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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
61/103

謀略の使徒24


 ミザークの夜会から20日が経っていた。

 ロクサーヌから馬で南へ向うこと1日。一面に広がる麦の畑は、未だ青々とした穂を風になびかせていた。

 スカルディア家の所領。かつて、スカルディア家はロアヌキア成立以前はこの都市の完璧なる支配者であった。シフォンの旗の下に集ってより500年余年、安堵された領土は僅かに減少したが、ほとんどを原型のままとどめている。

 民の信望は未だスカルディアの旗の下にあり、その軍は精強の名をほしいままにしていた。

 所領の中心都市スカルディーナに、カルは漆黒の鎧を身に着けて帰って来ていた。王侯かと見まごうばかりの豪勢な屋敷。いや、屋敷と言うには語弊があるかもしれない。常に戦を考えて作られたそこは城だった。

 矢を受けても問題にしない石作りの壁に、敵を遠くから発見できるよう高く作られた尖塔。兵を収容できるだけの広大な中庭に、武器庫、貯蔵庫。およそ戦に必要なモノ全てがそろったその場所が、スカルディアの本拠地だった。

 カルが帰還するのに従って、スカルディアの領地には前もって布告がなされていた。

 ポーレの軍勢を打ち破る戦がある、志願するものは貴賎を問わない、と。

 その布告を受けて中庭に集まった領民、傭兵達の視線を一身に集めながら、カルは故郷の心地よい風を感じていた。穏やかに吹く風は誰に対しても優しく包み込むようだった。豪奢に輝く金色の髪を靡かせ、漆黒のよろいをまとうカル。その姿はこの世のものではないほどに美しく、その場にいるものは一様に息を呑む。

「よく集まってくれた」

 凛として響く声が、全員の耳を打つ。

「代々この地を治めるスカルディア家の当主として、またロクサーヌを統べる者の一人としてここに集ってくれた勇気あるものに礼を言う」

 黒の篭手に覆われたカルの手が、蒼穹に向けられる。そこにある何かを掴むように、伸ばされた刻印の宿る右手。

「共に!」

 蒼穹を揺るがす歓声に、スカルディーナが震えた。




「エルシドどこだ!?」

 扉をぶち破る派手な音共に、建物全体を揺るがす怒声が響く。朝焼けにけぶるポーレの街中。夜目覚めて朝眠りにつくその酒場街に、少女の姿があった。背に負うは傭兵が好んで使う幅広の剣。重厚さよりも軽さを重視して作られたよろいをまとう姿は、見たものに活発な印象を与える。

「ぅ、ぉおぅ~……」

 丸テーブルの上に突っ伏し、地の底から湧き出すような低い声でエルシドは返事とも呼べない返事をする。周りに散らばる酒瓶と、力らなく上げられた右手、ついでに言えばその体から滲み出る強烈な酒のにおいで彼が何をしていたのかなど、一目瞭然だった。

 そして彼の周りには同じように、酒に酔い潰された男達が十数人……。

「シュセさまから頼まれてなきゃ、絶対見に見捨ててるのに……」

 ぼやいてカウンターから勝手に水を運んでエルシドに近づく。

「おぅ……すまね──」

 手を出したエルシドの頭上から、少女の持った水が降り注ぐ。

「おきたか?」

 極めて事務的に口にする少女に、頭を振ってエルシドは体を起こした。

「一応貴族の子女がよぉ、そういう下品なことするのはどーかと思うぜ、アンネリー?」

 二日酔いに頭が痛むのか、苦悶の声をあげながら体を起こすエルシド。

「育ちが悪くてね」

 ふん、と鼻を鳴らすアンネリーにエルシドは苦笑した。

 彼女が来てからすでに20日ほど、予想以上に傭兵達の間に彼女はなじんでいた。

「それで、何の用事だ?」

 欠伸をしながら聞くエルシドを冷たい目で見下ろしながら、アンネリーは口を開いた。

「出陣だってよ。色ボケジジイがロクサーヌを攻めるために出るんだとさ!」

 エルシドが傭兵として雇われているのは、ポーレの実力者ローフーという男だった。兄である病床のポーレ領主ロイドに代わりポーレの実権を握ってより二年。その羽振りはすさまじいものだった。

