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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
54/103

謀略の使徒17

 ラストゥーヌ・ケミリオの私兵達は群盗ののような振る舞いを続けながら、ロクサーヌ市内を東から西へと移動しつつあった。

 その先端が、大貴族であるスカルディア家の前に差し掛かる。

 固く閉まった門扉。名のある芸術家に依頼して細工を施したその門には、スカルディアの紋章である“双つの蛇槍”が彫り込まれている。庭師が精魂の限りを尽くして整えた広い庭園。奥に佇むのは、この国(ロアヌキア)創立以来の歴史を刻む邸宅だった。その屋敷の壮観に、今まで略奪を働いていた私兵達も僅かばかり戸惑う。

 元々私兵とは、平民出身の者が多い。各々の貴族の領地、その領民の中で武に秀でた者をより集め組織される者達だった。彼らにとって大貴族などと言うのは雲の上の存在。

 ましてや、スカルディアと言う名門中の名門貴族ともなれば、顔を見るのも憚られる存在だった。

 だが、ケミリオ家の雇った傭兵隊長は違ったらしい。

 私兵たちが戸惑うのを見た彼は、自身の部下を先頭に立たせてスカルディアの門扉に、攻め入らせた。音を立てて倒れる“双つの蛇槍”に、喚声が上がる。

「何を恐れるっ! スカルディアなど、父親殺しの盗人ではないかっ!」

 傭兵隊長の声に、今まで戸惑いを見せていた私兵達も我先にとスカルディアの邸宅を目指す。戸惑いを捨てれば、彼らの目に映るのはスカルディア家にあるであろう財宝の山だった。

「取った者勝ちだぞ! 手柄を逃すな!」

 名門貴族に対する畏れを払拭させるため、傭兵隊長は私兵達の欲望を煽り立てる。

 我先にとスカルディアの庭園に雪崩れ込む私兵達に、傭兵隊長は野卑な笑みを浮かべるのだった。

「これで、わしも貴族の仲間入りだ」

 この仕事のティザルからの報酬。その先にあるはずの輝ける日々を思い、僅かにスカルディア家から目をそらした。

 途端に、喚声が響き渡る。

 戦場で使われるはずの角笛の音。続いて鳴らされる出陣の銅鑼に、傭兵隊長の笑みが凍りつく。

「あ、あれは!?」

 部下の指差す方向を見ればスカルディアの邸宅の屋上に掲げられている、紋章旗“双つの蛇槍”。

 先ほど打ち倒したはずのそれが風を受けて靡き、スカルディアの邸宅の方から悲鳴とも絶叫ともつかない叫び声に目を向ければ、豪華に設えられた玄関から、完全武装の騎士達が先を争って私兵たちに雪崩れ込んでいた。

 欲に目を奪われて烏合の衆となった彼らに、精強をもって鳴るスカルディア私兵が決死の覚悟で突撃したのだ。先頭に立つのは、漆黒の鎧に身を固め、自身の槍を縦横無尽に振るうカル・スカルディア。白く透き通った肌に返り血を浴び、長い金色の髪を靡かせて尚、その姿は精悍さを失わない。

 家臣を鼓舞するために、敢えてフルフェイスのヘルムを避け自身の顔を晒す彼に、騎士、そして私兵達が一丸となって付き従う。

 少数とはいえ、纏まった彼らにラストゥーヌ・ケミリオの私兵達は羊を刈るより容易く蹂躙されていく。

「くそっ、ここまで来て! 持ち直せ! 数はこちらの方が多いのだ!」

 叫ぶ傭兵隊長の声にも、一度混乱を極めた私兵達を立て直すのは至難といえた。あまりにも性急に仕立てられた軍である。ケミリオ家、ラストゥーヌ家、さらにはケミリオ家の雇った傭兵までも加えた軍は攻めているときは数の優位を保てても、守勢に回った途端その脆さを露呈してしまった。

