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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 覇を統べる王5章
80/103

西域の主8

 クシュレアとカーナが買い物から戻ってきたのを見計らって、ナルニアは幌馬車の中に荷物を積み込み始める。娯楽に飽きていた領主館の兵士の家族達も加わり、その作業はすぐに終わってしまった。彼らはナルニア達との別れを惜しみながら、次はいつくるのかとしきりに尋ねた。

「風の向くまま、といったところですね」

 ナルニアの苦笑に年頃の娘達は落胆し、ではせめて別れの宴会を開こうと提案したのだ。

「減るもんじゃなし、いいじゃないか」

 妖艶な笑みで賛成したのはクシュレア。少年達から彼女と別れを惜しむ声は、恋人と別れるときのように悲痛なものがある。

「……わかりました」

 しぶしぶながら、答えるナルニアにクシュレアは満足そうに頷いた。

 宴はその日の夜、行われた。トゥメルを上座に座らせ彼の主催と言う名目で、兵士の家族らが歌い騒ぎ別れを惜しむ為に飲み明かすのだ。

 エレガの周囲には、少女らが集まり熱い視線と涙で彼女を取り囲む。一種男性的な魅力のあるエレガは少女達の憧れ、あるいはそれ以上の対象となっていた。一方のクシュレアはといえば、若い健全な若者達に囲まれて酒の相手をしている。来年から兵士としてトゥメルに仕える者や、非番の兵士など彼らの熱意を上手に受け流しつつ、酒盃を重ねていった。

 カーナに至っては兵士の妻やその親達に、食べきれないほどの料理を勧められていた。小さく愛らしい彼女はその性格も相まって、彼らに絶大な人気があったのだ。

「太ってしまいますぅ」

 困ったような声をあげて、だが食べ物をぱくぱくと食べる様子はまるで小動物を見ているようで、比較的年配の者たちの格好の話題となっていた。

 そして、ナルニアは一人トゥメルの隣に侍っていた。

 兵士達の家族も、主催者であり主人であるトゥメルの側に一人もいないのは、不味かろうと敢えて彼女に近寄る者はいない。

「どうぞ」

「ああ」

 酒盃になみなみと注がれる酒を、トゥメルは一息に飲み干す。普段なら、酔いも回ろうと言う酒量ではあったが、彼の心は醒めたままだった。

「……どうしても明日出発するか」

 未練がましいことだ、と内心自嘲しながらトゥメルは問いかける。

「決めたことですから」

 俯くナルニアに、トゥメルはそうか、とだけ答えた。

「……もし、俺が西方候主の地位にあれば、戻ってきてくれるだろうか?」

 もちろん、何年か後の話だが、と条件をつけるトゥメルに、ナルニアは考え込んだ。

「その時はお祝いを述べにどこからでも」

 微妙にトゥメルの期待する答えを与えず、ナルニアは再び酒盃を注ぐ。

 再び一気にその酒を飲み干すと、トゥメルは庭から見える月を眺めた。

「俺は、お前を娶りたい」

 聞いた瞬間ナルニアの心臓が止まるかと思った。もしくは聞き違いなのではないかと。

「私はどこの誰が親とも知れぬ旅の者です」

「迷惑か?」

 言い訳をしようとしたナルニアに、トゥメルの言葉は息を突かせぬ打突のように鋭く早い。

「いいえ、でも……」

「心に決めた者がいるのか?」

 その問いに、ナルニアは答えることが出来なかった。その沈黙を肯定ととって、トゥメルは静かに頷いた。

「そうか」

 口にした言葉のなんと苦いことか。胸を焼く炎と冷えた心がせめぎあう。この少女を守りたい、己の者にしてしまいたい。だがそれは自身の役割ではない。ソレを彼女が望んではいないのだから。

「色恋に狂う者を馬鹿にしていたが、中々どうして……」

 自嘲に乗せて再び酒盃を空にする。

「トゥメル様……私は」

「何も言わなくてよい」

 口を開きかけたナルニアを、片手で制してトゥメルは彼女の言葉を遮った。

「歌ってくれまいか。そろそろこの宴も、おひらきにしよう」

 有無も言わせぬトゥメルに、ナルニアは頷くしかなかった。

 歌われるのは、四季の歌。

 美しい春、厳しい夏、恵みの秋、別れの冬。それぞれの季節に見立てた愛の歌。

 歌い終われば、トゥメルは宴の閉幕を告げていた。




 旅立ちの日。

 ナルニア達一行は、トゥメルの屋敷の多くの兵士とその家族に見送られて館を後にした。

 未だ動かせないセイグリッドとセリアの二人を、よくよく頼み込んでそのまま残してもらうことにして、ナルニアは後ろ髪を惹かれる思いで旅立った。 

「さてと、どこに向うかね」

 ここから更に西には、ガシュベルの領地。さらには、未だ原形をとどめる西方大森林がある。一角獣や極彩鳥、物語の中でしか聞いたことがないような獅子や怖ろしい(ぬえ)など、人の住む領域の外へと繋がると言われている。

