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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦527年 覇を統べる王4章
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謀略の使徒8

「そうか、ヘリオンの親族の家が何者かに……それで肝心のヘリオンは?」

 カルに問いに、シュセは苦い顔をした。

「それが昨夜以来、連絡取れません。それと便箋にて、数日の(いとま)願いが届いておりました。ヘリオン殿の部下にも聞きましたが、やはりわからないようで……ただ自身が居ない間のことは事細かに指示があったそうです。しばらくは支障ないでしょう」

「十貴族の仕業……にしては余りにも短絡的過ぎるような気もするが」

 カルは秀麗な顔に、言い表せない不快感を募らせて吐き捨てた。

「ただ誰の仕業であっても放ってはおけまい。シュセ、そのアンネリーという娘共々頼む」

「御意」

 一礼すると、彼女は私兵を指揮すべく去っていった。

「私に対する挑発、と言うわけでもないだろうが……」

 一瞬考え込むカルは、虚空を見つめる。

 硬質なノックの音に顔を上げれば、ヘリオンの部下が顔を覗かせていた。

「失礼します……殿下、妙なものが届きましたのでご報告に参上いたしました」

「妙とは?」

「はっ……これです」

 差し出されたのは一通の便箋。一般に便箋とは丸めた書状を赤い紐で()じ、蝋で止めた後に家門の印を入れる。もしくは差出人の分かるような、個人の押印でも良い。

 そして差し出された便箋の印を見て、カルはその秀麗な眉をひそめた。

「この印は……確かレイング家の」

「御意……ヘリオン殿は昨夜から連絡が取れません。あの方は、無愛想ではありますが、その分徹底的に無駄を省いておられます。今になってこのような便箋が届くのはおかしいと……」

「ふむ……」

「考えすぎかもしれませんが、ヘリオン殿らしくないような気が致しましたので」

 背筋を伸ばして答えるヘリオンの部下に、カルは僅かに笑みを見せた。

「なるほど、ヘリオンは良い上役らしいな」

「尊敬すべき推官だと思っています」

「ありがとう、何か分かり次第君達にも報せよう」

 兵士さながらの敬礼をして下がるヘリオンの部下を見送ると、カルは便箋を開いた。

 記された内容は、カルの眉間に皺を作る。

 ウェンディとティザルの繋がり、そしてレイング家を襲ったのは彼らだと書いてある。十貴族内の対立、若いティザルを中心とした派閥が、オウカ翁を中心とした派閥に拮抗しつつあること。そしてオウカ翁を中心とした派閥はカルがスカルディア、ヘルシオ両家を相続するのに前向きであることなどが書いてあった。

「疑わしければ、今夜ラストゥーヌの屋敷を訪ねよ。鴉の集いが見れるであろう……か」

 密告。十貴族内部の勢力争いまで記したその手紙に、カルはしばし見入った。余りに詳しすぎた内容は十貴族内部の者の手によるものだろう。現に、カルの得た情報からも十貴族内部に動きがあるのは察知していた。

 だが、誰が? 何の目的で政敵であるカルに密告をするのだろう。

「全てが本当とは限らない……が」

 全てが嘘とも思えなかった。

「あるいは、罠か?」

 ラストゥーヌの屋敷を訪ねた所を、狙われて……?

 情報の精度、その程度が知りたかった。

「いずれにしても釘は刺しておくか……誰か!」

 カルの声に答えて、扉を開ける侍従に、出かけると告げた。




 夕暮れ迫るロクサーヌ。平民街と貴族街問わず夕食時の喧騒に包まれる時間帯。一台の馬車が、スカルディアの屋敷からヘルシオの屋敷へ向かっていた。

 護衛は騎乗の騎士が二人だけ。平時においてすら少ないと言える数だった。

 先代ヘェルキオスが贅を凝らして作り上げたヘルシオの屋敷。その城門前に馬車は停車する。馬車の扉が開き、姿を現したのは黒い衣装を纏うカルだった。

 弔意を示す黒衣を着たカルが歩みだす先には、ヘルシオ家の使用人達が主を迎えるかのように、深く頭を垂れて並んでいる。

 一瞬だけ彼らに視線を向け、更に豪勢な屋敷を一瞥してからカルは歩を進める。

 細部にわたるまで職人の技術の粋を凝らした扉を開ければ、そこに待っていたのはウェンディ。カルと同じく弔意を示す黒衣を纏っている。だが、彼女から感じるのは死者に対する敬意ではなく毒々しさすら感じる色香。