 その混乱の中を、指揮官である傭兵隊長目指して、カル率いるスカルディア私兵が無人の野を行くが如き勢いで突き進む。

「進めっ! 群盗共に、スカルディア家の門を踏みにじった報いを受けさせろ!」

 先頭を進むカルが槍を掲げて声を上げれば、従う私兵達は炎のようになって敵を斬る。

「ひ、引け!」

 破竹の勢いに、傭兵隊長は慄いた。瞬時に彼は悟らざるを得なかった。

 負ける、と。

 それから彼の行動早かった。戦う部下も、私兵達も置き去りにしての逃走である。傭兵は金で雇われて働く。金と命、どちらを取るかと言われれば答えを聞くまでも無かった。

 逃走を図る傭兵隊長を、敢えてカルは深追いしなかった。敵の指揮官が逃げるのを見届けるや、カルは直ちに反転しラストゥーヌ・ケミリオの私兵の殲滅に向う。

 指揮官に見捨てられた彼ら、その最後の一兵までをもカルは駆逐した。



 西日が差し込む室内において、その怒声は部屋に差し込む光さえも震わせた。

「なんだと!? スカルディア家に向った手勢が壊滅?」

 声を荒げたのはバトゥ。立ち上がると同時に、拳をテーブルに叩きつける。

 一瞬視線を転じてティザルを見つめるが、すぐさま知らせに来た部下に檄を飛ばす。

「衛士を出動させろ! 全員だ。指揮は、家宰に取らせよ」

 音を立てて座れば椅子が悲鳴にも似た、軋みを上げる。

「全く……役に立たん連中だ!」

 腕を組んで憤慨するバトゥは、不機嫌そのままに会議に参加している十貴族を睨み付けた。

「ふむ……皆様、これは由々しき事態です。スカルディア家討伐のためにご協力いただけないでしょうか?」

 ティザルの提案の形を取った脅迫に、彼らは頷くしかなかった。




 スカルディア家を討て!

 その命を受けた衛士達の反応ははっきりと、二色に分離された。

 元々十貴族派だった衛士達は自らの出番が回ってきたと勇み立ち、平民出身の衛士とスカルディア派だった衛士達ははっきりと拒絶に回った。

 平民衛士達は、従軍の拒否を上司に突き付け官舎から脱走する者が後を絶たない。脱走と言っても、一人二人ではない。十人や二十人単位で抜け出ていくのだから、離反と言った方が良かったのかもしれない。

 スカルディア派の衛士達はもう少し大人しかった。仮病を使いほとんど全員が官舎に引きこもってしまったのだ。

 だがそれらを抜かしても、衛士の数はカルにとって脅威に変わりは無い。残りの十貴族派の衛士達はその足で、十貴族派に合流したのだった。



 群盗の如き振る舞いを続けたラストゥーヌ・ケミリオの私兵達を、完膚なきまでに叩き潰した後、カルは軍を街の消火に向わせた。

 向ったのは街の南東。平民区の方だ。

 貴族の邸宅はまだ良い。整理された区画、広い道路に囲まれているため火事の延焼はおきにくいのだ。だが平民区は違った。雑多に立ち並ぶ家々は、いったん火がついてしまえば留まる所を知らずに炎の手が燃え広がってしまうだろう。

 曲がりくねり、狭い道幅が迷路のように入り組んでる。スブッラ(アパート住宅)が軒を連ね、木造の家々は炎に舐められてしまえば一溜りも無いだろう。

 返り血を浴びたままの壮絶な格好で、カルとスカルディアの私兵達は市内の南東に向う。ラストゥーヌ・ケミリオの私兵達が荒らした惨状に眉をひそめつつ、道のりを急いだ。

 中央広場に差し掛かったとき、カルの軍勢の前に立ちふさがるものがあった。衛士の官舎を脱走してきた平民出身の衛士達。そのうちの少なくない数がカルの群への協力を申し出たのだ。

 代表の男がカルの前に通され、その旨を伝えるとカルは感謝はするといいながらも首を横に振った。

「この戦よりも、君達には大切なものがあるはずだ」

 常には冷たい光を湛える事の多い湖水色の瞳。それに温かなものを宿らせてカルは衛士を諭した。彼らには、町の消火活動を依頼し、自らはラストゥーヌ・ケミリオの軍勢と雌雄を決するため、進路を変更した。

 カルとて、戦力がほしくないわけではない。ラストゥーヌ・ケミリオの私兵の半分を破ったといえ彼の前には更に十貴族派の衛士を加えた連合軍が待ち受けている。その戦力差は絶望的なものと言ってもいい。

 指揮を執るのは武名も高きラストゥーヌの家宰。条件を数え上げれば数え上げるほど、彼の不利は確かになっていくようだった。

 だが、それでもカルは平民出身の衛士達を軍勢に加えるつもりはなかった。軍事的な面から見れば、指揮系統の乱れがある。もともと戦を前提に訓練を受けたスカルディア私兵と、治安維持を目的とした衛士ではやはりできることが違ってくるのだ。