 東へ戻れば、ガドリアとロクサーヌ。

「西へいきましょう」

 ナルニアの言葉に、全員が頷く。西域の最奥、あるいはベルガディと並ぶ要衝といえるかもしれない。トゥメルよりも領地の経営が上手いと評されるガシュベルの領地を一度見てみるのもいいかもしれない。

 ナルニアはそう考え、西へと進路を取る。

 ベルガディの東、入ってくるものを睨むかのように設置されたトゥメルの館から、大通りを通って西へ向う。城壁に囲まれたベルガディの市場もこれで見納め、そう思えば、ナルニア達にも名残惜しい気もしてくる。

 西へ向う城門をくぐろとうした時、砂埃を上げて疾駆してくる騎馬の集団が見える。わき道にそれようとしたナルニア達を取り囲むと、槍を突きつけつつ、停止を呼びかける。

「止まれ!」

 怒声に似たその声に、ナルニアの背に緊張が走る。眉をひそめるエレガと、不安そうにクシュレアを見守るカーナ。クシュレアは無表情に、彼らの動きを観察していた。

「私達は旅の一座です」

 取り囲む数は、今や二十を越える。その数に抵抗を諦めたナルニアは、高い声で抗弁する。震えを隠した声で、槍を突きつける兵士を睨むが、兵士は鼻で笑うのみ。

「その件で、詮議をさせてもらう! 衛士の詰め所まで来てもらおうか!」

「そんな!」

「抵抗すれば、容赦はしないぞ」

 下卑た笑みに、ナルニアの胸の中で警鐘が鳴る。

 一か八か突破するのに賭けようかと、手綱に視線を落としたとき、幌馬車の中からクシュレアの声が聞こえた。

「分かりましたよ。抵抗はしません」

「クシュレアさん!?」

 悲鳴に近い声をあげてクシュレアを見るナルニアに、クシュレアは視線を合わせようとはしなかった。

「……分かればいいのだ」

 それ、と合図をして幌馬車の後ろにナルニア達4人は詰め込まれる。幾重にも騎馬で囲み、兵士達はナルニア達を衛士の詰め所に連行した。

「捕らえたか」

「ご指示通り、旅の一座女ばかりの4人連れに間違いございません」

 細い目を糸のようにして、ガシュベルは笑った。

「ロクサーヌからの密偵か……しかもそれが兄上の屋敷に逗留していたとは」

 昨日衛士の一人に密告があった。旅の4人連れの一座は、ロクサーヌからの密偵であり、西都を探る為にトゥメルの館に逗留していると。

「度し難いな」

 手にした騎乗用の鞭を一閃すると、ガシュベルは立ち上がる。確証などなくともよいのだ。ただ密告があった。それのみで、西都においては捕縛されても、文句は言えない。

「旅の一座は美しい女が揃っているそうで御座います、どうかガシュベル様自ら尋問をなさってくださいませ」

 衛士の隊長の言葉に、ゆっくりと口の端を持ち上げると、にやりとガシュベルは笑った。




 捕まったナルニア達一行が、ガシュベルの前に引き立てられたのは捕まったすぐ後のことだった。松明の明かりだけが室内を照らす地下の牢獄。

「ほう」

 淡い緑の瞳に、嗜虐の光を浮かべて獲物を丹念に観察する。

「私達は、旅の一座で何もやましいことなど──」

 ナルニアの言葉は頬を打つ音にかき消された。ナルニアの口元から流れる血に、ガシュベル満足そうに頷いた。

「貴様らは自分の立場が分かっていないようだ」

 ナルニアの頬を打った手を、清潔な布でぬぐってからガシュベルは冷たく告げる。

「貴様らに自由に発言する権利などない。私が良いと言うまで、喋らないでもらおうか」

 ナルニア、クシュレア、エレガ、カーナと順番に彼女らを眺め、衛士の隊長に顎で指図する。