 傭兵を主力に数をそろえること4000。そのの兵力を持ってロクサーヌを伺う。いくつかある傭兵達の集団の中の重要な地位にまで、エルシドは上っていた。

「まったく、強欲が過ぎると怪我するってのに」

 のろのろと体を起こし、水でぬれた髪を撫で付ける。

「さっさと働け! 私はシュセ様からお前の監視も言い付けられてるんだからな」

「自分から監視だなんていう奴がいるもんかねぇ……それじゃ役目も果たせねえだろう?」

 無精ひげをなでつつ、ぼやくエルシド。

「黙ってたらなんか気分悪いだろー!」

 その気性を、快く思いながらエルシドは苦笑した。

「何がおかしいんだ!」

「いやいや、仕事だ仕事」

「じゃ、私は先に行ってるからな! 遅刻するなよ」

「へいへい」

 一呼吸置くと、店の中でいびきをかいている傭兵達に声を張り上げた。

「やい、てめえら起きねえか! 仕事だ!」

 空気が震える錯覚を起こすほどの声量に全員が飛び起き、起きてから何事かと周囲を見回す。

「行くぞ!」

 品などあろうはずもないその仕草、だが獰猛な獣を思わせるエルシドの笑みに、傭兵達は互いに顔を見合わせる。それぞれに何かを確認しあうように頷くと、エルシドの後を追って走り出した。





「お目にかかるのは、二度目になります」

 慇懃に頭を下げる男を見下ろし、ティザルは冷たく笑った。

「地下牢の男か」

 視線を傍らに控えるウェンディに向けると、首を振る。

「君が紹介したい男がいるからと、時間を割いてみれば……このような男とは、少々戯れが過ぎるのではないかね?」

 美しく装いをしてティザルの近くに侍るウェンディ。

「最近の貴方ときたら、政務ばかりで私にかまってくださらないのだもの。余程政務が楽しいのでしょう? 少しぐらいの嫌がらせは許してほしいものだわ」

 ウェンディの言葉に苦笑して、ティザルは首を振る。

「女性とは怖いものだな、今後は気をつけるとしよう」

「ふふ、そうしてくださると私の気分も晴れますわ」

 にこりと笑ってティザルに返事をするウェンディが、僅かにヘリオンへ視線を向ける。

「お話は済みましたかな?」

 途端に不機嫌な表情を見せるティザル。それを意に介せずヘリオンは再び口を開いた。

「犬ですら躾をすれば礼儀を覚えるというのにな」

「礼ですと? 貴方と貴方の大事な方の危急を救いに来た者に、礼を失するですか」

 ヘリオンが冷笑する。先ほど見せたティザルの笑みが北風なら、ヘリオンは吹雪とするほどに違う。それほどまでに冷たく凍て付いた笑みでヘリオンはティザルを見る。鬼気迫るほどの気迫、ヘリオンの笑顔の裏から感じられる気迫に、ティザルは気圧される。自分の前に這い蹲るだけだと思っていた男の気迫に、一瞬虚を突かれたティザル。

「ならば結構。勝手に滅びればよろしいでしょう」

「待て!」

 きびすを返そうとするヘリオンを、ティザルはつい反射的に呼び止めていた。

「話を聞く度量がおありで? 十貴族首座、ティザル・ケミリオ殿」

「諸人の言とて、聞くは為政者の責務。かまわぬ。話せ」

 振り返ると、ヘリオンは再び片膝をつく。

「では、ティザル殿は身近な危険について、考えたことがおありかな?」

「なに?」

 ウェンディに向けて訝しげな視線を向けるティザルと、常と変わらない微笑のポーカーフェイスを保つウェンディ。

「落とし穴は、ついそこまで迫っています」

「前置きはいい! 結論を言え」

 もったいぶったヘリオンの言葉に、ティザルは静かに怒声を放つ。

「ならば、盟友バトゥ・ラストゥーヌ殿に謀反の動きあり、と申せばお分かりいただけますか?」

 語られる言葉は毒。

「……世迷言を」

 僅かに空いた、その間にヘリオンの毒が染み入る。

「果たして世迷言で済めばよろしいですが、バトゥ殿は最近私兵を大量に解雇なさり、次いで新しく雇いいれているのではありませんかな?」

「……それは前の家宰を解雇したためだと、連絡を受けている」

「ティザル殿。あまりにも貴方は善良でいらっしゃるようだ。では、このように考えたことはございませんか? 勃興新しきラストゥーヌ家、僅か100年の間に家を興し十貴族に上り詰め、次いでこの度の功績で次席の地位まで得られた」

