謀略の使徒12
ゴード暦で言う所の327年、今から200年も前になる。
初代国王、ベル・シフォンの元に国家ロアヌキアは建国された。首都はロクサーヌ、南は大海を望み、東は不毛の荒地を越えガドリアに達する。西は未開の大森林に接し、北は大河ルプレを挟んでポーレに境を接していた。
ロクサーヌの歴史は更に100年をさかのぼる。当時、円熟期を迎えた自由都市郡。流通による技術の蓄積と、その恩恵による急激な人口増加。膨れ上がる人口を養うため、自由都市郡は周辺地域に殖民を実施していった。
自由都市郡の中心都市バルドギアの有力家門であったシフォン家が、流刑地であったロクサーヌ一帯に根を下ろしたことから、王都の歴史は始まる。
温暖な気候と、バルドギアで培った技術。その二つにより、ロアヌキアは急速な成長を見せる。その当時周囲に建国されていたスカルディア、ジェルノ、ツラドなどと言う小さな殖民都市を吸収しながら、ロクサーヌ一帯に確固たる地位を築いていった。
ゴード暦258年、当時、豊富な鋼鉄を産出していたガドリアとロアヌキアが対立。荒地を越えてロクサーヌはガドリアを落とし、ガドリアは以後ロアヌキアの版図の一部となる。
ゴード暦291年、ロアヌキアの台頭を快く思わないポーレと大河ルプレを隔ててにらみ合うも、決着はつかず。
ゴード暦327年、シフォン家皇女の名をとり、王都をロクサーヌと名付ける。それにより、以前の名前は消失してしまう。正式に王国を名乗り、自由都市郡と袂を分かつ。
「酔狂なことだな」
分厚い歴史の本を読みながら、カルは一人呟いた。
辺りは既に夜の帳が降りている。燭台の上の炎が揺らめくのに合わせて、影が揺れる。ヘリオンが推官の地位に就いてからというもの、カルの政務に対する時間は著しく減った。
その余暇をカルは教養の習得に当てている。貴族の当主ともなれば、自分の家の歴史に精通していることは当然として、礼儀作法、ダンスに至るまでありとあらゆる事を覚えねばならない。
十貴族との暗闘は依然続いているが、カルはその先まで見据えていた。十貴族との暗闘を勝ち抜いた先……領地を収め、国を治めるために欠かすべからざる知識。それを学び取るための勉学をカルは自分自身に課していた。
再び目を歴史書に落とし、行間の文字を追う。
ゴード暦367年 三代国王クレゼブルの治世。貴族の整理を始める。有力貴族十五家をして、元君会議を設置。この時、スカルディア、ヘルシオ、ジェルノら今の十貴族の原型が出来上がる。
ゴード暦395年 四代国王ユーヴァの治世、国力の増大を背景に自由都市郡ポーレへと触手を伸ばす。しかしポーレの名将シェーラ・パルミンドとバルドギアを中心とした自由都市郡の兵力に押され、敗退を余儀なくされる。
ゴード暦400年 グノンファンの戦い
ロアヌキアの総力を結集した戦いにおいて、ポーレ側に敗れる。
以後幾度となくユーヴァはポーレを狙うが、その度にシェーラに苦杯を舐めさせられる。
ゴード暦421年 皇位継承戦争が起こる。病に倒れたユーヴァの末弟と長男の間で、王位をめぐり内乱が起こる。このことが契機になり、戦乱を嫌った貴族達が西方大森林への移住を始める。
西方開拓時代の幕開け。
ゴード暦425年 ユーヴァの末弟死去により、五代国王グルガとなる。内乱による国力の減退、人口減少に伴う生産力の低下。王都ロクサーヌの力の低下を見たガドリア領主ユーグファンが独立を目的に叛乱を起こす。
同時期、西方開拓により力をつけた貴族達が、地位の安堵を国王グルガに求める。西方候主と言う盟主の下に結束した西方貴族達は、受け入れられない場合は独立を示唆する。
国王グルガ病を得て、宰相ヴァージネル・ケミリオは西方候主ネレイド・ノイスターと対面。その権利を認める。と同時に、ガドリアの叛乱を鎮めるための助力を求める。
ゴード暦430年 辺境領主ユーグファン、戦死。その叛乱の終焉を見届けた翌年、国王グルガ病没。
ゴード暦452年 六代国王ヘルグ 外交による平和の実現。戦乱で荒れた王都の修復。一方で自由都市郡に貢納金を送るなど、内部からは批判の声が高まる。元君会議の整理縮小を行う。
ゴード暦492年 七代国王にして、シフォン家最後の王、兇王ヴェル王位へ。
