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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
46/103

謀略の使徒9

 暗い夜道を足早に戻り、与えられた官舎に戻る。

 自身の部屋に戻ると扉に錠を掛けて、詰めていた息を深く吐き出した。

 震える自身の手に、苦笑が漏れる。

「……やはり詐欺師には向かないな」

 ヘリオンは、深く深呼吸して手に持った刀剣の露を布でふき取った。

 噴水の中に隠しておいたために、鞘の中にまで水が入り込んでいる。丁寧に手入れをしなければ錆が出てきてしまうだろう。

 ハッタリのためとはいえ、少々やりすぎだったか。鞘を払い、鍔をはずしながらヘリオンは刀剣の手入れを始めた。

「間者、か」

 手入れを一通り終えればベットにそのまま横になる。裏に居るのは、十貴族辺りだろうか。恐らくそう遠くない時期に、家族の安否は分かるはずだ。少なくても生きているのか、死んでいるのか……そしてその後は自身の立ち回り次第。

「必ず救い出す」

 金を要求したのは、家族から関心を逸らすため。

 金を要求しつつ家族の安全を確認できる物をだせ、と言う矛盾を覆うために、このようなハッタリで相手の気を飲む必要があった。上手く動揺していたようだから、ヘリオンの印象を強欲な、官吏として伝えてくれるだろう。

 金で買収できるとなれば、家族に用がない。

 解放されるか、始末されるか……いや、させるわけにはいかない。

 強く奥歯をかみ締めて、考え抜いた計略を確認していた。




 天候は生憎の曇り空。低く垂れ込めた雲が、でっぷりと太った蛇の腹のように垂れ込め、空を覆っていた。振り出しそうな気配に眉をしかめつつ、アンネリーはシュセと共に、実家に戻ってきていた。

 万が一を考えてシュセの他にも、護衛の騎士が二人ほどついている。いずれも男で大人びているが、シュセの方が位が上なのだろう。黙ってシュセに付き従っていた。その様子はまるで、物語から出てきた騎士のようでアンネリーは憧憬に似た気持ちを抱いていた。

「どなたも、いらっしゃいませんね」

 我がことの様に悲しげな表情をして、シュセはアンネリーの前に立つ。男装に、銀の細剣(レイピア)は相変わらずだが、アンネリーは自然とその方が彼女らしいと思うようになっていた。

