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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 覇を統べる王5章
76/103

西域の主4


「やれやれ、大変なことになった」

 ロクサーヌにいくつかある武具を扱う店の奥でクルドバーツは頭を抱えていた。数日前にガドリアからロクサーヌに戻っていた彼の元に、つい先ほど知らせが届いたのだ。

 “王に繋ぎをつけろ”

 荒地の魔女からの無理難題。毎度のことながら、唐突に突拍子もないことを言う。

「とはいえ、やらねばこの首が危ない」

 太った首をなでつつ、王城に出入りしている商人を調べ上げることからはじめた。将を射んとせば、まず馬を射よ。その言葉どおり、まずは騎士……それも表立った活躍をしていないものが良い。このような時商人達の横の繋がりは強い。

「テイゼン、テイゼンはいるか?」

 部屋の外に呼ばわる声に、ロクサーヌの店を任せている番頭が顔を出す。

「なんでしょう、大旦那」

「今度、王城に武器を入れたいと思うんだが……」

「なるほどなるほど」

 年老いた番頭は、クルドバーツが最後まで喋る前に、その話をさえぎった。

「わかりました。城に出入りしている商人ですね?」

「そういうことだ」

「お任せを」

 腰の曲がった老番頭が部屋から退出するのを見計らって、クルドバーツはため息をつく。

「やれやれ、痩せてしまいそうだ」

 一言愚痴ると、ため息をつき、仕事もに戻っていった。





 ロクサーヌの北区、十字に走る大通りを北に行ったところに、かつての王城跡がある。お椀をひっくりかえしたような小高い丘の上に、今は石垣がわずかに残る城の跡がある。かつては王の庭として、丘からその下の広場に至るまで、絢爛たる王城が築かれていた場所だった。

 丘の上は広く、かつての王城の巨大さを伺わせる。庭園だった場所は荒れ果て、雑草が生い茂り、桜の大樹が街を見下ろすように残っているきり。大樹が見下ろす丘の下は、王の民が王の声を聞くための、広場だった。かつてはロクサーヌ中の人が集ったその場所で、今再び人が集っていた。

 共和制時代になってからは、立ち入りすら禁じられた王城跡。その場所を開放したカルは、広く人を集めやすいその場所で、静かに椅子に腰掛けて眼前の光景を見据えていた。

 冷やかな湖水色の瞳が映し出すのは、処刑の景色。

 法務官トゥールの判決文は、聴衆に向けてこれから処刑される者の犯した罪状を述べていた。項垂れる囚人もいれば、泣き喚く囚人もいる。目を背けたくなるその光景から、カルは一時も目を話さなかった。

 カルに向かって命乞いをする者、呪いの言葉を浴びせる者、全てを見下ろし悠然と玉座に座る。

 囚人達に向かって振り下ろされる処刑台の斧。

「これにより、処刑は終わった。ロクサーヌを蝕む、悪は駆逐されたのだ!」

 法務官トゥールの言葉に、集まった市民からは歓声が上がる。その歓声を背に、カルは自身の住処であるスカルディアの屋敷へと足を向けた。

「……お疲れではありませんか? 陛下」

「二人の時は、カルで良い」

 馬車に乗り込むカルに同乗したのは、近々近衛の長を任せられることになったシュセ。豪奢な黄金色の髪を鬱陶しそうに、掻き揚げてカルは一つため息をついた。

「金を盗んだ程度で、処刑……やりすぎだと思うか?」

 今日処刑されたのは、王からの貸付金を持ち逃げした罪で、捕らえられた者だった。本来ならば鞭打ちの刑で済ます所を、死刑としたのは、見せしめの意味を持たせるためだった。

 荒んだロクサーヌに、再び潤いをもたらす為、それを蝕むものは厳罰を持って処す。その決意の表れとして、カルは罪人の処刑に踏み切った。

「民もきっと納得してくれましょう」

 法で民を治める国ならば、そのようなことはできない。あくまで人が治める国だからこそ、それができるのだ。法の整備を進めながら、あるいはその真逆のことをする。一つ一つが手探りで、国とその土台を作っていかねばならないカルにとって、どれもが神経をすり減らすような作業に他ならない。

