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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦526年 魔女の系譜3章
8/103

牙を剥く黒蛇4

ほとんど毎度のことですが、残酷な描写があります。


 裏門から20名の騎士を選びだし、ルクを伴って脱出を図ったウィンベルは、邸宅で奮戦するアトリウスが敵の目を引き付けてくれたこともあって無事に包囲を突破していた。貴族達の邸宅が立ち並ぶロクサーヌ北部では、煉瓦作りの家が一般的となっている。家々には、庭が備え付けられており、庭と邸宅を囲むようにして高い壁垣で囲むのが一般的だった。

 細い通路が幾重にも張り巡らされた、そこは初めての者が迷子になってしまうことも多々あるほどに複雑化していた。

 その路地をルクを伴ってウィンベルは進む。だが20人という人数は、敵を引き付けずには置かない。その敵を葬る度に、彼らの人数は一人、また一人と数を減らしていった。ルクは脱出に抵抗した為、已む無く眠らせてある。彼女を、馬の背に荷物のように乗せてウィンベルはひた走った。


「頑張れ、皆もうすぐ平民区だ」


 傷ついた仲間を励ましながら、薄暗い路地を進むウィンベルの前に、二つの影が立ちはだかった。

 一つはにへら、と笑う小柄な少年。くすんだ金髪の髪は、薄暗い路地でも目立つものだった。

 一つは、収まりの悪い黒い髪を腰まで伸ばした女。整った顔立ちだというのに、その口元に浮かぶのは禍々しく歪んだ笑み。膝上までの黒いズボン、胸と肩周りを覆うだけの黒い服。それからすっきりと伸びるのは、白い手足。その手の先には双剣が握られていた。


「逃がすなよ」


 ウィンベルの後方に向かってかけられた言葉に振り返れば、そこにも二つの人影があった。

 一つは、首から足元までを黒いローブで覆う小柄な少女。ただその目の下には隈があり、睨み上げる視線は、この世の全てを嫌悪するかのように澱み、濁っていた。

 一つは、肩までの黒い髪を一つに束ねた、琥珀の瞳を持つ青年。鋭く、残忍な目つきは狼を連想させた。手に握るのは双振りの小太刀。

 立ち塞がる彼らから、滲み出る異様な殺気に、敵だという事を否が応でもウィンベルは認識させられた。


「敵だ、掛かれ!」


 前後に一斉に攻撃を開始する騎士達。幾重の白刃が彼らを押し包み、無残に切り倒すはずだった。

 しかし倒れたのは騎士達のほう、後ろに向かった三人は外傷もなく倒れ去り、前に向かった三人は、血飛沫を吹き上げて崩れ落ちる。


「あそぼ〜」


 気の抜けたような笑みを向ける少年。手にしているのは紛れも無く血塗れた短刀。


「くっ……」


 振りかぶった騎士の踏み出した足を踏み台にして、少年が頭上へと駆け上がる。

 頚動脈へ一撃。

 その後には血の花が咲いた。

 後ろから迫った脅威は、小柄な少女の形を取っていた。黒いローブから手を出せば、その手に握られていたのは投擲用の小剣。投げつけられたそれが僅かでも掠った者は、その場に痙攣して倒れていく。


「毒か! 卑怯者め!」


 その声に少女の濁った瞳が熱を帯び、口元は歓喜に歪む。


「……苦しんで、死ね」


 瞬く間に、騎士達は倒れていく。


「いたぞ! ツラドの残兵だ」


 毒使いの少女の後ろから、ヘルシオ家の私兵達が迫る。だがその前に立ち塞がったのは、狼に似た青年だった。

 一陣の疾風となって敵に向かう。彼が一閃する度に、ヘルシオの兵士達が壁に叩きつけられ、路地裏の壁には、潰れた果実のような醜い彫像が出来上がる。


「貴様ら、ヘェルキオスの手の者でないなら、なぜ我らを狙う!?」


 ウィンベルは、迫り来る二つの死神に言葉をかけた。


「さぁ」 


 無邪気に笑って、さらに一人を切り倒す少年。


「……どうでも、いい」


 毒使いの少女は、心底興味なさそうに吐き捨てた。


「何が狙いだ!」


 ルクを乗せた馬を背に庇い、ウィンベルは剣を構えた。


「アンタの後ろのお嬢さんさ」


 歪んだ笑みを貼り付けたまま、女が答える。


「それだけは、できぬ」


 女の笑みが一層深くなる。


「そうこなくっちゃね、やれケイフゥ!」


「ひょい」


 真下から迫る無垢なる凶刃の一撃目をなんとか、避ける。二撃目、顔の真横から振るわれた一撃を剣で防ぐ。


「およ」


 攻撃が防がれたのを不思議に思っているのか、少年はウィンベルの正面で立ち止まり首をかしげる。その隙に向かってウィンベルは剣を振り下ろした。だが子供を斬ったという感触は無く、胸に熱を感じて見下ろせば鎧の隙間から突き立つ短剣が目に入った。