 シュセの言葉を受けて、黙ってアンネリーは誰も居ない実家を見上げた。

 家族が居ない。それがどうして、17年も生まれ育ってきたこの場所を、全く未知の建物のように思わせてしまうのか。彼女には不思議だった。

 父親の鈍臭い所が嫌いだったし、母親の従順さには軽蔑さえ覚えていた。使用人達の優雅とは程遠い仕草も癇に障った。

 その筈だったのに……。

 考えれば考えるほど、胸の奥から鈍痛のようなものが溢れて来る。

 もう、家族と使用人達で食卓を囲むことは無いのだろうか。

 目頭の奥が熱くなるのを覚えて、アンネリーは奥歯をかみ締めた。

「アンネリー、気を落とさないでください」

 追い討ちを掛けるようなシュセの言葉にたまらなくなって、アンネリーは曇天を睨んだ。目頭の奥の熱を吐き出したくて荒い息を吐きだす。

 せめて雨でも降ってくれればごまかせるのに。その思いで睨み付ける暗灰色の雲はゆっくりと、這っているだけだった。

 そっと引き寄せられる視界が、シュセの肩で塞がれる。石鹸と温かな匂いのするシュセに抱きしめられると、アンネリーの涙腺は、彼女の意思を無視して崩壊した。

「シュセ、さま……」

「シュセでいいと、昨日も言いました」

 短く返される答え、悲鳴を上げる心に親愛の情が沁みる。

「シュセ、あたしさぁ……」

 嗚咽をかみ締めるように、言葉を吐きだす。

「親に、逆らってばかりでさ……使用人にも、辛く当たってさぁ……」

 震える体と声を振り絞る。

「だから、嫌いなんだと……ずっと思ってたけど、なんで、涙が……」

 シュセの抱擁の強さに、アンネリーはそれ以上言葉を吐けず、泣き崩れた。

「大丈夫、きっと家族には無事に会えます」

 幼子をあやす様に背中を優しく叩きながら、アンネリーに語りかける。

「だから、今は信じて待っていてください。わたくしは必ずあなたの家族を見つけますから」

 泣きむせぶアンネリーは、何とか頷いた。




 昼間だと言うのに、薄くぐらい室内に詰めるのは4人の男。暗幕で窓と言う窓をふさいだ部屋の中でバトゥ・ラストゥーヌが侮蔑の入り混じった声を出す。肥えた体を大仰そうに椅子に押し込み、目の前のテーブルを、怒りに任せてたたきつけた。

「金だと!? あの男はそんな要求をしてきたのか」

 忌々しいとばかりに舌打ちをして、吐き捨てる。

「へい」

 こくりと、頷く男──先日ヘリオンと交渉に出向いた男に向かって鋭い視線を飛ばすが、それ以上何も言うこともなく不機嫌に口をつぐむ。

「家族に関してはなんといっていた? 気にかけるようなことを言っていただろう?」

「いえ、それが……」

 雇われた無法者は、この傲慢な貴族にヘリオンに脅されたことを言うべきか迷った。脅されて腰を抜かしたなどといえば、この貴族のことだ。出す金を渋りだすかもしれない。

 人を顎で使う人間には、二種類いる。それに相応しい実力を持った者か、そうでない奴か。そして無法者の見る所、この貴族は後者だった。貴族と言うだけで、他人が言うことを聞くと思っている人間。

 そういう人間は得てして、金を渋りやすい。無法者が従うのは貴族だからではない。そいつが金を持っているからなのだ。

「何も言っていませんでしたが」

 無法者は自分の失態を隠すことに決めた。

 バトゥは金で雇った無法者達をぐるりと、見回す。無能者め、とその顔に書いてあるような侮蔑しきった視線。

 家族を誘拐したのは効果が無かったと言うことだろうか。いや、きっとこの無法者どもの交渉の仕方が悪いのだ。牢の中で一度だけ見た限りのあのやせ細った男が、なぜ自分の頭をこれほど悩ませるのか。やはり、鞭で打ち殺しておくべきだったと顔を歪ませる。

 不穏な息を吐き出しながら黙り込むバトゥに、無法者は顔を見合わせる。先日、集まった無法者で腕の立つ4人が死んでいた。仕事に危険はつき物だが、今度の仕事はその気配が濃厚すぎる。

「旦那、悪いことはいわねえ。今回の仕事はさっさと片付けしまった方がいい」

「貴様……雇われ者の分際で意見するか!」

 不安を口にする無法者を一喝して、腕を組むバトゥに、今度は目の据わった無法者が声をかける。

「で、どうするんです? 金を用意するのか、あの人質をどうするのか、さっさと決めてください」

 ヘリオンを追い詰めぬようにせよ。オウカの指示を思い出し、苦い思いをかみ殺す。

「……金は用意させよう。家族はしばらく拘置だ」

 当り散らすように、机を叩くとバトゥは立ち上がる。唯一の救いは、ここにる無法者達を始末できることぐらいだろう。こいつらのような無能な者に金を払う必要は無い。バトゥは背を向けて部屋を出て行く。

 その背が扉の向こうに消えてから、無法者達は顔を寄せ合った。

「おい、どうするよ」

「あの雇い主、あぶねえかもな」

 目の据わった無法者が、声を出す。

「その、今回脅してる相手……名前はなんていった?」

「ヘリオンだ、ヘリオン・レイング」

 考え込むように、顎に手を当てる。その男には右の腕がなかった。

「いや、奴さんはそのヘリオンってのに間者をやらせてるんだろう? とすれば、もう一つ俺達を雇ってくれそうな場所があるじゃねえか」

「……スカルディア家」

 裏切るか、互いに視線と視線で仲間の意思を確認しあう。

「だが、まだ何ももらってねえ。とりあえずは、そのヘリオンって男と雇い主とは別に連絡を取る程度に留めておくにしたほうがいいな」

 頷いて、彼らは席を立つ。白々とした太陽に背を向けて、闇を進む者達は思い思いに策を巡らしていた。







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