 シュセの言葉に、そうか、とだけ頷いてカルは流れる街の風景に目を転じる。

「……私はどこまで己が手を汚せば良いのかな?」

「カル様……」

「冗談だ、気にするな」

 美姫すら酔わす口元に、自嘲の笑みを浮かべてカルは目を閉じた。

 そんな様子のカルに、シュセは唇をかみ締める。

「止まってなどいられない。私も、お前も。そうだろう?」

「御意」

 スカルディアの屋敷へ向かう馬車は復興著しい街中を、静かに通り過ぎていった。




 ロクサーヌという都市は、周囲を白い外壁に囲まれた円形の都市だ。東西南北を貫く大通りを中心として計画された人工都市。この都市の歴史がすなわち王国ロアヌキアの歴史そのものといっても過言ではないほど、常に国の中枢として位置されてきた。

 東西を走る大通りを境として、北が貴族達の住まう北区、南は平民と貧民達が住まう南区がある。北に向かうにつれてやや、高くなる地形をそのまま利用して計画された街だった。街のもっとも標高の高い場所には今は廃墟となった王城の後が存在し、街の北区で最も広い敷地を有している。

 一方南に目を向ければ、東西を走る大通りから南へ下るに連れて、その貧富の差が顕著になる。最も貴族に近い位置に、家々を構えるのは商人達である。人通りの多い大通り沿いに、こぞって店を立て、自宅を立てる。次に来るのが職人や、一定の収入を持った平民達だ。集合住宅スブッラにすみ暮らす一人者や、家族を養う者、少し豊かになれば自分だけの邸宅を持つ者もいる。

 そして最後に、貧民層を呼ばれる最も壁沿いに住む者たちの住居が来る。崩れかけた家屋に住み暮らし、乞食の真似事をする者、どうやって生活しているかわからない者など不特定多数の者がこの地域に住んでいた。ゆえに、ロクサーヌの人口を調べる上で、彼らの存在が大きく影響を及ぼす。

「平民区までの戸籍登録作業は終わったようだな」

 フィフィの差し出した書類に、目を通しながらカルは執務を続ける。

「戸籍の登録を条件に、貸付をさせたのがよかったようだね」

「続いて貧民区とされる地域についても、実施せよ」

「正気かい?」

「何か問題でも?」

 肩をすくめ、ため息をつくとフィフィはカルの湖水色の瞳を見返す。

「大有りだよ。またロクサーヌで血を流すつもりかい? 何の試算もなくあんなところの調査に出かけた日には命がいくつあっても足りはしない。陛下はご存じないかもしれないけどね、あそこはロクサーヌでもかなり危険な地域なんだ」

 共和政時代において、ロクサーヌ外壁の城門は常に開かれていたといっても過言ではない。誰に対しても、犯罪者や異教徒においてすら、その貴賎を問わず開かれていた。

「開かれていたって言えば聞こえはいいが、実際衛士が仕事をサボってたんだろうけどさ」

 フィフィの辛らつな評価にも、一理ある。

「失礼します」

 扉をたたく音ともに、カルの執務室に入室してきたのは、白亜の鎧姿に身を固めたシュセの姿。その物々しい気配に、フィフィが息を呑む。

「陛下。私兵300いつでも出れます」

 一度頷くと、カルはフィフィに視線を向ける。

「これよりシュセ率いる私兵300を調査に向かう人員の護衛につける。平行して迷路が如き貧民区の調査を進めるものとする。異存はあるか?」

「……大した度胸だ。ないよ」

 背に冷や汗を流しながらフィフィは頷いた。カルはロクサーヌの全ての闇に光を当てるつもりだ。そう直感し、フィフィは小さく身震いした。

「これは戦だ。フィフィ」

 鋭く冷たいカルの視線、強大な敵に挑む時のように一片の迷いもないそれが、フィフィを射抜く。

「ロクサーヌに、光を」

「御意のままに」

 年若くても、この者は王なのだと。フィフィは自然に頭を下げていた。



「クソが!」

 罵倒とともに振り下ろされる剣の一撃を、細剣で受け流し敵の首を刎ねる。吹き出る血飛沫が、白亜の鎧に赤い斑点を刻んでいく。

「王命により」

 振るわれる剣は、疾風の如き速さで。

「あなた達を捕縛します。逆らえば容赦はいたしません」

 発する声は凛として気高い。

「ふざけんじゃねえ!」

 街に救う賊徒を、スカルディア私兵を率いたシュセは駆逐していた。裏路地の狭い道を、私兵300を持ってシュセは一区画ごとに掃討して行った。暗く日の差し込まない、じめじめとした路地裏。何層にも無計画に増改築が進められ、迷路のごとくなった小道。倒壊した建物に、そこを根城とする盗賊、賊徒の類。