 ぐらりと、力が抜けてウィンベルは崩れ落ちる。


「ちっとばかし、時間かかりすぎじゃないのかい?」


 ケイフゥの頭に手を置いて、サギリは声をかけた。


「じらし、じらし〜」


「それは、忘れろ!」


 置いていた手を握って、ケイフゥの頭を叩く。


「さて、盗賊らしく目的のものを頂きますか」


 そう言って、ルクの元へ向かい彼女の長い髪を、切り取る。


「この女は、幌馬車にでも押し込めておきな。手ぇ出すんじゃないよ」


 歩き出すサギリの笑みは、深くなっていた。




 左から槍を突き出す雑兵の首を刎ね、直後右から剣で斬りかかって来る者を叩き伏せる。

 アトリウスは善戦していたが、疲労の色は隠すべくもない。部下の騎士達も次々に討ち取られ残るはほんのわずかとなっていた。


「御館様、そろそろ……」


 全身に血を浴びた、老騎士がそっと囁く。


「すまぬな。苦労を掛ける」


 身を翻して、ルクの邸宅に戻る。最後まで付き従ってくれた私兵達に命じて、邸宅に火を掛ける。瞬く間に広がる炎を視界に納めつつ、屋敷の奥まった一室へ疲れた身体を運ぶ。

 その部屋の扉を開けると同時に、誰も居ないはずの部屋に人の気配を感じてアトリウスは武器を構えなおす。


「何者だ!?」


「忘れちまったのかい? つれないねぇ、アトリウス小父様?」


 地獄の底から響くような笑い声が、サギリの口から聞こえた。


「そんな……貴様、生きていたのか?」


「生憎とねぇ」


 滴るような憎悪が、サギリの整った顔に笑みを形作らせる。


「なぜ、貴様……」


「そうそう、感動の再会で忘れる所だった」


 そう言って、手にしていたルクの赤い髪の束をアトリウスに投げる。


「アンタの可愛い娘さんだけどね。預からせてもらってるよ」


「ルクを、だと?」


 娘の名前を聞いた途端、アトリウスの顔に朱が走る。


「貴様、わしの娘をどうするつもりだ!?」


「どうするっていうか、もうしちゃったんだけどね」


「な、に!?」


「良い声で鳴いてたよ。助けてっ! ってさあ!」


 両手を広げて嘲るサギリに、アトリウスの戦斧が迫る。その一撃をすり抜けて、サギリが双剣を振るう。アトリウスの足が切り裂かれ鮮血が舞う。


「今でもアタシの手下どもが、アンタの娘相手にお楽しみかもねぇ」


「うおおぉぉ!」


 獣の咆哮を上げて、再び襲い来るアトリウスの戦斧をかわすと、再び足を切り裂き、その背に回ると蹴り飛ばす。


「どうした、ツラドは武門の名家なんだろう? アトリウス小父様、こんな小娘に足蹴にされて悔しくは無いのかい?」


「魔女め!」


「ああ、その通り。今じゃ荒地の魔女って名乗らせてもらってるよ」


 戦斧を杖にして立ち上がり、痛む足を引きずってサギリに打ち掛かる。

 だがそんな攻撃が当るわけもない。再び足を切り裂かれる。

 膝を付くアトリウスに、近寄りながらサギリは口を開く。


「アンタにも聞かせてやりたかったねぇ、あの子が獣みたいな男どもに──」


 振るわれる戦斧。


「──犯されてよがる声ってやつをさ」


 それをかわし、アトリウスの耳元で囁く。同時にアトリウスの腕にはサギリの双剣が突き立ち、肉を断ち切る。


「ぐぅ……貴様、なぜだ!?」


「なぜか? わからないのかい?」


 サギリの顔から表情が消える。


「お前を苦しめる為だよ。少しは味わえてるかい? 絶望ってやつをさ」


「そんな事のために、娘を……ルクを!」


 サギリの目が見開かれる。

「ああ、そうだよ。アンタの娘はもう戻らない。汚く陵辱されて死んでいく。アンタの所為で、ね」

 泣き崩れるアトリウスに、サギリの悪意はとまらない。


「あの子をどうやって殺してほしい? 壊れるまで男どもの玩具にされてゴミのように殺されるのが良いのか? 四肢を一つずつ潰していって殺すのが良いかい? それとも生きたまま獣に食わせるのがいいか?」


「お、おのれ……」


 苦悶に満ちたアトリウスの声にサギリは嬉々として、滴る悪意を向ける。


「それともやっぱりアレか? 血を抜き出せるだけ抜いて殺してやった方が、いいのかねえ? アタシの姉さんを殺した時みたいさぁ」


「おのれぇぇ!」


 血を撒き散らす足を気力で動かして、アトリウスは戦斧を振りかぶった。笑う魔女に向かって、振り下ろしたそれに、手応えはなく湧き上がってくるのは猛烈な吐き気。

 ごぼっ、と吐き出したのは赤黒い彼自身の血。気が付けば、腹部に激烈な熱と痛み。


「なぁんてねぇ」


 崩れ落ちたアトリウスに、振り上げた双剣を突き立てる。


「アタシが、お前らと同じことをするわけがないだろう?」


 胸に。


「アタシが」


 腹に。


「アタシが」


 喉に。


「アタシが!」


 眼球に。


「アタシがあ!」


 何度も何度も突き立てる。血が飛び跳ね、サギリの顔に、身体にかかるのも構わず幾度も突き立てる。既にアトリウスの瞳に光は無く、命が無いのは分かりきっていた。

 だがそれでもサギリは刃を突きたてた。


「はぁ……はぁ……くそっ!」


 屍となったアトリウスを蹴り飛ばす。


「サギリ」


 声をかけたのは、ジン。


「なんだ」


 答えたサギリの瞳は底知れぬ闇を映していた。


「そろそろ戻ろう、火の回りが早い」


 頭を冷やして周囲を見渡せば、煙が充満し始めていた。


「……そう、だね」


 苦悶の表情で屍となったアトリウスを見下ろし、立ち上がった。


「くだらねえな」


 ジンの隣を歩きながら、サギリは一人呟いた。


この小説では、善意の人ほど速やかに死にます。


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