「罪状を教えてやれ」

 短く返事をして、衛士の隊長は彼女らの罪を数え始めた。

「王都ロクサーヌよりの密偵行為、領主クレイン様への不敬罪、西都の風俗を乱す公序良俗違反……」

 その他さまざまな罪を数えあげると、結論を言い渡す。

「つまり、死刑ですな」

 一歩下がり、ガシュベルの後ろに身を引く。その様子を満足そうに眺めると、ガシュベルは再び彼女らと向き合った。

「というわけだ。諸君には悪いが、ここで黒鳥どもの餌となってくれ」

 睨み付けるエレガとナルニアの視線をあざ笑うかのように、ガシュベルは告げる。

「だが、その前に君達には吐いて貰わなければならぬことがある。自ら罪を認めて、自身の罪業を深く悔いてもらわねばならぬ」

 ネズミをいたぶる猫のような視線で、ガシュベルは彼女らを見下ろした。

「認めるかね、自身の罪を」

「誰がっ!」

 毅然とガシュベルを睨み付けるのは、ナルニア。

「それでは仕方がない。あるいは紳士の嗜みに外れるかもしれないが、拷問を受けてもらおう。なぁにすぐに罪を認めたくなる」

 低く笑うガシュベルは、衛士の長に命じて彼女らを別々に連行させる。

「一番下の小娘だけは、私がじきじきに尋問しよう。他の豚どもは貴様らの好きにしてよい」

 畏まって頷く衛士の隊長の言葉に、満足そうに頷いてガシュベルは自室に引き取った。




「この美しい肌、手触り……罪人の身には不相応なものだ」

「はわわ!」

 ガシュベルの指がカーナの肌をなでる。広い寝台の上、鎖に繋がれたカーナはその上で、ガシュベルから逃げ回っていた。

「へ、変態です!」

「変態だと!? 美しいものを美しいといって何が変態か!」

 カーナの言葉に一々反応し、自説を述べねば気がすまないらしい。

「良いか、女と言うものは少女の頃が最も美しいのだ。成人を終えたばかり、あるいはその手前……はちきれんばかりの肌のつや、穢れを知らぬその瞳、未だ成長過程にあるその四肢……お前のこの肌のように」

「何を言うのですか! 女はお姉さま達のようにぼんきゅぼんが良いに決まっているではないですか!?」

「くだらぬ! 胸と尻がでかいだけの女など牛にも劣る!」

 喧々囂々の言い合いの中、ハッと気づいたようにカーナはガシュベルにたずねてみる。

「そ、それでお姉さま達はどうなったのですか!?」

「知らぬ! あのようなメス豚ども衛士の良い相手であろう。さあ、いい加減観念しろ!」

 引き寄せられる鎖に、必死に抵抗するが大人の男の力の前にはやはり無力であった。

「いやですったら嫌です!」

 ガシュベルの舌がカーナの首筋から、腕を舐め上げる。

「ひゃ!」

 その冷ややかさに、思わず声をあげてしまう。

 その声をいやらしい笑みを顔に浮かべて確認すると、ガシュベルは更に彼女を舐め回す。腕から、腹へ腹から足の指先へ、そして徐々に上へ上がっていくガシュベルの舌に、カーナは奇声をあげる。

「何をするですか! 変態ぃ!」

 ガシュベルは今までに何度も少女を嬲ってきたが、今までの見目麗しい少女は、ただ震えているだけの者がほとんどだった。たまに抵抗する者もいたが、裸に剥いて鎖に繋がれれば、その抵抗はほとんどないに等しくなる。

 だが、この少女はどうだろう。今までの少女との違いと言えば、全く抵抗をやめないところにある。そしてその抵抗は、言葉によるものと、ガシュベルに自由を奪われそうになった時、するりと抜けていく程度のものでしかない。