「おとなしく縛につけ!」

 衛士の声に、盗賊達が動揺するのがわかる。

「に、にげろ!」

 一人が逃げ出すと、後は雪崩を打つように敗走していく盗賊たち。その背を配下の私兵に追わせ、シュセは推官達に視線を移す。

「これで、概ね十三区は安定すると思います」

 シュセと推官達はロクサーヌの貧民区を管理するため、その区域を1~20の区域に分けた。数字が挙がっていくにつれて、ロクサーヌの中でも無法地帯に近く手のつけられない盗賊が巣食う場所となっている。その半分を過ぎた頃、シュセは推官に都市の再編計画を練ってもらうため、いまだ生ぬるい血の流れる貧民区の一角に文官である彼らを招いた。

「陛下の望みは、新たな秩序をロクサーヌにもたらすこと。そのためには、あなた方の力がぜひとも必要なのです」

 血塗れた剣を払い、真摯に推官に頭を下げるシュセ。あるものは、その誠実さに、またある者はその血の生々しさに、頷いた。

「これより、さらにわたくしは前進いたします。衛士の方が護衛をしてくださいますので、是非丹念な調査を」

 きびすを返すシュセを、文官たちは声もだせずに見送った。

「クラウゼ、ユイルイ。各々2個班を連れて左右の道を探れ!」

「ハッ!」

 軍の組織は、1ユセ5人を最小単位として、5組でユーセ。さらに、通常12班でユーセルといった。定員は300名をもってあてる。基本どおり組まれた隊には、各班ごとに班長、組ごとに組長がいる。

 一隊を率いるということは、300人の将となることを示していた。隊を5つ束ねたものが中隊ミ・ユーセル、隊を10束ねたものが大隊ラ・ユーセルとなる。

 この軍制はかつての王ユーヴァの時代からの伝統であった。副将格のクラウゼとユイルイに左右に分かれた道を進ませ、シュセ自身はもっとも困難が予想される本道を行く。ここまで被害らしい被害も出てはいないが、この先も同じだという保証はない。

 慎重にシュセはロクサーヌの内患を取り除いていった。

「おっしゃ! 俺たちの女神様にいいとこ見せるチャンスだ! 気張れよ!」

「品がないぞクラウゼ、焦れば賊といえども足元をすくわれるぞ!」

 シュセの指示に従い、クラウゼとユイルイが歩みを進めていく。クラウゼ・ジュネはこの年28を迎える若者。元々傭兵で、カルのスカルディーナでの募集に応じ頭角を現してきた若手の人材だった。ユイルイ・ロウヘイアは25歳ながらもスカルディアに心を寄せる中小貴族。武芸に長けた貴重な貴族の一人だった。

 2個班50名をそれぞれ率いて、示された区画の隅々まで虱潰しに賊を狩りだしていくさまは、忠実な猟犬そのものだった。狭い道から数の圧でもって、賊を本道にいぶり出す。その後は本道に控えるシュセの餌食となるという具合に、賊狩りは順調に進んでいった。

 掃討戦を始めて僅かの間に20に分けた区画の19までを制圧したのは、一つにシュセの戦術眼の正しさと、奇襲的な速度にあった。カルとシュセが、ロクサーヌの貧民区の“大掃除”をいつ計画したのか誰にも打ち明けないまま、この作戦を行ったのには一つには情報の漏洩を防ぐ目的があった。

 大々的にするとなれば、当然周囲から情報は自然と漏れていく。それを防ぐために、当初は市内の巡邏という名目で、私兵300を連れ出したのだ。

 そして遂に、目的の最後の区画。20区画目に到達する。

「これはっ……」

 そう言ったきり言葉を飲み込むクラウゼ。ユイルイも二の句を継げずに、黙ってその光景を見守っている。

「ここは、どのような場所なのですか?」

 途中捕虜にした賊に尋問しながら、シュセ率いる300の私兵隊は貧民区を進んでいく。

「なんだ、アンタここがどんな場所が知らないで来たのか」

 ひひ、と下品に笑いながら捕虜はシュセを睨む。

「ここいらじゃ、楽園って呼ばれてるぜ」

「楽園……」

 シュセ達の眼に映るその光景は、ロクサーヌ最大のの無法地帯と呼ばれるはずの、その場所は平和に過ぎた。ここに来る間必ずといって良いほどに出会ってきた無法者の姿はない。じめじめとした裏路地の、無計画に増築された家々はこの一区画だけ切り取られたかのように存在しない。