 熟れた女の体から発する独特の色香、爛れたような気配に僅か、カルは眉をひそめた。

「お久しぶりですね、カル様」

「お久しぶりです。ウェンディ様」

 妖しい色香を漂わせるウェンディに対して、カルの声は真冬の風のように冷たい。

「立ち話もなんです……こちらへ」

 先に立って案内するウェンディ。

「……昨日、我が家の者が何者かに襲撃を受けました」

 ウェンディの後ろについて歩きながら、カルは彼女に言葉を浴びせる。

「ふふ……世間話にしては物騒な話題だこと」

 妖艶に微笑むウェンディに対して、カルはいっそ冷笑と言える笑いを顔に浮かべる。

「ええ、世間話としてはそうですね。では、こんな話題はいかがでしょう。近々十貴族による会議が開かれ私がヘルシオ家相続の内定が下されてると言うものです」

「冗談がお上手ね」

 豪奢な部屋に通される。平民の年給を軽く吹き飛ばす程度の椅子に優雅に腰掛けると、すかさず侍女が紅茶を差し出した。完璧に近いその動作、タイミングが、ヘルシオ家の富裕さを物語る。

「それが、あながち冗談とも言えないのですよ。なんでも十貴族内部の対立が深刻化しているようでしてね」

 冷笑を顔に張り付かせ、艶然と微笑むウェンディに笑わない視線を向ける。

「オウカ翁に、働きかけたら意外と簡単に……ね」

「怖いお話……それで?」

「ええ、そのついでに聞いたのですが……なんでもウェンディ様はケミリオ家のティザル様とご懇意とか?」

 扇を広げて口元を隠す、目だけをカルに注ぎ、その言葉を受け止める。世界が明日終わると言われても艶然と微笑み返すようなポーカーフェイス。

「まぁ、親しくとは言えないまでも友誼は結ばせていただいてますわ。主を失った当家を狙う悪い輩が、そこかしこに見え隠れしていますもの。やはり男性の方は必要よね」

 互いに目で、表情で、虚々実々の嘘と真実を織り交ぜた会話。剣と盾を使わなくても、やはりそれは戦いと呼ぶに相応しいものだった。

「お味方となる相手は選んだ方がよろしいですね。先に申し上げたオウカ翁と対立している者の中心は、ティザル様だと聞き及びました」

 仕掛けたカルは攻めるが、ウェンディはその攻めを軽くいなす。だがウェンディの方も、カルを攻める口実があまりに少ない。

「男性は野心的でなくては……魅力に欠けるとは思いません?」

「己の分を弁えない野心は、身を滅ぼしますよ」

 ぱちり、と扇を閉じてウェンディは紅茶を一口飲む。

「……世間話もこれぐらいにして、今日いらした本題に移りませんこと?」

「そうですね、父の葬儀のことでした……期日は来月、主催は我がスカルディア家が取り仕切ろうかと思っています。もちろんウェンディ様も、亡き父の妻と言う立場でご出席ください。その頃には私がヘルシオ家を継ぐことが正式に沙汰されていることでしょうから」

