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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
53/103

謀略の使徒16


 ロクサーヌ十貴族。ティザルとバトゥが力付くで招聘した彼らは往時の半数にまで数を減らしていた。

 スカルディア、ヘルシオ、ジェルノ、ツラド……ロアヌキア開闢以来の名門貴族の家々は、その地位を追われ今現在彼らを率いるのは、ケミリオ家とラストゥーヌ家。

「それで、この度の招聘は一体何用かね、ティザル殿」

 発言したのは、老年に差し掛かった十貴族の一人。ティザルとバトゥに挟まれて顔を青くしているフィクス・ミザークを一瞥すると、傲慢な態度で彼らに臨む。

「それに、この度の争い。理由をお聞かせ願いたいものだ」

 事態の深刻さを微塵も理解していないその態度に、ティザルが冷たく笑った。

「そう、この度お呼びしたのは他でもない。実はジェルノ家に共和制に対する謀叛の動きがありました。故に、性急なれど衛士の長たるバトゥ殿と私とで――」

「何を馬鹿な! 反乱は貴様等ではないか!」

 ティザルの言葉を遮って声を荒げたのは、先ほどの老人だった。ジェルノ家のオウカ亡き後の会議の主導権を、奪い返そうと声を上げたのだ。

 その声に反応したかのように突如として、扉が開かれ私兵達が乱入して来る。手に手に武器を持って、会議の出席者達に突き付けた。

「衛士の長たる俺を信用せぬか」

 肥えた体を揺すり、低い声で脅しをかけるバトゥ。その瞳に宿るのは凶暴な本性を隠そうともしない、鈍い光。

「貴様っ! 礼儀を弁えぬか! わしは栄光ある――」

 老人の言葉をティザルは最後まで言わせなかった。一度目配せすると、周囲の兵士達が老人の腕を掴み、強引に椅子から立たせる。

「な、なにを!」

「連れて行け」

 バトゥの声に、兵士達は喚き散らす老人を引きずり部屋から出て行く。

「やめろ! 貴様等――」

 扉の閉まる音がしてから、しばらくして、老人の悲鳴が沈黙の支配する部屋に聞こえた。

「さて、会議の進行を妨害する輩は消えました」

 口の端に嘲笑を浮かべたティザルが言葉を発すると、その場の空気は尚いっそう硬くなったようだった。

「話を戻しましょう。この度ジェルノ家オウカの国家反逆罪……一族の死をもってしか贖えない彼らの罪を、遅ればせながら議題にかけたいと思います。無論私は有罪の票を入れたいと思います」

 口を閉じて下を向く、他の貴族達を見下ろすティザル。

「わ、私も賛成だ」

 隣に居るバトゥに小突かれながら口を開いたのは、フィクス・ミザーク。それを皮切りに、次々と他の貴族達の賛成を得て、ティザルとバトゥは声もなく笑った。

「では、次の議題の提案をさせていただきましょう。次は──」

 そのようにして、十貴族の会議はバトゥとティザルに牛耳られた。背後で糸を引く、ウェンディは得意満面のティザルからその様子を逐一聞くことが出来たのだった。




「なんだと!?」

 その知らせを聞いて、目を剥いたのは今まで敢えて私兵を使わなかったカルだった。

「愚かなっ……この(ロアヌキア)を滅ぼすつもりか!?」

 戦後間もないロクサーヌに、みすみす他国からの干渉を受ける隙を作り出すティザルとバトゥの愚行。ロクサーヌ各地に張り巡らせた情報網にも関わらず、それを全く察知できなかった自身の不甲斐無さに彼は机をたたきつけた。

 更に報告を聞けば、街中ではラストゥーヌとケミリオの私兵達が群盗の如き振る舞いをしているという。

 一戦してこれを破るか、それともまだ……。

「カル様!」

 戦装束に身を固めたシュセがカルの執務室に駆け込んできたのはそのときだった。

「私兵を使う許可をください。ロクサーヌの至る所で火の手が挙がっています。このままでは、市民達にも被害が……」

「分かっているっ……少し時間をくれ!」

 カルにもそれはわかっている。手を拱いていては、ロクサーヌ事態が灰燼と化す恐れさえもある。だが戦えば更に大きな被害をもたらすことになるだろう。十貴族の全てを敵に回して勝てるほどに、スカルディア家の勢力は大きくない。

 更に言えば、内政に干渉をしてくるであろう自由都市郡。東都ガドリア、西都ヴェルガンディの根回しも必要だ。その中でも、自由都市郡のポーレは距離的にも近い上に先の戦で補給に回っていたため大きな被害を受けていない。

