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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
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謀略の使徒11

 シュセが平民出身の衛士達の力を借りていた宵の刻。

 ヘルシオ家の屋敷に訪れた者があった。人目を忍ぶように頭からすっぽりとローブをかぶり、顔はうかがい知れない。周囲をうかがってから、裏口を二度ノックする。

「便箋を出した者だ」

 中から覗く気配に対してぼりと、呟く。

「黒」

「戦斧」

 訪問者は中からの声に、間髪居れずに言葉を返す。

「入れ」

 招き入れたのは、この家の家宰。老年に達しているがその眼光は、猛禽類の鋭さを宿していた。訪問者を招きいれた後、周囲に人陰が無いのを確認すると素早く扉を閉める。

「ついて参られよ」

 訪問者を先導し、二回の奥の部屋に通す。

「奥様、例のお方が……」

「入っておくれ」

 重厚な扉を押し開き、ローブ姿の訪問者が部屋の中に入る。部屋にはゆったりとした服でくつろぐウェンディの姿。妖艶さを漂わすその姿に、だが訪問者は意に介した様子もなく頭を垂れる。

「お初にお目にかかります」

「まずは、お顔を見せるのが先ではありませぬかな?」

 家宰の言葉に、ウェンディはゆったりと微笑む。その笑みを肯定ととって、訪問者はローブを上げた。体の線は細いにもかかわらず、刃色の瞳が強い光を放つ男。鉄壁の無表情と相まって、冷たい印象を周囲に抱かせるその容貌、紅茶色の髪が今はしっかりとまとめられていた。

「ヘリオン・レイングと申します」

 深く頭を垂れるその姿を見て取って、ウェンディは視線だけで家宰に退出を命じる。一瞬物言いたげな表情を見せたが老人は、音も立てず立ち去り扉を閉めた。

「妾は、腹の探りあいなどというものは、とんと不得手ですの」

 顔に浮かべるのは、妖艶さを絵に描いたような笑み。

「だから単刀直入にお聞きしたいのですけど……本日はどのような御用向きで? スカルディア家で推官を勤めるほどの方が、一介の未亡人に何の御用でしょう?」

 その言葉に謹直な姿勢を崩さず、ヘリオンは顔を上げる。

「ヘリオン家の旗の下への、帰参をお願いいたしたく……本日まかり越しました」

 相変わらずのヘリオンは無表情を通す、そのヘリオンの言葉を表情を吟味しながらウェンディは目を細めた。

「まぁ……」

 そう言ったきり言葉を次がないヘルシオの妖婦。

「もちろん、相応の手土産はご用意してございます」

 そう言ったヘリオンの口元が僅かに歪んだ。

「カル・スカルディア自身……などいかがでしょう?」

「怖いことを……」

 少ない言葉の中でウェンディはヘリオンの言葉の真偽を確かめようとしていた。猫のように細くなった目はその些細な表情をも見逃すまいと、彼を注視し、脳裏を駆け巡る利益と不利益を秤にかける。

「あるいは、この街の支配者の地位」

「大それたこと」

「いえいえ、決して貴女様には不足とは思いません」

 ヘリオンの口の端は釣り上がり、その顔には冷たい微笑を浮かべている。今の彼を表現するなら才子という印象を抱かざるを得ないだろう。

「今街を取り仕切っていらっしゃるのは、十人もの大貴族達ですのよ?」

「ですが、スカルディア家ヘルシオ家は加えられずツラド家は滅びております……現在は7家のみでございましょう? そして貴女様の掌中には、ケミリオ家とラストゥーヌ家のご当主がいらっしゃる……」

「私にそのお二方と共に兵を挙げよ、と? まるで話に聞く軍師のようなことを仰るのね」

 嘲笑が笑みにこもる。

「いえ、動いていただくのはケミリオ家とラストゥーヌ家のお二方のみ……狙うのはジェルノ家のオウカ一人……そしてその後は貴女様が権力を握れば良い」

 スカートのしたで、足を組みかえるとウェンディは手に持った鈴を鳴らす。

「いかがいたしまた、奥様?」

 現れたのは、完全武装の家宰と私兵が3人。

「この方を拘束してください。十貴族の治める共和制への謀反の疑いがあります」

 短い返事と共に、ヘリオンの体に縄が巻かれる。

 なされるがままになっていたヘリオンは、立たされると、キッとウェンディを睨んだ。

「私が策、用いなかったこときっと後悔なさいますぞ」

 その様子をじっと伺っていたウェンディが、ヘリオンを引き立てる家宰に向けて手を上げる。すると今までの拘束が嘘だったかのように、家宰はサッと手を引く。その手際のよさは、洗練された執事というよりは職業軍人を思わせた。