 二人から吐かれる毒が、部屋に降り積もっているかのように空気が重い。

 だがその中を、表情だけは愉しげにウェンディとカルは言葉を交える。

「……そうですわね。私もあなたの母として葬儀には列席させていただこうかしら」

「……ええ、それでは」

 立ち上がるカルを追うように、ウェンディも立ち上がった。

「御機嫌よう、ウェンディ様」

「お待ちになって……お見送りいたしますわ」

 帰り際には、カルが訪れたときと同様、使用人達が深く頭を垂れながら整列していた。その合間を通ってカルとウェンディは玄関に到る。

「見送りもここで結構です。ご配慮ありがとう御座いました」

「いえ、構いませんよ。血は繋がっていないとはいえ親子なのですから。ねえカル」

 冷笑を返して去ろうとするカルに、ウェンディは更に言葉を重ねた。

「失礼します」

「ふふ……違うでしょう? カル、そういう時は、失礼します“お母様”でしょう?」

 立ち去りかけたカルは、階段を下りる足を止め、ウェンディに近づいていく。

 体が触れ合うほどの間近になって、カルはウェンディの耳元で囁いた。

「黙れ、貴様を母と呼ぶことなど永劫ありえぬ」

 憎悪と敵意と、殺意を込めたカルの別れの言葉。

「ふふ……また、ね。坊や」

 だが、その言葉をウェンディは艶然と受け止めて毒蛇のような笑みを返す。

 階段下りたカルが馬車に乗り込みスカルディアの屋敷へ戻るのを見届けると、ウェンディは使用人たちに下がってよい旨を伝えた。

 自室に戻り、先ほどカルに出した紅茶を飲み干す。

「ふふ……あの覇気、憎悪。たまらないわ……やっぱりティザルの坊やとは比べ物にならない」

 そして自身の前に跪くカルの姿を思い浮かべて、にんまりと笑う。ルージュを塗った唇を、長く艶めかしい舌が舐める。糸に絡む獲物を愉しむ蜘蛛のような笑みを浮かべ、ウェンディは紅茶を一口啜った。

「屈服したときの坊やの顔……さぞ見ものでしょうね」

 誰憚ることなく、ヘルシオの妖婦の嘲笑が部屋に響いた。



 深夜、宵の鳥が啼く頃には中央広場は既に無人となっていた。平民街と貴族街に挟まれたこの場所はともすれば浮浪者の溜まり場になりやすい。平民街に行き場の無い貧乏人達と、貴族街でよからぬ事をたくらむ不逞の輩。彼らが交じり合うその場所は、夜になれば衛士の重点的な見回りの要所であった。

 故に、日ごとに変わるその巡回経路を知るものにとっては、密室などよりも更に安全な場所となる。

 明かりなどは無い。遠く家々の窓から漏れ出す明かりが、僅かばかり夜の闇を緩和しているだけの薄闇の中、ヘリオンは噴水の縁に腰掛けていた。

「お前がヘリオン・レイングだな?」

 掛けられた言葉は薄闇に紛れた男から発せられた。

「そうだが、お前は……人攫いの輩か」

 静かに、だが奥底に激情を沈めた声でヘリオンは応じる。

「兄上と義姉上は無事なのだろうな?」

 頭からローブをかぶったその男に、鋭い刃じみた視線を向けながら問いかける。

「もちろん……貴公が言うことさえ聞けば、無事に戻るであろう」

「それで、私に何をせよと?」

「間者」

 無言で睨み付けるヘリオンに、ローブの男はきびすを返す。

「期日は追って伝える。何をするかも、だ。レイング家の印がついた便箋に書いて知らせる」

「今度来るときは、家族の無事を知らせるものを持って来い」

 冷たく言い放つヘリオンに、ローブの男は振り返った。

「貴様……自分の立場が──」

 言いかけた言葉は、目の前の刃によって止められる。

 いつの間にかヘリオンの手には、水が滴る刀剣が握られていた。

「命が惜しくば、な……それと貴様の主に知らせろ。私に言うことを聞かせたいのなら、家族ではなく金を用意しろ、とな」

 すっと、引かれる刃に張り詰めていた息を吐くローブの男。

 見れば、ヘリオンは既に闇に紛れて消えていた。



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