日が、部屋を染め上げる。

「殺してやる。殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……はは、病気だと、老衰だと? 逃がすものか」

 宙を睨むのは、地獄の業火すら凌駕する憎悪の炎。

「この手で殺してやるっ! オウカ・ジェルノ」

 犯した罪に相応しき罰を、この手で与えるのだ。

 涙すら流して、哂うサギリは宙を睨んでいた。






「シュセ様の命の恩人?」

「そうです」

 気恥ずかしげに頷く彼女に、クラウゼとユイルイは、頷いた。

「その、あの小僧に恋愛感情などは?」

「ありませんっ!」

 クラウゼとユイルイがお互いに視線で会話する。

「いやーそりゃ良かった。俺はてっきりお姫さんに悪い虫がついちまったのかとばっかり」

「こ、こらクラウゼ。申し訳ありません。シュセ様、我等の早取り、どうかお許しください」

 心底安心したような様子のクラウゼと、慌てて謝罪をするユイルイに怒る気もシュセは失せてしまっていた。

「心配してくださるのは結構ですが、わたくしの恋愛がどうなろうと、干渉しないでくださいませ。わたくし個人の問題でしょう」

「とんでもない! お姫さんの大事は俺達の大事だ。なぁユイルイ?」

「あ、ああ。うむ」

 柳眉を潜めて、ため息を吐くとシュセは軽く彼らを睨む。

「戯れに問いますが、どのような殿方なら貴方達のお目に適うので?」

 ふむ、と二人は考え込み、別々に一緒の答えを口にする。

「もちろん、強くなくっちゃぁな。優しくて、できれば顔も良い方が良い」

「資産状況も大事だな。シュセ様が苦労しては元も子もない」

 ため息を吐いて彼らの言葉を聴く。

「顔がよくて、お金持ちで、強くて、優しいと?」

「いやいやまだある。もちろんお姫さんに相応しい地位と包容力もなけりゃだめだ。俺達を納得させるぐらいの、力量は最低限なきゃな」

「うむ、後は知性も大事だ。品格も忘れてはならん。下品で下劣な男など、シュセ様に相応しいはずはないだろう」

 指折り条件を数えていたシュセは、そのうち馬鹿らしくなってやめてしまった。

「いるわけないでしょう」

 やれやれと首を振る。

 シュセ自身気づいていないだろうが、彼らの心情はまるきり嫁入り前の妹を心配する兄の心境だった。はっきりといえば、彼らに可愛い妹(シュセ)を他人にくれてやるなど、まっぴらごめんなのだ。

「とにかく反省はしてもらいます。懲罰房に二日ほど入ってもらいますので覚悟しておくように」

 宣言するシュセに、二人は項垂れる。

「シュセ、入るぞ」

 ドアをたたく音と共に入ってきたのは、仕事を一区切りつけたカルの姿。

「か、カル様! どうなされたのですか?」

「いや、なにずいぶんと楽しげな話し声が聞こえたのでな」

「お、お恥ずかしい……今後このようなことがないようにしっかりと指導監督をさせて頂きます」

 あまり二人を責めるなと、と言い置いてカルはシュセの部屋をあとにする。

 重いため息を吐く彼女は、近衛の騎士に二人を懲罰房に連れて行くように命じると、再び鉛のような重いため息を吐いた。

 懲罰房に入った二人は、対象的な表情をしていた。

 クラウゼはどこか能天気そうに、大してユイルイは何か深刻な発見をしてしまったかのように暗い。

「クラウゼ」

「あん?」

「先ほどの話だが」

 何の話だと首をかしげるクラウゼ。

「シュセ様の理想の男性についてだ」

「ああ、あれね」

「見つけてしまった。お一人だけ、いらっしゃる」

「なにぃ!?」

 いるはずがない、そう思って並べ立てた条件だ。合致するものなどいるはずが……。

「陛下だ」

「はははは、まさか」

 笑い飛ばそうとしてクラウゼは、先ほどいいあげた特徴を数える。

「顔は、間違いなくいいな。金、ないわけねえ」

 頷くユイルイ。

「強いのか?」 

「槍の腕はもはや達人の域に達しているということだ」

「頭……悪いわけねえか。相応しい地位、王様。包容力……なきゃ王様なんてできねえか」

 冷や汗の流れ始めるクラウゼに、ユイルイが言葉を継ぐ。

「品格は争うべくもない。優しさに関しては意見が分かれるかも知れぬが、シュセ様の意見を汲んで孤児院などに出資なされているということだ」

 無言のうちに顔を見合わせる二人。

「なんてこった……まさかそんな奴がいるなんて」

「よさないか、陛下だぞ」

「ちくしょー!」

 その日地下の懲罰房からは、すすり泣きと悔し涙にぬれた叫びが一晩中あがっていた。






 張り巡らせた糸の一本から、あがってくる情報。

 今までは国中に張り巡らせていたのだが、それをロクサーヌの中だけに限定することで、その密度と精度は限りなく完璧に近いものになっていた。

「来たか」

 オウカの情報を買っていったという黒髪の女。

 情報をわざと流して、おびき寄せねばならない。でなければ一介の情報屋風情が彼の予定を知ることなどできはしない。それほどまでに彼の張り巡らせた諜報の網は太く強い。

「五日分か。ふむ」

 罠を張るには十分な時間といえる。だが、罠と知れれば引き下がる可能性も無きにしもあらず。

「ゆっくりと締め上げるように、調理せねば」

 これまでの経験を頼りに、細心の注意を払って手練れを呼び集め、罠をかける。

 逃げ出すことなどできないように、一度始まれば決して逃れられない罠を。

「餌に食い付かせるためには、もう少しおびき寄せ易い情報がいるか?」

 オウカの命は残り僅かという情報に釣られて動き出したのなら、あの女は自身の手で決着をつけたいと臨むだろう。毒や他人の手を借りるではなく、憎悪のままに敵を引き裂き、屈服させたいと願うだろう。

 それを利用しない手はない。

「くくっくっく」

 漏れ出す笑いがとめられそうにない。

 長年思った恋人に巡り合えるがごとき、妄執ともいえる執念をもってオウカは策を張り巡らせる。

 二重に、三重に。

 暗闇の中進行する誰にも気づかれない策謀。

 完成の暁には、オウカの長年の望みがかなうはずだった。

 遠き日に零れ落ちてしまった望みのかけら。

 失われたはずのそれが、再び時をめぐって戻ってきた。

 哂わずにいられるだろうか。

「くっはっはっはっはっはっはっは!!」

 哄笑は、憎悪を歓喜を内包しながら続いていた。







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