自由都市郡への貢納金を廃止。それによるポーレを始めとする自由都市郡との対立へ拍車がかかる。
軍制の改革による平民の登用を実施するが貴族達の反発を招く。
近衛軍として黒旗軍の採用。
ヘルグ時代の名残で自由都市郡と繋がりのある貴族達が反発の担い手となる。
大粛清。反発する貴族を悉く懲罰する一方、力のある平民を登用していく。
ゴード暦494年 クレンサーレの戦い
影響力の低下に懸念を示したポーレら自由都市郡が戦を仕掛けるが、ヴェルが大勝を収める。その勢いを駆って、ヴェルは北方を遠征。ポーレ、ベルギア、ギーナなどを落とし、バルドギアまでをも手中に収める。
ゴード暦 500年 まつろわぬ民の女を妃に迎える。
ゴード暦 512年 バルドギアの叛乱討伐に向う際、貴族達の叛乱を起こされ自決。王の妃、二人の娘は消息不明。
ゴード暦 513年 ロアヌキアの占領していた自由都市郡全土において反乱が発生。ロアヌキアは再び大河ルプレまで勢力圏を後退させた。
ゴード暦 514年 ロアヌキア王政を廃止、共和制を採用。十貴族による合議制へ。
ぱたりと、カルは分厚い歴史書を閉じた。
「兇王ヴェルか……」
ぽつりと呟いた名前は、歴史書の最後に記された名前。シフォン家最後の王、彼の死後この国は十貴族による合議制をとることになった。
彼の罪は死んだこと。そして彼の最大の功績は、平民の登用にあるのだろう。故に彼は、いや彼の黒旗軍は強かった。
遠く自由都市郡までも遠征して、そのほとんどを成功させている。そしてその王を殺したのは、ヘェルキオス、アトリウス、オウカらが中心となって成し遂げたことだと言われている。
「僅か13年前か」
長大なロアヌキアの歴史の中で僅かに13年。王政は廃され、貴族主導の政治へと移り変わった。
「あの男に出来たことが、私に出来ぬはずはない」
十貴族達との血を流さない闘争の果てに、王への道があるはずだった。
ケミリオ家の屋敷。
五代前の宰相、ヴァージネルの建てたその屋敷は豪勢だった。
やや時代遅れの感はあるが、一時代を代表した宰相の邸宅である。
二階建ての広大な屋敷。古式に則った庭の作り、古い壁には茨が這い、それが建物全体の味を出していた。
時刻は中天に陽が上る頃。
その門前に、ヘルシオ家の馬車が一台停まった。先の当主ヘェルキオスが使用していたその馬車を使えるのは、今は未亡人であるウェンディだけである。
「これは……」
彼女の突然の来訪に出迎えたケミリオの家宰は、ローブに包まれた彼女の顔を見た途端言葉を失った。主であるティザルが口にこそ出さないものの、十貴族内の中心オウカ・ジェルノの怒りを買ったのはこの女のためなのだ。
そういう話は、貴族に仕える下々の者達の噂話でほぼ正確な情報が伝わってくる。それを知っているからこそ、ケミリオの家宰は表情を消し、対応した。
「何の御用でらっしゃいますか? ヘルシオの奥方様」
歓迎していないと言うことを無言のうちに訴えるケミリオの家宰に、ウェンディは敢えて微笑んだ。
「ティザル様を呼んでくださるかしら」
「ここに、でございましょうや?」
早く帰れ、と遠回りに訴える家宰にウェンディは、微笑を深くして頷いた。
「貴方の裁量に任せましょう。表に止めたのは私しか使えぬ馬車。そして、顔を隠しているとはいえ、ローブ姿の女がケミリオ家の軒先に居るとなれば……世間の方はなんとお思いになるでしょうね?」
「くっ……」
ウェンディには家宰の悔し紛れの舌打ちが聞こえるようだった。
「こちらへ……」
不承不承ながらやっと奥へ通す気になった家宰は、他の使用人に指示を出して表に止めてある馬車を移動させる。いくら人通りが少ない昼間とて、人目につきすぎる。
「ありがとう」
嫌味なほどに丁寧な礼を返すと、彼女は家宰について、ケミリオ家の中へ足を踏み入れた。
ふと、見た文字数が結構な数字になってました。
結構書いてるなぁと自分に呆れ、読んでいただいてる方には感謝の念に耐えません。
ありがとうございます。
感想とかいただけるともっと喜びます、がそこまでは欲張りすぎかなとも思ったり思わなかったり。
ではこれからもお付き合いよろしくお願いいたします。