 裏町の名前からは想像すらできないほど、採光を取り込んだ建物の配置。眼前に広がるのは、バザールの光景。あふれる人が、品物を並べた市場を散策していく。

「取り仕切ってるのは、裏町の有力者どもだ。俺みたいな小物と違ってなぁ」

 その言葉に、クラウゼやユイルイは言葉を詰まらせ、鋭い視線で捕虜の賊を睨む。

「その有力者には会えますか?」

「な、……おいおい冗談だろう?」

 シュセの言葉に、賊の背に冷や汗が流れる。先ほどまでシュセ達をからかっていた嘲笑は鳴りをひそめる。

「冗談ではありません」

「おいおい……」

 左右に控えるクラウゼ、ユイルイを省みるも、彼らもシュセの意向に逆らう様子はない。

「……この通りを左に行った所に宿屋がある。運が良ければ会えるだろうぜ」

 シュセが本気だと知ると、諦めて口にする。

「あなた達はここで待ちなさい」

 件の宿の前に立つと、シュセはそう言い一人扉をくぐった。

 ぎぃ、と鳴る立て付けの悪い扉を開ける。

 一階は酒場。二階は宿。高級な宿でないことは、木造の作りを見てもわかる。所々に隠せないほどの疵や、染みがついている。板張りの床は、踏めば悲鳴のような軋んだ声をあげる。いくつかテーブルと、それを囲む椅子。直前まで、宿泊客が昼食でも食べていたのだろう。テーブルの上にはまだ、片付けていない陶器の食器が並んでいた。

「あら、いらっしゃい」

 腰まである銀色の髪を束ねた女性が、エプロン姿でにこやかに笑みを返す。翡翠色の瞳が、まっすぐにシュセを見返す。

 気後れしそうになるのを耐えて、シュセは彼女に声をかけた。

「シュセと申します。このお店に来れば、この辺りを取り仕切っている人がいると聞いたのですが……」

「久々のまともなお客さんかと思ったのに……」

「ご期待に沿えず、申し訳ありません」

 ため息をつくと、両手を腰に当てる。

「ロメリアよ」

 そう名乗った女性は、それで、と聞き返す。

「……貴女がこのあたりを取り仕切られている?」

 驚きながら、問いかけるシュセにロメリアは頷く。

「正確にはうちの人、なんだけどね。大した違いはないでしょう」

 一瞬戸惑ったように、ロメリアを見返すと一度まぶたを伏せる。

「ここは、どうしてこのように整っているのでしょう?」

「それは……あなたのお仕事に必要な質問なのかしら?」

 穏やかな笑みに、シュセは言葉に詰まる。彼女の役目はロクサーヌでカルに従わない賊の討伐。それはロクサーヌの全てをカルの手中に収めることだ。戸籍の登録による民の掌握を手始めとして、衛士の増員はカルに逆らう者を早期に燻りだす事にもつながるだろう。

 カルからの資金の貸付を飴とするなら、それは人々に気づかれぬうちに振るわれる鞭に違いない。

 彼女らのように、勝手気儘に市など開くのはカルの許すところではない。商いをするなら、その場所代を税としてカルの元へ納めるべきなのだ。

 法を整備する法務官と、彼らの整備する法の外側にいる王という存在。大きすぎるその存在に、反発するものが出てくるのは当然といえた。

「わたくしは、いたずらに争いを好みません。あなた方が従っていただけるのなら、こちらも無益な殺生はいたしません」

「貴女は新しい秩序を」

 くすりと笑いロメリアはカウンターの奥から細剣を引き出す。

「私たちは自由を謳う」

 黒塗りの鞘に、鍔元には羽飾りの意匠が施されたそれは、使い込まれた年季を感じさせた。

「貴女がどんなに優しくても、力づくで来るのでしょう?」

「わたくしはっ……」

 反論しようとするシュセに、羽の細剣を突きつけてロメリアは首をふる。

「剣を抜きなさい……貴女が正しいと思うなら。もし貴女が間違っているならば、この剣があなたを裁くでしょう」

 歴戦の戦士の貫禄を持って、銀色の髪のロメリアが告げる。

「くっ……」

 その威圧に、シュセの手から銀の細工も見事な細剣が抜き放たれる。

「いざ」

 優しく微笑むようなロメリアの声が、二人の決裂を告げていた。





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