 ヘリオンの拘束を解けば、音も立てずに扉を閉めて立ち去る。

 その彼らに向かって鼻を鳴らし、軽く睨みつけてからヘリオンはウェンディに向き直った。

「私を……いえ、我がレイング家をヘルシオの旗の下に再び迎えてくださると、考えてよろしいのでしょうか?」

「ふふ……コウディに物怖じしないのは流石、その若さで推官まで上り詰めた方ですね」

 コウディ──先ほどの家宰のことだろうか、とヘリオンは頭の隅で考える。

「よろしいでしょう、その“面白い話”に免じてレイング家をヘルシオの旗下に戻ることを許します」

 膝を突き、深くヘリオンは頭を垂れた。

「ありがたき幸せ」

「それで、私の軍師様──」

 ウェンディの細めた視線は猫を思わせる。無邪気とすら見えるその表情の中に、限りない悪意を込めて妖婦は微笑んだ。

「私は今後どのように動いたらいいのかしら?」

 艶然たるウェンディの微笑みに、口の端を吊り上げた才子は口を開いた。

「密かに、ケミリオ家を訪れるのがよろしいでしょう」





 衛士達に約束を取り付けた日の夜。

 ヘリオンとウェンディがヘルシオ家の屋敷で密談にふけっていた頃、シュセはスカルディアの屋敷にある自分の部屋へと戻ってきていた。

「あ、おかえりなさい」

 扉を開けた中から、掛かった声に僅か笑みが漏れる。

「なにか?」

 アンネリーは首を傾げると、シュセの側に立つ。

「いえ、おかえりと、言ってくれる人が居るのは良いものですね」

 微笑むシュセの笑顔に、どぎまぎしてしまうアンネリー。そんな彼女に吉報だと、シュセは事情を語り始めた。

「今日、衛士の方々にお会いしてきました。協力してくれるそうです」

 ほっとしたようなアンネリーに、シュセは柔らかい笑みを返す。

「ありがとうございます、シュセやカル様にはなんとお礼を言ったらいいか……」

「いえ、元はといえばわたくし達の力不足が原因です。なんとお詫びしても……いえ。全てはアンネリーのご家族が見つかった後にしましょう」

「あの、シュセ様」

 外出用のマントを外しかけたシュセに、アンネリーが頭を下げていた。

「私に剣を教えていただけないでしょうか!?」

 腰から直角近くになるまで一気に頭を下げる。ぶん、と音がしてしまうようなその勢いに、シュセは目を丸くする。

「いきなり、どうしたのですか?」

「私は騎士になりたいっ! 思いつきで言ってるんじゃないです。家族が居なくなって、一人になって……ちゃんと考えたんです! お願いします!」

 アンネリーの思いつめたような真剣な声に、シュセは彼女に向き直る。

「騎士は本来、殿方がなるべきものなのですよ?」

「分かっています!」

 降って来るシュセの声に、アンネリーは彼女を見上げた。

 注がれる視線は、普段のシュセではく、騎士として戦場を見てきた者の厳しい視線。いつもは温かな春の木漏れ日のような琥珀色の瞳が、今は凍てつく冬の風を纏ったようにアンネリーを見つめる。

「ダメです……と言っても、聞きそうにありませんね」

「じゃあ!」

 シュセの凍てつくような視線は、いつの間にか温かなものに戻っていた。

「わたくしが教えられるのは、基礎だけです。それでよろしければ」

「はいっ!」

「それと──」

「はい?」

「シュセ“様”は要りません。前にも言ったはずです」

 悪戯っぽい笑みを浮かべたシュセに、アンネリーは涙をぬぐいながら頷いた。

「ありがとう、シュセ!」




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