 ロクサーヌが混乱をしていると知れば、干渉に動くのは間違いなかった。

 何もかもが足りない。

 その現状に歯を噛み締めているカル。シュセは自身の中の焦燥と、カルの葛藤に身をもがれる思いだった。

「あの……私でお役に立てることなら……」

 自身のことに必死になっていた二人に声をかけたのは、アンネリーだった。開けっ放しになっていた扉から声が聞こえたのだろう。

「アンネリー申し出は嬉しいけれど……」

 困ったように柳眉をひそめるシュセを、カルの声が遮った。

「いや、働いてもらおう」

「カル様!」

「今は一人でも多くの、信頼できる者が必要だ」

 非難の篭ったシュセの声にも、カルは動じなかった。瞳に宿るのは決意を固めた者の硬質な光。

「シュセ、アンネリーと共にポーレに向ってくれ。現地でエルシドと合流、もしポーレが軍を動かすようなことがあれば、そのときは妨害を頼む」

「ですがっ!」

「シュセ、頼む……私にはこれしか思い浮かばない。エルシドと合流で着次第シュセはこちらに戻ってくれ。アンネリーには今後私とエルシドとの連絡を頼む」

 湖水色の青い瞳に宿る動かし難い決意に、シュセは唇を噛み締めた。

「ロクサーヌ市内の群盗どもは、私が兵を率いて駆逐する……クラフトを呼べ!」

 扉の外に控える侍従に声をかけて、近衛の騎士の一人を呼びつける。

「さあ、シュセ、アンネリーあまり時間は無い。時間が経てば群盗がこちらにも押し寄せてこよう。急ぎ支度をしてポーレへ向ってくれ」

 彼女らを急かして退出させるのと、スカルディア家の騎士であるクラフトが入ってくるのとは同時だった。

「クラフト、私兵を集めよ。群盗を駆逐する」

 スカルディア家の騎士とは、平時においては当主の身辺を警護し、戦時にあっては私兵を指揮する中級指揮官の事を指していた。

「はっ」

 短く返事をしたクラフトが、扉の向こうに消えると、更に侍従を呼ぶ。

「……ヘリオンはどうしている?」

 この問いだけは、明晰とは程遠い迷いの中で彼は侍従に問いかける。

「本日は非番のため、出勤しておられません。必要ならば官舎まで人を走らせますが……」

「いや、それならば構わぬ」

 自身でも言い知れぬ不安と安堵。胸の中にわだかまる黒いもやのようなものを、息と同時に深く吐き出すと、カルは侍従に命じた。

「市内の動向に目を光らせよ。群盗どもと火の手の状況を逐一知らせろ!」

 慌しく駆けて行く侍従を見送ると、カルは戦装束に着替えるべくその部屋を出た。




「随分と派手にやっているわね」

「そのようです、あまり褒められたことではないですが」

 窓の外に見える火の手に、ウェンディは微笑み、ヘリオンは眉間に皺を寄せた。

「殿方はどうしてこう戦が好きなのかしら?」

「さて、私のように非力な者には分かりかねますが、あるいは好きな女性に認められたいからかもしれません」

「そう仕向けさせたのは、貴方でしょうに……」

 艶然と微笑む視線の先、畏まったままの姿勢でヘリオンは無言のまま頭を垂れた。

「さて、献策を聞きましょう。あの坊やの出方はいかが?」

「カル・スカルディアは自身兵を率いて、ケミリオ・ラストゥーヌ家の私兵を殲滅する様子……勇敢な判断と言わざるを得ませんな」

 至極なんでもないことのように、言うヘリオンだったがその実彼が言ってることは内戦だった。

「ふふふっ……怖いわね。でもあの坊やの苦渋に満ちた顔、間近で見たらどんなにか愉しいでしょう」

「そこで、ウェンディ様にはティザル様に働きかけていただきとう存じます」

 一呼吸おいてヘリオンは言葉を吐いた。

「恐らくカル・スカルディアは、負けるでしょう。よしんば勝つとしても、その勢力は大きく殺がれるはず……その時点でティザル様、バトゥ様が手を下される前にお止めいただきたい」

「坊やは引くかしら?」

「引かせて見せましょう、その代わりと言っては何ですが、餌をご用意くださいますよう」

「何かしら?」

 手品を楽しみにする子供のような無邪気な微笑み。ウェンディの表情に浮かぶ、その笑顔を受け流し、ヘリオンは無表情を通した。

「十貴族の会議への参加資格。もちろん、ヘルシオ家の代表としてアクサス様にも、同様の権利をお渡し願うよう進言いたします」

「カル・スカルディアを囮に、ヘルシオ家の復権を図れと言うのね?」

「御意」

 いっそう深く垂れるヘリオンの頭を上から見下ろしながら、ウェンディは蛇のような笑みを浮かべる。

「頼もしいわね“軍師殿”」

「お言葉身にしみて、ありがたき幸せ」

 窓の外に上がる火の手が、また一つ増えていた。




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