 腕力では明らかに、ガシュベルに分がある。

 ガシュベルは女と言うものに対して、支配者として君臨したかった。

 そのような願望を持つもには、時として全く抵抗されずになすがまま支配を受け入れるより、軽い抵抗をしてくれた方が、自分の優位を確認できる。

 先日雇ったカチューシャと言う少女は、六日もたたぬうちに、魂のない人形同然になってしまった。あれではいくら美しくても面白くない。

「時間はたっぷりある……」

 呟いてガシュベルは、カーナをひっくり返しうつ伏せにする。

「何するですか!?」

「知れたこと」

 首筋から、背中に沿ってガシュベルの舌がカーナの肌を這い回り、手はその可憐な腰から下を指先で撫で回す。

「ばかばかばか、へんたいへんたいへんたい!」

 カーナの暴言に、嗜虐の笑みを噛み締めながら、ガシュベルは愛撫を続けた。





 その知らせを、トゥメルが受け取ったのはナルニア達がガシュベルに捕まってから既に1日が過ぎていた。

「な、に……!?」

 かすれた声になったのを、トゥメル自身は気がつかなかった。

「ガシュベルめが、ナルニア達を攫ったと、そういうのか!」

 事実を確認するにつれて、怒りが込みあげる。握った肘掛を握りつぶしてしまいそうなほど、きつく握ると、トゥメルは部下に確認をする。

 ただしくは、密告されての拘束だが、今の彼にはどちらでも良かった。

「……許せぬっ!」

 ぎり、と奥歯を噛み締める音が、近くのものにまで聞こえた。目は血走り、身体はわなわなと震える。

「兵を集めよ、ナルニアを救う!」

 立ち上がると腰に差した長剣で、自身の座っていた椅子をまっ二つに斬って捨てる。

「おのれぇ、ガシュベル……」

 自身の名誉や身体をいかに傷つけられたとて、これほどの怒りはない。男にとって最も苦痛なのは、自身の大切な人を傷つけられたときだ。

 荒い息を吐き出すと、大またに歩いて自身の部屋に戻る。

「鎧だ。急げ」

 追いついてきた家宰に、命じて召使達を集めると、鎧を着込む。着終える頃には、トゥメルの屋敷には既に彼の配下の歩兵達が集まってきていた。

 集まった兵士に向ってトゥメルは、檄を飛ばす。

「戦友達よ! 俺は今日と言う今日は我慢の限界だ! 盗賊の討伐も出来ず、武の何たるかも知らぬ! そのような弟が我が物顔で、俺達のベルガディを取り仕切ってやがる」

 鞘ごと剣を腰から抜いて、地面に突きつける。

「ベルガディを本来あるべき姿に戻そう! 奴ら女の腐ったような衛士どもに、誰がこの町の主人なのか思い知らせるときが来た!」

 トゥメルの怒りが乗り移ったかのように兵士達は猛り、喚声をあげる。

「お前達の家族に聞いてみるがいい。お前達の家族の心を慰めてくれた旅の一座を覚えているかと! よりにもよってガシュベルらは、可憐なその娘らを攫い、辱めている! 許しておけるか!?」

 許せぬ! 声は幾重にも重なり地を揺るがす。

「旅の一座を、救い出せ!」

 応える声と共に、長槍で宙を突き刺す兵士達。

 トゥメルを先頭にして、西域で最強を謳われるトゥメル歩兵団が出撃した。




 王都ロクサーヌ。

 晩春から初夏にかけて日々暑くなって行く日々に、木々は花から葉に衣替えをし、人々は新緑の葉に目を細める。道を往来する人に降り注ぐ容赦のない日差しは、石造りの道の両端に植えられた木々のこずえによって遮られ、人々にひと時の憩いをもたらしていた。

 貴族と平民の推挙により、玉座についたカル。新たな国の創設と言う途方もない事業に、彼は忙殺されていたが、その身辺を守る近衛の長となったシュセもまた多忙であった。

 何しろ人がいない。

 むろん、侍従や召使など、カルが王として召抱えている者に不足はないのだが、カルが信頼し、忠誠を誓う人材がカルには不足していた。

 文官では、転向組みのフィフィや気弱なベルモンドあるいは旧十貴族の生き残りである一つ目鴉(ミザーク)家のテクニア。ここにヘリオンが居れば過不足なく国を運営できたろうに、彼は既に故人となってしまった。

 逆に武官を問われれば、まず近衛の長としてシュセ。そしてしばらく姿を見せないエルシド。だが果たしてこの男を信用してよいのだろうか、とシュセは疑問に思う。彼の元にやったアンネリーからは、逐次連絡を受けているが、それでも不安だった。

 僅かに二人、その状況にシュセは危機感を覚える。

 シュセはカルが王となる以前は軍勢を率いる事も、なんら危機感をいただかなかったが、カルが王となって以降彼自身で軍を率いることに疑問を感じていた。

 確かに兵士達の士気はあがる。しかし、カルが負傷でもしようものなら、この国の機関は全て止まるといっても過言ではないのだ。その危険を冒してまで、彼が前線にとどまる理由はないのではないか──。