 ティザルの眉が歪むのと、ヘリオンの口元が歪むのは同時だった。

「残る席は、後ひとつ。今貴方が座っておられる席のみだと」

「そこまでいうからには証拠でもあるのだろうな、ラストゥーヌがケミリオに反旗を翻すに値する確かな証拠が!」

「こちらをご覧ください」

 差し出されたのは一通の書状。

「なんだこれは、解雇された家宰の忠誠を誓う書状ではないか」

「然り」

 ラストゥーヌ家宰の書状。差し出されて意味がわからず、眉根の皺を深くするティザル。

「聡明なティザル殿なら、お分かりかと思いますが……なにゆえこの者はバトゥ殿に忠誠を誓い続けるのでしょうな? ご存知のとおり、先の内戦に際してあれだけの武勲を挙げたにもかかわらず、小さな非を咎められ家を追われたこの男が、なにゆえ──」

「つまり……」

「この男は、バトゥに言い含められているのではありませんか? 一旦解雇はするが、再び雇い入れると。そしてその時は、ラストゥーヌがロクサーヌを握るときだと」

 ふむ、とティザルは考え込む振りをする。ある種の期待を持って、再びヘリオンが口を開くのを待つ。

「そなたは真に忠誠心溢れる者の話を聞いたことはないのか? 隣国ポーレなら生涯夫を娶らず国に忠誠を誓い続けたシェーラ・パルミンド。我がロアヌキアなら──」

「宰相ヴァージネル」

 ヘリオンの言葉に満足そうに頷くティザル。ヴァージネルこそ、ケミリオ家の礎を作った誇るべき祖先だ。

「仰るとおり心の忠誠心を持った者がいることは確かです。ですが、真の忠誠心とは高貴な魂を持った者にしか宿らぬものでしょう? お考えください、どこの馬の骨ともわからぬラストゥーヌの家宰が、貴方の誇るべき先祖と同列なのかどうかを」

「それは、確かに……お前名はなんと申したかな?」

「ヘリオンとおよび下さい」

 鷹揚に頷くティザルに、深く頭をたれるヘリオン。

「お前の言うことはもっともだ。確かにラストゥーヌ家宰が我が栄光の先祖と肩を並べることなどありえぬ。だが、それだけではラストゥーヌ家謀反とは言いがたい……そうであろう?」

 後一押し、有力な決め手となるものが必要だった。

「では、ひとつ私に妙案がございます」

「不本意ながら、私は今スカルディア家の推官をしております。それによって得た情報ではございますが、近々平民の衛士達が大規模なストライキを起こすとか」

「ほう」

「故に、ティザル様に置かれましては、そのストライキをバトゥ殿にお命じになり、速やかに収めていただきたく存じます」

「バトゥに? だが奴は……」

「左様、そのような作業はあの方のもっとも苦手とするところ。故にです、衛士達が暴発するのは必然と言えましょう?」

「なるほど」

 ティザルにも、ヘリオンがなにを言いたいのか読めてきた。つまり、目に見えて罪がないのなら、作ってしまえば良いと言っているのだ。

 ラストゥーヌ家のバトゥを、ロクサーヌの民を圧迫するものとして陥れよ、と。

「面白い……お前の忠言確かに聞き届けた」

「しからば、私はこれにて」

 退出するヘリオンに、視線を向けたままのティザル。その耳元に唇を近づけて、ウェンディは囁いた。

「あまりあの男を信用するものではなくてよ?」

「もちろんだ。鼻持ちならない才子だが、使える限りは使ってこその十貴族首座だろう?」

「ふふ、さすがは私のティザル」

「小僧は今頃、大河ルプレか」

 ウェンディの表情を盗み見るティザルだが、ウェンディには漣ひとつたっていない。

「スカルディアを消耗させ、ラストゥーヌの名を地に落とす。ますますケミリオ家の安定は固まっていくばかりだな」

 哄笑の声をあげるティザルに、ウェンディはそっと心の中で哂った。




 ロアヌキアと自由都市郡を隔てる大河ルプレ。古来よりこの河を越えて遠征をさせた例は少ない。あまりにも広い川幅、加えて周囲一体を潤すほどの水量。

 対岸に見えるのは、ひしめく敵の軍勢。

 ポーレの領主代行、ローフーに率いられた軍勢は河の西側に陣を張っていた。

 普段は河を渡る為の小船が行き来する船着場は、小船の姿すら見当たらずいつもよりも僅かに水量の少ないルプレが横たわるだけだった。

 東岸に見えるのは、風にたなびく紋章旗。交差する二つの蛇槍。

「概ね2000程か」

 肥えた腹を馬上でゆすりながら対岸を見渡すローフー。傍らにには四騎の影がある。傭兵隊長エルシド、その副官アンネリー。そしてローフーの番犬よろしく侍る未だ若い騎士と初老の騎士。

