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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
37/103

後日談

 岩から削りだしたような無骨な城。

 ガドリアの荒地を渡る烈風が、外観の華美な装飾を許さず、不要なものは全て剥ぎ取ってしまった為にそのような形となっていた。

 その城の最上階、展望室のテラスから見下ろす風景は、荒地とその向こうにある境界の山脈を同時に見渡せ、反対側に目を向ければ切り立った崖とどこまでも広がる海を見渡せた。そして、眼下に拡がるのはガドリアの街だ。

 照りつける日差しを和らげるように、ガドリアの風が肌に心地よく吹く。

 腰まである長い漆黒の髪を風に靡かせ、サギリはテラスからその風景を見渡していた。

「ガドリアの領主か、アタシも成れば一生楽に暮らせたのかもしれないねぇ」

 呟きに似た言葉は展望室の中に向けたもの。

「領主になりたきゃ最初からなれば良いだろ、なぜモルトの爺さんなんかに譲ったんだ」

 不満というよりは疑問の声をジンはサギリに向けた。展望室の柔らかなソファには敢えて座らず、硬い床に座りながら得物の手入れをしていたジンは注意だけをサギリに向ける。

「一つは、恩返しさ。今回のことじゃ随分無理させちまったしね」

「柄にも無く良い心がけだな」

 鼻で笑うジンに、サギリは肘掛にもたれ掛かりながら視線を向ける。

「もう長くは無さそうだからね、ハンナの婆さんと仲良くやってもらうさ」

「爺さんが死んだ後は、必然的にルカンドにお鉢が回ってくる……」

 ジンの投げた言葉をサギリは意地の悪い笑みを浮かべ、受け止めた。

 その沈黙を答えと受け取ってジンは言葉を続ける。

「ルカンドは、怒ってたな。あれじゃサギリの言うことを聞かないかもしれないぞ」

 手を止めて、ジンはサギリを見る。

「アタシに反抗するなんて成長した証拠じゃないか、嬉しい事だよ。それにアタシはあの子のやることに文句をつけるつもりもないしね」

「反抗的な奴が好みなのか?」

「育ての親として、子供の成長は嬉しいもんだよ、アンタも含めてね」

「ガキ扱いするな、俺はもう大人だ」

 鼻で笑うサギリからジンは、視線を手元の得物に戻す。

 ジンが思い浮かべたのは先ほどルカンドとサギリの言い争いだった。牢から出されたルカンドは、見るも無残にやつれ果て、そして右足は使い物にならなくなっていた。

 レギーの薦めで、今ルカンドの右足は義足になってしまった。あの足ではもう満足に戦えないだろう。

 そのルカンドが治療を終え義足を引きずりながらサギリと出会った途端言い争いを始めたのだ。

「あの子が怒ってるのはね、アタシにじゃないさ」

「あん?」

「自分の無力が堪らなく嫌なんだろうよ」

 珍しく表情を消したサギリが、遠くを見て答える。

「ま、八つ当たりしてるようじゃまだまだガキだろうけどね」

「その為の次席領主、か」

 領主の補佐を役割とする役職に、無理矢理サギリはルカンドを推薦していた。

「ルカの奴に力があれば、人が殺しあわなくて良い世の中が来るだろうさ」

「もし力がないなら?」

「その時はルカは死ななきゃならないだろうねぇ」

 強く力のあるものが生き残り、力のない奴らは死んでいく。荒地で培った双頭の蛇の掟そのままにサギリは言い切った。

「今度は、戦い方を教えてやれないな……」

「あの子だけの戦いさ、自分で選んだんだ」

 モルトは病床にあり、実質的に政務を取り仕切るのは次席領主たるルカンドになる。それを思うとジンはひとつため息をついた。

「手助けぐらいは、しても良いだろうけどね」