「入ります」

 夏の日差しを遮って、窓からは涼風が吹き込む。

 近衛の長となったシュセには、カルの執務室に程近い場所に部屋を与えられていた。

「どうぞ」

 開かれた扉から入ってきたのは、近衛の中で彼女の次席を与えられているクラウゼとユイルイだった。

傭兵上がりのクラウゼと、若手貴族のユイルイ。普段なら全く接点がないような二人だが、意外とこの二人は仲が良い。

「ユイルイ・ロウヘイア並びにクラウゼ・ジュネお呼びにより参上いたしました!」

 型通りの敬礼をしてユイルイが踵を打ち鳴らした。

「よくいらしてくれました」

 ぽんと、手を打ち鳴らして笑顔を見せるシュセに、クラウゼがたずねる。

「なんでも、火急の用件とか、戦ですか?」

 手柄を立てるには戦場が一番、と普段豪語するクラウゼの目に期待する光がある。

「似たようなものですね」

 口の端を歪めて僅かに笑みを見せるクラウゼと、眉をひそめるユイルイ。

「似たような、とは戦ではないのですか?」

 ええ、違います。と断ってから一枚の書面を差し出す。

「拝見します」

「なんて書いてあるんだ?」

 字が読めないクラウゼは、ユイルイに説明を求める。

「……クラウゼ、良かったな。お前はしばらく子供らに混じって私学へ行くらしいぞ」

「はぁっ!?」

 素っ頓狂な声を挙げるクラウゼに、ユイルイも眉をひそめる。

「女神様そりゃないですよ!? 俺は勉強なんてしたことねえもん!」

 10歳も年下の上官に対して、酷いとばかりに抗弁する男の図はいささか滑稽であったが、当人にすれば大真面目であった。

「誰が女神ですか!」

「クラウゼは良いとして、なぜ私は地図の作成など……これは文官の仕事ではないですか!?」

「黙りなさい!」

 一喝して、二人を黙らせると、教師のような口ぶりで二人に諭す。

「良いですか? まず、クラウゼ殿貴方部下に命令書を読んでもらっているらしいですね?」

「ええ、まぁ」

「それで部下を率いるつもりですか? 示しがつきません。文字の読み書きは最低限できるようになりなさい。さもなくば降格です!」

「ひでぇ」

 捻りも何もない率直な感想が、クラウゼの口から漏れる。それを聞かなかったことにして、シュセは憤然としているユイルイに向き直る。

「ユイルイ殿、王都近郊のハラムスの丘はご存知?」

「いえ……」

「では、大河ポルレにおいて船の付ける浅瀬の場所は何箇所あるかご存知?」

「いえ……」

「ではでは、王都から各都市に伸びる道の幅はどれくらいで、何人が通行可能?」

「わかりません……」

「ちなみに、クラウゼ殿はご存知?」

「ハラムス丘は、あれだろ……歩いて半日ぐらいの頂上がだだっぴろい丘で、ポルレの浅瀬は四箇所。道幅は三人が並んで歩けるが、兵糧とか積んだ車が一緒なら一列だなぁ」

 常識だろう、と言う視線を投げかけるクラウゼ。苦虫を噛み潰したようなユイルイに、シュセは改めて宣言した。

「行きなさい!」

「……はい」

 うな垂れるユイルイに、不満たらたらのクラウゼ。二人を前に、シュセは言い放つ。

「良いですか、貴方達にはわたくしのみならず、陛下におかれましても期待しているのです。剣の腕だけでなく、その指揮手腕を磨きゆくゆくは、軍の中枢を担ってもらわねばなりません。兵の手本となるべき将が、字も読めなく地理も知らないでは、この国の行き先は暗雲立ち込めるものになるでしょう」

 ですから、と言い置いてシュセは二人の生徒に指導する。

「ユイルイ殿、クラウゼ殿頑張ってくださいね!」

 にっこりと微笑まれると、不承不承ながら頷かざるをえなかった。

 シュセの部屋から退出すると、二人はため息を尽きつつ廊下を歩く。

「まったく、お姫様の気まぐれにも困ったもんだなぁ……」

「確かに、だがシュセ様の言葉にも一理ある」

 二人で顔を見合わせると、同時に言葉にした。


「馬鹿は将にはなれない」「世間知らずは将にはなれねえ」


 互いに眉を少しだけ跳ね上げて、自身のやるべきことを確認すると、下された命令に従うことを決めたのだった。




年末休み素晴らしいですね。

読者の皆様には感謝しきりです。

この小説の総合評価が100ポイントを越えました。

ありがとうございます。

感想などもいただけると嬉しいです。

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