「いや、もうちと少ないな」

 答えたのは、斧槍を肩に担いだエルシド。

「勝てそうではないか。では今すぐ進軍しようぞ」

 脂ぎった顔が極上の料理を前にしたように弛む。

「この水量でか? 対岸に着く前に半分はやられちまうぜ」

「差し出がましいぞ、たかが傭兵隊長の分際で!」

 エルシドとローフーの会話に口を挟んだのは、まだ若い騎士の男だ。

「大体半数がやられたとて、こちらは4000もいるのだ。2000居れば奴らなど蹴散らせる。傭兵達も版図回復の栄光を担えるのだ。喜んで死んでくれるだろう」

「栄光ね。別にそれでもいいが、大将の守りはどうする? 単騎で構わないんなら──」

 涼しい顔で切り返すエルシドに、若者は青筋を浮かべて怒鳴り返す。

「ローフー様は貴様のような臆病者とは違う! 栄光あるポーレの領主代行ぞ。当然ご一緒に攻めに加わられるわ!」

 水を向けられたローフーは僅かに、頬の肉を引きつらせたが、困ったようにエルシドを一瞥するにとどめた。

「大将はそう思ってないようだがな」

「なにぃ!?」

「ま、好きにすりゃ良いさ。俺は俺の任された仕事をする。アンタはアンタで頑張ればいい。そうだろ? 若きパルミンド家の坊や」

「貴様が、軽々と口にしていい名ではない!」

 ローフーの視線が、惜しげもなくさらされたアンネリーの太ももの上を這いずり回っているのを横目で確かめると、エルシドは獰猛な笑みを浮かべて馬首を返す。

「アンネリー! 戻るぞ」

「あいよ」

 ローフーの視線を徹頭徹尾無視しきってアンネリーもエルシドに続く。

 二人は割り当てられた天幕の近くに来ると、ひらりと馬を下りる。

「くそ、あのエロボケジジイがっ!」

 地面を蹴り飛ばし、それでも収まらないのか背に負った剣までも抜き放って怒り狂うアンネリー。

「おお、可哀想な母なる大地! お前に何の罪があろうか──」

「うるさい!」

 茶々を入れるエルシドを親の敵でも見るようにして睨み、そこにローフーの顔でもあるかのように、突き抉り蹴り飛ばしながらアンネリーは怒鳴り返す。

「いつか思い知らせてやる!」

 最後に土くれを蹴り飛ばして鬱憤を収めたアンネリーは、剣を鞘に収める。

「んで、さっきのあれはなんだったんだ?」

 鋭い視線を向けるアンネリーに、惚けた調子でエルシドは肩をすくめた。

「ありゃ作戦会議さ。そのものだっただろう?」

 アンネリーの眉間が深い谷間を作る。

「さっきのあれが、か? 口喧嘩してただけじゃないのか?」

「ああ、さっきのあれがさ。元々統一した指揮権もないようなもんだしな。一応ローフーを大将に仰いでいるが、あの爺さんが主導権を発揮するとも思えないし、パルミンドのひよっ子は、真性の馬鹿だしな」

 ふん、と鼻を鳴らしてアンネリーは腕を組む。

「自分で誘導しておいてよく言う。指揮権をあいまいにしたのも、パルミンドの馬鹿を引きずりだしたのもお前なんだろ?」

「戦争に善人は邪魔なだけだからな、わかるか?」

「お前が悪人だって野は良くわかる」

「で、その悪人の下にいる副官殿、ちょいと下の奴らを集めてくれ。作戦会議ってのを開こう」

「りょーかい」

 不貞腐れたように再び馬に飛び乗ると、アンネリーはすぐに駆け去る。

 それより二刻後(約4時間)、血気に逸ったポーレ主力の一部が大河ルプレをわたり始めた。




更新が大変遅くなり申し訳ありません。

引越し作業に追われ、新しい環境になじむのに時間がかかっております。

更新頻度が加速度的に落ちていますが、ご容赦ください。




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