 もう一つ理由を挙げるとするなら彼の貴族としての矜持の高さがあった。

 カル・スカルディアはロアヌキア発祥以前からの、名門中の名門に生を受けた。その彼が、民を守り導くべき貴族が民を戦に巻き込むなど、貴族としての彼の矜持が許さなかった。

 細き手に剣を握り、身を白刃の合い間に躍らせる白き騎士の姿。

 もっとも身近にあって彼を教え導いてきた、彼女。

 今は離れ離れになっているはずのその姿が、衛士を戦に加わらせることを彼に拒ませた。



「一戦してこれを破る。それしかあるまい」

 一度は主人の勘気に触れ、その職を解かれたラストゥーヌの家宰は、連合軍の首脳を集めて自らの考えを述べていた。十貴族の各家の私兵を預かる騎士、家宰、十貴族派の衛士の代表、そしてケミリオ家が急増で抱え込んだ傭兵。

 それらの顔を正面から睨むように、見渡すとラストゥーヌの家宰は策を示した。

「現在、斥候によればスカルディア私兵はロクサーヌの東から北上中だということだ」

 机の上にロクサーヌの市街地の地図を広げると、短剣をスカルディア家の位置に突き立てる。

「故に我らは、ここ……東北の大通りクエスブ通りで彼らを迎え撃つ!」

 もう一つの短剣が突きたてられたのは、町の北東ではもっとも大きな通りの中ほどだった。ロクサーヌ北東を走る主要な道路のうち、最も大きなクエスブ通り。その通りに面して、ケミリオ家の屋敷、次いでラストゥーヌ家の屋敷がある。

「敵は勢いに乗っている。だが、この広い大通り……数に勝る我らに敗北はない」

 ラストゥーヌの家宰の言葉に意気を上げる連合軍。どの顔にも、敗北などまったく考えていない。狩りを楽しむかのような余裕すら漂わせて彼らは解散した。

 彼らを解散させた後、一人ラストゥーヌの家宰のみが眉間に皺を刻み短剣の突き立った地図を凝視する。あるいはその視線は、地図ではなく未だ見ぬ若き敵を見据えていたのかもしれない。

「いかがなさいました? 家宰さま」

 声をかけたのはラストゥーヌ家の若い使用人。手に持った紅茶を彼に差し出すため訪れたところだった。

「皆さんこの戦は楽勝だと仰っていましたよ。さすが家宰さまだとも」

 無邪気に笑う少年に、微笑んで老人は苦く笑った。

「そう、簡単なものでもなかろう。敵……カル殿はこちらの弱みを正確にご存知でいらっしゃる」

 目を見開いて驚いた後、考え込む少年に老人は教え諭す。

「敵は文字通り捨て身で挑んでくるだろう。その証拠にスカルディア家を空にしてきている……そのような相手をまともに相手にするのは危険極まりない」

「では、なぜ……?」

 問いかけた少年は、何かに気づいてハッとした。スカルディア私兵が、このままクエスブ通りを北上すれば、ケミリオ家の屋敷と慣れ親しんだラストゥーヌ家の屋敷がある。

「そういうことだ。お屋形さまは邸宅を捨てる決心がつかなんだ」

 深い苦悩の色を刻んだ老人の顔が、悲痛に歪む。 捨て身でぶつかってくるスカルディア私兵。精強の名をほしいままにする彼らの前に、正面から立ち塞がらねばならない。

 いかに数が多かろうとも、一度火のついた勢いは容易に消しがたいものだ。先ほど連合軍の首脳には勝てると説明したが、ラストゥーヌの家宰自身、勝率は五分五分だと見ている。

「町を焼きながら、自身の邸宅を焼くのを躊躇うとはな」

 主人の小ささを嘆く老人に、少年は不安を口にした。

「大丈夫なのですよね? それでも家宰さまがいらっしゃれば、ラストゥーヌは負けませんよね?」

 泣きそうな少年の頭に、節くれた、だが暖かな老人の手が置かれる。

「今まで私が負けたことがあったかね? いかに相手が精強なるスカルディアであろうとも、我らラストゥーヌ家は、初代様から脈々と受け継いできた武門の血がある。決して遅れはとるまいよ」

 温和な笑顔を顔に浮かべて、老人は少年をなだめる。

「さあ、もう行きなさい。少年が戦場に居ては危険だからな」

 はい、と返事をして少年を下がらせるとラストゥーヌ家宰は小さく呟いた。

「必ず勝ってみせる。我が命掛けることになろうとも」

 老いて尚猛る獅子は、愛用の長剣を手にとってカルの前に立ち塞がった。






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