 苦笑して肩をすくめるサギリに、ジンは気の無い視線だけを向ける。

「……そういえば、あのルクとか言うガキはどうするんだ? ロクサーヌに売り払うのか?」

「最初はそうしようと思ってたんだけどねぇ……アタシが居ない間に巧い具合にルカやケイフゥに取り入っててね」

「最近はサイシャや、ジルとも一緒に居るみたいだな」

「そういうことさ。あの子だけが計算違いだったねぇ……ま、しばらく放っとくさ。害は無さそうだし」

「まぁ、そうだな」

「いろいろ使い道もありそうだしね」

「あの貴族のガキが、使い道か」

 考える風に黙り込むジン。

「なぁサギリ、本当に領主にはならないのか?」

「柄じゃないよ……アンタはなりたいのかい? 次席領主」

 一笑に付してジンは得物を仕舞い、サギリに背を向ける。

「柄じゃねえよ」

 見えなくなるジンの背中に向かって、サギリは優しく微笑んだ。

「まったく、誰に似たんだか」

 天高く広がる蒼穹が、サギリの後ろから風を運んでくるようだった。



「ジンにぃ~!」

「こんにちは」

 展望室を出たジンは、そのまま城を出ようとしたところでケイフゥに声をかけられた。手には両手一杯の花を持ち隣には先程までサギリと話していたルクの姿。

「何してんだ?」

 軽い足取りでジンの元へ走り寄って来るケイフゥ。その頭をなでながらジンは二人を交互に見た。

「あのね、お葬式するの……キリクとヒルザのね」

 しゅん、としょげてしまうケイフゥの隣でルクが話の補足をする。

「お葬式のやり方を知らないと聞いたので、私が……ロクサーヌ式で申し訳ないのですけど」

 ──キリク、ケイフゥの手下の一人だった。ケイフゥと共に色街で、シロキア一家を足止めしていていたが、逃げ遅れて殺された手下。ヒルザは重なる大岩で領主軍との争いで命を落としたはずだった。

「葬式、か」

 死んだ奴は獣の餌になる、それが荒地での常識だった。ガドリアでは申し訳程度に土の中に埋めるか荒れ狂う海に投げ捨てるか。どっちにしてもルクから見れば葬式などと呼べる代物ではなかったのだろう。

 ジンは、ちくりと胸の奥が痛んだ気がした。

「ジンにぃも一緒にどう? お花でキリクとヒルザを飾るの」

 弱い笑みを見せるケイフゥの頭を撫でジンは首を振った。

「行く所があるからな、葬式の仕方は今度教えてくれ」

「うん!」

 ルクと視線が会うと、彼女は少し怯えた様に身を竦ませた。

「ありがとう」

 自然と出たその言葉に、ジン自身が驚いた。

「あ、はい」

 戸惑った声を上げるルクは俯いてしまう。

「じゃ、ジンにぃ、今度ね!」

 ルクの手を引いて去るケイフゥを見送りながら、ジンは小さく呟いた。

「俺達は手に入れたのか?」

 遠い昔に失ってしまった故郷を、大切な人を、守るべき何かを。

 あの自身の命と引き換えに呪いを受け入れた不毛の荒地から、手にできる何かを手に入れたのだろうか。自身に投げかけた問いに、答えは返ってこなかった。

 ただ、死んだ後に悲しんでくれる人がいたキリクとヒルザが少し羨ましかった。



 ガドリア城の敷地内、東に海を臨む荒地にケイフゥとルクは向かっていた。ルクが提案し、領主となったモルトが最初に手がけた仕事が、ガドリアの騒乱で死んだ者達の共同墓地の建設だった。

 実質的な指揮はルカンドに任されており、モルトはハンナに監視されながら病気療養をさせられている。

 ルカンドは小高い丘の上にある城の敷地の一角を、墓地に改良した。

 資金は元領主の財産を没収したものを当てたのだが、その額の少なさにルカンドとクルドバーツは頭を抱えた。そこで出たのが、双頭の蛇との抗争で降伏した領主軍の捕虜達だった。

 彼らに捕虜からの解放を条件に、区画の整理を行わせ墓石を作らせ、墓地に関するあらゆることを任せて完成に漕ぎ着けたのだ。

「あ、ルカだ」

 潮の香りが満ちる墓地にケイフゥの声が響いた。

 義足を補うための杖をつきながら、ルカンドは一つの墓石の前に立っていた。その隣には寄り添うようにしていつも通り黒の帽子と黒い服をまとったサイシャの姿がある。

「やぁ、ケイフゥ、ルクさん」

 ルカンドが解放されてから30日、解放された直後の幽鬼のような表情からはだいぶ険が取れてきていた。

 今はもう微笑む笑顔は柔らかい。

 ルクは解放された直後のルカンドを見て、言葉が出せなかった。あの優しい笑顔を、完膚なきまでに叩き壊した虜囚の期間。

 それを思うたび胸が一杯になってしまってまともにルカンドの顔を見られないで居た。無言で視線を向けてくるサイシャにも、目礼で返す。

「ルカとサイシャもお葬式?」

「いや、そんなものじゃないよ」

 ルカンドの瞳に翳りが過ぎる。自身の為に奪われた命、身に余る罪を心に感じルカンドは墓石に視線を落とす。

 ルカンドの杖を持つ手に、サイシャの手が重なる。

「ルカ」

 平坦なその言葉に、どれだけの思いが篭っていたのだろう。ルカンドは視線を上げて、サイシャに微笑んだ。

「大丈夫」

 うなずくサイシャを見てケイフゥは首をかしげる。

「そう? ケイフゥねルクにお葬式のやり方教えてもらうの」

 ね? と話を振られ二人に視線を奪われていたルクは慌てて頷いた。

「どうやればいいのかな?」

 両手に花を抱えたケイフゥは、キリクとヒルザの墓の前に立つ。促されるまま、ルクはケイフゥの手下の墓の前に立った。

「お花を、墓石に供えて……生前の事を語りかけてあげるの。私はあなたのことを忘れていませんよって故人に聞かせるために」

 頷きながら話を聞いていたケイフゥは、言われたとおり墓石に花を添えて生前の彼らのことを墓石に向かって語りかけた。

「キリクは、奴隷だったんだよね。ケイフゥが三度目に襲った奴隷商人の馬車の中で……」

 ケイフゥの語りかけを聞きながら、ルカンドは墓石をひたすら見つめていた。そんなルカンドを見かねてルクは、勇気を出して彼に話しかける。

「その墓の主の方にも、語りかけてあげたらどうですか?」

 その言葉に寂しそうにルカンドは笑う。

「名前も、知らないんだ……」

 傷口をこじ開けるように、苦しげにルカンドは言葉をつむぐ。

「僕の目の前で、殺されたんだ。ヘルベルは僕を苦しめるためだけに、奴隷の少女を何人も手にかけた」

 淡々と呟いているように見えて、その裏では押し殺した感情が爆発しそうだった。

「僕は、何もできなかった目の前で殺される彼女たちに何も……」

 虚ろな視線が墓石の上を彷徨う。

「ルカンドさん……」

 次の言葉を言うのにルクは自身の中にある勇気を振り絞られなければならなかった。言葉は暴力よりも簡単に、人の心を踏みにじる。

「泣きたい時には、泣いてください。泣いて、それから謝って下さい」

 無言でルカンドは虚ろな視線をルクにあわせる。

「ルカンドさんはそうすべきなんです。誰でもなくあなた自身の為に」

「ルク!」

 サイシャからの制止の声を振り切って、ルクは続けた。

「あなたのせいで奴隷の少女が死んでしまった」

「ルク、お前!」

 その決定的な一言に、サイシャはルクにつかみ掛かる。

「僕は……」

「ルカンドさん、死んだ人はもう戻ってこないんです、だからその人たちの為に生きている私たちがしてあげられることは忘れないで居てあげることだけなんです」

 ルクの叱責の声は、彼女自身のしゃくりあげる声に変わる。

「泣いてくださいルカンドさん。その少女の事を忘れないで居てあげてください、私たちにはそれぐらいしかできないんです、お願いします……」

 涙で掠れるルクの言葉を最後まで聞かないうちに、ルカンドは墓石の前に片膝をついた。

「ごめんよ……ごめん……」

 かろうじて聞き取れた言葉はそれだけ、後はもう堤防が決壊するようにルカンドは泣き崩れた。顔を両手で覆い人目も憚らず泣きじゃくる。兄弟同然に育ったケイフゥやサイシャでさえルカンドの泣く姿に呆然としていた。



 いつしか風の向きが変わっていた。

 荒地から吹いてきた西風か、東の海からの風に代わる。

 沈む夕焼けが海を赤く染めていた。

 泣き疲れたルクと、ルカンドは、涙で腫れた目を擦っていた。

「潮風が染みるね……墓地の場所間違えちゃったかも」

「お前が泣くところ、初めて見たな」

 落ち着きを取り戻したルカンドに、サイシャから声がかかる。

「ルク大丈夫?」

 心配そうに声をかけるケイフゥに頷いて、ルクは墓石の前に片膝をついた。

「お葬式の最後にね、故人に祈りを捧げるの……一緒にしよっか」

 ルクは片膝をつき胸の前で両手を合わせる。

 その彼女に、ケイフゥもルカンドも、サイシャも従った。 

「亡き魂に安息を、彼らの魂が安らげる場所にたどり着けますよう」

 ルクは祈りの言葉を口にして黙祷を捧げ、ほかの三人もそれにならった。

「そろそろ帰らなきゃ、日が暮れちゃう」

 ケイフゥの声に、ルカンドが頷く。

「今日はサイシャの料理食べてみてよ、格段に進歩してるから」

「うるさいっ!」

「きっとケイフゥの方が上手だよ!」

 じゃれ合いに似た言い合いをしながら墓地を離れるケイフゥとサイシャ。

「ルカンドさん」

 共に離れようとするルカンドをルクが呼び止めた。

「なに?」

「あのね、ほんとはもっと早くに言わなきゃいけなかったんだけど」

 夕日を背に俯くルク。

「私臆病で、それでね」

「うん」

 それは出会ったときのような優しい笑み。

「おかえりなさい」

 ルカンドの優しい笑みに答えるように、ルクは泣きそうなほど満面の笑みを浮かべた。

「うん……ただいま」

 やっと帰ってきたその笑顔に、ルクは心からの笑顔を贈った。



余談



 ルクとルカンドから遠ざかる二人は小声で囁きを交わしていた。

「良いの? サイシャ、ルカから離れちゃって……」

「良いんだよ。今回だけは……」

「ふ~ん」

 不思議そうにサイシャを見上げるケイフゥに、彼女は意味深な笑みを返した。




ということで、魔女の系譜<賊都>編終了いたします。


次回からは、王都ロクサーヌでカルとシュセを主人公に据えた物語になると思います。ここまで読んで頂いた方に感謝を。


では、次回もお楽しみください。

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